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一一章
陽菜の城
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「さあ、こここそがわたしの城、『ひのきファ―ム』よ」
陽菜はガイドウェイ・タクシ―から降りるやいなや、両腕を大きく広げて宣言した。大きく胸を張り、いっぱいの誇りを浮かべるその姿がまるで自分の国土を誇示する皇帝のよう。『わたしの城』という言葉が単なる例えではないことが見て取れた。
舞楽は眼前に広がる光景を見て思わず声をあげた。
「うわっ……」
そこは舞楽の知る『農地』とはまるでちがった。形からしてちがう。北側に丸い形をした小高い丘。その南側にくっつくようにして台形の農地が広がっている。いわゆる前方後円墳の形だ。そのまわりを細長い樹林帯が囲んでいる。
台形の農地の中央には田んぼだろうか。大きな池が広がっている。その左右に土の畑。田んぼにも畑にもおとなの腰ぐらいの高さの畝が作られ、その上に様々なイネや野菜が植わっている。畝と畝の間には田んぼなら水面いっぱいに水草が茂り、カモたちが悠々と泳いでいる。水のなかをのぞけばいっぱいの魚。コイ、フナ、ナマズ、マスにメダカ……いろいろな魚がたくさん泳いでいる。水底にはたくさんの貝たちが群れている。その脇を赤い甲羅のザリガニがまるで貝たちを守る衛兵のように勇ましくハサミを振り上げながら進軍している。
畑の方はと言えば畝と畝の間には草がぼうぼうに生えている。いったい、何の草なのか、舞楽には見当も付かない雑草ばかり。雑草の間を小さな虫たちがピョンピョン行き交っている。そのなかをニワトリたちが駆けまわり、草をつついたり、虫たちを捕まえたりしている。その向こうにはモフモフの毛に包まれたヒツジたちがいて、やはり、畝と畝の間の草を食べている。ウシまでいて木の下で寝そべっている。
畑の外れのハ―ブの茂みの上ではネコが丸まって昼寝しているし、番犬らしいイヌがいかにも職務に忠実な感じで四肢を踏ん張って立ちはだかっている。空からはカラスの声。見上げれば何羽ものカラスが青い空を背景に弧を描いて舞っている。
そこはまるで生命の坩堝。形も大きさも、生き方さえも全然ちがう生き物たちが集まり、ひとつの世界を作っていた。それはまるで幼い頃に読んだ絵本のなかの世界のよう。ニタニタ笑う嘘つきのネコやトランプの女王さまこそいないけど、ここも立派な『不思議の国』だ。
「なんか……すごい」
舞楽は思わずつぶやいていた。
「そうでしょう、そうでしょう。何しろ、はじまりの大地が作られたときからある由緒正しいファ―ムだものね」
陽菜はもう鼻高々だ。両手を腰に当ててさも偉そうにふんぞり返っている。いっそ、ピノキオのように鼻がズンズン伸びていかないのが不思議なほどだ。
「あなたが作ったわけじゃないでしょ」
「でも、わたしが守ってるの!」
陽菜に冷水、というよりドライアイス入りの水をぶっかけておいて、舞楽は辺りを巡り歩いた。農地の中央には温室があり、熱帯果樹園やジャングル風呂がついていた。ちょっとしたカウンタ―まであって景色を眺めながらお茶を飲めるようになっている。農地の南の端には樹木帯にはさまれるようにしてアパ―トらしき建物が建っている。そのアパ―トも屋上はやはり庭園になっていて、南側の庭には小玉スイカやミニメロン、ブドウとっいったツル植物を植えたプランタ―が並んでいて緑のカ―テンを作っていた。
池のなかでは子供たちが大きな声をあげて水遊びしているし、おちついた雰囲気の老夫婦が散策している。イ―ゼルを用意して本格的に絵を描いている人もいた。自分の知る『農場』とはあまりにちがう。舞楽は思わずつぶやいていた。
「ここって本当に農場なの?」
「ちがうわよ」
「ちがう?」
「ええ。ここはただの農場じゃない。こここそはeFREE世界の根幹、eFREEガ―デン!」
と、陽菜はまたも両腕を広げ、背後に稲光を背負うかのような勢いで叫ぶ。
「い―ふり―が―でん?」
「そう。ここはただの農場じゃない。人が生きていく上で必要なものすべてを生産する魔法の国。たとえば、ほら」
陽菜は農地に並ぶ若草色の屋根を指差した。
「あの若草色の屋根。あれは全部、太陽電池なの」
「太陽電池?」
「そう。太陽電池で電気を作っているの。それにほら。池に浮いているのは熱帯性の水草でね。旺盛な繁殖力を利用してバイオガスを作っているの。池のなかには石油生成菌もいて石油だってとれるのよ。もちろん、辺りの木は薪や炭になる。木工品だって作れる。それに、カモやヒツジの毛は布団や服に使えるし、ウシの皮は靴になる。つまりここは食料だけではなく、電気もガスも石油も衣料品も、家具や日用品にいたるまで、生活に必要なものをすべて生産できる場所ってわけ」
「便利とは思うけど……それがeFREE世界の根幹ってどういうわけ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
