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一三章 営業開始!
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「営業に出る?」
「そうです」
希見と志信を前に、育美はきっぱりとうなずいた。
育美が四葉工場の住み込み従業員となってから十日目のことだった。場所は四葉家の二階にある希見の部屋。心愛と多幸はすでに眠りについている夜のことである。
さすがに成人女性の部屋だけあって、小学生の多幸の部屋のように『かわいらしさ全開!』というわけではない。畳敷きの六畳間に最低限の家具だけを置いたシンプルで落ち着いた部屋。ベッドがないのは希見は布団を使っているのたろう。一歩まちがえれば殺風景ともなりかねない部屋の様子だが、淡いグリーンを基調とした自然な色合いと、窓辺に小さな鉢植えを飾っている心遣いがさりげない女性らしさを感じさせる。
その部屋のなかで育美はいま、希見と志信のふたりを前に今後のことについて提案していた。三人とも座布団の上に座っている。希見はもちろん、育美も女装姿のままなのできちんと正座している。ただひとり、志信だけが堂々とあぐらをかいているのが『らしい』ところ。
「この十日間で四葉工場と志信さんの技術の確かさは確認できました。この技術ならどこの大企業相手でも堂々と売り込めます」
育美はそう切り出した。
そう言われて志信はくすぐったそうな表情を浮かべたが、誇らしげに胸をそらしもした。そこには、亡き父親の技術を褒められたことに対する喜びもあったのだろう。
「もちろん、私たちの目的は『空飛ぶ部屋』を実用化することです。しかし、その前にまず日々の生活費を稼げるようにならないと話にならない。そうでしょう?」
「そ、それはまあ……」
育美の言葉に――。
希見と志信はそろってバツが悪そうな表情を浮かべ、互いにそっぽを向いた。まだ幼いふたりの妹の保護者として、稼げていないことを日々、気にしていたふたりである。
「ですから、まずは各メーカーをまわって下請けの仕事をまわしてもらわないといけない。四葉工場の技術の確かさがわかってもらえば固定客も増えますし、稼ぎも安定する。そうなれば、空飛ぶ部屋作りにも取り組めます」
――なにより……。
育美は心にこっそり呟いた。
――早く仕事に没頭できる状況を作らないと、神経がもたないからな。
アイドル顔負けの美人四姉妹と同居という、夢のようすぎて悪夢になりかねない状況を思い、胸のなかで溜め息をつく育美であった。
「それは、そうですけど……」と、希見。
「でも、どこに営業にまわるんです? 父と取り引きのあったメーカーには全部、当たりましたけど、どこも相手にしてくれなかったんですよ?」
「私にも前のチームにいた頃の顔見知りはけっこういます。私たちも活動当初は全然、仕事がなくて、全員で営業にかかりきりでしたからね。仕事が増えてからは親しくしてもらえる相手もできました。それらのメーカーを片っ端から当たってみようと思います」
「ちょ、ちょっとまてよ!」
今度は志信があわてて言った。あまりにあわてたのであぐらをかいたまま身を起こしかけたほどだ。
「お前、いまの自分の状況、わかってるのか? いまのお前は『女』なんだぞ。女になった姿を前の知り合いに見せてもいいのか?」
自分が女装を住み込みの条件にしたくせに、と言うより、『したからこそ』気になるのだろう。志信が気遣わしげに尋ねた。その点は希見も気になると見えて妹の言葉に何度もうなずいた。
しかし、育美は迷いなく言い切った。
「かわまない」
「お前……」
「希見さん。志信さん。あなたたちはご両親の残した工場を守ろうとしている。その目的の前にプライドなど気にするんですか?」
「とんでもない! 両親の残した工場を守るためならなんだってやります!」
「オ、オレだって……」
希見が勢い込んで叫ぶと、志信もあわてて言葉を重ねた。
姉妹の言葉に――。
育美は『我が意を得たり』とばかりに重々しくうなずいた。
「私も同じです。私のプライドはあくまでも『空飛ぶ部屋を実用化する』という一点にあります。空飛ぶ部屋を実用化し、この災害列島でひとりでも多くの人が安全な暮らしを送れるようにする。それこそが、私の役割であり、プライド。そのためなら、女装姿を見せるぐらいなんでもありません」
「育美さん!」
突然――。
希見が育美に詰め寄った。正座したままテレポートでもしたかのような勢いで育美の眼前に移動し、その手を両手でつかんでズイッとばかりに顔面を近づける。二三歳の巨乳美女にキスでもするかのように目の前に迫られて、さすがに育美もドギマギした。いくら女装していても心は男のまま。である以上、致し方ない。
育美は目を見開き、唇を噛みしめ、真っ赤になった。もとより、長いカツラひとつで女として通用する端整な女顔。そんな表情をすると『本物』顔負けのかわいらしさと色っぽさがあったりする。
そんな育美を前に希見はまくし立てた。
「育美さん、わたし、感動しました! あなたのその覚悟、立派です! わたしと一緒に営業かけまくりましょう!」
「……あ、ああ、はい。よろしくお願いします」
希見の勢いに――。
育美は思わず気圧されてしまい、志信はこっそり思った。
――姉ちゃん、感動ものと熱血ものが大好きだからなあ。
と、少々、姉の思考にあきれつつ、
――よおし! オレの技術のすべてを見せつけて顧客を捕まえやるぜ!
