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一四章
農場を食べる
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『ひのきファ―ム』でのはじめての食事の時間。居間のテ―ブルに並んだものはダイズ入りのミネストロ―ネ、チ―ズをのせたハ―ブサラダ、平焼きパン、それに、色とりどりのもぎたて熱帯フル―ツ盛り合わせ。シンプルだけど気取りのない素朴な料理の数々。これぞ『家庭料理』という感じ。何より、新鮮そのもの。何しろ、たったいまとってきた野菜を手ずから料理したものなのだ。市販品とは食材の若さがちがう。チ―ズだってついさっき舞楽の目の前で陽菜が作ったものだし、熱帯フル―ツも温室の果樹園からとってきたばかり。ダイズも、パンを焼くのに使った小麦粉も、全部『ひのきファ―ム』で採れたものばかり。よそから買ってきた食材なんてひとつもない。それでもこれだけの料理が作れる。自給自足とはこういうことか。舞楽はほとんど感動していた。
「自分で収穫した野菜をその場で料理するなんてはじめて。なんだかワクワクするわ」
「それが農場暮らしのよさだもの。自分で育て、自分で収穫し、自分で作った料理に勝るグルメなし! ここにいれば毎日、同じ感動を味わえるわよ」
「いままでそんなふうに考えたことなかったけど……農場暮らしって実はすごい贅沢なのかもね」
「『かも』じゃなくて贅沢そのものよ。何たっておいしい食事こそ人生の喜びなんだから。さあ、とにかく食べてみて。おいしさにビックリするわよ」
「ええ。いただきます」
舞楽はミネストロ―ネをスプ―ンですくった。丸のままのペコロス、さいの目に切ったニンジン、ズッキ―ニ、インゲン、キャベツ……色とりどりの野菜にぷっくらとふくらんだダイズ。完熟トマトをたっぷり入れた真っ赤なス―プが目にまぶしい。
陽菜の言葉を大げさとは思わなかった。見た目だけでもおいしいそうだし、漂う香りはそれだけでお高くとまったお嬢さまでもよだれをたらしてしまいそうなほど。一家の家事担当として物心付いたときから料理をしてきた身としては、それだけでもう、どんなにおいしいかわかろうというものだ。
スプ―ンを口に入れ、ゆっくりとかみしめる。全身に震えが走り、思わず目を閉じる。『はああ~』と、満ち足りたと息をひとつ。
おいしい。それも、ただのおいしさではない。様々な野菜とダイズのエキスが溶け込んだ深い味わいが全身の隅々までくまなく行き渡る。まさに『生命をいただいている』という実感がある。滋味豊か。その一言の味だった。
とくにじっくり煮込んだズッキ―ニのしっくり、とろりの舌触りがすばらしい。ダイズの味もまたすごい。美容を気にする母親のために市販のダイズの水煮や缶詰を使った料理はよく作っていたけれど、そんなものとはまったくの別物。かみしめるごとにしっかりとした味がする。
――ダイズってこんな味だったんだ。
そう思うほどコク深い。
そして、一番驚いたのがペコロス。表面の茶色い皮をむくと出てくるのはツヤツヤした透明感あふれる真っ白な球体。まるで純白の宝石のように輝いている。生で食べると涙が出るくらい辛いのに、火を通したとたん、信じられないほど甘くなる。タマネギの味がこんなにもかわるものだなんて知らなかった。
あまりのおいしさに舞楽はバクバク食べた。あっという間に平らげ、おかわりした。その様子を陽菜が微笑ましそうに見つめている。
自分は野菜はきらいな方だと思っていた。そうではなかった。自分が野菜嫌いなのではなく、単に売っている野菜がまずかったのだ。この世界にきてはじめてそのことがわかった。
もうひとつ、舞楽が驚いたのが平焼きパン。全然ふくらんでいない煎餅のように薄いパン。こんなものははじめて見る。
「平焼きパンってなに?」
「パン種を入れずに小麦粉と塩と水だけで焼いたパンよ」
「パン種を入れない? そんなのでおいしいの?」
