追放されたおれが、女になって四姉妹と夢をつかむまで

藍条森也

文字の大きさ
上 下
3 / 32

三章 四葉家の事情

しおりを挟む
 「今日から、この家で一緒に暮らしましょう」
 突如として放たれた希見のぞみのその一言に――。
 その場はパニックに陥った。
 「なんでそうなる⁉」
 「姉ちゃん!」
 「希見のぞみちゃん、二三歳はまだ若いよ! あせるには早い!」
 育美いくみが叫び、志信しのぶが怒鳴り、多幸たゆが全力でツッコんだ。うろたえることなく落ち着いた態度でいたのは、常にマイペースの心愛ここあだけだった。
 しかし、希見のぞみはその騒ぎを無視してただ育美いくみだけを見つめていた。その視線はどこまでも真剣で、怖いぐらいに真面目なものだった。冗談や思いつきの言葉ではないことは明らかだった。
 そんな言葉をかけられ、こんな視線を向けられたとあっては、育美いくみとしてもいい加減に受けとることてはできない。居住まいを正し、希見のぞみの言葉をまった。希見のぞみははっきりと口にした。
 「山之辺やまのべさん。あなたに助けてほしいんです」
 「助ける?」
 「はい。お気付きのことと思いますけど、うちは町工場です。あなたのチームと同じように企業の下請けをしている小さな工場ですけど、父と母がふたりして作り、守ってきた大切な工場なんです」
 「ご両親が……。そう言えば、ご両親は?」
 「……死んだ」
 ムスッとした様子で答えたのは志信しのぶだった。
 「二年前に、旅行先で災害に巻き込まれて」
 「そ、そうですか……。すみません、よけいなことを聞いて」
 「気にしなくていい」
 さすがにバツの悪い思いをする育美いくみに向かい、心愛ここあがかわることのないクールな口調で告げた。
 「こちらから持ち出した話題だから」
 「……ありがとう。でも、ごめん」
 育美いくみは改めて頭をさげた。
 希見のぞみがつづけた。
 「心愛ここあの言うとおり、山之辺やまのべさんが謝る必要はありません。もちろん、両親が死んだ直後は悲しかったし、どうしていいかわからなかった。でも、いまのわたしたちには、はっきりした目標があるんです」
 「目標?」
 「はい」
 と、希見のぞみはきっぱりと口にした。その視線に込められた意思の強さは、口調に劣らず強く、確固たるものだった。
 「両親の工場を守っていくことです。だから、わたしは両親が死んだすぐあと、社長を継ぎました。社長と言っても、名ばかりの役立たずですが……」
 「そんなことない! 姉ちゃんはすごくがんばってるよ」
 希見のぞみが自嘲する風でもなく、淡々と事実を告げる口調でそう言うと、志信しのぶがムキになって姉をかばった。その横では心愛ここあ多幸たゆも『うんうん』とうなずいている。
 そんな妹たちの慰めも希見のぞみの耳には届かないようだった。ただ、育美いくみだけを見て話をつづけた。
 「幸いというか、志信しのぶは前々から父の跡を継ぐつもりで技術を学んでいましたから、わたしが社長、志信しのぶが現場責任者という形で工場をつづけていこうと決めたんです」
 「……あたしはまだ子どもだから、なんの役にも立てないけど」
 多幸たゆが悔しそうに口をはさんだ。正統派アイドルのかわいらしさに満ちたかのも、そんな態度をとると年相応の幼さが透けて見える。
 「でも、多幸たゆは家事全般、取り仕切ってる」
 「仕事の役には立てないから、せめて、それぐらいは……」
 心愛ここあが言うと、多幸たゆはそう答えた。
 ――姉さんたちが仕事に専念出来るよう、家のことは自分で引き受けているわけか。
 まだ小学生なのに、姉さん思いのしっかり者なんだな。
 育美いくみはそう思い、そのいじらしさに胸を打たれた。
 「志信しのぶの技術者としての腕は、父からも認められていたぐらい確かなものなんです」
