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一一章 エネルギー無料!

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 「ここの畑レストランはすごいよ。ただ、その畑でとれたものを使っているっていうんじゃなくて、畑そのものがレストランなんだ」
 「畑そのものがレストラン? どういう意味?」
 キョトンとして尋ねるあたしに、野々村ののむらさんはニコッと笑って見せた。中身小学生な男の子だけにこういう無邪気な笑顔がよく似合う。なんだか、かわいく見えてきた。
 「ほらここ。ズラッと丈の低い果樹が並んでるでしょ」
 「あ、うん、そうね」
 野々村ののむらさんの言うとおり、あたしたちの身長よりちょっと高い程度の木がズラッと並んで畑のまわりを取り囲んでいる。それが全部、果樹らしいけど、春のいまはまだ実が成るには早いみたい。白い花、青い花、黄色い花……花は色々咲いているけど、実はひとつもついていない。
 「このフェンス代わりの果樹で囲まれた区画が丸ごと畑レストランなんだ。入場料さえ払えば、このなかの野菜や果物は全部、食べ放題なんだよ」
 「食べ放題⁉」
 食べ放題。
 その一言に、あたしの目がギラリと光る。
 「もちろん、ちゃんとしたレストランもあって、料理も食べられるけどね。とにかく、なかに入ってみよう」
 あたしは野々村ののむらさんに誘われるままに畑レストランに入っていった。中学生の懐具合では『入場料』はやっぱり心配だったけど、思ったより高くなかった。っていうか、テーマパークの施設入場料としては驚くほど安い。こんなんで、レストランの方はやっていけるの?
 「食べ放題でお客を誘って、レストランの料理て稼ぐ……っていう戦略だからね。入場料はあえて低く抑えてあるんだよ」
 なるほど、納得。
 とにかく、あたしと野々村ののむらさんは入場料を払って畑レストランのなかに入った。そこはなんと言うかもう……異世界だった!
 大地を埋め尽くす一面の緑。そよそよとさわやかな風が吹き、野菜たちが揺れている。優しい緑色とその動き。空の青とのコントラスト。ここに立ってあたりを眺めているだけで目が良くなっていきそうな、そんな場所。
 畑のなかにはあたしたちの胸ぐらいまである大きな土のベッドがズラッと並び、その上で野菜が育てられ、そこかしこに大きな木も植えられている。ベッドとベッドの間の通路はたっぷり広くとられていて、歩いていても狭苦しさは全然、感じない。その通路にも色々な草がいっぱいに生えていて、その上をニワトリやガチョウ、小さなヒツジなんかがチョコチョコ歩いて地面を突っついたり、草を食んだりしている。
 ――か、かわいい……!
 その光景にあたしは思わず震えてしまった。
 お尻をフリフリ振りながら連れだって歩くガチョウたちのかわいいこと! そして、ヒツジのもふもふ具合! いやもう、たまらない!
 ラノベ世界で皆がみんな、異世界転生してもふもふ相手にスローライフしたがる気持ちが心の底からわかった。って言うか、ソーラーシステムを作れば、現実世界でもふもふ相手のスローライフが楽しめるってことよね? もう、それだけで太陽ソラドルになる甲斐があるって思えてきた。
 「とにかく、レストランに行って料理を注文しようよ。店内でも食べられるけど、今日は天気がいいから外で食べた方がいいよね」
 野々村ののむらさんにそう言われて、あたしはものすごくお腹が空いていることに気がついた。そう言えば、今日は朝早くに出発して電車とバスを乗り継いでやってきて、ここについてからもあちこち見てまわって……っていう調子だったから、もうずいぶん食べてないのよね。それに気がついた途端――。
 ぐぐう~。
 あたしのお腹は恐ろしく大きな音を立てて鳴っていた。その音のあまりの大きさに野々村ののむらさんが目を丸くしている。あたしは恥ずかしくなって顔中、真っ赤にしてちぢこまった。ところが、あたしのお腹の音につられたのか、野々村ののむらさんのお腹も同じぐらい大きな音を立てて鳴った。
 あたしと野々村ののむらさんとは呆気にとられて顔を見合わせた。それから、ふたりして思いきり笑った。
 畑のなかのレストランに向かうとそこは二階建てのけっこう大きな建物でなるほど、店内にはテーブル席が用意されている。でも、畑のなかにもテーブル席が用意されていて、そっちで食べてもかまわないとのこと。
 「ええと、なににしようかな?」
 せっかく、こんな素敵なところで食べられるんだからおいしいものを思いきり食べたいけど、懐具合とも相談しなきゃならないし……。
 「メニューはいろいろあるけど、せっかく小田原おだわらソーラーシステムに来たんだから、ふぁいからセットにしない?」
 野々村ののむらさんがそう言ってきた。
 「ふぁいからセット? なにそれ?」
 「ふぁいからりーふの五人をイメージしたセットだよ。ここの看板メニューなんだ。はい、これ」
 って、野々村ののむらさんは写真付きのメニューを手渡してきた。あたしはメニューを開いてふぁいからセットを確認した。
 赤葉あかばの情熱のレッドホットシチュー。
 青葉あおばの森のアイスハーブティー。
 黒葉くろはのビューティーライブレッド。
 黄葉おうはのゆるふわオムレツ。
 白葉しろはのびゅあびゅあホワイトプリン。
 ゴクリ、と、写真を見た途端、あたしの喉ははしたないぐらい大きく鳴った。だって、それぐらいおいしそうなんだもの!