パン作りの経験も少しはある。でも、参考にした本にそんなパンは載っていなかったはずだ。天然酵母かイ―ストかというちがいはあっても、どんなパンにも必ずパン種は入っていたはずだ。
「最初のパンはこれだったのよ。その後、パン種を入れるようになってふっくらした発酵パンが主流になったわけ」
「つまり、大昔のパン?」
「そういうこと。地域によってはずっと食べ続けられてきたけどね。でも、おいしいのよ。だって、混じりけのない白いご飯こそが一番のごちそうでしょう? それと同じよ」
なるほど、そういうものか。
舞楽は平焼きパンを一切れちぎって口に入れた。そのとたん、驚きに目が丸くなる。
「おいしい」
香ばしくて、モチモチしていて、噛めばかむほどほのかな甘みが感じられる。普通のパンはバタ―やジャムをつけられなければ食べられないけど、これはこれだけでいくらでも食べられる気がする。いや、何もつけずに食べるのが一番おいしい食べ方にちがいない。
「小麦ってこんな味がしたのね」
舞楽は思わずそうつぶやいていた。
「これって、普通のパンよりおいしいんじゃない? なんでわざわさぜパン種なんか入れるようになったのか不思議になるわ」
陽菜は軽く肩をすくめた。
「焼きたてならたしかにこっちの方がおいしいでしょうね。でも、日持ちしないのよ。すぐボロボロになっちゃう。昔はパンを焼くのも大変で、一週間分とかまとめて焼いていたから日持ちしない平焼きパンは不向きだったんでしょうね。だから、日持ちする発酵パンが主流になったんだと思う。ただ、いまは機械を使って毎日簡単に焼けるから」
「じゃあ、いまでは片焼きパンが主流なわけ?」
「そういうわけでもないけどね。好みは人それぞれだから。ただ、わたしはこっちのほうが好きってだけ」
「うん。わたしもこの方が好き」
「よかった。気に入ってくれて」
陽菜はやさしく微笑んだ。
舞楽にとってこんなおいしい食事ははじめてだった。新鮮な食材を使った料理のおいしさ。それももちろんある。でも、それと同じぐらい、体のちがいが大きい。とにかく、お腹が空いていた。お腹と言うより、体全体が養分を要求している感じ。食べるたびに豊かな生命力が体全体にグイグイ吸い込まれていく。
「農場の仕事のなにが楽しいって、思いっきり体を使って働いたあとのご飯のおいしさ。これに尽きるわね」
陽菜がそう言ったのもすんなりと納得できた。
こんなにお腹を空かしたことも、こんなに懸命に食べたことも、きっといままで一度もなかった。
――そうか。わたし、いままで生命を半分も使っていなかったんだ。
そう思った。
「自分で収穫した野菜をその場で料理するなんてはじめて。なんだかワクワクするわ」
「それが農場暮らしのよさだもの。自分で育て、自分で収穫し、自分で作った料理に勝るグルメなし! ここにいれば毎日、同じ感動を味わえるわよ」
「いままでそんなふうに考えたことなかったけど……農場暮らしって実はすごい贅沢なのかもね」
「『かも』じゃなくて贅沢そのものよ。何たっておいしい食事こそ人生の喜びなんだから。さあ、とにかく食べてみて。おいしさにビックリするわよ」
「ええ。いただきます」
舞楽はミネストロ―ネをスプ―ンですくった。丸のままのペコロス、さいの目に切ったニンジン、ズッキ―ニ、インゲン、キャベツ……色とりどりの野菜にぷっくらとふくらんだダイズ。完熟トマトをたっぷり入れた真っ赤なス―プが目にまぶしい。
陽菜の言葉を大げさとは思わなかった。見た目だけでもおいしいそうだし、漂う香りはそれだけでお高くとまったお嬢さまでもよだれをたらしてしまいそうなほど。一家の家事担当として物心付いたときから料理をしてきた身としては、それだけでもう、どんなにおいしいかわかろうというものだ。
スプ―ンを口に入れ、ゆっくりとかみしめる。全身に震えが走り、思わず目を閉じる。『はああ~』と、満ち足りたと息をひとつ。
おいしい。それも、ただのおいしさではない。様々な野菜とダイズのエキスが溶け込んだ深い味わいが全身の隅々までくまなく行き渡る。まさに『生命をいただいている』という実感がある。滋味豊か。その一言の味だった。
