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一七章 ラブホではしゃげ!
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育美と希見はホテルのなかにいた。
ラブホテルのなかに。
とにかくもう一二時を過ぎているし、これ以上、夜の町を駈けずりまわっても他のホテルなんて見つかりそうにないし、お姫さま抱っこされて運ばれる姿を人に見られたくはないし、希見がすっかり泊まる気になっているのに反対するのは、却って意識してしまいそうでできなかったし……。
というわけで、
――私は女、私は女。ホテルに泊まるぐらいなんでもない、なんでもない。
必死に自分に言い聞かせ、希見と共に――よりによって――ラブホテルに泊まることにした育美であった。
「わあっ」
と、希見は部屋に入った途端、目を丸くして声をあげた。
「すごいです。外観はわりとしょぼい感じだったのに、部屋は広いんですねえ」
「あ、ああ、そうですねえー」
「隠れ家的なホテルなんでしょうか? だとすると、朝食なんかも期待できるのかも知れませんね。それに、照明がすごいキラキラしていて面白いです」
「そうですねえー」
「あ、見てください、育美さん! こんなに大きいテレビがありますよ!」
「そうですねー」
「ベッドもおっきい! でも、ひとつしかないって言うことはシングルルームなんですね、この広さで。ふたりで来たのにシングルに案内されるなんて、他の部屋は埋まってたんでしょうね」
「そうですねえー」
「わあっ! この部屋、お風呂までついてますよ! すごいです! 湯船もおっきくてこれなら体を伸ばしてゆったり入れますね」
「そうですねえー」
「でも、全面ガラス張りでなかが丸見えなんですねえ。安全対策なんでしょうか?」
「そうですねえー」
子どものようにはしゃいで室内を見てまわる希見に対し、育美は芸もなく『そうですねえー』を繰り返す。緊張してしまっていてそれ以外の反応はとてもできない。
なにしろ、技術畑一筋の人生。外見偏差値だけならかなりの上位カーストだと言うのに、色恋沙汰には興味がなく、彼女ひとりいた試しはない。当然、ラブホテルになどいままで入ったことはない。
――人生最初のラブホテル。なんで、その相手がよりによって居候先の家主で、しかも、勤め先の社長なんだ!
もし、この状況でなにかあったら……。
繰り返される追放劇。またも、住み処も、仕事も失い、路頭に迷うことになる。いや、その前に希見の怪力に押しつぶされるか、志信の鉄拳で叩きのめされるか……。
いやいや、もしかしたら、心愛の凶悪な策略にはまって、それらよりもっとひどい運命を背負わされるかも……。
――安心できるのは、多幸ちゃんだけだな。
つくづくとそう思う。
――いやいや、なにを考えてるんだ これは単なる緊急避難、車の故障でやむなく泊まることになっただけ。そう、私は女、私は女。女同士でほんの一晩、泊まるだけ。なんでもない、なんでもない……。
必死に自分にそう言い聞かせる。
とにかく、こうなったらはじめての体験で目新しいことだらけなのを利用して、はしゃぎまわってやろう。そうしていれば、変な空気になることもないだろう。
――希見さんがはしゃいでいるのも同じ理由だろう。おれが意識していたら台無しになる。よし! 今夜は一晩中、騒いでやるぞ!
