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二五章 空飛ぶ部屋
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「さて。いよいよ、空飛ぶ部屋作りに本格的に取りかかることになったわけだけど……」
希見。
志信。
心愛。
多幸。
四葉家の四姉妹全員を前にして、育美はそう切り出した。
実際に製造に関わる技術者は育美と志信のふたりであり、心愛はまだ中学生と言うことで時間制限付きで手伝う、と言う布陣。希見と多幸は直接的には空飛ぶ部屋作りに関わるわけではない。しかし、希見は社長として経理・営業の面で屋台骨を支える立場であるし、多幸は家事全般を管理することで全員の生活を支えるという重要な役割を担っている。まさに、全員一丸となっての総力戦で空飛ぶ部屋作りに挑むのだ。だったら――。
――四人全員にきちんと話を通しておかないと。
そう思い、全員を前にして話しているのだった。
「空飛ぶ部屋を実用化するに当たって、最重要なのは言うまでもなく安全性だ。安全性が確保されなければ普及するはずがない」
育美は四姉妹を前にまずはそう切り出した。
「ただし、安全性は最重要ではあってもむずかしい問題じゃない。空飛ぶ部屋は飛行船であり、飛行船はすでに成熟した技術だ。安全性を確保することは簡単……とは言わないけど、とくにむずかしいことじゃない。むしろ、むずかしいのは形状だ」
「形状?」と、志信。
「そう。想像してみてくれ。一般的な飛行船の形を。あんなものを部屋として家に置いておけるか?」
言われて、四姉妹はそれぞれに思い描いた。一般的に飛行船と呼ばれる形をしたものが家に乗っかっているその様を。そして、全員が思った。
「いや、そりゃ無理だろ」
志信が全員の思いを代表して言うと、他の三人もコクコクとうなずいた。それに遅れて育美もうなずいた。
「そう。無理だ。あんなずんぐりした代物が家にくっついていたら邪魔でしょうがない。まして、日本は風の国だ。強風が吹くのは当たり前だし、台風だってある。そのなかであんな図体がおいてあったら風が吹くたびに揺れにゆれて大変なことになる。そんなことじゃ普及するわけがない。空飛ぶ部屋を実用化させるためには風の影響を受けずに、安定しておいておける形状を工夫する必要がある」
「それじゃ、地下に埋める?」と、心愛。
「飛行船の上下をひっくり返して気嚢部分を地下のガレージに埋め込んでしまえば、風の影響は受けないし、かさばることもない」
心愛の提案にふたりの姉とひとりの妹は、口をそろえて『おおー』と、感心した。
しかし、育美は静かに首を横に振った。
「それは、私も考えたことがある。でも、その方式にはふたつの問題がある」
「問題?」
「そう。ひとつは安全性。水素は空気よりも軽い気体だ。漏れ出せば上へ、上へとあがっていく。それは、水素の安全性を担保する特性でもある。上にあがっていくと言うことは、火が点いても上に向かって燃えあがるばかりで、まわりに広がって延焼することがないと言うことだからね。地下のガレージにおいておいてはその特性を生かせない。上に登るはずの水素が行き場を失い、まわりじゅうに延焼し、爆発を起こすことになる」
「なるほど」
と、心愛はかわることのないクールな表情でうなずいた。
「もうひとつの問題は?」
志信が尋ねた。
「災害時の対応だ。考えてみろ。地震が起きて、町を津波が襲ったとする。そのとき、ちょうど家にいて、すぐに空飛ぶ部屋に乗って逃げることができる……なんていう確率がどれだけある? ほとんどの場合、家にいないときに災害に見舞われるはずだ。そのとき、空飛ぶ部屋自体が地上にあって、津波に呑まれて破損してしまったらなんの意味もない。役に立たないどころか、よけい被害を増やすことになる。このふたつの理由から、私は空飛ぶ部屋を地下に収納することはやめた」
