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二章 一緒に暮らしましょう
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山之辺育美は気がついたとき、四葉家の居間で寝かされていた。包帯を巻いた胸の上に父親のものだという寝間着を着せられて。畳の上に敷かれた布団の上に寝かされていたのだ。
――どうして、こんなことになったんだ?
育美はそう思いながら布団のなかで銅像のように固まりつつ、天井を見上げていた。額に浮かぶ脂汗は怪我の痛みと言うより、いまのこの状況に対する緊張感からのものだった。
布団に寝かされる育美のそば。そこには四葉家の四姉妹が並んで座っていた。
怪我人を力いっぱいガクガク揺さぶり、気を失うほどの痛手を与えてくれたのが長女の希見。二三歳。この春、大学を卒業したばかりの社会人一年生。正座しながらもその身を前に乗り出し、『抜け出そうとしたら布団ごと縛りあげて、動けなくしてやろう』とばかりに、食い入るように育美を睨みつけている。
髪が長く、たおやかな印象の正統派美女。一目見て『大和撫子』という言葉が浮かぶ。そんな女性。女優として活躍していておかしくない、誰もが振り返りそうな美女。そして、その胸。『服のなかにメロンでも入れてるのか⁉』と、ついツッコみたくなるほどの見事なふくらみ。そのふくらみにはこの世のすべての人間が目を奪われることだろう。
ここまでの美女――おまけに、スタイル抜群――は大学四年間で見てきたミス・キャンパスにもいなかった。そんな美女から心配を込めて睨みつけられるのは正直……胸に刺さるものがある。
その隣に座っているのが次女の志信。二一歳の大学三年生。育美のことを下着ドロとまちがえ、特撮ヒーローばりの見事な蹴りを食らわせてくれた張本人。おっとり正統派タイプの美女である姉とは対照的にボーイッシュ。凜々しい顔立ちの王子さま系女子で、女子校にいたらさぞかしまわりの女子たちからモテるだろうと思わせる。
育美以上の長身に無駄のない体型。『これぞ、格闘家!』と言った印象の、贅肉の燃焼しきったスリムな肢体。短く整えられた艶のある髪。油汚れの付いたつなぎを着込んであぐらをかき、怒ったようにそっぽを向いている。その様子は大学生の女性と言うより、きかん気の強い男子小学生のよう。
その志信の隣に座っているのが三女の心愛。志信に対して人違いだと指摘してくれた一三歳の中学一年生。かの人の指摘がなければ、育美はおそらく倒れたところをさらに上から踏みつけられてとどめを刺されていただろう。はっきり言って、命の恩人である。
クール系の無表情な女の子だが、ふたりの姉に劣らないかなりの美少女。その視線で射貫かれると心の奥底まで見抜かれそうでドキドキしてくる。体型的には次女に似ており、中学生らしい無駄のないしなやかそうな体付きをしている。
そして、救急車を呼んでくれたのが四女で末っ子の多幸。まだ一一歳の小学五年生。美人ぞろいの四姉妹だが、そのなかでも多幸はもっとも正統派の美少女。長女に似たクセのある長い髪に包まれた顔立ちは本当にかわいらしく、芸能界入りすればたまち正統派アイドルとして人気が沸騰するだろうと思わせるほど。
顔立ちだけではなく、体型までも長女似なのか、まだ小学生なのに、服の上からでも胸のふくらみがはっきりわかる。胸囲だけはすでにおとな並だがまぎれもなく小学生。それだけに、その胸が目に入ると成人女性を相手にする以上に『イケナイ』気分になってしまう。
そんな美人四姉妹に囲まれているのだ。二六歳、独身、彼女ナシの男としてはもう、気恥ずかしいやら、緊張やら、はたまたプレッシャーやらでいてもたってもいられない気分。
――本当に、どうしてこんなことになったんだ?