拳を握りしめ、そう決意する育美であった。
「育美さん、テレビ、つけてみましょうか? わたし、こんな大きなテレビはじめてなんです。何チャンがいいですか?」
「まって、まって!」
リモコン片手にテレビをつけようとする希見をあわててとめる。
「そ、それより、ほら! 見てください。このベッド、回転するんですよ」
「わあっ、本当ですね、おもしろ~い」
「ほ、ほらほら、ちょっと踊ってみたりして。ちょっとしたステージ気分ですよ」
ディスコなどを経験しているような世代でも、性格でもないが、その存在ぐらいはさすがに知っている。回転するベッドに飛び乗り、うろ覚えのイメージでとにかく手足を動かしてみる。
「おもしろそう! わたしも!」
と、希見もベッドに飛び乗り、踊りはじめる。
回転するベッドの上という不安定な場所で、素人ふたりが手足を振りまわして踊っているのだ。となれば、結果はひとつ。手足がぶつかり、もつれ合い、ふたりして倒れてしまう。仰向けに倒れた希見の上に育美が被さる形。もろに押し倒した格好になってしまう。
その瞬間、育美にとって世界はとまった。ふたりの存在以外、なにもなかった。すぐ目の前にはおかしそうに無邪気に笑う希見の笑顔。あまりにまぶしいその笑顔に視線をさげればそこには、はち切れんばかりのふたつのふくらみ……。
育美の顔が見るみる真っ赤に染まっていく。それに気付いた希見が『んっ?』と、無邪気な視線を向ける。
「わ、わあっ……!」
育美は叫んだ。飛びあがった。
「そ、そうだ、希見さん! カラオケしましょう、カラオケ! せっかく、回転するベッドなんて舞台があるんです! この上で唄ったらちょっとしたアイドル気分ですよ!」
「おもしろそう! 負けませんよおっ!」
と、希見はなぜか腕まくりして立ちあがる。かくして――。
育美の理性をかけたカラオケ大会が、夜通しつづくことになったのだった。
そして、翌朝。
スマホを充電して、保険会社に連絡してレッカー車をまわしてもらい、家にも電話をして、ホテルをあとにした。
一晩中、回転するベッドの上で唄って、踊って、はしゃいでいたのでさすがにバテた。育美は頬をげっそりとやつれさせ、うなだれながら外に出た。徹夜明けとあって朝の日差しがやけにまぶしい。
――で、でも、おかげで、なんにも起きずにすんだぞ。おれはやった、やったんだ!
そう思い、育美は勝利感を感じたが……なんだか、妙に切ない勝利感だった。
げんなりしっぱなしの育美とは対照的に、こちらはやけに元気いっぱい、肌もツヤツヤしている希見が満面の笑顔で言った。
「あ~、楽しかったあっ! ね、育美さん」
「そ、そうですねえ……」
「また来たいですねえ。たまには羽目を外すのもいいものです」
「もういいです!」
育美が叫んだそのときだ。地獄の獣のごときうなり声がふたりに被さった。
「や……やっと、見つけた」
あまりに不吉な声に振り向くと、そこにいたのは滝のように汗を流し、肩で息をしているスリムボディの男前美女。
「志信⁉ なにしてるの、こんなところで」
「探しにきたに決まってるだろ! 姉ちゃんこそ、なにしてるんだよ⁉ よりによって、こいつと一緒にラブホテルに泊まるなんて!」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
キョトンとした表情になって聞き返す希見につられ、育美と志信もそれぞれ同じ声をあげた。
希見はちょっと考え込んだ。振り向いた。ホテルを見た。その正統派美女の顔に、いまさらながらに理解の色が広がった。
「あ、ああっ……! ここが噂のラブホテルって言うところだったんですかあっ⁉」
希見の絶叫が響いた。
「へっ……?」
「なにをいまさら……」
志信が目を点にすると、育美も呟いた。
そのなかで希見はひとり、パニックに陥っている。
「知りませんでした、気がつきませんでした、ああ、どうしよう⁉ 育美さんとふたりでラブホテルに泊まっちゃうなんて!」
