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三章 四葉家の事情
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「今日から、この家で一緒に暮らしましょう」
突如として放たれた希見のその一言に――。
その場はパニックに陥った。
「なんでそうなる⁉」
「姉ちゃん!」
「希見ちゃん、二三歳はまだ若いよ! あせるには早い!」
育美が叫び、志信が怒鳴り、多幸が全力でツッコんだ。うろたえることなく落ち着いた態度でいたのは、常にマイペースの心愛だけだった。
しかし、希見はその騒ぎを無視してただ育美だけを見つめていた。その視線はどこまでも真剣で、怖いぐらいに真面目なものだった。冗談や思いつきの言葉ではないことは明らかだった。
そんな言葉をかけられ、こんな視線を向けられたとあっては、育美としてもいい加減に受けとることてはできない。居住まいを正し、希見の言葉をまった。希見ははっきりと口にした。
「山之辺さん。あなたに助けてほしいんです」
「助ける?」
「はい。お気付きのことと思いますけど、うちは町工場です。あなたのチームと同じように企業の下請けをしている小さな工場ですけど、父と母がふたりして作り、守ってきた大切な工場なんです」
「ご両親が……。そう言えば、ご両親は?」
「……死んだ」
ムスッとした様子で答えたのは志信だった。
「二年前に、旅行先で災害に巻き込まれて」
「そ、そうですか……。すみません、よけいなことを聞いて」
「気にしなくていい」
さすがにバツの悪い思いをする育美に向かい、心愛がかわることのないクールな口調で告げた。
「こちらから持ち出した話題だから」
「……ありがとう。でも、ごめん」
育美は改めて頭をさげた。
希見がつづけた。
「心愛の言うとおり、山之辺さんが謝る必要はありません。もちろん、両親が死んだ直後は悲しかったし、どうしていいかわからなかった。でも、いまのわたしたちには、はっきりした目標があるんです」
「目標?」
「はい」
と、希見はきっぱりと口にした。その視線に込められた意思の強さは、口調に劣らず強く、確固たるものだった。
「両親の工場を守っていくことです。だから、わたしは両親が死んだすぐあと、社長を継ぎました。社長と言っても、名ばかりの役立たずですが……」
「そんなことない! 姉ちゃんはすごくがんばってるよ」
希見が自嘲する風でもなく、淡々と事実を告げる口調でそう言うと、志信がムキになって姉をかばった。その横では心愛と多幸も『うんうん』とうなずいている。
そんな妹たちの慰めも希見の耳には届かないようだった。ただ、育美だけを見て話をつづけた。
「幸いというか、志信は前々から父の跡を継ぐつもりで技術を学んでいましたから、わたしが社長、志信が現場責任者という形で工場をつづけていこうと決めたんです」
「……あたしはまだ子どもだから、なんの役にも立てないけど」
多幸が悔しそうに口をはさんだ。正統派アイドルのかわいらしさに満ちたかの人も、そんな態度をとると年相応の幼さが透けて見える。
「でも、多幸は家事全般、取り仕切ってる」
「仕事の役には立てないから、せめて、それぐらいは……」
心愛が言うと、多幸はそう答えた。
――姉さんたちが仕事に専念出来るよう、家のことは自分で引き受けているわけか。
まだ小学生なのに、姉さん思いのしっかり者なんだな。
育美はそう思い、そのいじらしさに胸を打たれた。
「志信の技術者としての腕は、父からも認められていたぐらい確かなものなんです」
希見は話をつづけた。
「でも、なんの実績もない女性、しかも、まだ大学生。それでは、どこも相手にしてくれなくて、両親と関係のあった企業もどんどん遠のいてしまって……」
「くそ、あいつら……」
志信が悔しそうに呟いて、拳を畳に押しつけた。グリグリと拳を動かす。
「オレは立派に父さんの技術を受け継いだんだ。腕を見てくれさえすればちゃんとやっていけるってわかるはずなんだ。それなのにあいつら、女だって言うだけで腕を見ようともしないで……」
