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七章 夫婦か⁉
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結局、昼食後もふたりで技術関係の話で盛りあがり、夕食をとったのはすでに一〇時をまわったときだった。ほとんど夜食兼用の夕食だったが、育美の用意したメニューは豆腐と野菜のカレーに豆腐ステーキ五目あんかけ、それに、豆乳スープという豆腐尽くし。それを見た途端、志信は眉を吊りあげて怒鳴った。
「嫌味か、これは⁉」
「なんで⁉」
あまりと言えばあまりな志信の血相に、育美は叫び返した。
「なんで、豆腐料理が嫌味になるんだ⁉ 前のチームの同僚が豆腐料理が得意だったんだ。『豆腐は安くて栄養があるから貧乏所帯にピッタリ』って、よく出していたんだよ。それを教わっていたからやってみたんだけど……豆腐、きらいなのか?」
「いや……」
ジロリ、と、志信は一言、言いたげな様子で育美を睨みつけた。
「その同僚って……女か?」
「あ、ああ、そうだけど……」
それがなにか? と、表情で尋ねる育美に対し、志信はなにやら言いたげに首を横に振った。
「……いや、なんでもない。早く食おう。すっかり遅くなったからな」
「あ、ああ……。そうだな」
なんでもないことはないだろう。
そう思いつつ、そう答えるしかない育美だった。
ふたりは差し向かいに座って、夕食を食べはじめた。
志信はカレーを一口、口に運んだ。表情が驚きのものにかわった。
「これ、うまいな。ルゥを使ったカレーとはなにかちがうようだけど……」
「だろう? 前のチームの同僚、『上条唯』って言うんだけどな。なかなかの料理好きでさ。このカレーも自分でスパイスの配合を研究して作りあげたんだ。そのレシピを教えてもらったんだ」
「へえ。自分でスパイスを配合して作れるなんてすごいな。オレなんて小学校の調理実習のときからカレー作りに成功した試しがないのに」
志信の言葉に育美は目を丸くした。
「小学校の調理実習で、スパイスから作らされたのか?」
「……いや。普通にルゥを使ったカレー」
「……どうやったら、ルゥを使ったカレー作りに失敗できるんだよ」
「う、うるさいな! 心愛からは『それも才能』って褒められたんだぞ!」
「いや、それ、褒めてないから」
ひとしきり言いあったあと、やはり、技術関係の話で大いに盛りあがった。
ふたり差し向かいに座っての会話の尽きない賑やかな夕食。志信はすべての料理をきれいに平らげると満足げに吐息をもらした。
「あー、うまかった! ありがとうな」
「どういたしまして」
笑顔でそう答えて、後片付けをはじめようとする育美を志信が制した。
「あ、後片付けはオレがやるからいい。お前はもう風呂に入ってこいよ」
「えっ? でも……」
「いいって。作ってもらったんだから後片付けぐらいはオレがするよ」
「だけど……女性の前に風呂に入るのは、悪い気がするんだけど」
「いいから、いいから。風呂はお前の怪我のための薬湯だろ。お前が一番に入らなきゃ意味ないだろ」
「そうか? そう言ってくれるなら、お言葉に甘えさせてもらうかな」
「ああ、そうしろ。そんで、ゆっくり寝て、怪我を治せ。いつまでも包帯巻かれてちゃやっぱり、気になるからな」
「ああ、そうだな」
その怪我をさせた張本人――悪化させたのは姉の希見だが――に、そう言われて、育美はさすがに苦笑した。
改めて礼を言って風呂場に向かった。
志信は楽しげに食器を流しに運んだ。
「いやあ、親父が死んでから技術屋同士の話ができる相手なんていなかったからなあ。久しぶりに技術畑の話が思いきり出来てスッキリしたあ」
と、上機嫌。鼻歌交じりに洗い物をする。
そこで『ハタッ!』と、気付いた。
「……いや、ちがうだろ! なにやってんだ、オレ!」
水道の蛇口を全開にしたまま――いつも『水道の水を出しすぎる!』と、多幸に怒られる志信である――流しに突っ伏した。
「あいつをテストするために、ふたりきりになったんだろ! それなのに、なに普通に話してんだ! これじゃまるで、ふ、夫婦みたいじゃないか!」
自分で言って、真っ赤になる。
「……でも、考えてみれば、オレは色気もなければ胸もないからなあ。男連中からはずっと男友達扱いだったし。オレとふたりっきりになったって、下心なんて湧かないか」
そう言って、溜め息をつく。
「……姉ちゃんは、オレとちがって美人だし、色気あるし、胸デカいし、心愛と多幸もそれぞれかわいいし。オレに下心を見せないからって、あの三人にも見せないとは限らないからな。そこを確認しないといけないんだけど……」
で、どうするか。
