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第三話 それぞれの旅立ち
一三章 プロの襲撃
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「あなた。なんで、わたしを襲ったの?」
メインクーンのその言葉に――。
ナナは素人役者でさえ恥ずかしくなるほどにうろたえまくった。
「な、ななななな、なんのこととででででせう……?」
話しているうちにいつの間に王宮を抜け、夜の闇の支配する町中に出ていた。夜の闇のなかに、忍びとは思えないナナのあわてまくった声が響く。
はあ、と、メインクーンは溜め息をついた。
「……さすがに、自覚はしてると思うんだけど、まさか、その演技でごまかせるなんて思ってないわよね?」
「うっ……」
たしかに、自覚はしていたらしい。ナナは『グサッ!』という擬音が聞こえてきそうな表情になって、肩を落とした。
「……そ、そうなんです。あたし、演技は本当にへたで……いっつも、師匠から怒られてて」
「忍びは役者でもあるものね。必要に応じて演技をこなし、他人になりきれなければ任務は果たせない」
「はい。もう、その通りで……じゃなくて! どうして、あたしがあなたを襲ったってわかったんですか⁉」
「わかるに決まってるでしょう。体臭、身のこなし、呼吸の拍子……全部、一致しているもの」
「……そんな。体臭を消すためにわざわざ強い香水を付けたし、身のこなしがかわるよう、普段とサイズのちがう服も着たし、呼吸にだって気をつけていたのに」
「やり過ぎなのよ。そんなに強い香水を付けていたら却って微妙な匂いが際立ってしまうわ。身のこなしや呼吸の拍子も同じ。隠そうとするあまり、逆に目立っているのよ」
「そ、そうなんですか……? うう、自信あったのに」
ナナはそう指摘されてガックリと落ち込んだ様子だった。自分ではうまくごまかしているつもりだっただけに衝撃もひとしおなのだろう。
「まあ、〝知恵ある獣〟のわたしだから気付けたことだと思うけどね。人間相手なら充分、ごまかせたはずよ」
メインクーンがそう言ったのはナナのあまりの落ち込み振りに同情したから……では全然ない。メインクーンにそんな殊勝な気持ちはない。ただ単に事実を事実として述べただけである。
「そ、そうですか? ……ああ、よかった。嬉しいです!」
ナナはたちまち表情を明るくする。忍びのくせになんとも単純。この性格なら人には好かれるだろうが、
――絶対、忍びには向かないわよね。
これまた事実を事実として淡々と心に述べるメインクーンだった。
「それで? まだ答えを聞いていないわ。あなた、なぜ、わたしを襲ったの?」
「それは……」
いまさらごまかしても無駄と悟ったのだろう。ナナは素直に話しはじめた。
「ローサさまがここ最近、仰っているんです。王宮に邪悪な気配を感じるって……」
「邪悪な気配?」
メインクーンはナナの言葉に眉をひそめた。
「かの人、そんなものがわかるの?」
「ヴェガ王家は元々、東北翼からやってきた巫女の家系なんです。王家の女性にはいまも巫女としての素養が備わっています。とくにローサさまは今時めずらしくなった純血ですから、その力も強いらしくて。幼い頃から感応力に優れて、巫女としての修行もしておられましたから」
「そう」
メインクーンは納得してうなずいた。
巫女や魔導士になるような人間は生まれ付き、その片鱗を見せていることが多い。それだけに将来を期待されて三歳、四歳と言った頃から修行をはじめるのもよくあることだ。ローサもそうして幼い頃から期待されたひとりなのだろう。
――天性の巫女。普通の人間とちがう気配を感じたのはそのせいだったわけね。
「それに……」
ナナは急に声を潜めた。表情が沈痛に沈んでいた。
「……ローサさまはああしてただおひとり、闇のなかで暮らしてこられましたから。その分、闇の気配には敏感になられてしまったようで」
「なるほどね。それで結局、なんで、わたしを襲ったわけ?」
「あ、それは、ローサさまが邪悪の気配を感じはじめたのと、あなたのことが噂になりはじめた頃がちょうど同じ時期でしたので、もしかしたら、あなたが原因かもって……」
「そう疑うのはわかるけど。どうして、わたしを襲うことになるの?」
「だ、だって! 言うじゃありませんか。『心が澄んでいるか、曇っているかは剣を合わせればわかる』って!」
「……あのね。仮にも忍びの身でそんなご都合主義の英雄物語みたいなこと、言うわけ?」
「ご都合主義って何ですか⁉ 剣は心を現わす鏡です。剣を合わせれば相手の心はわかります」
ふんぬ! と、ばかりに胸を張ってそう主張するナナである。
――この人、本当に忍び? 英雄かぶれの剣士見習いじゃないの?