志信は言いながら畳に押しつけた拳をえぐりつづける。
「志信お姉ちゃん。畳に穴が開く」
心愛にクールに指摘されて、志信はハッとした表情になった。畳から拳をはなした。
希見はそんな妹に一瞬、不憫がる視線を向けたあと、希見に視線を戻した。
「わたしの力不足です。そこをどうにかして顧客を繋ぎとめるのが社長の役目なのに、わたしにはそれができなかった。最初のうちは同情して仕事をまわしてくれたところも、いまでは遠のいてしまって……もうずっと、仕事のない状態がつづいているんです」
「おかげで、毎食のおかずが一品、減った。成長期の身にはつらい」
「……そういうことを、他人にバラすなよ」
心愛が淡々とした口調でつげると、志信が心底、情けなさそうな様子で言った。
「ですから!」
しみったれた雰囲気を吹き飛ばしたいと思ったのだろう。希見が声を張りあげた。
「山之辺さんに力を貸してほしいんです! 自分たちで企業を立ちあげて仕事をしてきた山之辺さんなら、企業経営のノウハウもいろいろともっているでしょう? そのノウハウを教えてほしいんです。山之辺さんにしても『空飛ぶ部屋を作る』という目的がある以上、自前の工場と仲間がいた方がいいはずです。さっきも言ったとおり、志信の技術者としての腕は確かなんです。絶対、必ず、山之辺さんのお役に立ちます!」
「オレが、こいつの仕事を手伝うのかよ⁉」
志信は不本意丸出しの態度で叫んだ。希見はそんな妹の不満は無視してすがりつくような視線を育美に向けている。育美は片手をあげて姉妹を制した。静かな声で言った。
「話はわかりました。確かに、私としても自前の工場と仲間がいるのはありがたい。私のもっているノウハウなんて、たった五人のチームがどうにかこうにかやっていけるようになったという程度のものですが、そんなものでもあなたたちの役に立つというなら、いくらでも提供します」
「それじゃあ……」
希見の表情がパアッと明るくなった。もともとが正統派の美女だけに、そんな表情をすると愛らしさがあたり一面に振りまかれるようで、ひときわ魅力的に輝く。
そんな希見に対して育美はしかし、静かにつづけた。
「その前にまず、聞いておきたい。あなたたちが工場をつづける理由はなんなのです? その答えがなければ協力はできません」
その問いに対し、希見は迷わず答えた。
「両親の工場は、わたしたちの思い出そのものなんです。物心ついたときから工場で父や母に甘え、その場にあるものはなんでも手にとって遊びました。仕事中の両親にとっては迷惑この上なかったでしょうけど、それでも、幼いわたしたちには工場は不思議なものがいっぱいある、びっくり箱みたいな楽しい遊び場だったんです。わたしたちの思い出のつまった工場をなんとしても守っていきたいんです。だから……」
希見はなおも熱く語ろうとしたが、育美は片手をあげて希見の言葉を制した。無慈悲なほどに冷徹な態度で言った。
「あいにくですが、そんな話は聞いていません」
「だ、だって、工場をつづける理由って……」
「おい、なんだよ、その言い方! 失礼にも程があるだろ!」
希見がうろたえたように言うと、志信は怒りのあまり腰を浮かせて叫んだ。
育美はそんなふたりに対し、静かに言った。
「希見さん。あなたの言ったのは『自分たちがつづけたい理由』だ。おれが聞いたのは、『世間に対する工場の存在意義』です」
「存在意義?」
「どんな企業も顧客に利益を与えることなしには成り立たない。あらゆる企業は顧客に利益を与えつづけることで存在できる。その『顧客に与える利益』こそが、その企業の存在意義となる。逆に言うと、利益を与えられない企業は存在できないし、そもそも存在意義がない。
だからこそ、問う。あなたたちの工場は世間に対し、どんな利益を与えることができるのか。その利益は他では与えることのできない、あなたたちだけのものなのか。
希見さん。あなたはその答えを出していない。
なんのために、
誰に対し、
どんな利益を与えるのか。
その問いに答えられないようでは経営とは言えない。単なる経営ごっこだ」
「け、経営ごっこ……」