本人も燃えにもえている志信であった。
「で、でも、ふたりとも、忘れないでください」
育美は、ギュッと握りしめられた手の痛みに骨をグシャグシャにされる恐怖を感じながら――なにしろ、妹の心愛から『ゴリラの遺伝子をもって生まれてきた』と毎日のように言われる怪力の希見なので――見た目ばかりはたおやかな手に、ふれてそっと引きはがした。
考えてみれば、技術畑一筋のせいで女性に手を握られたり、握ったりするなど中学のときのフォークダンス以来。前のチームにいたふたりの女性、今村聡美、上条唯共そんな接触をもつ機会はなかった。そもそも、このふたりは大学時代からの付き合いで『女性』と言うより『同志』だったので、とくに意識したこともなかったし……。
それだけに、引きはがすのは惜しい気もするし、さわるのも悪いような気もするが、大切な骨の安全にはかえられない。
「営業と言っても、頭をさげてまわって仕事をもらいにいくわけじゃない。そんなことをしたら足元を見られるだけだし、都合が悪くなればすぐに捨てられる。私は、私の技術も、志信さんの技術も、安売りするつもりはないし、相手に自分の運命を任せるつもりもありません。
今回の営業の目的は、私たちのしようとしていることを理解し、共感し、『本気で同志になってくれる』相手を見つけることです。そのためにはなによりもまず、私たちのしようとしていることを説明し、『仲間』となる相手を探していると言うことを示すことです。その点を忘れないでください」
「なるほど!」
と、希見が言いながらうなずいた。
「わたしが育美さんの言葉を聞いて『一緒に空飛ぶ部屋を作りたい!』と思ったようにですね」
「そうです。そう思ってくれる相手を探すんです」
「わかりました! もともと、わたしだって大切な妹や育美さんの技術を安売りするつもりなんてありません。なんとしても、わたしたちのしようとしていることに共感し、本気で仲間になってくれる相手を探しましょう」
「ああ。オレだって親父譲りの技術、安売りするわけにはいかないからな。必ず、おれの腕で相手の心をつかんでみせる」
志信はそう言って、フルコンタクト空手全国大会常連の腕をバシンと叩いて見せた。その姿はどう見ても、乾坤一擲の真剣勝負に挑む武芸者のそれだった。
「その意気です。明日から一気に各社をまわりましょう」
「はいっ!」
「おおっ!」
希見が身を乗り出し、志信が腕を突きあげて、それぞれに叫んだ。その頃――。
襖一枚へだてた部屋の外、廊下の上に小さな陰がふたつ。
「希見ちゃんたち、盛りあがってるけどだいじょうぶかなあ」
「多分、だいじょうぶ」
「多分って……」
心愛の言葉に、多幸はアイドルそのもののかわいい顔を曇らせた。
『自分たちが姉たちの世話をしている』という自負をもつ中一と小五の妹ふたりは、姉たちを心配してちゃっかり聞き耳を立てていたのだった。
「名前も実績もない町工場が、そんな偉そうな態度で仕事なんてもらえるものなの?」
「普通なら無理。でも、うちの姉たちには勢い任せにすべてを木っ端微塵にして突き進む馬力がある」
「……その暴走力が一番の心配なんだけど」
そう言って――。
四姉妹随一の常識人である多幸は溜め息をつくのだった。
「そうです」
希見と志信を前に、育美はきっぱりとうなずいた。
育美が四葉工場の住み込み従業員となってから十日目のことだった。場所は四葉家の二階にある希見の部屋。心愛と多幸はすでに眠りについている夜のことである。
さすがに成人女性の部屋だけあって、小学生の多幸の部屋のように『かわいらしさ全開!』というわけではない。畳敷きの六畳間に最低限の家具だけを置いたシンプルで落ち着いた部屋。ベッドがないのは希見は布団を使っているのたろう。一歩まちがえれば殺風景ともなりかねない部屋の様子だが、淡いグリーンを基調とした自然な色合いと、窓辺に小さな鉢植えを飾っている心遣いがさりげない女性らしさを感じさせる。
その部屋のなかで育美はいま、希見と志信のふたりを前に今後のことについて提案していた。三人とも座布団の上に座っている。希見はもちろん、育美も女装姿のままなのできちんと正座している。ただひとり、志信だけが堂々とあぐらをかいているのが『らしい』ところ。