思わず、そう疑うメインクーンであった。
「……まあ、そう信じているならそれもいいけど。それで? 実際に剣を合わせてみた感想はどう?」
「あ、はい! あなたの剣はとても澄んでいて、まっすぐでした。心の美しさがはっきりわかる剣でした」
心の美しさがわかる剣。
見ている方が恥ずかしくなるぐらいの真顔で言われ、さすがにくすぐったいものを感じるメインクーンであった。
それに、と、ナナは付け加えた。
「もし、あなたが邪悪の原因ならローサさまが反応しないわけがありません。ローサさまがあなたを受け入れた以上、あなたが邪悪な気配の原因ではあり得ません」
「そう。ずいぶんとローサ姫のことを信頼しているのね」
「もちろんです! あたしはローサさまのメイドですから」
思い切り胸を張り、誇らしく宣言するナナだった。
「そのメイドがなんで、忍びでもあるわけ?」」
「あたしは代々、王家に仕える忍びの家系なんです。乳母やメイドとしておそば近くに仕え、その身をお守りする。それが使命です」
「そう。じゃあ、やっぱり、あの連中はあなたとは別口なわけかしら?」
「あの連中?」
ナナはメガネの奥の大きな目を一際大きく見開いた。
いつの間にか――。
ふたりの周囲を五人の人間が囲んでいた。
「い、いつの間に……!」
ナナは驚きの声をあげた。
忍びである自分が囲まれていることに気が付かなかったのが衝撃だったのだろう。うろたえた姿を見せた。それでも、すぐに気を取り直し、メインクーンと背中合わせに立って戦闘態勢を取ったのはさすが、訓練を受けた人間だけのことはあった。
「王宮を出たときから付けてきていたわよ。あなたと話しはじめて立ち止まったのを見て、包囲して近づいてきたのよ」
「監視されているのに気が付いていて立ち止まったんですか⁉」
「監視されているから立ち止まったのよ」
「えっ? あ、ああ、そういうことですか、なるほど」
ナナは一瞬、疑問の声をあげたが、すぐに納得顔でうなずいた。
さすがに代々の忍びの家系だけあってその当たりの教育はしっかり受けているらしい。
メインクーンの判断はなかなかに辛辣だった。
ナナは自分を襲った。そのナナとは別の監視者がいる。ナナと監視者が無関係なら、ナナを襲撃に巻き込んで無理やり味方に付ける。逆に、もし、ナナが監視者の仲間なら人質に取る。『忍びの命は使い捨て。人質にはならない』というなら盾にする。
その計算あってわざと足を止め、襲撃しやすくしたのだ。
「……けっこう、やってくれますね。メインクーンさま」
「情に動かされているようでは忍びにはなれない。そう教わらなかった?」
「それは……教わりましたけど」
ナナは不満顔だった。
メインクーンの言い分と言うより、忍びの掟に納得いかないらしい。
「やっぱり、忍びには向かない性格ね。転職を考えた方がいいわよ」
「ううっ……」
思い当たる節が多々あるのだろう。ナナは全身でうつむいた。
その間にはメインクーンは油断なく監視者たちを観察していた。
相手は五人。
ひとりは剣士。
ひとりは槍使い。
ひとりは網闘士。
ひとりは魔導師。
ひとりは薬師。
相手の風貌、装備、立ち居振る舞いからメインクーンはそう判断した。
――典型的な〝知恵ある獣〟狩りのパーティーね。
まずは剣士が接近戦を挑み、槍使いが中距離から攻撃。魔導士が遠距離からサポート。剣士と槍使いが相手の動きを止めたところで網闘士が網を投げかけ、仲間ごと網に捕えて動きを封じる。さらに、網のなかで剣士と槍使いがしがみつくことで身動きを取れなくする。そこで、薬師が薬物を注射して意思を奪う……。