さすがに絶句する希見に対し、育美はさらにつづけた。その目は真剣そのもので、いままでのような他人行儀なものではなかった。目の前の人間が仲間として頼むに足りるかどうか。そのことを見極めようとしている真剣さだった。
だからこそ、容赦がない。遠慮も、迷いもない。無慈悲なほどに冷徹に畳みかける。
「それとも、『思い出を守りたい』なんていうお涙ちょうだいの安っぽいストーリーを語れば、世間が同情して仕事をまわしてくれるとでも思っていたのか? だとしたら、確かに社長失格だな。そんな人間とはとても手を組むわけにはいかない」
その言葉に――。
怒りを爆発させたのは希見ではなく、志信の方だった。怒りのあまり立ちあがり、フルコンタクト空手全国大会常連の拳を突きつける。
「な、なんだよ、さっきから偉そうに! お前だって仲間から追放されてクビになった身だろ。偉そうにどうこう言える立場かよ⁉」
「志信!」
希見は妹を窘めたが、育美は怒ったりしなかった。それどころか、志信の言葉を自ら認めた。
「ああ。その通りだ。おれにはそれができなかった。仲間と顧客に『空飛ぶ部屋を作る』ことの意義を説明し、そこから得られる利益を語り、理解を得るべきだった。それなのに、おれにはそれができなかった。いや、やろうとしなかった。そもそも、そんなことが必要だとわかっていなかった。
真剣に仕事に打ち込んでいれば、まわりはわかってくれる。
無意識のうちにそんな甘えた態度でいたんだ。だから、クビになった。仲間から追放された。仕事も住む家も失う羽目になった。いまの希見さんと同じまちがいをしたんだ。同じまちがいをしでかした人間の言うことだ。聞いておいた方がいい」
「うっ……」
志信はさすがに答えに詰まった。
育美の言葉が自分のことを棚にあげた手前勝手なものなら、怒りのままに否定することもできた。しかし、自分のまちがいを認めた上で、同じまちがいをさせないために言っているとあっては、否定するわけにはいかない。人生の先輩の言葉としてただ聞くしかなかった。
「……わかりました」
希見は静かに言った。それから、三人の妹たちに声をかけた。
「志信。心愛。多幸。少し、席を外して。山之辺さんとふたりで話がしたいの」
突如として放たれた希見のその一言に――。
その場はパニックに陥った。
「なんでそうなる⁉」
「姉ちゃん!」
「希見ちゃん、二三歳はまだ若いよ! あせるには早い!」
育美が叫び、志信が怒鳴り、多幸が全力でツッコんだ。うろたえることなく落ち着いた態度でいたのは、常にマイペースの心愛だけだった。
しかし、希見はその騒ぎを無視してただ育美だけを見つめていた。その視線はどこまでも真剣で、怖いぐらいに真面目なものだった。冗談や思いつきの言葉ではないことは明らかだった。
そんな言葉をかけられ、こんな視線を向けられたとあっては、育美としてもいい加減に受けとることてはできない。居住まいを正し、希見の言葉をまった。希見ははっきりと口にした。
「山之辺さん。あなたに助けてほしいんです」
「助ける?」
「はい。お気付きのことと思いますけど、うちは町工場です。あなたのチームと同じように企業の下請けをしている小さな工場ですけど、父と母がふたりして作り、守ってきた大切な工場なんです」
「ご両親が……。そう言えば、ご両親は?」
「……死んだ」
ムスッとした様子で答えたのは志信だった。
「二年前に、旅行先で災害に巻き込まれて」
「そ、そうですか……。すみません、よけいなことを聞いて」
「気にしなくていい」
さすがにバツの悪い思いをする育美に向かい、心愛がかわることのないクールな口調で告げた。
「こちらから持ち出した話題だから」
「……ありがとう。でも、ごめん」
育美は改めて頭をさげた。
希見がつづけた。
「心愛の言うとおり、山之辺さんが謝る必要はありません。もちろん、両親が死んだ直後は悲しかったし、どうしていいかわからなかった。でも、いまのわたしたちには、はっきりした目標があるんです」
「目標?」
「はい」
と、希見はきっぱりと口にした。その視線に込められた意思の強さは、口調に劣らず強く、確固たるものだった。
