追放されたおれが、女になって四姉妹と夢をつかむまで

五章 去勢してもらう！

　それからは、まさにもうてんやわんやの大騒動だった。
　事態に気付いた希見のぞみはそれまでの真剣さもどこへやら、すっかりうろたえ、パニック状態。とっさに育美いくみの体をお姫さま抱っこして抱えあげ、靴も履かずに病院目指して駆け出した。
　志信しのぶは大声をあげながら後を追ったし、多幸たゆは感心なことに靴をもって追いかけた。当然の結果として、多幸たゆの呼んだ救急車がやってきた頃には希見のぞみたちの姿ははるか彼方。救急隊員たちは無人の家にたどり着き、その場で途方に暮れる羽目になるところだった。
　しかし、そこには心愛ここあがいた。常にマイペース、沈着冷静な三女はこうなることを予想して、その場に控えていたのである。
　心愛ここあの的確なナビゲートによって救急隊員たちは救急車をあやつり、無事に合流、育美いくみを病院に運ぶことができた。
　「治療したその日のうちに、よけいひどくなってやってくるというのもめずらしい」
　と、妙に呑気な感想をもらす医者の治療を受けて――呑気でもなんでも、腕は確かだった――病院をあとにした。
　「入院費はうちでもちますから、入院してください！」
　希見のぞみはそう絶叫しながら訴えかけたのだが、育美いくみはうなずきはしなかった――その際、希見のぞみにふれられないよう後ずさったことは、世界中の誰も非難できないだろう、おそらく。
　育美いくみにしてみれば、希見のぞみに悪意がないことはわかっていた――『悪意がないって実は一番、厄介かも知れないな』という本音は胸の奥にそっとしまい込み――ので、高い金を使わせるのは気が引けた。
　「希見のぞみちゃん、うちにもそんなお金ないよ」
　と、多幸たゆがこっそり耳打ちするのも実は聞こえていたし……。
　それになにより、希見のぞみたちの工場で再び空飛ぶ部屋作りに励むとなったからには、入院などで時間を無駄にしたくはなかった。一刻も早く開発に取りかかりたかった。
　災害はいつ起きるかわからないのだ。入院していたせいでその日数分、災害の発生に間に合わなかった……などということになれば一生、悔やむ羽目になる。
　と言うわけで、育美いくみは痛む骨を引きずりながら四葉よつば家に戻ってきた。
　例によって布団の上に――希見のぞみに無理やり――寝かしつけられた育美いくみの前に、四姉妹が勢揃いしている。
　「今回は、まことにもって申し訳なく……」
　と、怪我を悪化させた張本人である希見のぞみが文字通りに平身低頭しながら謝った。その姿はやはり『武家の娘』という印象で、放っておいたら切腹して詫びかねない。しかし、謝るだけではすまないのが希見のぞみという人物。すぐに頭をあげるとはち切れんばかりの胸をドン！　と、叩いて請け負った。
　「かくなる上は不肖、このわたし、四葉よつば希見のぞみ。山之辺やまのべさんの怪我が治るまで責任をもってお世話させていただきます！」
　「い、いや、そういうのはいいですから……」
　育美いくみは布団の上で後ずさりながらそう答えた。
　もちろん、育美いくみも二六歳の男であるからには希見のぞみのような清純可憐――それも巨乳――美女に看病されるとなれば心が躍る。しかし――。
　――正直、この人に看病されたら怪我が悪化する予感しかしない。
　さしもの男の欲望も、生存本能には勝てないのだった。
　そんな育美いくみの心境を、四姉妹のなかでただひとり察しているらしい心愛ここあは、その無表情なクールな顔にかすかにニンマリ笑いを浮かべて育美いくみを見つめている。
　「そ、それより……」
　育美いくみは希見のぞみがさらに主張してこないよう、急いで話題をそらした。
　「住み込みの従業員として雇ってもらえるのは、住む家もなくした身としてはありがたいんですけど、妹さんたちはおれが一緒に住むことに賛成してくれるんですか？　やっぱり、身内でもない男が一緒に住むのはいろいろ抵抗があると思うけど……」
　「わたしは、かまわない」
　かわることのないクールな口調でそう言ったのは、心愛ここあである。
　「うちにはゴリラの遺伝子をもつ長女と、戦闘民族の次女がいる。ひ弱な男性のひとりぐらいいたところで危険はない」
　「誰がゴリラよ！」
　「戦闘民族って言うな！」
　「おれがひ弱なわけじゃない！　……と、思う。多分」
　希見のぞみ、志信しのぶ、育美いくみがそれぞれに叫んだ。
　すると、末っ子の多幸たゆが正統派アイドルなかわいらしい顔に笑みを浮かべて言った。
　「あたしもいいよ。育美いくみくん、真面目ないい人そうだし、あたしだって、お父さんとお母さんの残した工場は守りたいから」
　その完全無欠ないい子ぶりに、思わず涙腺が崩壊しそうになる育美いくみだった。
　――神さま。おれ、絶対、この子だけは裏切りません！
　日頃、神さまなど相手にしたこともないくせに、そんな誓いをたててしまう育美いくみであった。
　ともかく、これであとは次女の志信しのぶただひとり。姉とふたりの妹の視線が、若き戦闘民族に集中する。
　姉妹に見つめられて、さすがに志信しのぶもバツが悪い思いをしたようだ。この流れのなかで自分ひとり反対したりすれば『空気を読めないやつ』と思われてしまう。いや、でも、それでも、やっぱり……。
　「やっぱり、ダメだ！」
　志信しのぶはそう叫んだ。
　「オレには姉ちゃんと妹たちを守る責任がある！　どこの馬の骨ともわからない男を住まわせるわけにはいかない！」
　「志信しのぶ！　それじゃ、あなたは父さんと母さんの工場が潰れてもいいって言うの⁉」
　「そうは言わない。オレだって工場を守っていきたいのは同じだし、姉ちゃんの気持ちはわかる。だから……」
　「だから？」
　「テストする！」
　「テスト？」
　一斉に首をひねる他の四人の前で、志信しのぶは育美いくみに指を突きつけて宣告した。
　「明日一日、オレとふたりっきりでこの家で過ごす！　それで、下心を見せなければ良し。もし、男としてなにかしたら……」
　「なにかしたら？」
　姉の問いに対し、志信しのぶはきっぱりと宣言した。
　「去勢してもらう！」