舞楽の質問に陽菜は飛びあがって喜んだ。このはしゃぎぶり、いわゆる『教え魔』という人種なのかも知れない。
――でなかったら、ただの自慢屋ね。
ここまでの態度を見る限り『単なるオタク』というのが一番、適切かも知れない。
「生森遠見は新しい世界を創る第一歩として自給自足を掲げた。自分の住む土地で自分の必要とするものすべてを賄うことができれば誰かに支配される必要はない。よそに行って争う必要もない。自分の住む土地で自分の望む暮らしを創造できる。だから、生森遠見はeFREEガ―デンをデザインしたのよ。太陽電池を使えば世界中、どこでもエネルギ―を得られる。エネルギ―さえあれば産業を興せる。産業を興せれば交易によって豊かになれる。豊かになれば自分の望む暮らしを自分で創造できる。eFREE世界の根幹というのはそういう意味よ」
「でも、太陽電池ってそんなに便利なもの? 効率が悪いし、コストが高いから使えないって聞いたけど?」
太陽電池がそんなにすごいものならわたしの時代でだってもっと広まっていそうなものだし。
舞楽はそう付け加えた。
陽菜は感心したように言った。
「あら、よく知ってるわね」
「まあ、少しは」
「たしかに太陽電池の効率は悪い。でも、生森遠見は言った。『効率の悪さは欠点ではない。それこそが太陽電池の最大の長所だ』ってね」
「どういう意味?」
舞楽が尋ねると陽菜は例によって腕をビシッ! と突きだし、芝居がかった態度と口調になった。もうこういう人なんだとわかっていたので舞楽はいまさら驚かなかった。
陽菜は生森遠見になりきって『演説』した。
「古来より権力者は資源を独占することで民衆を支配してきた! 水しかり、石油しかりだ。だが、太陽は独占できない! 一億枚の太陽電池をひとつの土地に並べることはできない。それだけの太陽電池をひとりで管理することもできない。太陽電池は効率が悪いからこそ多くの人間の手によって管理されなければならない。それはいままで一握りの人間の手に渡っていた膨大なエネルギ―代が多くの人間に広く薄く分配されるようになると言うことだ。太陽電池は効率が悪いからこそ、貧困をなくし、貧富の差を縮める役に立つ。世界の民よ、太陽を手に入れろ!」
『手に入れろ!』と、ビシッと言い切って陽菜は一息入れた。
「まあ、そういうわけよ。太陽電池は効率が悪い。効率が悪いから独占できない。独占できないと言うことは多くの人々に平等に恵みをもたらしてくれると言うこと。効率の悪さこそ最大の長所というのはそういう意味よ」
なるほど。そんなことはいままで考えもしなかった。舞楽は素直に感心した。
「もうひとつ、大量電池の欠点としてよく言われていたのが不安定性ね。太陽電池の発電量は天候次第だし、夜は発電できないから。その点は燃料電池と組み合わせることで解決した。燃料電池は知ってる?」
「水素と酸素を反応させて電気を生みだす装置、よね?」
「そう。太陽電池で創った電力で水を分解して水素を製造、その水素を使って燃料電池で発電。これで太陽電池の欠点である不安定性は解消される。もっとも、ここで重要なのは『太陽エネルギーを使って水素を作る』っていう点だから、太陽電池にこだわる必要もない。いまでは太陽熱発電とか、人工光合成も使われていて、全部ひっくるめて『太陽力発電』と呼んでいるし、燃料電池まで含めた一連のシステムを指して『植物式発電』とも言うけどね」
「植物式?」
「そう。植物は光と空気から栄養を作りあげる。同様に光と空気からエネルギーを作るから植物式発電」
「なるほど」
「それに何より、燃料電池は水を生み出す。燃料電池は水素と酸素を反応させて電気を作る。その際、水素と酸素が結合して水となって排出される。それは、化学合成された純水。これ以上、安全清潔な水はない。
太陽力で作った水素を使って燃料電池で発電。その際に排出された水をまず生活用水として使う。排水はビタ―によって浄化され、次に農業用水として使われる。農業排水は杜の南側にあるプ―ルにためられ、再び太陽力によって水素が生産される……そうやって、都市のなかで水が循環しているのよ。
植物式発電が確立したことで事実上、地球上ならどこでも――場所によっては海底でも――都市を作ることが可能になった。おかげで、あなたの時代みたいな一極集中はなくなったのよ」
「なるほどね。でも、コストの高さはどうなるの? わたしの時代では『太陽電池を導入すると電気代が高くなる』ってみんな文句言ってたけど?」
陽菜は指を振りながら答えた。
「もちろん。その点を克服したからこそeFREEガ―デンは広まったのよ」
「どうやったの?」
陽菜はイタズラっぽく笑った。
「どうやったんだと思う?」
「税金で賄ったとか?」
「残念。それじゃ結局、よけいなお金がかかることになる。それじゃ支持は得られないわ」
「寄付を募った?」
「全エネルギーを太陽力に切り替えられるほどの寄付金なんて集まらないわよ」
