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一七章 あたしがイジメに……?
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あたしは、そのことに気がついていなかった。
それどころじゃなかったから。
「夏と言ったらサマーフェスティバル! 音楽の祭典の季節だ。それに合わせて、八月になったらYouTube上でデビューしよう!」
野々村さんがそう言いだして、武緖先生も賛成したから。
「そうね。デビューするにはいい時期だわ。でも、そうとなったら覚悟しなさい。八月までもう日がないんだから、いっそう厳しくレッスンするわよ」
「まだ五月ですよ。三ヶ月もあるじゃないですか」
「アイドルのレッスンに三ヶ月なんてあっという間よ。いますぐ特訓に入るから準備しなさい」
「はい!」
と言うわけで、武緖先生のレッスンはますます厳しく、容赦のないものになっていた。だから、気がついていなかったのだ。まわりの人たちがどんどん、よそよそしくなっていることに。あたしのまわりから人がいなくなっていることに。誰もが遠巻きにあたしを見て、まるで、さわってはいけないものに対するような目で見ていることに。
八月のデビューで頭がいっぱいになっていたあたしはそのことに全然、気がついていなかった。
でも、ある日、そのことを思い知らされた。
それは、次の授業のために廊下を移動しているときに起こった。
あたしの前から歩いてきた、ふたり連れの女子生徒。同学年のその女子生徒のひとりが急にあたしの方によってきた。そして――。
ドン!
音を立てて、あたしの肩にぶつかった。
驚いた。
まわりに人がいたわけでもないのに急に身をよせてきたことといい、その勢いのよさといい、あきらかにわざとぶつかってきたのだ。唖然として振り向くあたしに向かい、その女子生徒は表面だけは丁寧に言った。
「あら、ごめんなさい」
その言い方。
それが、あたしには大きなショックだった。
その声、その言い方、その表情。
あたしはそれを知っていた。スクールカースト上位の生徒が、下位の生徒に向ける勝ち誇った態度だ。自分の優位を確信し、相手を見下すときの態度だ。
なんで?
どうして、あたしがそんな目に?
あたしはスクールカースト最上位で、誰からもそんな目に遭わされることはないはずなのに。
そのためにいままで必死に、カーストの位階を守るための努力をしてきたのに……。
あたしは混乱した。わけがわからなかった。
でも、そのときからたしかに、あたしの中学生活はかわった。かわってしまったのだ。
あたしはまちがいなく学校のなかの有名人であり、人気者だった。あたしのまわりにはいつだって人がいたし、みんな、あたしに近づきたがった。それなのに――。
いつの間にか、あたしのまわりには誰も近づかなくなっていた。気がついたとき、あたしはボッチで教室のなかでポツンと孤立していた。
誰も近づいてこない。
誰も話しかけてこない。
こっちから近づいても、話しかけてもみんな、さわってはいけないものに対するような表情を浮かべて、そそくさと立ち去ってしまう。
親友の紗菜でそえ、そうだった。というより、紗菜が一番だった。他の人はあたしが話しかけてはじめて、戸惑った表情を浮かべて言い訳しながらどこかに行ってしまう。そんな感じだったのに、紗菜ときたら、あたしが話しかける間もないように距離をとっていた。あたしが近づくとすぐにそれと察して席をはなれ、どこかに行ってしまう。
あたしは親友のその姿に途方に暮れるしかなかった。そして――。
そんなあたしを見るクラスメイトの目。それはまちがいなく、スクールカースト下位の生徒を嘲笑う目だった。
プークスクス。
昼日中の教室のなかで、あたしを嗤う目があたしを囲み、あたしを嗤う声があたしを囲んでいた。大勢の生徒がいるはずの教室。そのなかで――。
あたしはボッチで孤立していた。
いつの間にか、そうなっていた。
なんで?
どうして?