「それじゃ、どうするんだ?」と、志信。
「飛行船を縦型にする」
「縦型にする?」
「そう。飛行船の気嚢部分を上にまっすぐ伸びた翼型に整形し、屋根の上に乗せておく。そうすれば、津波に呑まれても空飛ぶ部屋まで被害に遭うことはまずないだろう。貴重品の類はすべて、空飛ぶ部屋においておけば津波に流される怖れもない」
「それはそうだろうけど……」
志信が戸惑ったような表情で言った。
「縦に伸びた翼なんて屋根の上においておいたら、それこそ風を受けたときに大変だろう?」
平たい真横から強風を受けたらもろに折れて、大惨事になりそうである。それでなくても、風を受けた音が鳴り響いてとんでもない近所迷惑になるだろう。
「そう。だから、翼型の気嚢部分は回転できるようにする。回転して常に先端部分を風の吹く方向に向いていれば風の影響は最小限に抑えられる。それに、空を飛んでいるときはこの翼で風を捕まえ、推進力にかえることもできる」
「で、でも、そんなギミックをつけたら機構も複雑になるし、強度も弱くなるんじゃないか?」
と、志信が技術者らしい懸念を口にした。
育美は怒らなかった。うなずいて、その懸念を受け入れた。
「もっともな懸念だ。でも、いまは試作の段階だ。その段階ではとにかく考えつくことはすべて盛り込むべきだと思う。そして、模型を作り、実験を重ね、その過程でやはり無理だとなれば取り除く。最初から『無理だろう』なんて決めつけずにとにかく、試してみるべきだと思う」
「な、なるほど……」
と、志信も気圧されたようにうなずいた。
「どうしても、縦に翼型の気嚢を延ばすのが無理だとなれば、全体を平たい全翼機型に整形するという手もある。それなら横に伸びる分かさばることになるけど、風の影響は少なくできる。風を受けることでの騒音とか、高周波の発生とか、そういう問題もあるわけだけど幸い、それらの問題については研究が進んでいる。それらの成果を取り入れて静かで、高周波の発生も抑えられる形状を実現できる。とにかく、まずは実物を作ってみないければなにもわからない。なにもはじまらない。まずは作ってみることだと思う」
「わかりました」
長女の威厳を示して希見が重々しく言った。こういうときの希見にはいつもの天然な雰囲気とはまるでちがう、武家の娘としての風格がある。
「やりましょう。誰も災害の被害に遭うことなく安心して暮らすことのできる社会を築くために。とにかく、試作品を作りましょう。問題は試作品を作ったあとで一つひとつ潰していけばいいんです」
長女であり、社長である希見がそう言ったことで方針は定まった。四葉家の四姉妹改め五姉妹は、空飛ぶ部屋作りに邁進することになった。
「よし! それじゃ、今日からさっそくはじめよう。生活費を稼ぐための仕事と平行して、空飛ぶ部屋の試作品作りも行うんだ。いそがしくなるぞ」
育美が言うと、志信が腕まくりして自信満々に請け負った。
「任せろ! 体力なら誰にも負けないからな。どんなにいそがしくても問題ない」
「わたしも問題ない。ダンジョンアタックに時間をとられて徹夜するなんていつものこと」と、心愛。
「健康管理は任せて! 栄養のある食事を用意して、みんなの体力は維持してみせる」
多幸も誇らしげにそう言った。
そうして、四葉家の五姉妹による挑戦ははじまった。
チーム・ハクヨウからまわされる仕事をこなして生活費を稼ぎながら、空飛ぶ部屋の模型を作り、様々な実験を繰り返す。チーム・ハクヨウの下請けをしているうちに四葉工場の技術の高さは業界に伝わり、希見の営業努力もあって他の仕事も安定して入りはじめた。
生活費の心配がなくなったことで空飛ぶ部屋作りに没頭できるようになった。その分、没頭しすぎて徹夜つづきになることもあったが、多幸が栄養のある食事と丹念なスケジュール管理をしてくれたことで体を壊すこともなく実験を重ねることができた。