「両親の工場を守っていくことです。だから、わたしは両親が死んだすぐあと、社長を継ぎました。社長と言っても、名ばかりの役立たずですが……」
「そんなことない! 姉ちゃんはすごくがんばってるよ」
希見が自嘲する風でもなく、淡々と事実を告げる口調でそう言うと、志信がムキになって姉をかばった。その横では心愛と多幸も『うんうん』とうなずいている。
そんな妹たちの慰めも希見の耳には届かないようだった。ただ、育美だけを見て話をつづけた。
「幸いというか、志信は前々から父の跡を継ぐつもりで技術を学んでいましたから、わたしが社長、志信が現場責任者という形で工場をつづけていこうと決めたんです」
「……あたしはまだ子どもだから、なんの役にも立てないけど」
多幸が悔しそうに口をはさんだ。正統派アイドルのかわいらしさに満ちたかの人も、そんな態度をとると年相応の幼さが透けて見える。
「でも、多幸は家事全般、取り仕切ってる」
「仕事の役には立てないから、せめて、それぐらいは……」
心愛が言うと、多幸はそう答えた。
――姉さんたちが仕事に専念出来るよう、家のことは自分で引き受けているわけか。
まだ小学生なのに、姉さん思いのしっかり者なんだな。
育美はそう思い、そのいじらしさに胸を打たれた。
「志信の技術者としての腕は、父からも認められていたぐらい確かなものなんです」
希見は話をつづけた。
「でも、なんの実績もない女性、しかも、まだ大学生。それでは、どこも相手にしてくれなくて、両親と関係のあった企業もどんどん遠のいてしまって……」
「くそ、あいつら……」
志信が悔しそうに呟いて、拳を畳に押しつけた。グリグリと拳を動かす。
「オレは立派に父さんの技術を受け継いだんだ。腕を見てくれさえすればちゃんとやっていけるってわかるはずなんだ。それなのにあいつら、女だって言うだけで腕を見ようともしないで……」
志信は言いながら畳に押しつけた拳をえぐりつづける。
「志信お姉ちゃん。畳に穴が開く」
心愛にクールに指摘されて、志信はハッとした表情になった。畳から拳をはなした。
希見はそんな妹に一瞬、不憫がる視線を向けたあと、希見に視線を戻した。
「わたしの力不足です。そこをどうにかして顧客を繋ぎとめるのが社長の役目なのに、わたしにはそれができなかった。最初のうちは同情して仕事をまわしてくれたところも、いまでは遠のいてしまって……もうずっと、仕事のない状態がつづいているんです」
「おかげで、毎食のおかずが一品、減った。成長期の身にはつらい」
「……そういうことを、他人にバラすなよ」
心愛が淡々とした口調でつげると、志信が心底、情けなさそうな様子で言った。
「ですから!」
しみったれた雰囲気を吹き飛ばしたいと思ったのだろう。希見が声を張りあげた。
「山之辺さんに力を貸してほしいんです! 自分たちで企業を立ちあげて仕事をしてきた山之辺さんなら、企業経営のノウハウもいろいろともっているでしょう? そのノウハウを教えてほしいんです。山之辺さんにしても『空飛ぶ部屋を作る』という目的がある以上、自前の工場と仲間がいた方がいいはずです。さっきも言ったとおり、志信の技術者としての腕は確かなんです。絶対、必ず、山之辺さんのお役に立ちます!」
「オレが、こいつの仕事を手伝うのかよ⁉」
志信は不本意丸出しの態度で叫んだ。希見はそんな妹の不満は無視してすがりつくような視線を育美に向けている。育美は片手をあげて姉妹を制した。静かな声で言った。
「話はわかりました。確かに、私としても自前の工場と仲間がいるのはありがたい。私のもっているノウハウなんて、たった五人のチームがどうにかこうにかやっていけるようになったという程度のものですが、そんなものでもあなたたちの役に立つというなら、いくらでも提供します」
「それじゃあ……」
希見の表情がパアッと明るくなった。もともとが正統派の美女だけに、そんな表情をすると愛らしさがあたり一面に振りまかれるようで、ひときわ魅力的に輝く。
そんな希見に対して育美はしかし、静かにつづけた。
「その前にまず、聞いておきたい。あなたたちが工場をつづける理由はなんなのです? その答えがなければ協力はできません」