育美は天井を見上げながらもう一度、そう思った。
希見にさんざん揺さぶられて気を失ったあと、多幸の呼んでくれた救急車で病院に運ばれた。
「肋骨にヒビが入っているけど、まあ、入院するほどのものでもないね。もちろん、入院したいならしてもいいけど。どうする?」
と、無責任なんだか、患者の自主性を尊重しているんだかよくわからないことを言われた。
その日の朝にチームをクビになり、失業したばかりの人間としては、入院などしてよけいな金を使ってはいられない。『入院しなくてもいいなら』と、最低限の治療だけ受けて一も二もなく病院をあとにした。
とは言え、これからどうするか。
なにしろ、いままで住んでいたシェアハウスは社宅のようなものなので、会社をクビになったいまでは住んではいられない。そもそも、チームを追放されたあとまで同居するなど気まずすぎる。育美の神経はそんなことに耐えられるほどタフではない。
だけど、チームの経営が厳しかったから貯金もないし……。
「とりあえず、どこかの安宿にでも泊まって……」
などと考えていると、四葉四姉妹の長女、希見がやたらと顔を近づけて力説してきたのだ。
「妹が人違いで怪我させてしまったんです! このままにはしておけません。とにかく、うちに来てください!」
そのまま、その外見からは想像もつかないものすごい力で引っ張られ、四葉家まで連れてこられた。そして、ほとんど囚人並の扱いで着替えさせられ、布団の上に寝かしつけられた……というわけなのだった。
――まるで、エロゲかエロ小説並の展開だな。
二六歳の男としてはごく自然な感想であったろう。エロゲとしてプレイしている分にはそれなりに楽しいが、現実に自分がそんな身になったとなれば喜んでもいられない。失業者になったあげくに性犯罪者にまで成りさがり、人生をふいにする気など育美にはないのだった。
「なんで、女ばっかりの家に、こんなどこの誰ともわからない男を連れてくるんだよ、姉ちゃん」
次女の志信が不満丸出しの声でそう言った。女性にしては低めな声が『女子校の王子さま』なその外見によく似合っている。
希見はその言葉に妹を睨みつけた。志信がたちまち借りてきたネコのように身をちぢこませたあたりに、姉妹の力関係がよく現われている。
「志信が怪我させたのよ。『はい、さよなら』ってわけにはいかないでしょ」
「それについてはちゃんと謝っただろ。それでいいじゃないか」
志信は唇をとがらせて、拗ねたように言う。そんな態度がまた『やんちゃな小学生男子』といった印象。
「志信お姉ちゃんは謝っていない。下着ドロを捕まえて謝らせただけ」
三女の心愛が表情ひとつ動かさずにそう指摘した。透明感のある静かなその声が、クール系美少女の見本のようで、ちょっとゾクゾクしてしまう。
志信は妹にそう指摘されて『ぐっ……』とばかりに声を詰まらせた。
「わ、わかったよ。オレが悪かったよ。ごめん、謝る、この通り」
志信はそう言って不本意丸出しの態度で頭をさげた。
「ほら、これでもういいだろ。見ず知らずの男なんてとっとと追い出そうぜ」
「そんな謝り方、ないでしょう! 肋骨にヒビの入る大怪我させたんだからもっときちんと謝りなさい」
希見は姉らしくそうお説教したが、
「その怪我人を力いっぱい揺さぶって、とどめを刺したのは希見お姉ちゃん」
との、心愛の言葉に――。
「そうでした。まことにもって申し訳ありませんでした」
と、三つ指をついて深々と頭をさげたのだった。
「あ、いや……」
育美はあわてて体を起こそうとした。その育美に希見が飛びついた。
「ダメです! 大怪我なんだからおとなしく寝ていてください!」
体を起こそうとしたところをつかまれて布団に叩きつけられ、ヒビの入った肋骨が刺激され、胸に激痛が走った。
「痛えッ……!」
こらえきれずにさすがに叫んだ。
希見が口元に両手を当てて慌てふためく。
「……姉ちゃん」
「怪我人に乱暴しすぎ」
「希見ちゃん、落ち着いて!」
志信、心愛、多幸が口々に言う。
希見はたちまち『会わせる顔がない』と言わんばかりのしょんぼりした表情になり、改めてお詫びした。
「と、とにかく……」