そうして、一月がたち、二月が立った。そして、半年がたった頃――。
ついに、空飛ぶ部屋の設計図が出来上がったのだ。
希見。
志信。
心愛。
多幸。
四葉家の四姉妹全員を前にして、育美はそう切り出した。
実際に製造に関わる技術者は育美と志信のふたりであり、心愛はまだ中学生と言うことで時間制限付きで手伝う、と言う布陣。希見と多幸は直接的には空飛ぶ部屋作りに関わるわけではない。しかし、希見は社長として経理・営業の面で屋台骨を支える立場であるし、多幸は家事全般を管理することで全員の生活を支えるという重要な役割を担っている。まさに、全員一丸となっての総力戦で空飛ぶ部屋作りに挑むのだ。だったら――。
――四人全員にきちんと話を通しておかないと。
そう思い、全員を前にして話しているのだった。
「空飛ぶ部屋を実用化するに当たって、最重要なのは言うまでもなく安全性だ。安全性が確保されなければ普及するはずがない」
育美は四姉妹を前にまずはそう切り出した。
「ただし、安全性は最重要ではあってもむずかしい問題じゃない。空飛ぶ部屋は飛行船であり、飛行船はすでに成熟した技術だ。安全性を確保することは簡単……とは言わないけど、とくにむずかしいことじゃない。むしろ、むずかしいのは形状だ」
「形状?」と、志信。
「そう。想像してみてくれ。一般的な飛行船の形を。あんなものを部屋として家に置いておけるか?」
言われて、四姉妹はそれぞれに思い描いた。一般的に飛行船と呼ばれる形をしたものが家に乗っかっているその様を。そして、全員が思った。
「いや、そりゃ無理だろ」
志信が全員の思いを代表して言うと、他の三人もコクコクとうなずいた。それに遅れて育美もうなずいた。
「そう。無理だ。あんなずんぐりした代物が家にくっついていたら邪魔でしょうがない。まして、日本は風の国だ。強風が吹くのは当たり前だし、台風だってある。そのなかであんな図体がおいてあったら風が吹くたびに揺れにゆれて大変なことになる。そんなことじゃ普及するわけがない。空飛ぶ部屋を実用化させるためには風の影響を受けずに、安定しておいておける形状を工夫する必要がある」
「それじゃ、地下に埋める?」と、心愛。
「飛行船の上下をひっくり返して気嚢部分を地下のガレージに埋め込んでしまえば、風の影響は受けないし、かさばることもない」
心愛の提案にふたりの姉とひとりの妹は、口をそろえて『おおー』と、感心した。
しかし、育美は静かに首を横に振った。
「それは、私も考えたことがある。でも、その方式にはふたつの問題がある」
「問題?」
「そう。ひとつは安全性。水素は空気よりも軽い気体だ。漏れ出せば上へ、上へとあがっていく。それは、水素の安全性を担保する特性でもある。上にあがっていくと言うことは、火が点いても上に向かって燃えあがるばかりで、まわりに広がって延焼することがないと言うことだからね。地下のガレージにおいておいてはその特性を生かせない。上に登るはずの水素が行き場を失い、まわりじゅうに延焼し、爆発を起こすことになる」
「なるほど」
と、心愛はかわることのないクールな表情でうなずいた。
「もうひとつの問題は?」
志信が尋ねた。
「災害時の対応だ。考えてみろ。地震が起きて、町を津波が襲ったとする。そのとき、ちょうど家にいて、すぐに空飛ぶ部屋に乗って逃げることができる……なんていう確率がどれだけある? ほとんどの場合、家にいないときに災害に見舞われるはずだ。そのとき、空飛ぶ部屋自体が地上にあって、津波に呑まれて破損してしまったらなんの意味もない。役に立たないどころか、よけい被害を増やすことになる。このふたつの理由から、私は空飛ぶ部屋を地下に収納することはやめた」
「それじゃ、どうするんだ?」と、志信。
「飛行船を縦型にする」
「縦型にする?」
