上 下
8 / 25

八章 のび太になりたい

しおりを挟む
 誘ったんだよって……。
 そんなキラキラした目で、そんなにまっすぐ言われたりしたら、あたしはいったいどうすればいいのよ⁉
 ああもう、ほんと、こいつ腹立つ!
 「のび……野々村ののむらさん」
 「なに?」
 って、あたしの言葉にこいつはやっぱり目をキラキラさせたまま、まっすぐに目を見ながら聞き返してくる。女子を相手にこんなにまっすぐ目を見ながら話をすることのできる男子なんて、クラスの陽キャのなかにもそうはいないのに。
 精神年齢がまだ小学生並で、異性を意識するほど成長していないからできるんだってことはもうわかってるけど……無自覚ってやっぱり、反則だわ!
 「聞きたいんだけど、あなた、なんでそこまでやりたがるの?」
 『のび太』はあたしの問いに、迷うことなくきっぱり答えた。
 「僕はのび太になりたいんだ」
 まっすぐに目を見返しながらのその答えに、あたしは思わず目をパチクリさせる。
 「のび太? のび太って、野比のび太?」
 「そう。野比のび太。僕のあだ名が『のび太』なのは知ってるよね」
 「え、ま、まあ、一応……」
 あたしは思わず口ごもって、視線をそらしてしまった。知ってるもなにも、影では決まって『のび太』呼び。本来の名前である野々村ののむら宏太こうたなんて呼んだことはない。それを知られるのはさすがにちょっとバツが悪い。
 でも、『のび太』こと野々村ののむら宏太こうたはあたしの思いなんて関係なしに話しはじめた。
 「のび太は出来の悪い人間だって思われてるけど、実はすごいんだよ。のび太は生き方の達人なんだ」
 「生き方の達人?」
 「そう。のび太は自分の幸せを知っている。しずちゃんとの結婚だ。その幸せを手に入れるために必要なのは、テストで一〇〇点とることでもなければ、草野球でホームランを打てるようになることでもない。まわりから信頼される人間になること、人並みに生活できる程度には稼げるようになること、その二点だ。のび太はそのふたつだけを集中して行い、それ以外のことはなにもしない。ものすごく効率的な生き方だよ。そうは思わない?」
 「『思わない?』って……のび太はなんにもしないじゃない。いつだって、昼寝して過ごしてるでしょう」
 「おとなになったのび太はちゃんと、自分の稼ぎで人並みの暮らしをしているじゃないか。それに、しずちゃんのお父さんが言ってただろう。『あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人間だ』って。のび太はおとなになるまでに、そこまで信頼されるぐらい自分を成長させたんだよ」
 「な、なるほど……」
 「自分の幸せをはっきりと自覚して、その実現のために必要なことだけをしっかりやって、あとは昼寝して過ごす。これぞ、まさに達人の生き方だよ。それに、のび太は行動力もすごいんだ。何度も学校をやめようとしているし、家出だって何度もしている。しかも、のび太は何度も起業している。小学生なのにれっきとした企業家なんだ。それもこれもすべては、自分の居場所を作るためだよ。
 のび太は押しつけられた居場所になんてこだわらないんだ。いまいる場所が自分にあわないと思ったら、そこから抜け出して自分の居場所を作ろうとする。それだけの行動力がのび太にはあるんだよ」
 「自分の居場所を……」
 「僕は、そんなのび太に憧れたんだ。のび太みたいに自分で行動して、自分の居場所を作りたい。家も、学校も、僕が望んだ居場所じゃない。誰かに勝手に押しつけられたものだ。そんな場所にこだわる必要はない。いつだって、他のどこかに自分の居場所を作っていいんだ。
 そして、僕みたいに勉強もスポーツもできない人間だって、起業すれば一国一城のあるじになれる。だから僕はずっと、起業するための勉強をつづけてきたんだよ」
 えっ? えっ?
 ちょってまってよ。それじゃなに? こいつが勉強もスポーツもできないのはもしかして、出来が悪いからじゃなくて起業するための勉強ばっかりしてきたからなの? 陰キャのボッチなのも、そのためなの?