育美は胸の痛みに耐えながら、今度こそ体を起こした。さすがに希見も二度と再び力ずくで抑えようとはしなかった。四姉妹に視線を向けた。
「悪いのは下着ドロなわけですし、同じ男のやったことです。こちらこそ、申し訳ない」
育美はそう言って頭をさげた。
希見と志信が呆気にとられたような表情をしたが、三女の心愛は中学一年生の幼さ故か、おとなにはとても言えないことを口にした。
「立派だけど、そこまで言うと偽善に聞こえる」
「心愛!」
希見が叫び、志信でさえあわてた様子になった。育美はそんな三女を見つめた。いままでにない真剣な表情になっていた。
「心愛ちゃん、だったな。それはちがう。偽善というのは『この場はこうするのが正しい』という思いがあって、はじめて行えることだ。つまり、偽善者というのは悪い意味じゃない。礼儀をわきまえ、その通りにふるまえる立派な人間という意味だ」
「なるほど。納得」
と、心愛は相変わらず表情ひとつ動かさずに納得して見せた。
「みんな、とにかく、落ち着いて」
末っ子の多幸が、姉たちをたしなめるように言った。
「志信ちゃん。育美くん、仕事も、家もなくて、行くところもないって言うのよ。追い出すわけにはいかないでしょ」
声はさすがに幼いが、なんだか姉妹のなかで一番、おとなっぽい態度だったりする。しかし――。
――育美『くん』って……。
『くん』付けで呼ばれるなんて、いつ以来だろうか。しかも、相手は小学生と言え、とびきりの美少女。しかも、巨乳予備軍。子どもの頃から技術畑一筋で女性に免疫のない身としては、なんだか、無性にドギマギしてしまう。
志信は一瞬、気圧された様子だったが、すぐに言い返した。
「だから、よけい、置いとけないんだろ。いい歳して、仕事も家もないなんて、そんなやつ、信用出来るか」
その言い分にはさすがに育美もムッとした。これでも、大学時代はその柔軟な発想力と技術の高さで将来を嘱望されていたのだ。仕事もなければ、家もない、負け組人間と思われるのはプライドが許さない。
「言っておきますが……」
育美は意識して低い声を出して――なにしろ、男にしてはかなり高くて細い声なので、地声で喋っていると貫禄がない――説明した。
「私は別に引きこもりでもなければ、パラサイトでもありません。今日の朝まではきちんと会社勤めしていたんです。総勢五人の、他の企業からの注文を受けて部品を開発・製造する小さなチームですが、おれはそのチームのチーフ・エンジニアとして、外部からも評価されていました。そのチームを今日、クビになって、住んでいたのも社宅がわりのシェアハウスだからいられなくなったという、本当に、今日たまたま仕事も家もなくなったという、それだけのことです」
それだけのことです、と、育美はそう言ったが、
――いやいや、『それだけのこと』って言うにはちょっと、深刻だよな?
と、いまさらながらに自分の境遇のみじめさに気がついたのだった。
「そのチーフ・エンジニアがなんで、チームをクビになったりしたんだよ」
本当に優秀ならクビになるわけないだろ。
そう思っているのがはっきりわかる、志信の口調と態度だった。
「空飛ぶ部屋を作ろうとしていたもので」
「空飛ぶ部屋?」
希見、志信、多幸がそれぞれに目をパチクリさせた。クールな三女の心愛だけが相変わらず表情ひとつ動かさずに聞いている。
「もともと、私のいたチームは、大学時代に私が友人たちに呼びかけて作りあげたものなんです。空飛ぶ部屋を作る。その目的のために。でも、みんなはいつの間にかおとなになっていた。『空飛ぶ部屋を作る』という目的よりも、金を稼ぐことを第一に考えるようになっていた。そうなると、大学時代からかわらず空飛ぶ部屋を作ろうとしている私が邪魔になった。だから、追放されたんです」
「いや、そりゃそうだろ。いい歳して『空飛ぶ部屋を作る』なんて子どもみたいなこと言ってたらそりゃ、クビになるだろ」
「志信!」
あまりに正直な志信の態度を、希見がたしなめた。
育美は志信を見つめた。