「そう。飛行船の気嚢部分を上にまっすぐ伸びた翼型に整形し、屋根の上に乗せておく。そうすれば、津波に呑まれても空飛ぶ部屋まで被害に遭うことはまずないだろう。貴重品の類はすべて、空飛ぶ部屋においておけば津波に流される怖れもない」
「それはそうだろうけど……」
志信が戸惑ったような表情で言った。
「縦に伸びた翼なんて屋根の上においておいたら、それこそ風を受けたときに大変だろう?」
平たい真横から強風を受けたらもろに折れて、大惨事になりそうである。それでなくても、風を受けた音が鳴り響いてとんでもない近所迷惑になるだろう。
「そう。だから、翼型の気嚢部分は回転できるようにする。回転して常に先端部分を風の吹く方向に向いていれば風の影響は最小限に抑えられる。それに、空を飛んでいるときはこの翼で風を捕まえ、推進力にかえることもできる」
「で、でも、そんなギミックをつけたら機構も複雑になるし、強度も弱くなるんじゃないか?」
と、志信が技術者らしい懸念を口にした。
育美は怒らなかった。うなずいて、その懸念を受け入れた。
「もっともな懸念だ。でも、いまは試作の段階だ。その段階ではとにかく考えつくことはすべて盛り込むべきだと思う。そして、模型を作り、実験を重ね、その過程でやはり無理だとなれば取り除く。最初から『無理だろう』なんて決めつけずにとにかく、試してみるべきだと思う」
「な、なるほど……」
と、志信も気圧されたようにうなずいた。
「どうしても、縦に翼型の気嚢を延ばすのが無理だとなれば、全体を平たい全翼機型に整形するという手もある。それなら横に伸びる分かさばることになるけど、風の影響は少なくできる。風を受けることでの騒音とか、高周波の発生とか、そういう問題もあるわけだけど幸い、それらの問題については研究が進んでいる。それらの成果を取り入れて静かで、高周波の発生も抑えられる形状を実現できる。とにかく、まずは実物を作ってみないければなにもわからない。なにもはじまらない。まずは作ってみることだと思う」
「わかりました」
長女の威厳を示して希見が重々しく言った。こういうときの希見にはいつもの天然な雰囲気とはまるでちがう、武家の娘としての風格がある。
「やりましょう。誰も災害の被害に遭うことなく安心して暮らすことのできる社会を築くために。とにかく、試作品を作りましょう。問題は試作品を作ったあとで一つひとつ潰していけばいいんです」
長女であり、社長である希見がそう言ったことで方針は定まった。四葉家の四姉妹改め五姉妹は、空飛ぶ部屋作りに邁進することになった。
「よし! それじゃ、今日からさっそくはじめよう。生活費を稼ぐための仕事と平行して、空飛ぶ部屋の試作品作りも行うんだ。いそがしくなるぞ」
育美が言うと、志信が腕まくりして自信満々に請け負った。
「任せろ! 体力なら誰にも負けないからな。どんなにいそがしくても問題ない」
「わたしも問題ない。ダンジョンアタックに時間をとられて徹夜するなんていつものこと」と、心愛。
「健康管理は任せて! 栄養のある食事を用意して、みんなの体力は維持してみせる」
多幸も誇らしげにそう言った。
そうして、四葉家の五姉妹による挑戦ははじまった。
チーム・ハクヨウからまわされる仕事をこなして生活費を稼ぎながら、空飛ぶ部屋の模型を作り、様々な実験を繰り返す。チーム・ハクヨウの下請けをしているうちに四葉工場の技術の高さは業界に伝わり、希見の営業努力もあって他の仕事も安定して入りはじめた。
生活費の心配がなくなったことで空飛ぶ部屋作りに没頭できるようになった。その分、没頭しすぎて徹夜つづきになることもあったが、多幸が栄養のある食事と丹念なスケジュール管理をしてくれたことで体を壊すこともなく実験を重ねることができた。
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