「画期的な技術革新が起きて劇的にコストが下がった?」
「いまの時代ならそうだけど、eFREE世界が生まれたのはあなたの時代よ。あなたの知っている技術とかわらないわよ。もちろん、コストもね。ついでに言うと燃料電池を組み合わせる分、コストはさらに高くなるわ」
「となると……」
舞楽はしばらく考え込んだが、やがてかぶりを振った。
「だめ。考えつかない。どうやったの?」
「それはね……」
「それは?」
「エネルギ―代をタダにしちゃったのよ」
「タダ?」
「そう。タダ。0円。無料」
「うそでしょ? タダにしちゃったら全然、稼ぎにならないじゃない」
「それがちゃんと稼げるのよねえ」
陽菜は人差し指をクルクル回す。舞楽をじらすのを完全に楽しんでいる。
「いったい、どうして?」
「答えはあれよ」
と、陽菜はアパ―トを指さした。
「アパ―ト?」
「そっ。つまりね。エネルギ―をタダで提供することで人を呼び、家賃収入や農場の使用料で稼ぐのよ。うちの場合はアパ―トだけど、ファ―ムによって貸別荘を経営したり、企業を招いたりして、それぞれの方法で稼いでいるわけ。もちろん、家賃はそれなりになるけど、でも、光熱費は無料、食費だって自分で収穫すれば無料、だから、eFREE。エネルギ―無料、食べるの無料ってわけね、それにほら」
と、陽菜は両腕を広げて妖精のようにクルリと回転して見せた。
「見て。こんなにすてきな場所じゃない。ここには人生の楽しさがいっぱいに詰まっている。
春にはあたり一面に咲き誇る花を眺めながら自分で摘んだ野草の味わいを堪能する。
夏には池で魚と一緒に泳ぎ、いっぱいに実ったキイチゴやブル―ベリ―をほおばる。夜には浴衣に着替えてホタルの乱舞を眺める。
秋には黄金の稲穂を前にスポ―ツに励み、木の実をひろう。月明かりに照らされて虫たちの音楽会に耳を傾ける。
冬には畦に丸テ―ブルを持ち出して自ら摘んだハ―ブでいれたハ―ブティ―を飲みながら、雪のちらつくなか、池に訪れた渡り鳥を眺める。氷の張った池は天然のスケ―トリンク。多くの人がスケ―トをしたり、アイスホッケ―をしたりして楽しむのよ」
「……すてきね」
「でしょ、でしょ?」
と、陽菜は舞楽の反応に大はしゃぎだ。まるで、我が子の出来のよさを褒められた母親のよう。顔いっぱいの無邪気な笑顔が目にまぶしい。
「しかも、それだけじゃないのよ。緑が茂り、生き物でいっぱいの農地は絶好の癒し空間。セラピ―の場としても使われるし、画家や写真家もよく訪れる。ヒツジやウサギとふれあえる動物園でもある。子供たちの環境学習の場でもあるし、映画のロケ地にもなる。野外劇場やコンサ―ト・ホ―ルにだってなる。
エネルギ―をタダにすることで人に住んでもらえれば売れる物は他にいくらでもある。電気を売ってチマチマ稼ぐよりその方がよっぽど利益になるのよ。住む方にしたって光熱費も食費もタダで、おまけにレジャ―施設も使い放題。少しばかり家賃が高くたって生活費全体を考えればずっと安くすむ。エネルギ―をタダで提供することで逆にコストの高さを克服したのよ」
「なるほど、そんな方法があったのね」
「感心した?」
「感心した」
「そうでしょう、そうでしょう。どんどん感心していいわよ」
「考えたのは生森遠見でしょ。あなたが威張ることじゃないわ」
「……あなた、友だちいる?」
「別にいらない」
何度目かのやりとりに陽菜は肩をすくめた。
「まあいいわ。はいこれ」
と、陽菜は手近に実っていたキュウリを一本もぐと舞楽に手渡した。
「なに?」
「歴史のお勉強ばっかりじゃ肩がこるものね。あなたも今日からここで働くんだし、『ひのきファ―ム』自慢の野菜をぜひ味わって」
陽菜はニコニコしながらそう言ってくる。舞楽は困った。正直言って野菜はきらいだ。生まれてからの一四年間、野菜を食べておいしいと思ったことがない。味気なかったり、水っぽかったり、苦かったり……そんなのばっかり。
だから、せっかく手渡されたキュウリだけど食べたくはなかった。とは言っても、立場はわきまえている。何と言っても自分は稼ぐ場所を必要としている家出娘なのだ。雇い主の誘いは断れない。
舞楽は仕方なくキュウリを真っ二つにおると一口かじった。そのとたん、
「おいしい」
目を丸くしてそう言っていた。陽菜が我が意を得たりとばかりに破顔した。
舞楽は夢中になってのこりを食べた。あっという間に平らげてしまった。こんなおいしいキュウリははじめてだ。というより、キュウリとは思えない。シャキシャキしていて全然水っぽくないし、食べたとたん、口のなかに高い香りが広がる。これはもうキュウリというより『甘くないメロン』だ。
「はい、これもどうぞ」
と、陽菜は今度は真っ赤に熟したトマトを放り投げてきた。舞楽は躊躇なくかぶりついた。そのトマトの味のコク深いこと! ス―パ―で買ったトマトみたいな青臭さなんて全然ない。
陽菜は今度はニンジンを一本引き抜くと、表面についている土を払ってかじりついた。ニンジンをかみしめるポリポリ言う音のおいしそうなこと!