いくら、考えてみてもわからない。そんな扱いを受けるきっかけなんてなかったはずなのに。でも、現にあたしはいまや、クラスのなかで攻撃される側だった。
そして、体育の授業のあと、決定的なことが起こった。
体育の授業でもあたしはすっかりボッチだった。ペアを組むよう言われても、相手がいない。みんな、あたしをさけて、逃げてしまう。
いままで、一度だってこんなことはなかった。紗菜はいつだって側にいたし、あたしと組みたがる子はいくらでもいた。スクールカースト最上のあたしとペアを組むことは、そこまでの地位にない子たちにとってステータスだったのだから。
それなのに、いまやあたしは誰ともペアを組んでもらえないカースト最下位だった。
先生もそのことには気がついていたらしく、戸惑った表情を浮かべていた。でも、なにも言わなかったし、なにもしようとはしなかった。
当然よね。先生たちになんとかできるならイジメも、スクールカーストも、こんなに問題になるわけない。学校側にはどうしようもないからこそ、こんなに広まり、定着しているんだから。
それでも、とにかく、あたしは体育の授業を終えて、教室に戻った。すると――。
いったい、誰の仕業か、あたしの席の上に小さな花瓶が置いてあった。仏前に供える花を生けて。
あまりのショックに、あたしはその場で固まってしまった。
あたしを嗤う目があたしを囲んでいた。
あたしを嗤う声があたしを囲んでいた。
大勢のクラスメイトたちに囲まれながら、あたしはひとり、ひとりきりだった。
あたしは唇を噛みしめた。あふれそうになる涙を必死に堪えながら席に近づいた。花瓶をひっつかみ、花ごとゴミ箱に叩き込んだ。
唇を噛みしめたまま席に着く。どんなに堪えようとしてもどうしても涙は浮いてしまう。
――涙なんて、拭いてやるもんか。
あまりの悔しさにあたしはそう想った。唇を噛みしめたまま、あふれる涙をそのままにしておいた。それは、あたしのせめてもの意地だった。
――そうよ。こんなことぐらいであたしは、絶対に……。
あたしには紗菜がいるんだから。紗菜だけは絶対に、あたしの味方でいてくれる。紗菜がいてくれれば、どこの誰かになにをされたって気になんてするもんか。
そうよ。なんとしても、平然にやり過ごしてやる。
そう思い、授業の準備をするために席のなかに手を入れた。そのあたしの指先になにかがふれた。不審に思いながら取り出してみると、それは一枚の紙片だった。
広げてみると、女子らしい遠慮がちな字で一言、
――SNSに悪口があふれてるよ。
そう書いてあった。
あたしはあわててスマホを取り出した。授業時間は迫っていたけど、そんなことを気にしていられる場合じゃない。とにかく、紙に書かれていたことが本当がどうか確かめなくちゃ……!
答えはすぐに見つかった。
操作したスマホの画面。そこにはこんな文章が表われていた。
――内ヶ島静香っているじゃん? あいつ、アイドル目指すんだって。バカだよねえ。ちょっとかわいいからって、田舎の中学生が勘違いしちやってさあ。
あたしは自分がスクールカーストから転落した理由を知った。
そして、気がついた。
転落者は格好のイジメの標的であることを。
それどころじゃなかったから。
「夏と言ったらサマーフェスティバル! 音楽の祭典の季節だ。それに合わせて、八月になったらYouTube上でデビューしよう!」
野々村さんがそう言いだして、武緖先生も賛成したから。
「そうね。デビューするにはいい時期だわ。でも、そうとなったら覚悟しなさい。八月までもう日がないんだから、いっそう厳しくレッスンするわよ」
「まだ五月ですよ。三ヶ月もあるじゃないですか」
「アイドルのレッスンに三ヶ月なんてあっという間よ。いますぐ特訓に入るから準備しなさい」
「はい!」
と言うわけで、武緖先生のレッスンはますます厳しく、容赦のないものになっていた。だから、気がついていなかったのだ。まわりの人たちがどんどん、よそよそしくなっていることに。あたしのまわりから人がいなくなっていることに。誰もが遠巻きにあたしを見て、まるで、さわってはいけないものに対するような目で見ていることに。
八月のデビューで頭がいっぱいになっていたあたしはそのことに全然、気がついていなかった。
でも、ある日、そのことを思い知らされた。
それは、次の授業のために廊下を移動しているときに起こった。
あたしの前から歩いてきた、ふたり連れの女子生徒。同学年のその女子生徒のひとりが急にあたしの方によってきた。そして――。
ドン!
音を立てて、あたしの肩にぶつかった。
驚いた。
まわりに人がいたわけでもないのに急に身をよせてきたことといい、その勢いのよさといい、あきらかにわざとぶつかってきたのだ。唖然として振り向くあたしに向かい、その女子生徒は表面だけは丁寧に言った。
「あら、ごめんなさい」
その言い方。
それが、あたしには大きなショックだった。
その声、その言い方、その表情。
あたしはそれを知っていた。スクールカースト上位の生徒が、下位の生徒に向ける勝ち誇った態度だ。自分の優位を確信し、相手を見下すときの態度だ。
なんで?
どうして、あたしがそんな目に?