その問いに対し、希見は迷わず答えた。
「両親の工場は、わたしたちの思い出そのものなんです。物心ついたときから工場で父や母に甘え、その場にあるものはなんでも手にとって遊びました。仕事中の両親にとっては迷惑この上なかったでしょうけど、それでも、幼いわたしたちには工場は不思議なものがいっぱいある、びっくり箱みたいな楽しい遊び場だったんです。わたしたちの思い出のつまった工場をなんとしても守っていきたいんです。だから……」
希見はなおも熱く語ろうとしたが、育美は片手をあげて希見の言葉を制した。無慈悲なほどに冷徹な態度で言った。
「あいにくですが、そんな話は聞いていません」
「だ、だって、工場をつづける理由って……」
「おい、なんだよ、その言い方! 失礼にも程があるだろ!」
希見がうろたえたように言うと、志信は怒りのあまり腰を浮かせて叫んだ。
育美はそんなふたりに対し、静かに言った。
「希見さん。あなたの言ったのは『自分たちがつづけたい理由』だ。おれが聞いたのは、『世間に対する工場の存在意義』です」
「存在意義?」
「どんな企業も顧客に利益を与えることなしには成り立たない。あらゆる企業は顧客に利益を与えつづけることで存在できる。その『顧客に与える利益』こそが、その企業の存在意義となる。逆に言うと、利益を与えられない企業は存在できないし、そもそも存在意義がない。
だからこそ、問う。あなたたちの工場は世間に対し、どんな利益を与えることができるのか。その利益は他では与えることのできない、あなたたちだけのものなのか。
希見さん。あなたはその答えを出していない。
なんのために、
誰に対し、
どんな利益を与えるのか。
その問いに答えられないようでは経営とは言えない。単なる経営ごっこだ」
「け、経営ごっこ……」
さすがに絶句する希見に対し、育美はさらにつづけた。その目は真剣そのもので、いままでのような他人行儀なものではなかった。目の前の人間が仲間として頼むに足りるかどうか。そのことを見極めようとしている真剣さだった。
だからこそ、容赦がない。遠慮も、迷いもない。無慈悲なほどに冷徹に畳みかける。
「それとも、『思い出を守りたい』なんていうお涙ちょうだいの安っぽいストーリーを語れば、世間が同情して仕事をまわしてくれるとでも思っていたのか? だとしたら、確かに社長失格だな。そんな人間とはとても手を組むわけにはいかない」
その言葉に――。
怒りを爆発させたのは希見ではなく、志信の方だった。怒りのあまり立ちあがり、フルコンタクト空手全国大会常連の拳を突きつける。
「な、なんだよ、さっきから偉そうに! お前だって仲間から追放されてクビになった身だろ。偉そうにどうこう言える立場かよ⁉」
「志信!」
希見は妹を窘めたが、育美は怒ったりしなかった。それどころか、志信の言葉を自ら認めた。
「ああ。その通りだ。おれにはそれができなかった。仲間と顧客に『空飛ぶ部屋を作る』ことの意義を説明し、そこから得られる利益を語り、理解を得るべきだった。それなのに、おれにはそれができなかった。いや、やろうとしなかった。そもそも、そんなことが必要だとわかっていなかった。
真剣に仕事に打ち込んでいれば、まわりはわかってくれる。
無意識のうちにそんな甘えた態度でいたんだ。だから、クビになった。仲間から追放された。仕事も住む家も失う羽目になった。いまの希見さんと同じまちがいをしたんだ。同じまちがいをしでかした人間の言うことだ。聞いておいた方がいい」
「うっ……」
志信はさすがに答えに詰まった。
育美の言葉が自分のことを棚にあげた手前勝手なものなら、怒りのままに否定することもできた。しかし、自分のまちがいを認めた上で、同じまちがいをさせないために言っているとあっては、否定するわけにはいかない。人生の先輩の言葉としてただ聞くしかなかった。
「……わかりました」
希見は静かに言った。それから、三人の妹たちに声をかけた。
「志信。心愛。多幸。少し、席を外して。山之辺さんとふたりで話がしたいの」
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