それが、〝知恵ある獣〟狩りパーティーの基本戦法。
単純だが、効果的。ほとんどの場合、このやり方で〝知恵ある獣〟を〝生きた死体〟へとかえることができる。
――ナナとはちがう。幾度となく実際に〝知恵ある獣〟を捕えたことのある本物のプロ集団ね。
相手の風格。落ち着き。呼吸。それらからメインクーンはそう判断した。
いったい、何者がこんなプロ集団を送ってよこしたのか。
メインクーンはそんなことは考えもしなかった。そんなことはあとで考えればいいことだ。いまはとにかく、このプロ集団を撃退することだけを考える。
それが忍び、生きることの達人の在り方だった。
「ナナ」
「は、はい……!」
「確認しておくけど、あなた、どっちにつくの?」
ナナとプロ集団とが無関係だからと言って、ナナがメインクーンに味方する理由にはならない。協力してメインクーンを捕え、報酬のおこぼれに預かる。それも充分、理に叶った行動だ。
「メインクーンさまです!」
ナナは迷うことなく断言した。
「ローサさまはメインクーンさまとまたお会いすることを楽しみにしておいででした。ローサさまにお仕えする身として、裏切るわけには参りません」
「そう。なら、剣士と槍使いは任せるわ。あのふたりを引きつけておいて。わたしはその間に網闘士をしとめる」
「網闘士を?」
「あの網に捕らわれさえしなければ、〝知恵ある獣〟が人間の戦士に後れを取ることはあり得ない。プロならそのことは充分に承知している。あいつさえしとめればすぐに退くはず」
「な、なるほど……!」
「殺す必要はない。わたしが網闘士をしとめるまでの間、わたしに近づけないようにしてくれれば充分だから」
「わかりました!」
ナナは張り切った声をあげた。
――殺して。
もし、そう言われていたら尻込みしていた。忍びとは言え、いまだ実際に人を殺した経験はないナナである。しかし、相手を自分に引きつけておくだけなら――。
――それなら、出来る!
殺すことを考えなくていいなら気も楽だ。なにしろ、メイド服のなかには煙幕をはじめ、相手の動きを攪乱するための道具が色々と仕込んであるのだから。
「こちらから仕掛ける。まずは煙幕」
「はい!」
ナナは言われるままにメイド服のなかから煙玉を取り出した。盛大に地面に叩きつける。瞬く間に辺り一面、視界を遮る深い煙に包まれた。
その煙に紛れて人の姿の猫が走る。
天敵とも言うべき網闘士目がけて。
しかし、相手もさすがにプロ。反応は早かった。そして、冷徹だった。魔導士が魔法を、薬師が薬物を、仲間である網闘士目がけてためらいなく放った。
――仲間ごとしとめる。
そう考えているとしか思えない行動だった。そして――。
網闘士自身も動いた。自ら編んだ自慢の網を自分の真横目がけて投げ付ける。
ふいに――。
メインクーンが方向をかえた。網闘士目がけてまっすぐ突き進んでいたのが急に横に跳んだ。手にした短剣が何もない空間を薙いだ。何もないその場所から血しぶきが噴き出し、くぐもった低い声がもれた。その声は痛みによるものではなく、『信じられない』という思いからのものであったろう。魔導士の放った魔法、薬物の投げた薬物は共に、網闘士の体を素通りしていた。
メインクーンの短剣が二閃目を放った。再び血しぶきがあがったが、今度は声はしなかった。先ほどまでの網闘士の形は消え去り、メインクーンの目の前にその姿が現れた。その表情が、
――なぜ、わかった?
