未来形スローライフと伝説の歌姫

藍条森也

文字の大きさ
上 下
2 / 26
二章

時を越えて

しおりを挟む
 「ああ、つまりは『異世界転移』というやつね」
 舞楽は納得してうなずいた。女の子がある日突然、異世界に旅立つなんてよくあること。『不思議の国のアリス』以来の伝統だ。別にめずらしくもないし、驚くようなことでもない。もとより、異世界に跳ばされたからと言って動転するほど柔な神経はしていない。そんな、可愛げのあるタマではない。
 「となると、あのおばあさんがわたしにとってのウサギと言うわけね。可愛げがないのにもほどがあるわ」
 その点だけには文句を付けて――可愛げのなさではいい勝負だが――舞楽はこの展開を受け入れた。もとより、当てもなければ、目的もない単なる気まぐれな家出。どこになるかわからない行き先がたまたま異世界になっただけのこと。舞楽にとっては気にするようなことではなかった。
 とりあえず、気の向くままに足を踏み出した。当てはないけど心配はしていなかった。何しろ、生まれてこの方一日も欠かすことなく『絶世の美少女』をやってきたのだ。世間というものが『かわいい女の子』に対してどれほど甘いかはよく知っている。おまけに、モデル級のきれいな顔立ち。身長もあるし、胸もある。小学生のときからすでにロリ系高校生に見られていたのだ。おまけに、元ホステスの母親やその仲間からおもしろがってメイクの仕方や立ち居振る舞いを教えられたおかげで成人女性を気取るのもお手の物。実際、過去の家出では飛び込みでウエイトレスのアルバイトにありついたこともある。自分ひとり分の生活費を稼ぐのに苦労するとは思わなかった。
 だから、いたって気楽な家出だった。そして、当てもなく町中をさ迷っていたときに偶然、あの老婆を見つけ、そして……。
 ――偶然?
 舞楽はコツコツと自分の頭を叩いて見せた。ちょっと混乱しちゃったけど、落ち着いてみれば何のことはない。お伽噺やマンガのなかでさんざん見てきたパターンじゃない。
 「みすぼらしい老人に親切にしたらいきなり異世界に招かれた、か。なかなか中二心をくすぐる展開じゃない。実際、中二だけど」
 舞楽は口もとに可愛いけれど、ふてぶてしい笑みを浮かべた。異世界上等。どうせ、当てのない家出の身。行き着く先が他の惑星だろうと、異世界だろうと同じこと。この世界で生きていけばそれでいい。
 舞楽は一歩を踏み出した。ズンズンと力強く歩きだす。迷いもなければ、後ろを振り返る様子もない。ただまっすぐに前を見て力強く歩いて行く。不安や恐れといったものをまったく感じさせない、見ているだけで安心感を感じさせてくる、それぐらい堂々たる歩き方だった。
 とりあえず、この世界のことを知らなくてはならない。辺りをキョロキョロ見回す。辺りを歩いているのはごく普通の見慣れた人間ばかり。エルフやドワーフの類いは見当たらない。着ている物もさほど違いはないようだ。すれ違う人たちも舞楽に注意を向けたりしない。それからしたらどうやら『剣と魔法の世界』というわけではなさそうだ。
 その点ではちょっと安心した。知らない世界を旅するのはおもしろいと思うけど『不思議の国のアリス』や『オズの魔法使い』のような訳のわからない世界は勘弁してもらいたい。小学生ならあんな世界にあこがれるかも知れないけど、わたしは中学生、『夢と魔法の世界』なんて幼稚すぎる。まあ、見たところ、時計を抱えたウサギとか、しゃべるカカシとかはいないようだからだいじょうぶそうだけど。
 「あとは言葉が通じるかどうかよね。それと、もってきたお金が使えるかどうか」
 舞楽はつぶやいた。『ある日いきなり別世界に飛ばされた女の子』が言葉が通じなくて困ったという話は読んだことがない。なぜか、そういう世界では言葉が通じるものと決まっている。自分が同じ立場にあるならきっと言葉は通じるだろう。でも、お金は? いくら何でも無一文で見知らぬ町をさまよい歩く、なんていう惨めな事態に陥る気はない。もってきたお金が使えないなら何とかして稼ぐ手段を見つけないといけないわけだけど……。
 舞楽は何か手頃な方法はないものかと辺りをキョロキョロ見回した。そんな舞楽の耳に先ほどの歌声が響いてきた。ストリ―トミュ―ジシャンだろうか。立ち並ぶ木の根元に座った若い女性が楽器を鳴らしながら歌っていた。歌詞の内容ははっきりわかった。やっぱり、日本語。やはり、お話の伝統通り、言葉に困ることはなさそうだ。それにしても――。
 「おもしろい歌ね」
 舞楽は気に入った。歌い手の技量そのものは大したことはないけれど歌詞がすてき。言葉そのものよりもそこに込められた無限の力強さ、あり得ないほどの希望、そんなものが感じられて聞いているだけで心の奥から元気が出てくる気がするのだ。
 歌い終わると周りにいた人たちがコインのようなものを放り投げた。『ようなもの』ではなく、まちがいなくこの世界のお金だろう。歌い手の女性が立ちあがって礼をすると、お金を放り投げた人たちは笑って手を振りながら去って行った。つまり、この世界では道ばたで歌ってお金を稼ぐのは普通のことなのだ。