「チームの皆からもそう言われました。でも、私は夢やロマンで空飛ぶ部屋を作ろうとしているんじゃない。日本は災害列島です。地震、津波、台風……様々な災害が四季を問わずに襲いかかる。そのたびに大きな被害が出る。でも、どの家にも空飛ぶ部屋があればすぐに空を飛んで逃げられる。津波が来ようが、道路が寸断されようが関係ない。皆、安心して暮らしていられるようになる。そのために、空飛ぶ部屋を作る。私はそう決心したんです」
「そ、それはすごいこと考えたと思うけど……」
予想外の真剣さにさすがに気圧されながら、志信が言った。
「現実的に考えて、空飛ぶ部屋なんてどうやって作るんだよ?」
「別にむずかしいことじゃありませんよ。要は、小型の飛行船を作って、それを普段は部屋として使っていればいい。それだけのことです」
「それだけのことって……」
「現在の飛行船技術をもってすれば難しいことじゃない。動力源としては燃料電池を使えば災害時でも電気と熱とお湯を使える。風呂に入るために給水車の前で列を作る必要はない。作るだけの価値は充分にあります」
「それはそうかも知れないけど……飛行船ってことは水素を使うんだろ? 水素は一番、燃えやすい気体だ。いつでも引火・爆発の恐れがある。そんなものを部屋として使えないだろう」
「ガソリンや都市ガスは爆発しないとでも?」
「あ、いや……」
「ガソリンだって、都市ガスだって、引火・爆発の危険は常にある。それなのに、私たちは当たり前に使っている。大量のガスに火が点いたら大災害だと言うのに、巨大なガスタンクを作ってなんの心配もせずに暮らしている。
それは、安全に扱うための技術があるからですが、なによりも慣れているからです。水素だって同じ。現在の技術なら充分に安全に扱うことはできます。それが、心配されるのは慣れていないからです。空飛ぶ部屋が普及して『水素のある暮らし』が当たり前になれば、誰も気にしなくなりますよ」
「山之辺さん」
と、希見が言った。いままでの慌てふためいた様子が嘘のような真剣そのものの様子だった。
「それでは、あなたは、これからも空飛ぶ部屋を作ろうとするんですか?」
「『作ろうとする』ではありませんよ。『作る』んです」
「そのために、仲間から追放されたのに?」
「もちろん。私ひとりでも必ず、実現させます」
育美はそう断言した。そこには迷いもなければ、ためらいもない。純粋な決意だけがあった。その姿には志信や多幸はもちろん、さしものクール系美少女の心愛ですら、かすかにだが感心する表情を浮かべたほどだ。
「よくわかりました。では、山之辺さん」
「なんです、希見さん?」
「今日から、この家で一緒に暮らしましょう」
――どうして、こんなことになったんだ?
育美はそう思いながら布団のなかで銅像のように固まりつつ、天井を見上げていた。額に浮かぶ脂汗は怪我の痛みと言うより、いまのこの状況に対する緊張感からのものだった。
布団に寝かされる育美のそば。そこには四葉家の四姉妹が並んで座っていた。
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髪が長く、たおやかな印象の正統派美女。一目見て『大和撫子』という言葉が浮かぶ。そんな女性。女優として活躍していておかしくない、誰もが振り返りそうな美女。そして、その胸。『服のなかにメロンでも入れてるのか⁉』と、ついツッコみたくなるほどの見事なふくらみ。そのふくらみにはこの世のすべての人間が目を奪われることだろう。
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その隣に座っているのが次女の志信。二一歳の大学三年生。育美のことを下着ドロとまちがえ、特撮ヒーローばりの見事な蹴りを食らわせてくれた張本人。おっとり正統派タイプの美女である姉とは対照的にボーイッシュ。凜々しい顔立ちの王子さま系女子で、女子校にいたらさぞかしまわりの女子たちからモテるだろうと思わせる。
育美以上の長身に無駄のない体型。『これぞ、格闘家!』と言った印象の、贅肉の燃焼しきったスリムな肢体。短く整えられた艶のある髪。油汚れの付いたつなぎを着込んであぐらをかき、怒ったようにそっぽを向いている。その様子は大学生の女性と言うより、きかん気の強い男子小学生のよう。