 赤葉あかばの情熱のレッドホットシチューなんて、真っ赤なシチューのなかにごろごろした大きな野菜と肉の塊が入っていて、いまにもかぶりつきたいぐらい。
 青葉あおばの森のアイスハーブティーは透明な青色がいかにもさわやかな感じで、ひんやりとおいしそう。
 黒葉くろはのビューティーライブレッドは、その形が女の子なら誰もが憧れるようなスタイルそのもので、食べただけできれいになれそう。
 黄葉おうはのゆるふわオムレツは、見た目もきれいな上に写真からでもフワフワな食感が感じられていますぐ食べたい。
 白葉しろはのぴゅあぴゅあホワイトプリンは、見た目からでも優しい味わいが感じられる。
 どれも本当においしそうだし、これならぜひ、食べてみたい。でも、お値段が……。
 気になるのはやっぱり、その点。こういう場所の料理は高いのが普通だし、中学生の懐具合では……。
 あたしは、そう思って怖々と値段を確認した。そこに記された数字を確認した途端、あたしは目を丸くして驚いた。
 安い!
 安すぎる!
 テーマパークの料理なんて常識からは考えられないぐらい高いのがお約束なのに、ここのはメチャクチャ安い。近所のファミレスより安いぐらい。
 「なんで、こんなに安いの?」
 あたしは思わず野々村ののむらさんに尋ねていた。驚きのあまり声を潜めることも忘れていたのでお店の人にも聞かれちゃったかも知れない。反省。
 「そりゃあ、ここでは光熱費も水道代もタダだから。その分、料理も安いんだよ」
 「水道代も?」
 「うん。ここでは、ファンが課金したお金で太陽電池を買って、それでエネルギーを賄っているわけだけど、太陽電池だけだと天候次第で発電量がかわっちゃうから不安定だからね。だからまず、太陽電池で発電した電気を使って水を電気分解して水素を作って、その水素を使って燃料電池で発電してるんだ。水素なら溜めておけるから天候に関係なく発電できるからね」
 「……なるほど」
 「そして、燃料電池は発電するときに水も生む。その水をまず料理や生活用水に使って、排水を浄化して農業用水に利用。農業廃水はやっぱり浄化されて溜め池に溜められて、その水を電気分解して再び、水素に。そして、また、燃料電池で発電……っていうサイクルが敷地内でできあがってるんだ。大本のエネルギーである太陽は完全にタダだし、太陽電池や燃料電池といった設備は全部、ファンが課金したお金で買われている。だから、ソーラーシステムでは水も、電気も、熱も、全部タダなんだよ」
 「……なるほど。水道代も光熱費もタダなんて夢みたいね」
 あたしは思わず真顔になって呟いた。うちではママがしょっちゅう『光熱費がどんどん値上がりするから大変!』って、こぼしているから切実なのだ。
 野々村ののむらさんはそんなあたしに向かって、ニコッて微笑んで見せた。
 「夢なんかじゃないよ。僕たちだって、自分たちのソーラーシステムを作るんだから。そうしたら、水も、電気も、熱も、全部タダの暮らしができるよ」
 「……それは、あたしが太陽ソラドルとして売れればの話でしょ」
 「だいじょうぶ! 内ヶ島うちがしまさんなら絶対、太陽ソラドルとして成功するよ」
 ……また、そういう根拠のない自信を。
 でも、そう言いきる野々村ののむらさんの笑顔はなんだかちょっと頼もしかった。
 とにかく、あたしたちはふぁいからセットをふたり分、注文して外に出た。畑のなかにぽつぽつと置かれているテーブル席のうち、空いているものを見つけて、そこに料理を置く。それから、ふたりしてその辺をまわって好みの野菜をチョコチョコ摘んで戻ってくる。ふぁいからセットに採りたて野菜のサラダも添えて、さあ、召しあがれ!
 「おいしい!」
 一口、食べたとたん、あたしは叫んだ。野菜の旨味も、卵のコクも、いままで食べたことがないぐらい。そこに、朝からつづく空腹も重なってものすごくおいしい!
 おまけに、さわやかな春の晴天のもと、緑の広がる畑のなか、動物たちに囲まれ、心地良い風に吹かれながらときたら、これはもう天国だわ。って言うか、『トラックに轢かれて異世界転生しました』って言われても信じちゃうレベル。まさか、現実世界にこんな場所があったとは。
 世界って素晴らしい!
 「ああ、もう夢みたい! こんなところで暮らせたらなあ」
 あたしは思わずそう呟いていた。それはもちろん『夢』というやつで、本当にこんなところで暮らせるなんて思っていたわけじゃない。なにしろ、ここはテーマパークであって住宅地じゃないんだから。
 でも、野々村ののむらさんは簡単に言ってのけた。
 「暮らせるよ」
 「暮らせるの⁉」
 「うん。ここには『応援ハウス』もあるからね」
 「応援ハウス? なにそれ?」
 「応援ハウスに関しては僕が説明するより、これを読んでもらった方が早いと思うよ」
 野々村ののむらさんがそう言って自分のスマホを手渡してきた。画面に広がっていたのは礼のドルヲタさんのブログだった。
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