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二六章 台風に挑め!
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「出来た、ついに出来たぞ!」
志信が誇らしげに両手で一枚の図面を掲げて見せた。それは、空飛ぶ部屋の試作品、その設計図。育美たちが寝る間も惜しんで製作に励み、模型による実験を繰り返し、ついに作りあげた、四葉家の五姉妹の思いのこもった未来の設計図。
「ついに出来たのね!」
希見が喜びを爆発させた。
「ええ、希見さん。試作品の出来上がりです。まだ設計図ですけどでも、何度も実験を繰り返し、作りあげた設計図です。必ず、設計通りの性能を発揮してくれると確信しています」
「そう。わたしたちの思いの結晶。必ず、成功する」
その天賦の才で部品作りを手伝ってきた心愛もまた、拳をグッと握りしめて、いつも通りのクールな表情でそう宣言した。
「でも、なんだか不思議。空飛ぶ部屋なんていう、いままで誰も作ったことのないものが小さな町工場から生まれるなんて」
そういうのって普通、大企業の研究室とか、大学とか、そんな場所で生まれるものなんじゃないの?
と、五姉妹中随一の常識人である多幸が常識人らしいことを口にした。育美が笑いながら答えた。
「そんなものだよ、多幸ちゃん。世界ではじめて膝をまっすぐ伸ばして歩く二足歩行ロボットが生まれたのは大学の研究室なんかじゃない。六畳一間の自室だった。国際大会を制した世界最速のバイクが生まれたのは大企業の制作室なんかじゃない。自宅のガレージだった。世界をかえる発明はいつだって、個人によって生みだされてきたんだ」
「そうとも」
と、志信もグッと拳を握りしめ、力強く宣言した。その表情には限りない誇りが満ちている。
「世界をかえるのは名もない集団なんかじゃない。いつだって、強靱な意志をもつ『たったひとり』の人間だ。オレたちが作りあげるんだ。もう誰も、災害なんかで人が死ぬことのない社会を」
その言葉に――。
希見が、心愛が、多幸が、心からうなずいた。
災害によって突然、両親を失った姉妹たち。その心に宿る思いは皆、同じだ。
「ただ……」
育美が眉をひそめながら言った。『姉妹として生きていく』という決意を固めたためか、近頃すっかり女装が板につき、ますます自然に見えるようになっている育美である。そんな表情をするとやけになまめかしく、色気が感じられる。
「問題はどうやって世間に知らしめるかだ。いくら、すごいものを作っても世間に知られなければ意味がない」
「たしかに」
と、希見も愁いを含んだ表情になった。
「うちみたいな零細企業では、宣伝に力を入れるお金もないし……」
妹たちが必死の努力を重ねて作りあげた空飛ぶ部屋。それを世間に知らしめることができない。そのことに姉のとしてのふがいなさを感じているのだろう。希見は自分を責めるような表情になっていた。
あっさりと解決策を提示して見せたのは、生まれた頃から『常識が通用しない』と言われつづけた三女の心愛である。
「コンテストを開く」
「コンテスト?」
「自作の人力飛行機の飛行距離を競う大会が毎年、開かれ、注目を集めてきた。同じように空飛ぶ部屋の集まるコンテストを開けばいい」
「なるほど。『空飛ぶ部屋コンテスト』か。それなら、たしかに世間の注目も引けるな」
「ああ。基本的には小型飛行船だから、作ろうと思えばたいていの人間や企業が作れる。最初はオレたちだけでも毎年、地道に開催して注目を集めるようになれば参加者は増えていく。そうなれば、注目もどんどんあがっていく」
「『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』というキャッチフレーズは企業にしてみれば格好の宣伝材料になる。私たちが実際に作れることを証明すれば、あちこちの企業が参加するようになるはず。そうやって、参加者同士が競い合えば性能だってどんどん高くなる。費用だって安くなる。そうなれば、格段に普及しやすくなる」