その志信の隣に座っているのが三女の心愛。志信に対して人違いだと指摘してくれた一三歳の中学一年生。かの人の指摘がなければ、育美はおそらく倒れたところをさらに上から踏みつけられてとどめを刺されていただろう。はっきり言って、命の恩人である。
クール系の無表情な女の子だが、ふたりの姉に劣らないかなりの美少女。その視線で射貫かれると心の奥底まで見抜かれそうでドキドキしてくる。体型的には次女に似ており、中学生らしい無駄のないしなやかそうな体付きをしている。
そして、救急車を呼んでくれたのが四女で末っ子の多幸。まだ一一歳の小学五年生。美人ぞろいの四姉妹だが、そのなかでも多幸はもっとも正統派の美少女。長女に似たクセのある長い髪に包まれた顔立ちは本当にかわいらしく、芸能界入りすればたまち正統派アイドルとして人気が沸騰するだろうと思わせるほど。
顔立ちだけではなく、体型までも長女似なのか、まだ小学生なのに、服の上からでも胸のふくらみがはっきりわかる。胸囲だけはすでにおとな並だがまぎれもなく小学生。それだけに、その胸が目に入ると成人女性を相手にする以上に『イケナイ』気分になってしまう。
そんな美人四姉妹に囲まれているのだ。二六歳、独身、彼女ナシの男としてはもう、気恥ずかしいやら、緊張やら、はたまたプレッシャーやらでいてもたってもいられない気分。
――本当に、どうしてこんなことになったんだ?
育美は天井を見上げながらもう一度、そう思った。
希見にさんざん揺さぶられて気を失ったあと、多幸の呼んでくれた救急車で病院に運ばれた。
「肋骨にヒビが入っているけど、まあ、入院するほどのものでもないね。もちろん、入院したいならしてもいいけど。どうする?」
と、無責任なんだか、患者の自主性を尊重しているんだかよくわからないことを言われた。
その日の朝にチームをクビになり、失業したばかりの人間としては、入院などしてよけいな金を使ってはいられない。『入院しなくてもいいなら』と、最低限の治療だけ受けて一も二もなく病院をあとにした。
とは言え、これからどうするか。
なにしろ、いままで住んでいたシェアハウスは社宅のようなものなので、会社をクビになったいまでは住んではいられない。そもそも、チームを追放されたあとまで同居するなど気まずすぎる。育美の神経はそんなことに耐えられるほどタフではない。
だけど、チームの経営が厳しかったから貯金もないし……。
「とりあえず、どこかの安宿にでも泊まって……」
などと考えていると、四葉四姉妹の長女、希見がやたらと顔を近づけて力説してきたのだ。
「妹が人違いで怪我させてしまったんです! このままにはしておけません。とにかく、うちに来てください!」
そのまま、その外見からは想像もつかないものすごい力で引っ張られ、四葉家まで連れてこられた。そして、ほとんど囚人並の扱いで着替えさせられ、布団の上に寝かしつけられた……というわけなのだった。
――まるで、エロゲかエロ小説並の展開だな。
二六歳の男としてはごく自然な感想であったろう。エロゲとしてプレイしている分にはそれなりに楽しいが、現実に自分がそんな身になったとなれば喜んでもいられない。失業者になったあげくに性犯罪者にまで成りさがり、人生をふいにする気など育美にはないのだった。
「なんで、女ばっかりの家に、こんなどこの誰ともわからない男を連れてくるんだよ、姉ちゃん」
次女の志信が不満丸出しの声でそう言った。女性にしては低めな声が『女子校の王子さま』なその外見によく似合っている。
希見はその言葉に妹を睨みつけた。志信がたちまち借りてきたネコのように身をちぢこませたあたりに、姉妹の力関係がよく現われている。
「志信が怪我させたのよ。『はい、さよなら』ってわけにはいかないでしょ」
「それについてはちゃんと謝っただろ。それでいいじゃないか」
志信は唇をとがらせて、拗ねたように言う。そんな態度がまた『やんちゃな小学生男子』といった印象。
「志信お姉ちゃんは謝っていない。下着ドロを捕まえて謝らせただけ」
三女の心愛が表情ひとつ動かさずにそう指摘した。透明感のある静かなその声が、クール系美少女の見本のようで、ちょっとゾクゾクしてしまう。