舞楽もさっそく真似てニンジンを引き抜いた。そのとたん、ぷうんと甘い匂いが漂った。
「うそ! 何でニンジンがこんな甘い匂いがするの?」
陽菜がおかしそうに笑った。
「本物を食べたことがないのね。ニンジンってすごく甘い物なのよ」
「そうなの?」
「そうよ。種の時からもう甘い香りがしてるんだから」
そんなのとても信じられない。少なくとも自分の時代で食べたニンジンに甘さを感じたことなんてない。
とにかく、表面の土を払って食べてみた。
「……うそ」
目を丸くしてつぶやいた。甘い。本当に甘い。しっかりと身の詰まった果肉は固いくせに歯切れがよく、ポリポリとした心地いい食感。そして何より、かみしめるごとに口のなかいっぱいに広がるその甘さ! しかも、噛んでもかんでもその甘さがなくならない。ガムのようにずっと噛みつづけていたい、そう思わせる味だった。砂糖やフル―ツの甘さとちがい、くどさがないしベタベタもしていない。何ともさっぱりした甘さ。子供のおやつにそのまま出せる、そんな味だった。
「これって本当にただのニンジン? 遺伝子操作で作られた特別な品種とかじゃないの?」
舞楽は思わずそう尋ねていた。このニンジンと自分の時代で食べていたニンジンが同じ野菜だなんてとても信じられない。
陽菜はおかしそうに笑った。
「ただのニンジンよ。まあ、代々自家採種してきた種からできたニンジンだからすっかり気候風土に馴染んで『このファ―ムならでは』の味にはなってるけどね。でも、品種的にはあなたの時代のニンジンとかわらないわ。遺伝子操作なんかしてないわよ」
「信じられない」
思わずそうつぶやく舞楽だった。
「それがeFREEガーデンの実力よ。eFREEガーデンがあれば生きていくために必要なものは何でも作れる。稼ぐこともできる。だがら、自分ひとりでだって都市が作れる。そして、『自分はこういう都市を作る』と宣言し、賛同者だけを市民をふやすこともできる。『自分で自分の望む暮らしを創造できる』というのはそう言う意味よ」
「なるほどね。でも、それだと、ろくでもない暮らしを作ろうとする人もいるんじゃない?」
「もちろん、そういう人だっているわよ。でも、それはそれで構わないの」
「いいの、それ」
「いいのよ。確かに、ガチガチの強権社会なんてたいていの人は非難するけど、でも、もしかしたらその方が安定した幸せな社会になるかも知れない。やってみなくちゃわからない。だから、とにかくやってみればいい。それがeFREE世界流。端から見てどんなにひどい暮らしに見えてもそれがいいという人たちが集まっているなら問題はない。でしょう?」
「……まあ、そうね」
確かに何が幸せかなんて人それぞれ。別に不幸な身の上のつもりはないのにまわりから不幸扱いされてきた身としては共感できる話ではある。
「それに、失敗すれば『その暮らしでは人は幸せにはなれない』と言うことが証明される。そう証明された暮らしは誰も真似ようとはしない。そのまま消え去る。『人を幸せにする』暮らしだけが生き残り、広まって、お互いに影響し合い、新しい暮らしを生む。やがては、いまの時代の誰も想像できないようなまったく新しい暮らしが生まれる。
言わば、eFREE世界とは壮大な実験場。いつか理想的な暮らしを生み出すために日々、実験をつづけているの。だから、どんなにひどいと思えることでもやっていいのよ。そんなときに備えて移住の自由だけは誰にも侵せない絶対の権利として定められているしね」
「でも、ルールを守る人間ばかりじゃないでしょう。都市の主がその自由を禁止したらどうするの?」
「他のeFREE世界がよってたかって叩きのめす決まりよ」
陽菜はそう言ったが、ケラケラと笑って付け加えた。
「もっとも、その前に住人自身がボコボコにして逃げ出しちゃうけどね。軍隊なんてもののないeFREE世界では数で勝る相手を押さえ込む方法なんてないし。市民を怒らせたら勝ち目なんてないわ」
「……意外とワイルドなのね」
「しょせん、人の世に暴力抜きで解決する問題なんてないもの。話し合いでの解決なんて言っても『最後には暴力沙汰になる』って言う恐怖があるからこそ、お互いにその前に解決する気になるんだから」
「だったら、最初から暴力沙汰で解決した方が早いんじゃない?」
それはまさに、いままで圧倒的な力で相手をねじ伏せてきた舞楽だからこそ言える言葉であった。
「そうは言っても、殴られておとなしくしてはいないしね。何しろ『人を殴るようなやつは殺してもいい』がeFREE世界流だから。一度、暴力に訴えると、周りの人間まで加わって、どんどんエスカレートして泥沼化しちゃうわけ。だからこそ、誰もが暴力沙汰になるのを避けようとして必死にそれ以外の解決方法を探すわけだしね」
なるほど。本当の意味で暴力を否定するとはそう言うことなのかも知れない。『殴っても何も得られない、殴り返されるだけ』となれば誰も暴力に頼ろうとはしないだろう。『子供を殴るのは子供を愛しているからだ。愛していなければ放っておく』などという親に限って、子供の方が強くなり、反撃してくるようになると暴力を振るわなくなるものだし。それにしても『人を殴るようなやつは殺してもいい』とは何とも潔い。
