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第二話 いま、逆襲の刻
一二章 勇者はいない。だから、最強だ
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鬼部の襲撃を文字通り粉砕して凱旋した羅刹隊の面々を、人々はありったけの歓喜の声と賛辞をもって迎えた。
当然の反応だった。熊猛紅蓮隊が壊滅して以来、人類軍がこうも圧倒的に鬼部の群れを打ち負かしたことはない。なにしろ、鬼部の群れをさんざんに打ち破りながら羅刹隊にはひとりの死者も出なかったのだ。
もちろん、前線に出た兵士たちは多かれ少なかれ怪我をしている。全員が負傷者。そう言ってもいいありさまだ。それでも、死者はただのひとりも出なかった。いくら圧倒的な勝利であっても戦場でひとりの死者も出ない。これは奇跡と言ってもいい出来事だった。あの熊猛紅蓮隊でさえ、どんなに圧勝に見えても戦いのたびに死者を出し、徐々に弱体化していったのだ。
それを思えば死者のひとりも出さずに鬼部を追い払った今回の戦いはまさに絶対勝利。人類を守る新たな英雄の登場を示す戦いだった。
それでなくても、いつ何時、襲ってくるかわからない鬼部に脅かされていた人々だ。その鬼部を粉砕し、町を守った英雄たちの出現に狂喜しないわけがなかった。
スミクトルの宿将モーゼズが、オグルの烈将アルノスが、ポリエバトルの雌豹将軍バブラクが、そして、かの人たちに従う兵士たちが、町の人々に囲まれ、賞賛され、頭や、肩や、胸を叩かれ、感謝の意を送られている。町人のなかには『戦勝記念だ!』とばかりに自分の店のパンやら、肉やら、ワインやらを持ち出し、兵士たちにどんどん振る舞っているものもいた。
その騒ぎのなか、全軍を指揮する立場にある総将ジェイは狂喜する人々の間を縫い、ようやく、ハリエットのもとへとやってきた。
「ハリエット陛下。遅くなりましたことお詫び申しあげます。羅刹隊、防衛任務を完了したことをここにご報告いたします」
「……はい」
ハリエットは万感の思いを込めてジェイの言葉を受けとめた。その大きな目からは大粒の涙がこぼれそうになっている。
「そして、アステス警護団長。我々に防衛戦を任せてくれたこと感謝する」
「はっ……!」
ジェイの謝意に、アステスは堅苦しいほどにしゃちほこばった答えた。
三人の横ではまるで、ひょいひょいと人の頭の上を渡るようにして、身軽に人の群れをくぐり抜けてきた来たサアヤが、愛しの彼女に抱きついている。
「カナエ、勝ったよおっ! ご褒美ちょーだい、ご褒美のチュー!」
「………! そ、それはあとで……じゃなくて! サアヤさま、勝ったのはいいですけど、鬼部ふたりを倒す間に味方ひとりは蹴り飛ばしていたような……」
「え~、そうかなあ? 気付かなかったよ。まあ、いいじゃん。勝ったんだからさ。ご褒美、ご褒美」
「だから、それはあとで……!」
カナエを巻き込み、ふたりの世界に突入しているサアヤのことは放っておいて、ハリエットはジェイに向き直った。
「見事な勝利でした。ただ勝つだけではなく、死者のひとりも出さないとは。ジェイ総将の日頃の鍛錬と、指揮能力の賜ですね」
「いいえ、陛下。死者を出さなかったことへの賛辞はこのものたちにこそ」
ジェイはそう言って後ろに控える一団を指し示した。一揃いの制服に身を包んだ男女の群れ。白と朱の制服は土にまみれ、血に染まり、赤黒く変色している。
「兵士たちの身命を支える衛生班です。かの人たちが激戦のなか、我が身の危険も省みずに傷ついた兵士たちを搬送し、治療してくれたからこそ死者のひとりも出さずにすんだのです」
ジェイの言葉に――。
ハリエットは衛生班の一団を見た。みんな、若い。どの顔も血と汗と土にまみれ、汚れきっていたが、使命感と誇り、そして、『自らの役目を果たした』という充実感に輝いている。
ハリエットは優しく微笑むと軽くうなずいた。立ち並ぶ衛生班に声をかけた。
「あなたたちの活躍は防壁の上から見ていました。危険をものともせずに前線に突撃し、負傷者を助けるその姿。あなたたちこそ史上もっとも勇敢な戦士たちです」