「決まり」
と、発案者の心愛が親指を突き立ててクールに宣言した。
「でも……」
と、常識人の多幸が小首をかしげた。
「そんなコンテスト、どうやって開催するの? うちにそんなお金、ないよ?」
「うちにないなら、お金のある人を集めればいいのよ」
希見がはち切れんばかりの胸を叩きながら言った。
「任せて! ここは営業担当のわたしの出番。一〇〇社でも二〇〇社でもまわって、スポンサーを見つけてみせるわ」
「よし、決まりだ。『空飛ぶ部屋コンテスト』を開催して、『誰も災害で死ぬことのない社会』を作る第一歩を踏み出そう!」
育美がそう宣言すると――。
「おおっー!」
と、姉妹たちは腕を突きあげて一斉に叫んだ。
それからはもう毎日まいにちスポンサー探しに奔走する日々だった。
部品製造で関係のある企業はもちろん、自動車メーカー、飛行機会社、大手メディアから地元のケーブルテレビ局に至るまで、とにかく、金を出してくれそうな相手には片っ端から当たった。
もちろん、そうたやすく色よい返事がもらえるはずもない。何社まわっても結果は同じ、『こいつら、正気か?』という目で見られ、体よく追い払われるだけ。
希見たちは空飛ぶ部屋の意義を説き、『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』ことの意味を必死に訴えかけたが、理解を示してくれる相手はいなかった。
「この不景気と物価高で先行き不透明なのに、そんなわけのわからないことに関わっている余裕なんてない」
「先行き不透明だからこそ新しいなにかをはじめる必要があるんです! 空飛ぶ部屋はまさに新しい挑戦。いま、手をつけて成功を収めれば、未来の利益を独占できますよ」
「そうか、わかった。それじゃあ、その『未来の利益』とやらを現実のものにしてからまた来てくれ」
そして、ハンカチを振って追い返される。その繰り返し。
それでも、希見たちはめげなかった。断られても、断られても営業をつづけた。そしてついに、地元テレビ局の社長が言った。
「コンセプトは面白いと思う。『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』というのも、災害つづきのこのご時世では人目を引けるだろう」
「それじゃあ……」
パアッと、お日さまのような笑顔を咲かせる希見に向かい、社長は手を振って見せた。
「いやいや、たしかにコンセプトは面白いと思うよ、コンセプトはね。でも、いかんせん地味だからねえ。コンテストと言ってもただ飛行船が飛ぶだけだろう? 飛行船が飛ぶなんて当たり前だし、それだけではとても視聴者の興味を引けるとは思えないしねえ。なにかもっとこう、刺激となる要素があれば別だが……」
「それなら……」
と、同行している志信が身を乗り出した。社長のデスクに両手をつき、思いきり顔をよせて訴えた。
「台風のなかを突っ切るって言うのはどうです?」
「台風のなかを?」
「志信!」
志信のその大胆な発言に希見は悲鳴をあげたが、社長は興味を示したようだった。志信はつづけた。
「そうです。日本は台風大国です。夏ともなれば毎年、どこかに大型台風が上陸する。そのなかを突っ切るんです。そのために必死になっている操縦席の様子を生配信するんです。それなら、刺激もあるでしょう?」
「ふむ、なるほど。それは確かに緊迫感もあるし、おもしろそうだ。しかし、本当に大丈夫かね? それで、あえなく墜落……などと言うことになったら逆にイメージダウンになる。おいそれと承知はできないが……」
「だいじょうぶです!」
懸念を示す社長に対し、志信は全力で請け負って見せた。
「私たちが魂を込めて作りあげる空飛ぶ部屋です。台風なんかに負けません! 必ず、無事に渡りきってみせます」
「ふむ、なるほど。そこまで言うなら賭けてみるのも一興か。よろしい。その覚悟に免じて我が社がスポンサーになろうじゃないか」
「無茶よ、志信! いくらなんでも台風のなかを突っ切るなんて!」