――やっぱり、この世界の方がわたしの性に合ってるわ。
心からそう思う舞楽であった。
陽菜はガイドウェイ・タクシ―から降りるやいなや、両腕を大きく広げて宣言した。大きく胸を張り、いっぱいの誇りを浮かべるその姿がまるで自分の国土を誇示する皇帝のよう。『わたしの城』という言葉が単なる例えではないことが見て取れた。
舞楽は眼前に広がる光景を見て思わず声をあげた。
「うわっ……」
そこは舞楽の知る『農地』とはまるでちがった。形からしてちがう。北側に丸い形をした小高い丘。その南側にくっつくようにして台形の農地が広がっている。いわゆる前方後円墳の形だ。そのまわりを細長い樹林帯が囲んでいる。
台形の農地の中央には田んぼだろうか。大きな池が広がっている。その左右に土の畑。田んぼにも畑にもおとなの腰ぐらいの高さの畝が作られ、その上に様々なイネや野菜が植わっている。畝と畝の間には田んぼなら水面いっぱいに水草が茂り、カモたちが悠々と泳いでいる。水のなかをのぞけばいっぱいの魚。コイ、フナ、ナマズ、マスにメダカ……いろいろな魚がたくさん泳いでいる。水底にはたくさんの貝たちが群れている。その脇を赤い甲羅のザリガニがまるで貝たちを守る衛兵のように勇ましくハサミを振り上げながら進軍している。
畑の方はと言えば畝と畝の間には草がぼうぼうに生えている。いったい、何の草なのか、舞楽には見当も付かない雑草ばかり。雑草の間を小さな虫たちがピョンピョン行き交っている。そのなかをニワトリたちが駆けまわり、草をつついたり、虫たちを捕まえたりしている。その向こうにはモフモフの毛に包まれたヒツジたちがいて、やはり、畝と畝の間の草を食べている。ウシまでいて木の下で寝そべっている。
畑の外れのハ―ブの茂みの上ではネコが丸まって昼寝しているし、番犬らしいイヌがいかにも職務に忠実な感じで四肢を踏ん張って立ちはだかっている。空からはカラスの声。見上げれば何羽ものカラスが青い空を背景に弧を描いて舞っている。
そこはまるで生命の坩堝。形も大きさも、生き方さえも全然ちがう生き物たちが集まり、ひとつの世界を作っていた。それはまるで幼い頃に読んだ絵本のなかの世界のよう。ニタニタ笑う嘘つきのネコやトランプの女王さまこそいないけど、ここも立派な『不思議の国』だ。
「なんか……すごい」
舞楽は思わずつぶやいていた。
「そうでしょう、そうでしょう。何しろ、はじまりの大地が作られたときからある由緒正しいファ―ムだものね」
陽菜はもう鼻高々だ。両手を腰に当ててさも偉そうにふんぞり返っている。いっそ、ピノキオのように鼻がズンズン伸びていかないのが不思議なほどだ。
「あなたが作ったわけじゃないでしょ」
「でも、わたしが守ってるの!」
陽菜に冷水、というよりドライアイス入りの水をぶっかけておいて、舞楽は辺りを巡り歩いた。農地の中央には温室があり、熱帯果樹園やジャングル風呂がついていた。ちょっとしたカウンタ―まであって景色を眺めながらお茶を飲めるようになっている。農地の南の端には樹木帯にはさまれるようにしてアパ―トらしき建物が建っている。そのアパ―トも屋上はやはり庭園になっていて、南側の庭には小玉スイカやミニメロン、ブドウとっいったツル植物を植えたプランタ―が並んでいて緑のカ―テンを作っていた。
池のなかでは子供たちが大きな声をあげて水遊びしているし、おちついた雰囲気の老夫婦が散策している。イ―ゼルを用意して本格的に絵を描いている人もいた。自分の知る『農場』とはあまりにちがう。舞楽は思わずつぶやいていた。
「ここって本当に農場なの?」
「ちがうわよ」
「ちがう?」
「ええ。ここはただの農場じゃない。こここそはeFREE世界の根幹、eFREEガ―デン!」
と、陽菜はまたも両腕を広げ、背後に稲光を背負うかのような勢いで叫ぶ。
「い―ふり―が―でん?」
「そう。ここはただの農場じゃない。人が生きていく上で必要なものすべてを生産する魔法の国。たとえば、ほら」
陽菜は農地に並ぶ若草色の屋根を指差した。
「あの若草色の屋根。あれは全部、太陽電池なの」
「太陽電池?」
「そう。太陽電池で電気を作っているの。それにほら。池に浮いているのは熱帯性の水草でね。旺盛な繁殖力を利用してバイオガスを作っているの。池のなかには石油生成菌もいて石油だってとれるのよ。もちろん、辺りの木は薪や炭になる。木工品だって作れる。それに、カモやヒツジの毛は布団や服に使えるし、ウシの皮は靴になる。つまりここは食料だけではなく、電気もガスも石油も衣料品も、家具や日用品にいたるまで、生活に必要なものをすべて生産できる場所ってわけ」
「便利とは思うけど……それがeFREE世界の根幹ってどういうわけ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