ハリエットの言葉は誇張ではない。三人一組となった衛生兵たちは血しぶきの飛び散る戦場に突撃し、自分では動けなくなった兵士を抱えあげ、後方の安全地帯へと送り届け、再び負傷者救出のために前線に飛び込んでいく……それを幾度となく繰り返していたのだ。その姿はまさに『獅子奮迅』と呼ぶにふさわしいものだった。
「あなたのおかげで大切な人の命が失われずにすみました。あなたの勇気と献身に心からの感謝を捧げます。どうか、これからも御身の知恵と力によって人々の命を守ってくださいますよう」
ハリエットは衛生兵一人ひとりの手をとって、そう語りかけて感謝を伝えた。諸国連合の盟主自らそんな扱いを受けて、衛生兵たちはより一層その顔を誇らしさに輝かせた。このあたりが剣を振るう戦士以外にはなんの興味も関心もなかったかつてのレオンハルト国王レオナルドや、熊猛将軍ウォルターと、ハリエットとの決定的なちがいだった。
人々の賛辞を受ける役はモーゼズたちに任せて――酒が入って興に乗ったモーゼズが、サアヤと一緒になって下手な素人芝居を意気揚々と披露しはじめたときはさすがにとめるべきかとも思ったが――ハリエットはジェイとアステスと共にその場をはなれた。
そのまま病院に向かい、負傷した兵士たち一人ひとりと面会し、労をねぎらい、感謝の意を伝えた。兵士たちはその心遣いに感謝し、喜びに顔を輝かせた。しかし、それ以上に嬉しそうだったのがジェイとアステス。ハリエットのこの姿勢こそ、ジェイとアステスが部下を率いる身としてレオナルドやウォルターに求め、決して得られなかったものだった。
一人ひとりに割ける時間はごく短いものとは言え、何万という負傷者が相手ではさすがに時間がかかる。面会を終えたときにはもう真夜中になっていた。さすがに、人々の戦勝気分も一段落し、町中は平穏な空気を取り戻していた。もちろん、防壁の上には『鷹の目』と呼ばれる視力に優れた兵士たちが見張りについていたし、アステス配下の警護騎士団はいつでも出陣できるよう兵舎につめてはいたが。
ハリエットはジェイ、アステスと共に私室に戻った。部屋の半分近くを占めるテーブルにティーポットとティーカップ、それに、少しばかりの茶菓子を用意してささやかなティータイムを楽しんだ。とは言っても、この三人の立場と性格、そして、いまの人類の状況では話の内容は軍事的なものにならざるを得ないのだが。
「それにしても、驚きました」
ハリエットがティーポットを両手で包みながら言った。
「衛生班の人たちのあの手。あれはまるで日々、剣の修行に打ち込む兵士たちのようでした。戦うわけでもない衛生班の人たちがあんなに鍛えているだなんて」
「それは、私も気がつきました」と、アステス。
「皆、体力があり、運動能力も高い。もちろん、軍であるからには衛生班は必須なわけですが、あそこまで鍛えられた衛生班は見たことがありません」
「はい。羅刹隊の編成に伴い、衛生班の重要性を見直し、徹底した身体強化を指示しました。戦場において兵士たちを救い、自らの身命も守れるように。そのために育成部門を新たに開設し、専門の訓練機関を設け、集中して訓練に取り組みました。過酷な鍛錬を課す分、報酬を得られるように給与をあげ、自らの職務に誇りと使命感をもてるよう、月に一度、兵士たちによってもてなす日を設けました。その日ばかりは兵士たちがホストとなって衛生班を客として向かえ、料理を振る舞うのです」
「まあ」
「なんと」
ハリエットが感嘆の声をあげ、アステスが驚きのあまり目を丸くした。
「それはとてもすばらしいことです。そんなことを思いつくなんてさすが、ジェイ総将ですね」
「いえ、陛下。これは陛下の方針に従ったことです」
「わたしの?」
「はい。
『人目につかず、地道な働きをするものが報われる国を作る』
その陛下の理念にふれたとき、気付いたのです。国王レオナルドや熊猛将軍ウォルターに対し、兵士たちに対する気遣いを求めておきながら私自身、直接の部下である兵士たちにしか目が向いていなかったと言うことに。
兵士たちが戦えるのは兵士たちが食べる食物を作り、その食物を輸送し、武器や鎧を作り、怪我を治療してくれる人々がいるからこそ。だと言うのに私はその点に思い至りませんでした。