家に帰った途端、希見が血相をかえて妹につめよった。しかし、志信はムッとした様子で言い返した。
「なんだよ、姉ちゃん。オレたちの作る空飛ぶ部屋を信用できないって言うのか?」
「そう言う問題じゃないでしょ!」
「いや、希見さん」
育美が口をはさんだ。
「空飛ぶ部屋の存在意義を思い出してください。『誰も災害で死なない社会を作る』というその一点です。それなのに『台風が来たら使えない』と言うんじゃ意味がない。激しい台風が来たときこそ、その脅威から逃れるために空飛ぶ部屋が必要になるんです。だったら、台風のなかを突っ切ることのできる性能は当然、必要とされます」
「そ、それはそうでしょうけど……」
「だいじょうぶ」
育美は、希見を安心させるために、にこやかに微笑んで見せた。
「空飛ぶ部屋の操縦はそうむずかしいものじゃない。私ひとりで充分、操作できます。万が一、墜落しても私ひとりが死ぬだけ。問題はないですよ」
「問題、大ありです!」
希見は思わず叫んだ。
志信が腕を組み、挑むような口調と表情で言った。
「なに言ってんだ。オレも乗るぞ」
「志信⁉」
「志信さん⁉」
希見と育美が同時に叫んだが、志信は当然のように答えた。
「空飛ぶ部屋はお前ひとりのものじゃない。オレの作るものでもある。制作者が自信をもてないようで、誰が信用する? 世間の信用を勝ち取るためにも制作者であるオレ自身が乗り込む必要がある」
「だったら……」
と、心愛も口をそろえた。
「わたしも部品作りで協力している。わたしも乗り込む」
「ダメだ!」
希見、志信、育美の三人が声をそろえた。
「いくらなんでも中学生を危険な目に遭わせるわけにはいかない。君だけは絶対にダメだ」
育美がそう断言すると、希見と志信も力強くうなずいた。言うまでもなくその表情には一切の迷いはなく、なにを言っても聞く気がないのは明らかだった。そんな姉たちの反応に心愛はぷうっと頬をふくらませた。
「とにかく、希見さん。私たちの思いが実を結ぶかどうかの瀬戸際なんだ。危険だなんだなんて言っていられない。ここは、なんとしても挑戦するべきときだ」
「そうとも、姉ちゃん。危険を怖れてばっかじゃなにもできやしない。挑戦しなけりゃ成功なんてなにひとつ手に入りゃしないぞ」
「……わかったわ」
育美と志信。ふたりのその言葉に――。
希見もついにうなずいた。
「でも、これだけは約束して。挑戦には万全を期すと。もし、少しでもなにか不具合が見つかったら中止すると。それだけは譲れない。いいわね?」
希見の言葉に――。
育美と志信はそろってうなずいた。
「わかった」
そんな三人の横では、同行を拒否された三女が怪しく目を光らせていた……。
そして、コンテストへの準備ははじまった。
生活を稼ぐための日々の仕事のかたわら、一つひとつ部品を作り、吟味し、何度もなんどもやり直し、作り直し、一歩いっぽ空飛ぶ部屋を作っていった。
時間は瞬く間に過ぎていった。
一月、二月、三月……。
やがて、半年が過ぎた。育美が四葉家に来てから一年。台風シーズンの八月。空飛ぶ部屋の第一号がついに完成した。
志信が誇らしげに両手で一枚の図面を掲げて見せた。それは、空飛ぶ部屋の試作品、その設計図。育美たちが寝る間も惜しんで製作に励み、模型による実験を繰り返し、ついに作りあげた、四葉家の五姉妹の思いのこもった未来の設計図。
「ついに出来たのね!」
希見が喜びを爆発させた。
「ええ、希見さん。試作品の出来上がりです。まだ設計図ですけどでも、何度も実験を繰り返し、作りあげた設計図です。必ず、設計通りの性能を発揮してくれると確信しています」
「そう。わたしたちの思いの結晶。必ず、成功する」
その天賦の才で部品作りを手伝ってきた心愛もまた、拳をグッと握りしめて、いつも通りのクールな表情でそう宣言した。
「でも、なんだか不思議。空飛ぶ部屋なんていう、いままで誰も作ったことのないものが小さな町工場から生まれるなんて」
そういうのって普通、大企業の研究室とか、大学とか、そんな場所で生まれるものなんじゃないの?