舞楽の質問に陽菜は飛びあがって喜んだ。このはしゃぎぶり、いわゆる『教え魔』という人種なのかも知れない。
――でなかったら、ただの自慢屋ね。
ここまでの態度を見る限り『単なるオタク』というのが一番、適切かも知れない。
「生森遠見は新しい世界を創る第一歩として自給自足を掲げた。自分の住む土地で自分の必要とするものすべてを賄うことができれば誰かに支配される必要はない。よそに行って争う必要もない。自分の住む土地で自分の望む暮らしを創造できる。だから、生森遠見はeFREEガ―デンをデザインしたのよ。太陽電池を使えば世界中、どこでもエネルギ―を得られる。エネルギ―さえあれば産業を興せる。産業を興せれば交易によって豊かになれる。豊かになれば自分の望む暮らしを自分で創造できる。eFREE世界の根幹というのはそういう意味よ」
「でも、太陽電池ってそんなに便利なもの? 効率が悪いし、コストが高いから使えないって聞いたけど?」
太陽電池がそんなにすごいものならわたしの時代でだってもっと広まっていそうなものだし。
舞楽はそう付け加えた。
陽菜は感心したように言った。
「あら、よく知ってるわね」
「まあ、少しは」
「たしかに太陽電池の効率は悪い。でも、生森遠見は言った。『効率の悪さは欠点ではない。それこそが太陽電池の最大の長所だ』ってね」
「どういう意味?」
舞楽が尋ねると陽菜は例によって腕をビシッ! と突きだし、芝居がかった態度と口調になった。もうこういう人なんだとわかっていたので舞楽はいまさら驚かなかった。
陽菜は生森遠見になりきって『演説』した。
「古来より権力者は資源を独占することで民衆を支配してきた! 水しかり、石油しかりだ。だが、太陽は独占できない! 一億枚の太陽電池をひとつの土地に並べることはできない。それだけの太陽電池をひとりで管理することもできない。太陽電池は効率が悪いからこそ多くの人間の手によって管理されなければならない。それはいままで一握りの人間の手に渡っていた膨大なエネルギ―代が多くの人間に広く薄く分配されるようになると言うことだ。太陽電池は効率が悪いからこそ、貧困をなくし、貧富の差を縮める役に立つ。世界の民よ、太陽を手に入れろ!」
『手に入れろ!』と、ビシッと言い切って陽菜は一息入れた。
「まあ、そういうわけよ。太陽電池は効率が悪い。効率が悪いから独占できない。独占できないと言うことは多くの人々に平等に恵みをもたらしてくれると言うこと。効率の悪さこそ最大の長所というのはそういう意味よ」
なるほど。そんなことはいままで考えもしなかった。舞楽は素直に感心した。
「もうひとつ、大量電池の欠点としてよく言われていたのが不安定性ね。太陽電池の発電量は天候次第だし、夜は発電できないから。その点は燃料電池と組み合わせることで解決した。燃料電池は知ってる?」
「水素と酸素を反応させて電気を生みだす装置、よね?」
「そう。太陽電池で創った電力で水を分解して水素を製造、その水素を使って燃料電池で発電。これで太陽電池の欠点である不安定性は解消される。もっとも、ここで重要なのは『太陽エネルギーを使って水素を作る』っていう点だから、太陽電池にこだわる必要もない。いまでは太陽熱発電とか、人工光合成も使われていて、全部ひっくるめて『太陽力発電』と呼んでいるし、燃料電池まで含めた一連のシステムを指して『植物式発電』とも言うけどね」
「植物式?」
「そう。植物は光と空気から栄養を作りあげる。同様に光と空気からエネルギーを作るから植物式発電」
「なるほど」
「それに何より、燃料電池は水を生み出す。燃料電池は水素と酸素を反応させて電気を作る。その際、水素と酸素が結合して水となって排出される。それは、化学合成された純水。これ以上、安全清潔な水はない。
太陽力で作った水素を使って燃料電池で発電。その際に排出された水をまず生活用水として使う。排水はビタ―によって浄化され、次に農業用水として使われる。農業排水は杜の南側にあるプ―ルにためられ、再び太陽力によって水素が生産される……そうやって、都市のなかで水が循環しているのよ。
植物式発電が確立したことで事実上、地球上ならどこでも――場所によっては海底でも――都市を作ることが可能になった。おかげで、あなたの時代みたいな一極集中はなくなったのよ」
「なるほどね。でも、コストの高さはどうなるの? わたしの時代では『太陽電池を導入すると電気代が高くなる』ってみんな文句言ってたけど?」
陽菜は指を振りながら答えた。
「もちろん。その点を克服したからこそeFREEガ―デンは広まったのよ」
「どうやったの?」
陽菜はイタズラっぽく笑った。
「どうやったんだと思う?」
「税金で賄ったとか?」
「残念。それじゃ結局、よけいなお金がかかることになる。それじゃ支持は得られないわ」
「寄付を募った?」
「全エネルギーを太陽力に切り替えられるほどの寄付金なんて集まらないわよ」