ですから、羅刹隊の編成に当たっては兵士たちにそのことを徹底しました。私自身がそのことを忘れないためにも。羅刹隊は自分たちを支えてくれるまわりの人たちへの感謝と信頼によって成り立っています。
自分たちのために農家が食糧を生産してくれる。
商人がその食糧を運んできてくれる。
鍛冶師が武器を作ってくれる。
服飾師が魔法の防衣を編んでくれる。
衛生班が負傷した自分を助けてくれる。
その信頼が羅刹隊の士気の高さを支え、なんの心配もなく戦えるようにしているのです」
「信頼……。素晴らしい言葉です。まさにいま、全人類が一丸となって鬼部に立ち向かおうとしているのですね」
「そのとおりです」
その言葉に――。
ハリエットはうっとりとジェイを見つめた。
ジェイはまっすぐにその視線を見つめ返した。
その場にふたりの世界が出来上がり――。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
怒りに満ちたアステスの咳払いが連呼した。
ハリエットとジェイは『ハッ!』とした表情になった。ふたりとも頬を赤く染めた。ジェイはわざとらしく咳払いするとつづけた。
「……かつてのレオンハルト王国はその点で誤りました。自分たちの強さに驕りたかぶり、勇者と熊猛将軍、一握りの傑出した戦士ばかりを優遇し、その下で支えてくれる人々を軽んじた。その結果が今のありさま。我々はその轍を踏みはしない。我々に勇者はいない。だからこそ――」
ジェイはいったん言葉を切ると、きっぱりと言いきった。
「我々が史上最強です」
「……たしかに」
ハリエットはうなずいた。その横ではアステスも誇りをいっぱいにたたえた顔をジェイに向けている。
「わたしたちは苦難を乗り越え、いま再び戦う力を手に入れた。わたしたちこそ史上最強の人類です。行きましょう、レオンハルトへ。鬼部によって狩りの獲物とされた人々を救い出し、人間に戻すのです」
「はいっ!」
ジェイが、アステスが、ハリエットの言葉に決意を示した。
まさに、いま――。
逆襲の刻。
第二話完
第三話につづく
当然の反応だった。熊猛紅蓮隊が壊滅して以来、人類軍がこうも圧倒的に鬼部の群れを打ち負かしたことはない。なにしろ、鬼部の群れをさんざんに打ち破りながら羅刹隊にはひとりの死者も出なかったのだ。
もちろん、前線に出た兵士たちは多かれ少なかれ怪我をしている。全員が負傷者。そう言ってもいいありさまだ。それでも、死者はただのひとりも出なかった。いくら圧倒的な勝利であっても戦場でひとりの死者も出ない。これは奇跡と言ってもいい出来事だった。あの熊猛紅蓮隊でさえ、どんなに圧勝に見えても戦いのたびに死者を出し、徐々に弱体化していったのだ。
それを思えば死者のひとりも出さずに鬼部を追い払った今回の戦いはまさに絶対勝利。人類を守る新たな英雄の登場を示す戦いだった。
それでなくても、いつ何時、襲ってくるかわからない鬼部に脅かされていた人々だ。その鬼部を粉砕し、町を守った英雄たちの出現に狂喜しないわけがなかった。
スミクトルの宿将モーゼズが、オグルの烈将アルノスが、ポリエバトルの雌豹将軍バブラクが、そして、かの人たちに従う兵士たちが、町の人々に囲まれ、賞賛され、頭や、肩や、胸を叩かれ、感謝の意を送られている。町人のなかには『戦勝記念だ!』とばかりに自分の店のパンやら、肉やら、ワインやらを持ち出し、兵士たちにどんどん振る舞っているものもいた。
その騒ぎのなか、全軍を指揮する立場にある総将ジェイは狂喜する人々の間を縫い、ようやく、ハリエットのもとへとやってきた。
「ハリエット陛下。遅くなりましたことお詫び申しあげます。羅刹隊、防衛任務を完了したことをここにご報告いたします」
「……はい」
ハリエットは万感の思いを込めてジェイの言葉を受けとめた。その大きな目からは大粒の涙がこぼれそうになっている。
「そして、アステス警護団長。我々に防衛戦を任せてくれたこと感謝する」
「はっ……!」
ジェイの謝意に、アステスは堅苦しいほどにしゃちほこばった答えた。