と、五姉妹中随一の常識人である多幸が常識人らしいことを口にした。育美が笑いながら答えた。
「そんなものだよ、多幸ちゃん。世界ではじめて膝をまっすぐ伸ばして歩く二足歩行ロボットが生まれたのは大学の研究室なんかじゃない。六畳一間の自室だった。国際大会を制した世界最速のバイクが生まれたのは大企業の制作室なんかじゃない。自宅のガレージだった。世界をかえる発明はいつだって、個人によって生みだされてきたんだ」
「そうとも」
と、志信もグッと拳を握りしめ、力強く宣言した。その表情には限りない誇りが満ちている。
「世界をかえるのは名もない集団なんかじゃない。いつだって、強靱な意志をもつ『たったひとり』の人間だ。オレたちが作りあげるんだ。もう誰も、災害なんかで人が死ぬことのない社会を」
その言葉に――。
希見が、心愛が、多幸が、心からうなずいた。
災害によって突然、両親を失った姉妹たち。その心に宿る思いは皆、同じだ。
「ただ……」
育美が眉をひそめながら言った。『姉妹として生きていく』という決意を固めたためか、近頃すっかり女装が板につき、ますます自然に見えるようになっている育美である。そんな表情をするとやけになまめかしく、色気が感じられる。
「問題はどうやって世間に知らしめるかだ。いくら、すごいものを作っても世間に知られなければ意味がない」
「たしかに」
と、希見も愁いを含んだ表情になった。
「うちみたいな零細企業では、宣伝に力を入れるお金もないし……」
妹たちが必死の努力を重ねて作りあげた空飛ぶ部屋。それを世間に知らしめることができない。そのことに姉のとしてのふがいなさを感じているのだろう。希見は自分を責めるような表情になっていた。
あっさりと解決策を提示して見せたのは、生まれた頃から『常識が通用しない』と言われつづけた三女の心愛である。
「コンテストを開く」
「コンテスト?」
「自作の人力飛行機の飛行距離を競う大会が毎年、開かれ、注目を集めてきた。同じように空飛ぶ部屋の集まるコンテストを開けばいい」
「なるほど。『空飛ぶ部屋コンテスト』か。それなら、たしかに世間の注目も引けるな」
「ああ。基本的には小型飛行船だから、作ろうと思えばたいていの人間や企業が作れる。最初はオレたちだけでも毎年、地道に開催して注目を集めるようになれば参加者は増えていく。そうなれば、注目もどんどんあがっていく」
「『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』というキャッチフレーズは企業にしてみれば格好の宣伝材料になる。私たちが実際に作れることを証明すれば、あちこちの企業が参加するようになるはず。そうやって、参加者同士が競い合えば性能だってどんどん高くなる。費用だって安くなる。そうなれば、格段に普及しやすくなる」
「決まり」
と、発案者の心愛が親指を突き立ててクールに宣言した。
「でも……」
と、常識人の多幸が小首をかしげた。
「そんなコンテスト、どうやって開催するの? うちにそんなお金、ないよ?」
「うちにないなら、お金のある人を集めればいいのよ」
希見がはち切れんばかりの胸を叩きながら言った。
「任せて! ここは営業担当のわたしの出番。一〇〇社でも二〇〇社でもまわって、スポンサーを見つけてみせるわ」
「よし、決まりだ。『空飛ぶ部屋コンテスト』を開催して、『誰も災害で死ぬことのない社会』を作る第一歩を踏み出そう!」
育美がそう宣言すると――。
「おおっー!」
と、姉妹たちは腕を突きあげて一斉に叫んだ。
それからはもう毎日まいにちスポンサー探しに奔走する日々だった。
部品製造で関係のある企業はもちろん、自動車メーカー、飛行機会社、大手メディアから地元のケーブルテレビ局に至るまで、とにかく、金を出してくれそうな相手には片っ端から当たった。
もちろん、そうたやすく色よい返事がもらえるはずもない。何社まわっても結果は同じ、『こいつら、正気か?』という目で見られ、体よく追い払われるだけ。
希見たちは空飛ぶ部屋の意義を説き、『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』ことの意味を必死に訴えかけたが、理解を示してくれる相手はいなかった。
「この不景気と物価高で先行き不透明なのに、そんなわけのわからないことに関わっている余裕なんてない」
「先行き不透明だからこそ新しいなにかをはじめる必要があるんです! 空飛ぶ部屋はまさに新しい挑戦。いま、手をつけて成功を収めれば、未来の利益を独占できますよ」
「そうか、わかった。それじゃあ、その『未来の利益』とやらを現実のものにしてからまた来てくれ」
そして、ハンカチを振って追い返される。その繰り返し。
それでも、希見たちはめげなかった。断られても、断られても営業をつづけた。そしてついに、地元テレビ局の社長が言った。
「コンセプトは面白いと思う。『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』というのも、災害つづきのこのご時世では人目を引けるだろう」