 希見のぞみは話をつづけた。
 「でも、なんの実績もない女性、しかも、まだ大学生。それでは、どこも相手にしてくれなくて、両親と関係のあった企業もどんどん遠のいてしまって……」
 「くそ、あいつら……」
 志信しのぶが悔しそうに呟いて、拳を畳に押しつけた。グリグリと拳を動かす。
 「オレは立派に父さんの技術を受け継いだんだ。腕を見てくれさえすればちゃんとやっていけるってわかるはずなんだ。それなのにあいつら、女だって言うだけで腕を見ようともしないで……」
 志信しのぶは言いながら畳に押しつけた拳をえぐりつづける。
 「志信しのぶお姉ちゃん。畳に穴が開く」
 心愛ここあにクールに指摘されて、志信しのぶはハッとした表情になった。畳から拳をはなした。
 希見のぞみはそんな妹に一瞬、不憫がる視線を向けたあと、希見のぞみに視線を戻した。
 「わたしの力不足です。そこをどうにかして顧客を繋ぎとめるのが社長の役目なのに、わたしにはそれができなかった。最初のうちは同情して仕事をまわしてくれたところも、いまでは遠のいてしまって……もうずっと、仕事のない状態がつづいているんです」
 「おかげで、毎食のおかずが一品、減った。成長期の身にはつらい」
 「……そういうことを、他人にバラすなよ」
 心愛ここあが淡々とした口調でつげると、志信しのぶが心底、情けなさそうな様子で言った。
 「ですから!」
 しみったれた雰囲気を吹き飛ばしたいと思ったのだろう。希見のぞみが声を張りあげた。
 「山之辺やまのべさんに力を貸してほしいんです! 自分たちで企業を立ちあげて仕事をしてきた山之辺やまのべさんなら、企業経営のノウハウもいろいろともっているでしょう? そのノウハウを教えてほしいんです。山之辺やまのべさんにしても『空飛ぶ部屋を作る』という目的がある以上、自前の工場と仲間がいた方がいいはずです。さっきも言ったとおり、志信しのぶの技術者としての腕は確かなんです。絶対、必ず、山之辺やまのべさんのお役に立ちます!」
 「オレが、こいつの仕事を手伝うのかよ⁉」
 志信しのぶは不本意丸出しの態度で叫んだ。希見のぞみはそんな妹の不満は無視してすがりつくような視線を育美いくみに向けている。育美いくみは片手をあげて姉妹を制した。静かな声で言った。
 「話はわかりました。確かに、私としても自前の工場と仲間がいるのはありがたい。私のもっているノウハウなんて、たった五人のチームがどうにかこうにかやっていけるようになったという程度のものですが、そんなものでもあなたたちの役に立つというなら、いくらでも提供します」
 「それじゃあ……」
 希見のぞみの表情がパアッと明るくなった。もともとが正統派の美女だけに、そんな表情をすると愛らしさがあたり一面に振りまかれるようで、ひときわ魅力的に輝く。
 そんな希見のぞみに対して育美いくみはしかし、静かにつづけた。
 「その前にまず、聞いておきたい。あなたたちが工場をつづける理由はなんなのです? その答えがなければ協力はできません」
 その問いに対し、希見のぞみは迷わず答えた。
 「両親の工場は、わたしたちの思い出そのものなんです。物心ついたときから工場で父や母に甘え、その場にあるものはなんでも手にとって遊びました。仕事中の両親にとっては迷惑この上なかったでしょうけど、それでも、幼いわたしたちには工場は不思議なものがいっぱいある、びっくり箱みたいな楽しい遊び場だったんです。わたしたちの思い出のつまった工場をなんとしても守っていきたいんです。だから……」
 希見のぞみはなおも熱く語ろうとしたが、育美いくみは片手をあげて希見のぞみの言葉を制した。無慈悲なほどに冷徹な態度で言った。
 「あいにくですが、そんな話は聞いていません」
 「だ、だって、工場をつづける理由って……」
 「おい、なんだよ、その言い方! 失礼にも程があるだろ!」