「画期的な技術革新が起きて劇的にコストが下がった?」
「いまの時代ならそうだけど、eFREE世界が生まれたのはあなたの時代よ。あなたの知っている技術とかわらないわよ。もちろん、コストもね。ついでに言うと燃料電池を組み合わせる分、コストはさらに高くなるわ」
「となると……」
舞楽はしばらく考え込んだが、やがてかぶりを振った。
「だめ。考えつかない。どうやったの?」
「それはね……」
「それは?」
「エネルギ―代をタダにしちゃったのよ」
「タダ?」
「そう。タダ。0円。無料」
「うそでしょ? タダにしちゃったら全然、稼ぎにならないじゃない」
「それがちゃんと稼げるのよねえ」
陽菜は人差し指をクルクル回す。舞楽をじらすのを完全に楽しんでいる。
「いったい、どうして?」
「答えはあれよ」
と、陽菜はアパ―トを指さした。
「アパ―ト?」
「そっ。つまりね。エネルギ―をタダで提供することで人を呼び、家賃収入や農場の使用料で稼ぐのよ。うちの場合はアパ―トだけど、ファ―ムによって貸別荘を経営したり、企業を招いたりして、それぞれの方法で稼いでいるわけ。もちろん、家賃はそれなりになるけど、でも、光熱費は無料、食費だって自分で収穫すれば無料、だから、eFREE。エネルギ―無料、食べるの無料ってわけね、それにほら」
と、陽菜は両腕を広げて妖精のようにクルリと回転して見せた。
「見て。こんなにすてきな場所じゃない。ここには人生の楽しさがいっぱいに詰まっている。
春にはあたり一面に咲き誇る花を眺めながら自分で摘んだ野草の味わいを堪能する。
夏には池で魚と一緒に泳ぎ、いっぱいに実ったキイチゴやブル―ベリ―をほおばる。夜には浴衣に着替えてホタルの乱舞を眺める。
秋には黄金の稲穂を前にスポ―ツに励み、木の実をひろう。月明かりに照らされて虫たちの音楽会に耳を傾ける。
冬には畦に丸テ―ブルを持ち出して自ら摘んだハ―ブでいれたハ―ブティ―を飲みながら、雪のちらつくなか、池に訪れた渡り鳥を眺める。氷の張った池は天然のスケ―トリンク。多くの人がスケ―トをしたり、アイスホッケ―をしたりして楽しむのよ」
「……すてきね」
「でしょ、でしょ?」
と、陽菜は舞楽の反応に大はしゃぎだ。まるで、我が子の出来のよさを褒められた母親のよう。顔いっぱいの無邪気な笑顔が目にまぶしい。
「しかも、それだけじゃないのよ。緑が茂り、生き物でいっぱいの農地は絶好の癒し空間。セラピ―の場としても使われるし、画家や写真家もよく訪れる。ヒツジやウサギとふれあえる動物園でもある。子供たちの環境学習の場でもあるし、映画のロケ地にもなる。野外劇場やコンサ―ト・ホ―ルにだってなる。
エネルギ―をタダにすることで人に住んでもらえれば売れる物は他にいくらでもある。電気を売ってチマチマ稼ぐよりその方がよっぽど利益になるのよ。住む方にしたって光熱費も食費もタダで、おまけにレジャ―施設も使い放題。少しばかり家賃が高くたって生活費全体を考えればずっと安くすむ。エネルギ―をタダで提供することで逆にコストの高さを克服したのよ」
「なるほど、そんな方法があったのね」
「感心した?」
「感心した」
「そうでしょう、そうでしょう。どんどん感心していいわよ」
「考えたのは生森遠見でしょ。あなたが威張ることじゃないわ」
「……あなた、友だちいる?」
「別にいらない」
何度目かのやりとりに陽菜は肩をすくめた。
「まあいいわ。はいこれ」
と、陽菜は手近に実っていたキュウリを一本もぐと舞楽に手渡した。
「なに?」
「歴史のお勉強ばっかりじゃ肩がこるものね。あなたも今日からここで働くんだし、『ひのきファ―ム』自慢の野菜をぜひ味わって」
陽菜はニコニコしながらそう言ってくる。舞楽は困った。正直言って野菜はきらいだ。生まれてからの一四年間、野菜を食べておいしいと思ったことがない。味気なかったり、水っぽかったり、苦かったり……そんなのばっかり。
だから、せっかく手渡されたキュウリだけど食べたくはなかった。とは言っても、立場はわきまえている。何と言っても自分は稼ぐ場所を必要としている家出娘なのだ。雇い主の誘いは断れない。
舞楽は仕方なくキュウリを真っ二つにおると一口かじった。そのとたん、
「おいしい」
目を丸くしてそう言っていた。陽菜が我が意を得たりとばかりに破顔した。
舞楽は夢中になってのこりを食べた。あっという間に平らげてしまった。こんなおいしいキュウリははじめてだ。というより、キュウリとは思えない。シャキシャキしていて全然水っぽくないし、食べたとたん、口のなかに高い香りが広がる。これはもうキュウリというより『甘くないメロン』だ。
「はい、これもどうぞ」
と、陽菜は今度は真っ赤に熟したトマトを放り投げてきた。舞楽は躊躇なくかぶりついた。そのトマトの味のコク深いこと! ス―パ―で買ったトマトみたいな青臭さなんて全然ない。
陽菜は今度はニンジンを一本引き抜くと、表面についている土を払ってかじりついた。ニンジンをかみしめるポリポリ言う音のおいしそうなこと!