三人の横ではまるで、ひょいひょいと人の頭の上を渡るようにして、身軽に人の群れをくぐり抜けてきた来たサアヤが、愛しの彼女に抱きついている。
「カナエ、勝ったよおっ! ご褒美ちょーだい、ご褒美のチュー!」
「………! そ、それはあとで……じゃなくて! サアヤさま、勝ったのはいいですけど、鬼部ふたりを倒す間に味方ひとりは蹴り飛ばしていたような……」
「え~、そうかなあ? 気付かなかったよ。まあ、いいじゃん。勝ったんだからさ。ご褒美、ご褒美」
「だから、それはあとで……!」
カナエを巻き込み、ふたりの世界に突入しているサアヤのことは放っておいて、ハリエットはジェイに向き直った。
「見事な勝利でした。ただ勝つだけではなく、死者のひとりも出さないとは。ジェイ総将の日頃の鍛錬と、指揮能力の賜ですね」
「いいえ、陛下。死者を出さなかったことへの賛辞はこのものたちにこそ」
ジェイはそう言って後ろに控える一団を指し示した。一揃いの制服に身を包んだ男女の群れ。白と朱の制服は土にまみれ、血に染まり、赤黒く変色している。
「兵士たちの身命を支える衛生班です。かの人たちが激戦のなか、我が身の危険も省みずに傷ついた兵士たちを搬送し、治療してくれたからこそ死者のひとりも出さずにすんだのです」
ジェイの言葉に――。
ハリエットは衛生班の一団を見た。みんな、若い。どの顔も血と汗と土にまみれ、汚れきっていたが、使命感と誇り、そして、『自らの役目を果たした』という充実感に輝いている。
ハリエットは優しく微笑むと軽くうなずいた。立ち並ぶ衛生班に声をかけた。
「あなたたちの活躍は防壁の上から見ていました。危険をものともせずに前線に突撃し、負傷者を助けるその姿。あなたたちこそ史上もっとも勇敢な戦士たちです」
ハリエットの言葉は誇張ではない。三人一組となった衛生兵たちは血しぶきの飛び散る戦場に突撃し、自分では動けなくなった兵士を抱えあげ、後方の安全地帯へと送り届け、再び負傷者救出のために前線に飛び込んでいく……それを幾度となく繰り返していたのだ。その姿はまさに『獅子奮迅』と呼ぶにふさわしいものだった。
「あなたのおかげで大切な人の命が失われずにすみました。あなたの勇気と献身に心からの感謝を捧げます。どうか、これからも御身の知恵と力によって人々の命を守ってくださいますよう」
ハリエットは衛生兵一人ひとりの手をとって、そう語りかけて感謝を伝えた。諸国連合の盟主自らそんな扱いを受けて、衛生兵たちはより一層その顔を誇らしさに輝かせた。このあたりが剣を振るう戦士以外にはなんの興味も関心もなかったかつてのレオンハルト国王レオナルドや、熊猛将軍ウォルターと、ハリエットとの決定的なちがいだった。
人々の賛辞を受ける役はモーゼズたちに任せて――酒が入って興に乗ったモーゼズが、サアヤと一緒になって下手な素人芝居を意気揚々と披露しはじめたときはさすがにとめるべきかとも思ったが――ハリエットはジェイとアステスと共にその場をはなれた。
そのまま病院に向かい、負傷した兵士たち一人ひとりと面会し、労をねぎらい、感謝の意を伝えた。兵士たちはその心遣いに感謝し、喜びに顔を輝かせた。しかし、それ以上に嬉しそうだったのがジェイとアステス。ハリエットのこの姿勢こそ、ジェイとアステスが部下を率いる身としてレオナルドやウォルターに求め、決して得られなかったものだった。
一人ひとりに割ける時間はごく短いものとは言え、何万という負傷者が相手ではさすがに時間がかかる。面会を終えたときにはもう真夜中になっていた。さすがに、人々の戦勝気分も一段落し、町中は平穏な空気を取り戻していた。もちろん、防壁の上には『鷹の目』と呼ばれる視力に優れた兵士たちが見張りについていたし、アステス配下の警護騎士団はいつでも出陣できるよう兵舎につめてはいたが。
ハリエットはジェイ、アステスと共に私室に戻った。部屋の半分近くを占めるテーブルにティーポットとティーカップ、それに、少しばかりの茶菓子を用意してささやかなティータイムを楽しんだ。とは言っても、この三人の立場と性格、そして、いまの人類の状況では話の内容は軍事的なものにならざるを得ないのだが。
「それにしても、驚きました」