あたしはスクールカースト最上位で、誰からもそんな目に遭わされることはないはずなのに。
そのためにいままで必死に、カーストの位階を守るための努力をしてきたのに……。
あたしは混乱した。わけがわからなかった。
でも、そのときからたしかに、あたしの中学生活はかわった。かわってしまったのだ。
あたしはまちがいなく学校のなかの有名人であり、人気者だった。あたしのまわりにはいつだって人がいたし、みんな、あたしに近づきたがった。それなのに――。
いつの間にか、あたしのまわりには誰も近づかなくなっていた。気がついたとき、あたしはボッチで教室のなかでポツンと孤立していた。
誰も近づいてこない。
誰も話しかけてこない。
こっちから近づいても、話しかけてもみんな、さわってはいけないものに対するような表情を浮かべて、そそくさと立ち去ってしまう。
親友の紗菜でそえ、そうだった。というより、紗菜が一番だった。他の人はあたしが話しかけてはじめて、戸惑った表情を浮かべて言い訳しながらどこかに行ってしまう。そんな感じだったのに、紗菜ときたら、あたしが話しかける間もないように距離をとっていた。あたしが近づくとすぐにそれと察して席をはなれ、どこかに行ってしまう。
あたしは親友のその姿に途方に暮れるしかなかった。そして――。
そんなあたしを見るクラスメイトの目。それはまちがいなく、スクールカースト下位の生徒を嘲笑う目だった。
プークスクス。
昼日中の教室のなかで、あたしを嗤う目があたしを囲み、あたしを嗤う声があたしを囲んでいた。大勢の生徒がいるはずの教室。そのなかで――。
あたしはボッチで孤立していた。
いつの間にか、そうなっていた。
なんで?
どうして?
いくら、考えてみてもわからない。そんな扱いを受けるきっかけなんてなかったはずなのに。でも、現にあたしはいまや、クラスのなかで攻撃される側だった。
そして、体育の授業のあと、決定的なことが起こった。
体育の授業でもあたしはすっかりボッチだった。ペアを組むよう言われても、相手がいない。みんな、あたしをさけて、逃げてしまう。
いままで、一度だってこんなことはなかった。紗菜はいつだって側にいたし、あたしと組みたがる子はいくらでもいた。スクールカースト最上のあたしとペアを組むことは、そこまでの地位にない子たちにとってステータスだったのだから。
それなのに、いまやあたしは誰ともペアを組んでもらえないカースト最下位だった。
先生もそのことには気がついていたらしく、戸惑った表情を浮かべていた。でも、なにも言わなかったし、なにもしようとはしなかった。
当然よね。先生たちになんとかできるならイジメも、スクールカーストも、こんなに問題になるわけない。学校側にはどうしようもないからこそ、こんなに広まり、定着しているんだから。
それでも、とにかく、あたしは体育の授業を終えて、教室に戻った。すると――。
いったい、誰の仕業か、あたしの席の上に小さな花瓶が置いてあった。仏前に供える花を生けて。
あまりのショックに、あたしはその場で固まってしまった。
あたしを嗤う目があたしを囲んでいた。
あたしを嗤う声があたしを囲んでいた。
大勢のクラスメイトたちに囲まれながら、あたしはひとり、ひとりきりだった。
あたしは唇を噛みしめた。あふれそうになる涙を必死に堪えながら席に近づいた。花瓶をひっつかみ、花ごとゴミ箱に叩き込んだ。
唇を噛みしめたまま席に着く。どんなに堪えようとしてもどうしても涙は浮いてしまう。
――涙なんて、拭いてやるもんか。
あまりの悔しさにあたしはそう想った。唇を噛みしめたまま、あふれる涙をそのままにしておいた。それは、あたしのせめてもの意地だった。
――そうよ。こんなことぐらいであたしは、絶対に……。
あたしには紗菜がいるんだから。紗菜だけは絶対に、あたしの味方でいてくれる。紗菜がいてくれれば、どこの誰かになにをされたって気になんてするもんか。
そうよ。なんとしても、平然にやり過ごしてやる。
そう思い、授業の準備をするために席のなかに手を入れた。そのあたしの指先になにかがふれた。不審に思いながら取り出してみると、それは一枚の紙片だった。
広げてみると、女子らしい遠慮がちな字で一言、
――SNSに悪口があふれてるよ。
そう書いてあった。
あたしはあわててスマホを取り出した。授業時間は迫っていたけど、そんなことを気にしていられる場合じゃない。とにかく、紙に書かれていたことが本当がどうか確かめなくちゃ……!
答えはすぐに見つかった。
操作したスマホの画面。そこにはこんな文章が表われていた。
――内ヶ島静香っているじゃん? あいつ、アイドル目指すんだって。バカだよねえ。ちょっとかわいいからって、田舎の中学生が勘違いしちやってさあ。
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