舞楽もさっそく真似てニンジンを引き抜いた。そのとたん、ぷうんと甘い匂いが漂った。
「うそ! 何でニンジンがこんな甘い匂いがするの?」
陽菜がおかしそうに笑った。
「本物を食べたことがないのね。ニンジンってすごく甘い物なのよ」
「そうなの?」
「そうよ。種の時からもう甘い香りがしてるんだから」
そんなのとても信じられない。少なくとも自分の時代で食べたニンジンに甘さを感じたことなんてない。
とにかく、表面の土を払って食べてみた。
「……うそ」
目を丸くしてつぶやいた。甘い。本当に甘い。しっかりと身の詰まった果肉は固いくせに歯切れがよく、ポリポリとした心地いい食感。そして何より、かみしめるごとに口のなかいっぱいに広がるその甘さ! しかも、噛んでもかんでもその甘さがなくならない。ガムのようにずっと噛みつづけていたい、そう思わせる味だった。砂糖やフル―ツの甘さとちがい、くどさがないしベタベタもしていない。何ともさっぱりした甘さ。子供のおやつにそのまま出せる、そんな味だった。
「これって本当にただのニンジン? 遺伝子操作で作られた特別な品種とかじゃないの?」
舞楽は思わずそう尋ねていた。このニンジンと自分の時代で食べていたニンジンが同じ野菜だなんてとても信じられない。
陽菜はおかしそうに笑った。
「ただのニンジンよ。まあ、代々自家採種してきた種からできたニンジンだからすっかり気候風土に馴染んで『このファ―ムならでは』の味にはなってるけどね。でも、品種的にはあなたの時代のニンジンとかわらないわ。遺伝子操作なんかしてないわよ」
「信じられない」
思わずそうつぶやく舞楽だった。
「それがeFREEガーデンの実力よ。eFREEガーデンがあれば生きていくために必要なものは何でも作れる。稼ぐこともできる。だがら、自分ひとりでだって都市が作れる。そして、『自分はこういう都市を作る』と宣言し、賛同者だけを市民をふやすこともできる。『自分で自分の望む暮らしを創造できる』というのはそう言う意味よ」
「なるほどね。でも、それだと、ろくでもない暮らしを作ろうとする人もいるんじゃない?」
「もちろん、そういう人だっているわよ。でも、それはそれで構わないの」
「いいの、それ」
「いいのよ。確かに、ガチガチの強権社会なんてたいていの人は非難するけど、でも、もしかしたらその方が安定した幸せな社会になるかも知れない。やってみなくちゃわからない。だから、とにかくやってみればいい。それがeFREE世界流。端から見てどんなにひどい暮らしに見えてもそれがいいという人たちが集まっているなら問題はない。でしょう?」
「……まあ、そうね」
確かに何が幸せかなんて人それぞれ。別に不幸な身の上のつもりはないのにまわりから不幸扱いされてきた身としては共感できる話ではある。
「それに、失敗すれば『その暮らしでは人は幸せにはなれない』と言うことが証明される。そう証明された暮らしは誰も真似ようとはしない。そのまま消え去る。『人を幸せにする』暮らしだけが生き残り、広まって、お互いに影響し合い、新しい暮らしを生む。やがては、いまの時代の誰も想像できないようなまったく新しい暮らしが生まれる。
言わば、eFREE世界とは壮大な実験場。いつか理想的な暮らしを生み出すために日々、実験をつづけているの。だから、どんなにひどいと思えることでもやっていいのよ。そんなときに備えて移住の自由だけは誰にも侵せない絶対の権利として定められているしね」
「でも、ルールを守る人間ばかりじゃないでしょう。都市の主がその自由を禁止したらどうするの?」
「他のeFREE世界がよってたかって叩きのめす決まりよ」
陽菜はそう言ったが、ケラケラと笑って付け加えた。
「もっとも、その前に住人自身がボコボコにして逃げ出しちゃうけどね。軍隊なんてもののないeFREE世界では数で勝る相手を押さえ込む方法なんてないし。市民を怒らせたら勝ち目なんてないわ」
「……意外とワイルドなのね」
「しょせん、人の世に暴力抜きで解決する問題なんてないもの。話し合いでの解決なんて言っても『最後には暴力沙汰になる』って言う恐怖があるからこそ、お互いにその前に解決する気になるんだから」
「だったら、最初から暴力沙汰で解決した方が早いんじゃない?」
それはまさに、いままで圧倒的な力で相手をねじ伏せてきた舞楽だからこそ言える言葉であった。
「そうは言っても、殴られておとなしくしてはいないしね。何しろ『人を殴るようなやつは殺してもいい』がeFREE世界流だから。一度、暴力に訴えると、周りの人間まで加わって、どんどんエスカレートして泥沼化しちゃうわけ。だからこそ、誰もが暴力沙汰になるのを避けようとして必死にそれ以外の解決方法を探すわけだしね」
なるほど。本当の意味で暴力を否定するとはそう言うことなのかも知れない。『殴っても何も得られない、殴り返されるだけ』となれば誰も暴力に頼ろうとはしないだろう。『子供を殴るのは子供を愛しているからだ。愛していなければ放っておく』などという親に限って、子供の方が強くなり、反撃してくるようになると暴力を振るわなくなるものだし。それにしても『人を殴るようなやつは殺してもいい』とは何とも潔い。
――やっぱり、この世界の方がわたしの性に合ってるわ。
心からそう思う舞楽であった。
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