 そうとわかればこっちのもの。舞楽は俄然、やる気になった。何しろ、歌はお手の物。母親が夜の仕事でいつも夜中にいなかったもので、夜中にひとりでいるさびしさを紛らわせるためにいつも音楽をかけていた。それを真似て歌っているうちに自然と上達していた。その技量たるや、中学で最初の音楽の授業のときに音楽教師が『世界的なオペラ歌手になれる!』と叫んで、家に押しかけ、本格的に声楽を習わせるよう母親に勧めたほど。バレエも習っていたし、中学では一応、体操部に所属しているからダンスも完璧。
 ――彼女ていどの歌でおひねりをもらえるならわたしなら余裕ね。
 そう思う。人通りの多い、開けた場所を見つけて陣取って、セイレ―ンの歌声を披露する。もちろん、この世界の歌なんて知らないので自分の世界のアイドルグル―プの歌にした。振り付けを交えて歌い出すと、たちまち通りすがりの人たちが足を止め、驚きの表情で見つめてくる。
 舞楽はダンスを交えながら何曲が披露した。さすがに疲れてきて一呼吸入れる。大理石のような白い肌に透明な汗がしたたり落ちる。一瞬の沈黙のあと――。
 拍手が鳴り響いた。いつの間にか、舞楽自身が『こんなに?』と思うほど多くの人たちが集まってきていたのだ。
 愛らしいセイレ―ンの生ライブに遭遇するという、滅多にない幸運にあずかった観客たちは口々に褒め称え、コインを投げてくる。その量たるや、たちまち舞楽の足下がコインの色で染まったほど。
 舞楽はクルッと一回転してすべての観客と目を合わせると、貴族の令嬢のように優雅に一礼した。舞楽は生意気だけど礼儀知らずではない。礼をするべき時と相手はわきまえている。あまりにも絵になるその仕種にまたしても拍手が鳴り響く。
 やがて、観客たちが去って行き、足下のコインをかき集め、『まあ、これだけあれば当面の宿と食事ぐらいにはありつけるでしょう』などと思っていると、
 パチパチパチ、
 いまさらのように拍手がした。
 拍手のした方を見るとそこには二〇代前半と見える女性がひとり、立っていた。拍手をしながら親しげな笑顔を向けている。
 「すごいすてきだったわ。あなた、天才ね」
 「ありがとう」
 舞楽は短く答えた。恥じらいもなければ照れもない。褒めた方が拍子抜けするぐらいあっさりした答え方。何しろ、小さいころから褒められてばかりの人生。天才と呼ばれたことも一度や二度ではない。いまさら言われても別にうれしくもないし、恥ずかしいとも思わない。
 当の女性も舞楽のそんな態度に少々、面食らったようだった。それでも、人なつっこい微笑みを浮かべると、友だち相手のような気楽な口調で話しかけてきた。
 「はじめて見る顔だけど移住してきたの? やっぱり、この杜で名前を挙げるためにきたの? あなたならどこにいっても人気者になれると思うけど、やっぱり、このはじまりの大地は特別な場所だものね」
 立て板に水の勢いでしゃべりつづける。舞楽が口をはさむ暇もない。
 「ねえ、名前、教えてくれる? わたしは育村いくむら陽菜ひなって言うんだけど」
 ようやく相手の言葉が途切れた瞬間、舞楽は短く答えた。
 「アリス・ドロシー」
 女性は呆気にとられたように目をパチクリさせた。それから、腹を抱えて笑い出した。ひとしきり笑ったあと、おかしくておかしくてたまらない、と言った様子で涙を浮かべた目を舞楽に向けた。そして、言った。
 「じゃあ、あなたは別の世界からきたわけね」
 今度は舞楽が驚いて目をパチクリさせる番だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】緑の奇跡 赤の輝石

黄永るり
児童書・童話
15歳の少女クティーは、毎日カレーとナンを作りながら、ドラヴィダ王国の外れにある町の宿で、住み込みで働いていた。  ある日、宿のお客となった少年シャストラと青年グラハの部屋に呼び出されて、一緒に隣国ダルシャナの王都へ行かないかと持ちかけられる。  戸惑うクティーだったが、結局は自由を求めて二人とダルシャナの王都まで旅にでることにした。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

宝石アモル

緋村燐
児童書・童話
明護要芽は石が好きな小学五年生。 可愛いけれど石オタクなせいで恋愛とは程遠い生活を送っている。 ある日、イケメン転校生が落とした虹色の石に触ってから石の声が聞こえるようになっちゃって!? 宝石に呪い!? 闇の組織!? 呪いを祓うために手伝えってどういうこと!?

Sadness of the attendant

砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。 醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

処理中です...