「この十日間で四葉工場と志信さんの技術の確かさは確認できました。この技術ならどこの大企業相手でも堂々と売り込めます」
育美はそう切り出した。
そう言われて志信はくすぐったそうな表情を浮かべたが、誇らしげに胸をそらしもした。そこには、亡き父親の技術を褒められたことに対する喜びもあったのだろう。
「もちろん、私たちの目的は『空飛ぶ部屋』を実用化することです。しかし、その前にまず日々の生活費を稼げるようにならないと話にならない。そうでしょう?」
「そ、それはまあ……」
育美の言葉に――。
希見と志信はそろってバツが悪そうな表情を浮かべ、互いにそっぽを向いた。まだ幼いふたりの妹の保護者として、稼げていないことを日々、気にしていたふたりである。
「ですから、まずは各メーカーをまわって下請けの仕事をまわしてもらわないといけない。四葉工場の技術の確かさがわかってもらえば固定客も増えますし、稼ぎも安定する。そうなれば、空飛ぶ部屋作りにも取り組めます」
――なにより……。
育美は心にこっそり呟いた。
――早く仕事に没頭できる状況を作らないと、神経がもたないからな。
アイドル顔負けの美人四姉妹と同居という、夢のようすぎて悪夢になりかねない状況を思い、胸のなかで溜め息をつく育美であった。
「それは、そうですけど……」と、希見。
「でも、どこに営業にまわるんです? 父と取り引きのあったメーカーには全部、当たりましたけど、どこも相手にしてくれなかったんですよ?」
「私にも前のチームにいた頃の顔見知りはけっこういます。私たちも活動当初は全然、仕事がなくて、全員で営業にかかりきりでしたからね。仕事が増えてからは親しくしてもらえる相手もできました。それらのメーカーを片っ端から当たってみようと思います」
「ちょ、ちょっとまてよ!」
今度は志信があわてて言った。あまりにあわてたのであぐらをかいたまま身を起こしかけたほどだ。
「お前、いまの自分の状況、わかってるのか? いまのお前は『女』なんだぞ。女になった姿を前の知り合いに見せてもいいのか?」
自分が女装を住み込みの条件にしたくせに、と言うより、『したからこそ』気になるのだろう。志信が気遣わしげに尋ねた。その点は希見も気になると見えて妹の言葉に何度もうなずいた。
しかし、育美は迷いなく言い切った。
「かわまない」
「お前……」
「希見さん。志信さん。あなたたちはご両親の残した工場を守ろうとしている。その目的の前にプライドなど気にするんですか?」
「とんでもない! 両親の残した工場を守るためならなんだってやります!」
「オ、オレだって……」
希見が勢い込んで叫ぶと、志信もあわてて言葉を重ねた。
姉妹の言葉に――。
育美は『我が意を得たり』とばかりに重々しくうなずいた。
「私も同じです。私のプライドはあくまでも『空飛ぶ部屋を実用化する』という一点にあります。空飛ぶ部屋を実用化し、この災害列島でひとりでも多くの人が安全な暮らしを送れるようにする。それこそが、私の役割であり、プライド。そのためなら、女装姿を見せるぐらいなんでもありません」
「育美さん!」
突然――。
希見が育美に詰め寄った。正座したままテレポートでもしたかのような勢いで育美の眼前に移動し、その手を両手でつかんでズイッとばかりに顔面を近づける。二三歳の巨乳美女にキスでもするかのように目の前に迫られて、さすがに育美もドギマギした。いくら女装していても心は男のまま。である以上、致し方ない。
育美は目を見開き、唇を噛みしめ、真っ赤になった。もとより、長いカツラひとつで女として通用する端整な女顔。そんな表情をすると『本物』顔負けのかわいらしさと色っぽさがあったりする。
そんな育美を前に希見はまくし立てた。
「育美さん、わたし、感動しました! あなたのその覚悟、立派です! わたしと一緒に営業かけまくりましょう!」
「……あ、ああ、はい。よろしくお願いします」
希見の勢いに――。
育美は思わず気圧されてしまい、志信はこっそり思った。
――姉ちゃん、感動ものと熱血ものが大好きだからなあ。
と、少々、姉の思考にあきれつつ、
――よおし! オレの技術のすべてを見せつけて顧客を捕まえやるぜ!