志信は妹にそう指摘されて『ぐっ……』とばかりに声を詰まらせた。
「わ、わかったよ。オレが悪かったよ。ごめん、謝る、この通り」
志信はそう言って不本意丸出しの態度で頭をさげた。
「ほら、これでもういいだろ。見ず知らずの男なんてとっとと追い出そうぜ」
「そんな謝り方、ないでしょう! 肋骨にヒビの入る大怪我させたんだからもっときちんと謝りなさい」
希見は姉らしくそうお説教したが、
「その怪我人を力いっぱい揺さぶって、とどめを刺したのは希見お姉ちゃん」
との、心愛の言葉に――。
「そうでした。まことにもって申し訳ありませんでした」
と、三つ指をついて深々と頭をさげたのだった。
「あ、いや……」
育美はあわてて体を起こそうとした。その育美に希見が飛びついた。
「ダメです! 大怪我なんだからおとなしく寝ていてください!」
体を起こそうとしたところをつかまれて布団に叩きつけられ、ヒビの入った肋骨が刺激され、胸に激痛が走った。
「痛えッ……!」
こらえきれずにさすがに叫んだ。
希見が口元に両手を当てて慌てふためく。
「……姉ちゃん」
「怪我人に乱暴しすぎ」
「希見ちゃん、落ち着いて!」
志信、心愛、多幸が口々に言う。
希見はたちまち『会わせる顔がない』と言わんばかりのしょんぼりした表情になり、改めてお詫びした。
「と、とにかく……」
育美は胸の痛みに耐えながら、今度こそ体を起こした。さすがに希見も二度と再び力ずくで抑えようとはしなかった。四姉妹に視線を向けた。
「悪いのは下着ドロなわけですし、同じ男のやったことです。こちらこそ、申し訳ない」
育美はそう言って頭をさげた。
希見と志信が呆気にとられたような表情をしたが、三女の心愛は中学一年生の幼さ故か、おとなにはとても言えないことを口にした。
「立派だけど、そこまで言うと偽善に聞こえる」
「心愛!」
希見が叫び、志信でさえあわてた様子になった。育美はそんな三女を見つめた。いままでにない真剣な表情になっていた。
「心愛ちゃん、だったな。それはちがう。偽善というのは『この場はこうするのが正しい』という思いがあって、はじめて行えることだ。つまり、偽善者というのは悪い意味じゃない。礼儀をわきまえ、その通りにふるまえる立派な人間という意味だ」
「なるほど。納得」
と、心愛は相変わらず表情ひとつ動かさずに納得して見せた。
「みんな、とにかく、落ち着いて」
末っ子の多幸が、姉たちをたしなめるように言った。
「志信ちゃん。育美くん、仕事も、家もなくて、行くところもないって言うのよ。追い出すわけにはいかないでしょ」
声はさすがに幼いが、なんだか姉妹のなかで一番、おとなっぽい態度だったりする。しかし――。
――育美『くん』って……。
『くん』付けで呼ばれるなんて、いつ以来だろうか。しかも、相手は小学生と言え、とびきりの美少女。しかも、巨乳予備軍。子どもの頃から技術畑一筋で女性に免疫のない身としては、なんだか、無性にドギマギしてしまう。
志信は一瞬、気圧された様子だったが、すぐに言い返した。
「だから、よけい、置いとけないんだろ。いい歳して、仕事も家もないなんて、そんなやつ、信用出来るか」
その言い分にはさすがに育美もムッとした。これでも、大学時代はその柔軟な発想力と技術の高さで将来を嘱望されていたのだ。仕事もなければ、家もない、負け組人間と思われるのはプライドが許さない。
「言っておきますが……」
育美は意識して低い声を出して――なにしろ、男にしてはかなり高くて細い声なので、地声で喋っていると貫禄がない――説明した。
「私は別に引きこもりでもなければ、パラサイトでもありません。今日の朝まではきちんと会社勤めしていたんです。総勢五人の、他の企業からの注文を受けて部品を開発・製造する小さなチームですが、おれはそのチームのチーフ・エンジニアとして、外部からも評価されていました。そのチームを今日、クビになって、住んでいたのも社宅がわりのシェアハウスだからいられなくなったという、本当に、今日たまたま仕事も家もなくなったという、それだけのことです」
それだけのことです、と、育美はそう言ったが、
――いやいや、『それだけのこと』って言うにはちょっと、深刻だよな?