「姉ちゃん、声がデカい!」
「育美さん!」
「はいっ⁉」
希見に一気につめよられ、手を握りしめられ、唇を奪うがごとき勢いで顔を近づけられて、育美は真っ赤になって叫び返した。
「お願いです! 心愛と多幸には内緒にしておいてください! 育美さんとラブホテルに泊まったなんて知られたら教育上、よくありません!」
「あ、は、はい……」
「ありがとうございます! ああ、わたしったら、もおお~」
と、希見は朝の町をかけていく。
その後ろ姿を見送って、志信はしみじみと呟いた。
「……ああいう姉ちゃんだった」
「……本気で気付いていなかったのか」
――変な空気にさせまいと一晩中、無理してはしゃいでいたおれの立場は……。
育美は思いきりうなだれた。そんな育美の肩に――。
思わず同情の眼差しを向けた志信がやさしく手を置いたのだった。
ラブホテルのなかに。
とにかくもう一二時を過ぎているし、これ以上、夜の町を駈けずりまわっても他のホテルなんて見つかりそうにないし、お姫さま抱っこされて運ばれる姿を人に見られたくはないし、希見がすっかり泊まる気になっているのに反対するのは、却って意識してしまいそうでできなかったし……。
というわけで、
――私は女、私は女。ホテルに泊まるぐらいなんでもない、なんでもない。
必死に自分に言い聞かせ、希見と共に――よりによって――ラブホテルに泊まることにした育美であった。
「わあっ」
と、希見は部屋に入った途端、目を丸くして声をあげた。
「すごいです。外観はわりとしょぼい感じだったのに、部屋は広いんですねえ」
「あ、ああ、そうですねえー」
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「そうですねえー」
「あ、見てください、育美さん! こんなに大きいテレビがありますよ!」
「そうですねー」
「ベッドもおっきい! でも、ひとつしかないって言うことはシングルルームなんですね、この広さで。ふたりで来たのにシングルに案内されるなんて、他の部屋は埋まってたんでしょうね」
「そうですねえー」
「わあっ! この部屋、お風呂までついてますよ! すごいです! 湯船もおっきくてこれなら体を伸ばしてゆったり入れますね」
「そうですねえー」
「でも、全面ガラス張りでなかが丸見えなんですねえ。安全対策なんでしょうか?」
「そうですねえー」
子どものようにはしゃいで室内を見てまわる希見に対し、育美は芸もなく『そうですねえー』を繰り返す。緊張してしまっていてそれ以外の反応はとてもできない。
なにしろ、技術畑一筋の人生。外見偏差値だけならかなりの上位カーストだと言うのに、色恋沙汰には興味がなく、彼女ひとりいた試しはない。当然、ラブホテルになどいままで入ったことはない。
――人生最初のラブホテル。なんで、その相手がよりによって居候先の家主で、しかも、勤め先の社長なんだ!
もし、この状況でなにかあったら……。
繰り返される追放劇。またも、住み処も、仕事も失い、路頭に迷うことになる。いや、その前に希見の怪力に押しつぶされるか、志信の鉄拳で叩きのめされるか……。
いやいや、もしかしたら、心愛の凶悪な策略にはまって、それらよりもっとひどい運命を背負わされるかも……。
――安心できるのは、多幸ちゃんだけだな。
つくづくとそう思う。
――いやいや、なにを考えてるんだ これは単なる緊急避難、車の故障でやむなく泊まることになっただけ。そう、私は女、私は女。女同士でほんの一晩、泊まるだけ。なんでもない、なんでもない……。
必死に自分にそう言い聞かせる。
とにかく、こうなったらはじめての体験で目新しいことだらけなのを利用して、はしゃぎまわってやろう。そうしていれば、変な空気になることもないだろう。
――希見さんがはしゃいでいるのも同じ理由だろう。おれが意識していたら台無しになる。よし! 今夜は一晩中、騒いでやるぞ!