「それじゃあ……」
パアッと、お日さまのような笑顔を咲かせる希見に向かい、社長は手を振って見せた。
「いやいや、たしかにコンセプトは面白いと思うよ、コンセプトはね。でも、いかんせん地味だからねえ。コンテストと言ってもただ飛行船が飛ぶだけだろう? 飛行船が飛ぶなんて当たり前だし、それだけではとても視聴者の興味を引けるとは思えないしねえ。なにかもっとこう、刺激となる要素があれば別だが……」
「それなら……」
と、同行している志信が身を乗り出した。社長のデスクに両手をつき、思いきり顔をよせて訴えた。
「台風のなかを突っ切るって言うのはどうです?」
「台風のなかを?」
「志信!」
志信のその大胆な発言に希見は悲鳴をあげたが、社長は興味を示したようだった。志信はつづけた。
「そうです。日本は台風大国です。夏ともなれば毎年、どこかに大型台風が上陸する。そのなかを突っ切るんです。そのために必死になっている操縦席の様子を生配信するんです。それなら、刺激もあるでしょう?」
「ふむ、なるほど。それは確かに緊迫感もあるし、おもしろそうだ。しかし、本当に大丈夫かね? それで、あえなく墜落……などと言うことになったら逆にイメージダウンになる。おいそれと承知はできないが……」
「だいじょうぶです!」
懸念を示す社長に対し、志信は全力で請け負って見せた。
「私たちが魂を込めて作りあげる空飛ぶ部屋です。台風なんかに負けません! 必ず、無事に渡りきってみせます」
「ふむ、なるほど。そこまで言うなら賭けてみるのも一興か。よろしい。その覚悟に免じて我が社がスポンサーになろうじゃないか」
「無茶よ、志信! いくらなんでも台風のなかを突っ切るなんて!」
家に帰った途端、希見が血相をかえて妹につめよった。しかし、志信はムッとした様子で言い返した。
「なんだよ、姉ちゃん。オレたちの作る空飛ぶ部屋を信用できないって言うのか?」
「そう言う問題じゃないでしょ!」
「いや、希見さん」
育美が口をはさんだ。
「空飛ぶ部屋の存在意義を思い出してください。『誰も災害で死なない社会を作る』というその一点です。それなのに『台風が来たら使えない』と言うんじゃ意味がない。激しい台風が来たときこそ、その脅威から逃れるために空飛ぶ部屋が必要になるんです。だったら、台風のなかを突っ切ることのできる性能は当然、必要とされます」
「そ、それはそうでしょうけど……」
「だいじょうぶ」
育美は、希見を安心させるために、にこやかに微笑んで見せた。
「空飛ぶ部屋の操縦はそうむずかしいものじゃない。私ひとりで充分、操作できます。万が一、墜落しても私ひとりが死ぬだけ。問題はないですよ」
「問題、大ありです!」
希見は思わず叫んだ。
志信が腕を組み、挑むような口調と表情で言った。
「なに言ってんだ。オレも乗るぞ」
「志信⁉」
「志信さん⁉」
希見と育美が同時に叫んだが、志信は当然のように答えた。
「空飛ぶ部屋はお前ひとりのものじゃない。オレの作るものでもある。制作者が自信をもてないようで、誰が信用する? 世間の信用を勝ち取るためにも制作者であるオレ自身が乗り込む必要がある」
「だったら……」
と、心愛も口をそろえた。
「わたしも部品作りで協力している。わたしも乗り込む」
「ダメだ!」
希見、志信、育美の三人が声をそろえた。
「いくらなんでも中学生を危険な目に遭わせるわけにはいかない。君だけは絶対にダメだ」
育美がそう断言すると、希見と志信も力強くうなずいた。言うまでもなくその表情には一切の迷いはなく、なにを言っても聞く気がないのは明らかだった。そんな姉たちの反応に心愛はぷうっと頬をふくらませた。
「とにかく、希見さん。私たちの思いが実を結ぶかどうかの瀬戸際なんだ。危険だなんだなんて言っていられない。ここは、なんとしても挑戦するべきときだ」
「そうとも、姉ちゃん。危険を怖れてばっかじゃなにもできやしない。挑戦しなけりゃ成功なんてなにひとつ手に入りゃしないぞ」
「……わかったわ」
育美と志信。ふたりのその言葉に――。
希見もついにうなずいた。
「でも、これだけは約束して。挑戦には万全を期すと。もし、少しでもなにか不具合が見つかったら中止すると。それだけは譲れない。いいわね?」
希見の言葉に――。
育美と志信はそろってうなずいた。
「わかった」
そんな三人の横では、同行を拒否された三女が怪しく目を光らせていた……。
そして、コンテストへの準備ははじまった。
生活を稼ぐための日々の仕事のかたわら、一つひとつ部品を作り、吟味し、何度もなんどもやり直し、作り直し、一歩いっぽ空飛ぶ部屋を作っていった。
時間は瞬く間に過ぎていった。
一月、二月、三月……。
やがて、半年が過ぎた。育美が四葉家に来てから一年。台風シーズンの八月。空飛ぶ部屋の第一号がついに完成した。
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