 希見のぞみがうろたえたように言うと、志信しのぶは怒りのあまり腰を浮かせて叫んだ。
 育美いくみはそんなふたりに対し、静かに言った。
 「希見のぞみさん。あなたの言ったのは『自分たちがつづけたい理由』だ。おれが聞いたのは、『世間に対する工場の存在意義』です」
 「存在意義?」
 「どんな企業も顧客に利益を与えることなしには成り立たない。あらゆる企業は顧客に利益を与えつづけることで存在できる。その『顧客に与える利益』こそが、その企業の存在意義となる。逆に言うと、利益を与えられない企業は存在できないし、そもそも存在意義がない。
 だからこそ、問う。あなたたちの工場は世間に対し、どんな利益を与えることができるのか。その利益は他では与えることのできない、あなたたちだけのものなのか。
 希見のぞみさん。あなたはその答えを出していない。
 なんのために、
 誰に対し、
 どんな利益を与えるのか。
 その問いに答えられないようでは経営とは言えない。単なる経営ごっこだ」
 「け、経営ごっこ……」
 さすがに絶句する希見のぞみに対し、育美いくみはさらにつづけた。その目は真剣そのもので、いままでのような他人行儀なものではなかった。目の前の人間が仲間として頼むに足りるかどうか。そのことを見極めようとしている真剣さだった。
 だからこそ、容赦がない。遠慮も、迷いもない。無慈悲なほどに冷徹に畳みかける。
 「それとも、『思い出を守りたい』なんていうお涙ちょうだいの安っぽいストーリーを語れば、世間が同情して仕事をまわしてくれるとでも思っていたのか? だとしたら、確かに社長失格だな。そんな人間とはとても手を組むわけにはいかない」
 その言葉に――。
 怒りを爆発させたのは希見のぞみではなく、志信しのぶの方だった。怒りのあまり立ちあがり、フルコンタクト空手全国大会常連の拳を突きつける。
 「な、なんだよ、さっきから偉そうに! お前だって仲間から追放されてクビになった身だろ。偉そうにどうこう言える立場かよ⁉」
 「志信しのぶ!」
 希見のぞみは妹を窘めたが、育美いくみは怒ったりしなかった。それどころか、志信しのぶの言葉を自ら認めた。
 「ああ。その通りだ。おれにはそれができなかった。仲間と顧客に『空飛ぶ部屋を作る』ことの意義を説明し、そこから得られる利益を語り、理解を得るべきだった。それなのに、おれにはそれができなかった。いや、やろうとしなかった。そもそも、そんなことが必要だとわかっていなかった。
 真剣に仕事に打ち込んでいれば、まわりはわかってくれる。
 無意識のうちにそんな甘えた態度でいたんだ。だから、クビになった。仲間から追放された。仕事も住む家も失う羽目になった。いまの希見のぞみさんと同じまちがいをしたんだ。同じまちがいをしでかした人間の言うことだ。聞いておいた方がいい」
 「うっ……」
 志信しのぶはさすがに答えに詰まった。
 育美いくみの言葉が自分のことを棚にあげた手前勝手なものなら、怒りのままに否定することもできた。しかし、自分のまちがいを認めた上で、同じまちがいをさせないために言っているとあっては、否定するわけにはいかない。人生の先輩の言葉としてただ聞くしかなかった。
 「……わかりました」
 希見のぞみは静かに言った。それから、三人の妹たちに声をかけた。
 「志信しのぶ心愛ここあ多幸たゆ。少し、席を外して。山之辺やまのべさんとふたりで話がしたいの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

休むことを知らない兄にワインを渡すだけ

下菊みこと
恋愛
ワインを渡して何故か色々好転するお話。 ほのぼのしてるだけ。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...