ハリエットがティーポットを両手で包みながら言った。
「衛生班の人たちのあの手。あれはまるで日々、剣の修行に打ち込む兵士たちのようでした。戦うわけでもない衛生班の人たちがあんなに鍛えているだなんて」
「それは、私も気がつきました」と、アステス。
「皆、体力があり、運動能力も高い。もちろん、軍であるからには衛生班は必須なわけですが、あそこまで鍛えられた衛生班は見たことがありません」
「はい。羅刹隊の編成に伴い、衛生班の重要性を見直し、徹底した身体強化を指示しました。戦場において兵士たちを救い、自らの身命も守れるように。そのために育成部門を新たに開設し、専門の訓練機関を設け、集中して訓練に取り組みました。過酷な鍛錬を課す分、報酬を得られるように給与をあげ、自らの職務に誇りと使命感をもてるよう、月に一度、兵士たちによってもてなす日を設けました。その日ばかりは兵士たちがホストとなって衛生班を客として向かえ、料理を振る舞うのです」
「まあ」
「なんと」
ハリエットが感嘆の声をあげ、アステスが驚きのあまり目を丸くした。
「それはとてもすばらしいことです。そんなことを思いつくなんてさすが、ジェイ総将ですね」
「いえ、陛下。これは陛下の方針に従ったことです」
「わたしの?」
「はい。
『人目につかず、地道な働きをするものが報われる国を作る』
その陛下の理念にふれたとき、気付いたのです。国王レオナルドや熊猛将軍ウォルターに対し、兵士たちに対する気遣いを求めておきながら私自身、直接の部下である兵士たちにしか目が向いていなかったと言うことに。
兵士たちが戦えるのは兵士たちが食べる食物を作り、その食物を輸送し、武器や鎧を作り、怪我を治療してくれる人々がいるからこそ。だと言うのに私はその点に思い至りませんでした。
ですから、羅刹隊の編成に当たっては兵士たちにそのことを徹底しました。私自身がそのことを忘れないためにも。羅刹隊は自分たちを支えてくれるまわりの人たちへの感謝と信頼によって成り立っています。
自分たちのために農家が食糧を生産してくれる。
商人がその食糧を運んできてくれる。
鍛冶師が武器を作ってくれる。
服飾師が魔法の防衣を編んでくれる。
衛生班が負傷した自分を助けてくれる。
その信頼が羅刹隊の士気の高さを支え、なんの心配もなく戦えるようにしているのです」
「信頼……。素晴らしい言葉です。まさにいま、全人類が一丸となって鬼部に立ち向かおうとしているのですね」
「そのとおりです」
その言葉に――。
ハリエットはうっとりとジェイを見つめた。
ジェイはまっすぐにその視線を見つめ返した。
その場にふたりの世界が出来上がり――。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
怒りに満ちたアステスの咳払いが連呼した。
ハリエットとジェイは『ハッ!』とした表情になった。ふたりとも頬を赤く染めた。ジェイはわざとらしく咳払いするとつづけた。
「……かつてのレオンハルト王国はその点で誤りました。自分たちの強さに驕りたかぶり、勇者と熊猛将軍、一握りの傑出した戦士ばかりを優遇し、その下で支えてくれる人々を軽んじた。その結果が今のありさま。我々はその轍を踏みはしない。我々に勇者はいない。だからこそ――」
ジェイはいったん言葉を切ると、きっぱりと言いきった。
「我々が史上最強です」
「……たしかに」
ハリエットはうなずいた。その横ではアステスも誇りをいっぱいにたたえた顔をジェイに向けている。
「わたしたちは苦難を乗り越え、いま再び戦う力を手に入れた。わたしたちこそ史上最強の人類です。行きましょう、レオンハルトへ。鬼部によって狩りの獲物とされた人々を救い出し、人間に戻すのです」
「はいっ!」
ジェイが、アステスが、ハリエットの言葉に決意を示した。
まさに、いま――。
逆襲の刻。
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第三話につづく
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