志信は考えあぐねた。そして、ひとつの決意をした。
「……よし。やつの本心を確かめるにはこれしかない」
そして、志信は洗い物を放り出すと、決闘に挑む武芸者のように引き締まった表情で向かった。
育美の入っている風呂場へと。
「嫌味か、これは⁉」
「なんで⁉」
あまりと言えばあまりな志信の血相に、育美は叫び返した。
「なんで、豆腐料理が嫌味になるんだ⁉ 前のチームの同僚が豆腐料理が得意だったんだ。『豆腐は安くて栄養があるから貧乏所帯にピッタリ』って、よく出していたんだよ。それを教わっていたからやってみたんだけど……豆腐、きらいなのか?」
「いや……」
ジロリ、と、志信は一言、言いたげな様子で育美を睨みつけた。
「その同僚って……女か?」
「あ、ああ、そうだけど……」
それがなにか? と、表情で尋ねる育美に対し、志信はなにやら言いたげに首を横に振った。
「……いや、なんでもない。早く食おう。すっかり遅くなったからな」
「あ、ああ……。そうだな」
なんでもないことはないだろう。
そう思いつつ、そう答えるしかない育美だった。
ふたりは差し向かいに座って、夕食を食べはじめた。
志信はカレーを一口、口に運んだ。表情が驚きのものにかわった。
「これ、うまいな。ルゥを使ったカレーとはなにかちがうようだけど……」
「だろう? 前のチームの同僚、『上条唯』って言うんだけどな。なかなかの料理好きでさ。このカレーも自分でスパイスの配合を研究して作りあげたんだ。そのレシピを教えてもらったんだ」
「へえ。自分でスパイスを配合して作れるなんてすごいな。オレなんて小学校の調理実習のときからカレー作りに成功した試しがないのに」
志信の言葉に育美は目を丸くした。
「小学校の調理実習で、スパイスから作らされたのか?」
「……いや。普通にルゥを使ったカレー」
「……どうやったら、ルゥを使ったカレー作りに失敗できるんだよ」
「う、うるさいな! 心愛からは『それも才能』って褒められたんだぞ!」
「いや、それ、褒めてないから」
ひとしきり言いあったあと、やはり、技術関係の話で大いに盛りあがった。
ふたり差し向かいに座っての会話の尽きない賑やかな夕食。志信はすべての料理をきれいに平らげると満足げに吐息をもらした。
「あー、うまかった! ありがとうな」
「どういたしまして」
笑顔でそう答えて、後片付けをはじめようとする育美を志信が制した。
「あ、後片付けはオレがやるからいい。お前はもう風呂に入ってこいよ」
「えっ? でも……」
「いいって。作ってもらったんだから後片付けぐらいはオレがするよ」
「だけど……女性の前に風呂に入るのは、悪い気がするんだけど」
「いいから、いいから。風呂はお前の怪我のための薬湯だろ。お前が一番に入らなきゃ意味ないだろ」
「そうか? そう言ってくれるなら、お言葉に甘えさせてもらうかな」
「ああ、そうしろ。そんで、ゆっくり寝て、怪我を治せ。いつまでも包帯巻かれてちゃやっぱり、気になるからな」
「ああ、そうだな」
その怪我をさせた張本人――悪化させたのは姉の希見だが――に、そう言われて、育美はさすがに苦笑した。
改めて礼を言って風呂場に向かった。
志信は楽しげに食器を流しに運んだ。
「いやあ、親父が死んでから技術屋同士の話ができる相手なんていなかったからなあ。久しぶりに技術畑の話が思いきり出来てスッキリしたあ」
と、上機嫌。鼻歌交じりに洗い物をする。
そこで『ハタッ!』と、気付いた。
「……いや、ちがうだろ! なにやってんだ、オレ!」
水道の蛇口を全開にしたまま――いつも『水道の水を出しすぎる!』と、多幸に怒られる志信である――流しに突っ伏した。
「あいつをテストするために、ふたりきりになったんだろ! それなのに、なに普通に話してんだ! これじゃまるで、ふ、夫婦みたいじゃないか!」
自分で言って、真っ赤になる。
「……でも、考えてみれば、オレは色気もなければ胸もないからなあ。男連中からはずっと男友達扱いだったし。オレとふたりっきりになったって、下心なんて湧かないか」
そう言って、溜め息をつく。
「……姉ちゃんは、オレとちがって美人だし、色気あるし、胸デカいし、心愛と多幸もそれぞれかわいいし。オレに下心を見せないからって、あの三人にも見せないとは限らないからな。そこを確認しないといけないんだけど……」
で、どうするか。
志信は考えあぐねた。そして、ひとつの決意をした。
「……よし。やつの本心を確かめるにはこれしかない」
そして、志信は洗い物を放り出すと、決闘に挑む武芸者のように引き締まった表情で向かった。
育美の入っている風呂場へと。
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