 「そして、プロジェクト・太陽ソラドルを知った。『これだ!』と思ったんだよ。プロジェクト・太陽ソラドルに参加して自分のソーラーシステムを作れば、まちがいなく現代の城持ちになれる。自分の居場所を自分で作ることができるんだ。
 地元の歴史を調べて、内ヶ島うちがしま氏のことを知った。アイドルのことも勉強した。内ヶ島うちがしまさんは内ヶ島うちがしま氏と同じ名字だし、かわいいし、ダンスもうまいから絶対、内ヶ島うちがしま太陽ソラドルとして成功する。そう思ったんだ。そのとき、はっきり決めたんだ。何がなんでもやってみせるって」
 『のび太』は相変わらずキラキラした、まぶしくて直視できないような目でそう語ってくる。勉強もスポーツもできない、友だちもいなくて、いつもひとりでアイドルの動画ばっかり見てるキモヲタの陰キャボッチ。そう思っていたのに、それが全部、自分の居場所を作るためにがんばっていたからだなんて……。
 あたしは一度でも、こんなふうに自分の将来のことを考えて行動したことがある?
 スクールカーストの順位を守ることばっかりに必死で、それ以外のことはなんにもしてこなかったんじゃないの?
 家や学校にこだわる必要なんてない。
 自分の居場所は自分で作れる。
 もし、それが本当なら、あたしも……。
 「わかった」
 あたしはついに言った。自分が普通よりかわいいっていう自覚はある。ダンスだって、好きなわけじゃないけど自信はある。全国的なトップアイドルに、とまでは思わないけど、ご当地アイドルぐらいなら、あたしだって。
 それになにより、太陽ソラドルになることで学校以外の居場所を作ることができるなら……。
 「いいわ、野々村ののむらさん。太陽ソラドルになる。そのために必要なことを教えて」
 「本当⁉ やったあっ! ありがとう、内ヶ島うちがしまさん! 感謝するよ!」
 「お礼なんていいわよ。自分のためにやるんだから」
 「でも、ありがとう! 心から感謝するよ」
 野々村ののむらさんはそう言ってあたしの手を両手でつかみ、ブンブン振りまわす。だから、こういうところが小学生並だっていうのよ! こっちが照れちゃうじゃない!
 「で、でも……!」
 あたしは顔を真っ赤にして、野々村ののむらさんの手を振りほどきながら言った。
 「その前にやってもらわなくちゃいけないことがあるわ」
 「やってもらわなくちゃいけないこと? なに?」
 「あたしは未成年だから、なにかするには親の許可が必要なの。うちの親に会って、一緒に説得して」
 正直――。
 そう言うにはちょっとばかり勇気が必要だった。いままで親に男子を紹介したことなんてない。それがいきなり、家に連れて行くなんて。親に会って、話してもらうなんて。そんなのまるで……みたいじゃない。
 あたしは妙な想像をしてしまい、思わず真っ赤になってしまう。野々村ののむらさんがメガネの奥の目に不思議そうな表情を浮かべて、あたしの顔をのぞき込んだ。
 だから、距離感、近いっての!
 「どうかした、内ヶ島うちがしまさん? 顔中、真っ赤だけど」
 「な、なんでもない……!」
 あたしは思わず叫んだ。そのせいでますます顔が熱をもつのがはっきりわかった。
 「そ、それより! うちの親の説得、やってくれるの?」
 「うん、任せて!」
 野々村ののむらさんはそう言いながら、自分の胸を叩いて見せた。貧弱って言ってもいいぐらいの細い腕で、やっぱり貧弱って言ってもいいぐらいの雨水胸を叩いて見せた力強さなんてまるでないし、頼もしさも感じないけど――。
 メガネの奥の瞳はやっぱりまっすぐで、まぶしいぐらキラキラしていた。
 「ちゃんと、内ヶ島うちがしまさんのご両親に会ってわかってもらうよ。僕が一生、内ヶ島さんを支えるって」
 ああ、もう!
 無自覚ってやっぱり、腹立つ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也
青春
※堂々完結! ※あらすじ  スクールカースト上位のギャル柊笑苗は、連れたちとのカードゲームに大負けし、罰ゲームとしてクラスの男子に告白して十日間付き合うことに。  その標的となったのは陰キャボッチとして有名な新道樹。  ただの嘘告白。  ほんの十日間だけの悪ふざけ。  そのはずだった。ところが――。  陰キャボッチと思われていた新道樹は将来を見据え、世界とつながって活動する隠れハイスペック男子だった。それを知った笑苗は徐々に樹に惹かれていき……。  これは、嘘告からはじまり、本物の恋愛へと至る物語。 ※『カクヨム』、『アルファポリス』にて公開。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...