本人も燃えにもえている志信であった。
「で、でも、ふたりとも、忘れないでください」
育美は、ギュッと握りしめられた手の痛みに骨をグシャグシャにされる恐怖を感じながら――なにしろ、妹の心愛から『ゴリラの遺伝子をもって生まれてきた』と毎日のように言われる怪力の希見なので――見た目ばかりはたおやかな手に、ふれてそっと引きはがした。
考えてみれば、技術畑一筋のせいで女性に手を握られたり、握ったりするなど中学のときのフォークダンス以来。前のチームにいたふたりの女性、今村聡美、上条唯共そんな接触をもつ機会はなかった。そもそも、このふたりは大学時代からの付き合いで『女性』と言うより『同志』だったので、とくに意識したこともなかったし……。
それだけに、引きはがすのは惜しい気もするし、さわるのも悪いような気もするが、大切な骨の安全にはかえられない。
「営業と言っても、頭をさげてまわって仕事をもらいにいくわけじゃない。そんなことをしたら足元を見られるだけだし、都合が悪くなればすぐに捨てられる。私は、私の技術も、志信さんの技術も、安売りするつもりはないし、相手に自分の運命を任せるつもりもありません。
今回の営業の目的は、私たちのしようとしていることを理解し、共感し、『本気で同志になってくれる』相手を見つけることです。そのためにはなによりもまず、私たちのしようとしていることを説明し、『仲間』となる相手を探していると言うことを示すことです。その点を忘れないでください」
「なるほど!」
と、希見が言いながらうなずいた。
「わたしが育美さんの言葉を聞いて『一緒に空飛ぶ部屋を作りたい!』と思ったようにですね」
「そうです。そう思ってくれる相手を探すんです」
「わかりました! もともと、わたしだって大切な妹や育美さんの技術を安売りするつもりなんてありません。なんとしても、わたしたちのしようとしていることに共感し、本気で仲間になってくれる相手を探しましょう」
「ああ。オレだって親父譲りの技術、安売りするわけにはいかないからな。必ず、おれの腕で相手の心をつかんでみせる」
志信はそう言って、フルコンタクト空手全国大会常連の腕をバシンと叩いて見せた。その姿はどう見ても、乾坤一擲の真剣勝負に挑む武芸者のそれだった。
「その意気です。明日から一気に各社をまわりましょう」
「はいっ!」
「おおっ!」
希見が身を乗り出し、志信が腕を突きあげて、それぞれに叫んだ。その頃――。
襖一枚へだてた部屋の外、廊下の上に小さな陰がふたつ。
「希見ちゃんたち、盛りあがってるけどだいじょうぶかなあ」
「多分、だいじょうぶ」
「多分って……」
心愛の言葉に、多幸はアイドルそのもののかわいい顔を曇らせた。
『自分たちが姉たちの世話をしている』という自負をもつ中一と小五の妹ふたりは、姉たちを心配してちゃっかり聞き耳を立てていたのだった。
「名前も実績もない町工場が、そんな偉そうな態度で仕事なんてもらえるものなの?」
「普通なら無理。でも、うちの姉たちには勢い任せにすべてを木っ端微塵にして突き進む馬力がある」
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