とくにじっくり煮込んだズッキ―ニのしっくり、とろりの舌触りがすばらしい。ダイズの味もまたすごい。美容を気にする母親のために市販のダイズの水煮や缶詰を使った料理はよく作っていたけれど、そんなものとはまったくの別物。かみしめるごとにしっかりとした味がする。
――ダイズってこんな味だったんだ。
そう思うほどコク深い。
そして、一番驚いたのがペコロス。表面の茶色い皮をむくと出てくるのはツヤツヤした透明感あふれる真っ白な球体。まるで純白の宝石のように輝いている。生で食べると涙が出るくらい辛いのに、火を通したとたん、信じられないほど甘くなる。タマネギの味がこんなにもかわるものだなんて知らなかった。
あまりのおいしさに舞楽はバクバク食べた。あっという間に平らげ、おかわりした。その様子を陽菜が微笑ましそうに見つめている。
自分は野菜はきらいな方だと思っていた。そうではなかった。自分が野菜嫌いなのではなく、単に売っている野菜がまずかったのだ。この世界にきてはじめてそのことがわかった。
もうひとつ、舞楽が驚いたのが平焼きパン。全然ふくらんでいない煎餅のように薄いパン。こんなものははじめて見る。
「平焼きパンってなに?」
「パン種を入れずに小麦粉と塩と水だけで焼いたパンよ」
「パン種を入れない? そんなのでおいしいの?」
パン作りの経験も少しはある。でも、参考にした本にそんなパンは載っていなかったはずだ。天然酵母かイ―ストかというちがいはあっても、どんなパンにも必ずパン種は入っていたはずだ。
「最初のパンはこれだったのよ。その後、パン種を入れるようになってふっくらした発酵パンが主流になったわけ」
「つまり、大昔のパン?」
「そういうこと。地域によってはずっと食べ続けられてきたけどね。でも、おいしいのよ。だって、混じりけのない白いご飯こそが一番のごちそうでしょう? それと同じよ」
なるほど、そういうものか。
舞楽は平焼きパンを一切れちぎって口に入れた。そのとたん、驚きに目が丸くなる。
「おいしい」
香ばしくて、モチモチしていて、噛めばかむほどほのかな甘みが感じられる。普通のパンはバタ―やジャムをつけられなければ食べられないけど、これはこれだけでいくらでも食べられる気がする。いや、何もつけずに食べるのが一番おいしい食べ方にちがいない。
「小麦ってこんな味がしたのね」
舞楽は思わずそうつぶやいていた。
「これって、普通のパンよりおいしいんじゃない? なんでわざわさぜパン種なんか入れるようになったのか不思議になるわ」
陽菜は軽く肩をすくめた。
「焼きたてならたしかにこっちの方がおいしいでしょうね。でも、日持ちしないのよ。すぐボロボロになっちゃう。昔はパンを焼くのも大変で、一週間分とかまとめて焼いていたから日持ちしない平焼きパンは不向きだったんでしょうね。だから、日持ちする発酵パンが主流になったんだと思う。ただ、いまは機械を使って毎日簡単に焼けるから」
「じゃあ、いまでは片焼きパンが主流なわけ?」
「そういうわけでもないけどね。好みは人それぞれだから。ただ、わたしはこっちのほうが好きってだけ」
「うん。わたしもこの方が好き」
「よかった。気に入ってくれて」
陽菜はやさしく微笑んだ。
舞楽にとってこんなおいしい食事ははじめてだった。新鮮な食材を使った料理のおいしさ。それももちろんある。でも、それと同じぐらい、体のちがいが大きい。とにかく、お腹が空いていた。お腹と言うより、体全体が養分を要求している感じ。食べるたびに豊かな生命力が体全体にグイグイ吸い込まれていく。
「農場の仕事のなにが楽しいって、思いっきり体を使って働いたあとのご飯のおいしさ。これに尽きるわね」
陽菜がそう言ったのもすんなりと納得できた。
こんなにお腹を空かしたことも、こんなに懸命に食べたことも、きっといままで一度もなかった。
――そうか。わたし、いままで生命を半分も使っていなかったんだ。
そう思った。
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