拳を握りしめ、そう決意する育美であった。
「育美さん、テレビ、つけてみましょうか? わたし、こんな大きなテレビはじめてなんです。何チャンがいいですか?」
「まって、まって!」
リモコン片手にテレビをつけようとする希見をあわててとめる。
「そ、それより、ほら! 見てください。このベッド、回転するんですよ」
「わあっ、本当ですね、おもしろ~い」
「ほ、ほらほら、ちょっと踊ってみたりして。ちょっとしたステージ気分ですよ」
ディスコなどを経験しているような世代でも、性格でもないが、その存在ぐらいはさすがに知っている。回転するベッドに飛び乗り、うろ覚えのイメージでとにかく手足を動かしてみる。
「おもしろそう! わたしも!」
と、希見もベッドに飛び乗り、踊りはじめる。
回転するベッドの上という不安定な場所で、素人ふたりが手足を振りまわして踊っているのだ。となれば、結果はひとつ。手足がぶつかり、もつれ合い、ふたりして倒れてしまう。仰向けに倒れた希見の上に育美が被さる形。もろに押し倒した格好になってしまう。
その瞬間、育美にとって世界はとまった。ふたりの存在以外、なにもなかった。すぐ目の前にはおかしそうに無邪気に笑う希見の笑顔。あまりにまぶしいその笑顔に視線をさげればそこには、はち切れんばかりのふたつのふくらみ……。
育美の顔が見るみる真っ赤に染まっていく。それに気付いた希見が『んっ?』と、無邪気な視線を向ける。
「わ、わあっ……!」
育美は叫んだ。飛びあがった。
「そ、そうだ、希見さん! カラオケしましょう、カラオケ! せっかく、回転するベッドなんて舞台があるんです! この上で唄ったらちょっとしたアイドル気分ですよ!」
「おもしろそう! 負けませんよおっ!」
と、希見はなぜか腕まくりして立ちあがる。かくして――。
育美の理性をかけたカラオケ大会が、夜通しつづくことになったのだった。
そして、翌朝。
スマホを充電して、保険会社に連絡してレッカー車をまわしてもらい、家にも電話をして、ホテルをあとにした。
一晩中、回転するベッドの上で唄って、踊って、はしゃいでいたのでさすがにバテた。育美は頬をげっそりとやつれさせ、うなだれながら外に出た。徹夜明けとあって朝の日差しがやけにまぶしい。
――で、でも、おかげで、なんにも起きずにすんだぞ。おれはやった、やったんだ!
そう思い、育美は勝利感を感じたが……なんだか、妙に切ない勝利感だった。
げんなりしっぱなしの育美とは対照的に、こちらはやけに元気いっぱい、肌もツヤツヤしている希見が満面の笑顔で言った。
「あ~、楽しかったあっ! ね、育美さん」
「そ、そうですねえ……」
「また来たいですねえ。たまには羽目を外すのもいいものです」
「もういいです!」
育美が叫んだそのときだ。地獄の獣のごときうなり声がふたりに被さった。
「や……やっと、見つけた」
あまりに不吉な声に振り向くと、そこにいたのは滝のように汗を流し、肩で息をしているスリムボディの男前美女。
「志信⁉ なにしてるの、こんなところで」
「探しにきたに決まってるだろ! 姉ちゃんこそ、なにしてるんだよ⁉ よりによって、こいつと一緒にラブホテルに泊まるなんて!」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
キョトンとした表情になって聞き返す希見につられ、育美と志信もそれぞれ同じ声をあげた。
希見はちょっと考え込んだ。振り向いた。ホテルを見た。その正統派美女の顔に、いまさらながらに理解の色が広がった。
「あ、ああっ……! ここが噂のラブホテルって言うところだったんですかあっ⁉」
希見の絶叫が響いた。
「へっ……?」
「なにをいまさら……」
志信が目を点にすると、育美も呟いた。
そのなかで希見はひとり、パニックに陥っている。
「知りませんでした、気がつきませんでした、ああ、どうしよう⁉ 育美さんとふたりでラブホテルに泊まっちゃうなんて!」
「姉ちゃん、声がデカい!」
「育美さん!」
「はいっ⁉」
希見に一気につめよられ、手を握りしめられ、唇を奪うがごとき勢いで顔を近づけられて、育美は真っ赤になって叫び返した。
「お願いです! 心愛と多幸には内緒にしておいてください! 育美さんとラブホテルに泊まったなんて知られたら教育上、よくありません!」
「あ、は、はい……」
「ありがとうございます! ああ、わたしったら、もおお~」
と、希見は朝の町をかけていく。
その後ろ姿を見送って、志信はしみじみと呟いた。
「……ああいう姉ちゃんだった」
「……本気で気付いていなかったのか」
――変な空気にさせまいと一晩中、無理してはしゃいでいたおれの立場は……。
育美は思いきりうなだれた。そんな育美の肩に――。
思わず同情の眼差しを向けた志信がやさしく手を置いたのだった。
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