と、いまさらながらに自分の境遇のみじめさに気がついたのだった。
「そのチーフ・エンジニアがなんで、チームをクビになったりしたんだよ」
本当に優秀ならクビになるわけないだろ。
そう思っているのがはっきりわかる、志信の口調と態度だった。
「空飛ぶ部屋を作ろうとしていたもので」
「空飛ぶ部屋?」
希見、志信、多幸がそれぞれに目をパチクリさせた。クールな三女の心愛だけが相変わらず表情ひとつ動かさずに聞いている。
「もともと、私のいたチームは、大学時代に私が友人たちに呼びかけて作りあげたものなんです。空飛ぶ部屋を作る。その目的のために。でも、みんなはいつの間にかおとなになっていた。『空飛ぶ部屋を作る』という目的よりも、金を稼ぐことを第一に考えるようになっていた。そうなると、大学時代からかわらず空飛ぶ部屋を作ろうとしている私が邪魔になった。だから、追放されたんです」
「いや、そりゃそうだろ。いい歳して『空飛ぶ部屋を作る』なんて子どもみたいなこと言ってたらそりゃ、クビになるだろ」
「志信!」
あまりに正直な志信の態度を、希見がたしなめた。
育美は志信を見つめた。
「チームの皆からもそう言われました。でも、私は夢やロマンで空飛ぶ部屋を作ろうとしているんじゃない。日本は災害列島です。地震、津波、台風……様々な災害が四季を問わずに襲いかかる。そのたびに大きな被害が出る。でも、どの家にも空飛ぶ部屋があればすぐに空を飛んで逃げられる。津波が来ようが、道路が寸断されようが関係ない。皆、安心して暮らしていられるようになる。そのために、空飛ぶ部屋を作る。私はそう決心したんです」
「そ、それはすごいこと考えたと思うけど……」
予想外の真剣さにさすがに気圧されながら、志信が言った。
「現実的に考えて、空飛ぶ部屋なんてどうやって作るんだよ?」
「別にむずかしいことじゃありませんよ。要は、小型の飛行船を作って、それを普段は部屋として使っていればいい。それだけのことです」
「それだけのことって……」
「現在の飛行船技術をもってすれば難しいことじゃない。動力源としては燃料電池を使えば災害時でも電気と熱とお湯を使える。風呂に入るために給水車の前で列を作る必要はない。作るだけの価値は充分にあります」
「それはそうかも知れないけど……飛行船ってことは水素を使うんだろ? 水素は一番、燃えやすい気体だ。いつでも引火・爆発の恐れがある。そんなものを部屋として使えないだろう」
「ガソリンや都市ガスは爆発しないとでも?」
「あ、いや……」
「ガソリンだって、都市ガスだって、引火・爆発の危険は常にある。それなのに、私たちは当たり前に使っている。大量のガスに火が点いたら大災害だと言うのに、巨大なガスタンクを作ってなんの心配もせずに暮らしている。
それは、安全に扱うための技術があるからですが、なによりも慣れているからです。水素だって同じ。現在の技術なら充分に安全に扱うことはできます。それが、心配されるのは慣れていないからです。空飛ぶ部屋が普及して『水素のある暮らし』が当たり前になれば、誰も気にしなくなりますよ」
「山之辺さん」
と、希見が言った。いままでの慌てふためいた様子が嘘のような真剣そのものの様子だった。
「それでは、あなたは、これからも空飛ぶ部屋を作ろうとするんですか?」
「『作ろうとする』ではありませんよ。『作る』んです」
「そのために、仲間から追放されたのに?」
「もちろん。私ひとりでも必ず、実現させます」
育美はそう断言した。そこには迷いもなければ、ためらいもない。純粋な決意だけがあった。その姿には志信や多幸はもちろん、さしものクール系美少女の心愛ですら、かすかにだが感心する表情を浮かべたほどだ。
「よくわかりました。では、山之辺さん」
「なんです、希見さん?」
「今日から、この家で一緒に暮らしましょう」
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