そう問うていた。
蜃気楼の魔法。
光を曲げることで、実際にある場所とはちがう場所に姿を映す魔法。
相手もプロ。メインクーンが真っ先に網闘士を狙ってくることは予測していた。だから、網闘士を囮にして罠を仕掛けていた。網闘士に前もって蜃気楼の魔法をかけておき、その姿をずらして映す。メインクーンがその幻影に襲いかかったところへ、魔法と薬物、そして、網とを同時に放ち、動きを止める。その作戦だったのだ。そして、その作戦はうまく機能しているように見えた。しかし――。
メインクーンはその上を行っていた。
一年間の冒険者経験は伊達ではない。その間には同様の布陣を敷いた〝知恵ある獣〟狩りのパーティーとたかったこともなんともあるのだ。
蜃気楼の魔法を使っていることは予測していた。だから、ナナに煙幕を使わせた。煙幕を使い、空気を動かす。動いた空気が物体に当たり、流れをかえる。その微妙な感覚を察知することで本体の位置を割り出したのだ。
もちろん、そんなことをわざわざ説明して隙を作ったりはしない。メインクーンはそんな半端な戦士ではない。一気に網闘士をしとめるべく、懐に飛び込む。が――。
網闘士の全身を炎が包んだ。もろともにその炎に包まれる寸前、メインクーンは地面を転がり、避けていた。立ちあがった。そのときには他の四人は跡形もなくなっていた。あとには丸焦げになった死体がひとつ……。
「す、すみません……! 逃がしちゃいました!」
ナナがこれまた忍びとは思えない大声をあげて走り寄ってきた。メインクーンの隣に並んで立ち止まる。丸焦げになった死体を見下ろした。悲しそうに呟く。
「……そんな。仲間を殺していくなんて」
「見事な判断ね。網闘士を助けるのはもう間に合わない。身元に関する一切の証拠を残さないよう焼き払って退却。それだけのことをあの一瞬で、しかも、なんのためらいもなくやってのけるなんてね」
「で、でも……! いくら何でも仲間を殺すなんて」
ナナは叫んだ。
非難する口調は仲間を殺したあの連中に対するものか、それとも、冷静に解説するメインクーンに向けたものか。その両方だったかも知れない。
「たしかに。単なる〝知恵ある獣〟狩りのパーティーならここまではやらない。やる必要がないものね。〝知恵ある獣〟狩りは別に法律違反じゃないし。それをやってのけると言うことは単なる〝知恵ある獣〟狩りではなくて、裏世界に生きる暗殺者でもあると言うこと。そんな連中を雇える人間となると……」
「あ、あの……」
ナナが言いずらそうに言った。メガネの奥の大きな目で上目遣いに見上げる。メインクーンはうなずいた。
「わかってる。早く、ローサ姫のところに行ってあげて」
「ハイ! ありがとうございます」
ナナはそう言うと、文字通り主のもとへと飛んでいった。
「まあ、狙いがわたしならローサ姫が狙われることはないだろうけど……」
邪悪な気配、か。
メインクーンは呟いた。
「どうやら、わたしがヴェガのなかで立場を築くためには、大掃除が必要みたいね」
メインクーンのその言葉に――。
ナナは素人役者でさえ恥ずかしくなるほどにうろたえまくった。
「な、ななななな、なんのこととででででせう……?」
話しているうちにいつの間に王宮を抜け、夜の闇の支配する町中に出ていた。夜の闇のなかに、忍びとは思えないナナのあわてまくった声が響く。
はあ、と、メインクーンは溜め息をついた。
「……さすがに、自覚はしてると思うんだけど、まさか、その演技でごまかせるなんて思ってないわよね?」
「うっ……」
たしかに、自覚はしていたらしい。ナナは『グサッ!』という擬音が聞こえてきそうな表情になって、肩を落とした。
「……そ、そうなんです。あたし、演技は本当にへたで……いっつも、師匠から怒られてて」
「忍びは役者でもあるものね。必要に応じて演技をこなし、他人になりきれなければ任務は果たせない」
「はい。もう、その通りで……じゃなくて! どうして、あたしがあなたを襲ったってわかったんですか⁉」
「わかるに決まってるでしょう。体臭、身のこなし、呼吸の拍子……全部、一致しているもの」
「……そんな。体臭を消すためにわざわざ強い香水を付けたし、身のこなしがかわるよう、普段とサイズのちがう服も着たし、呼吸にだって気をつけていたのに」
「やり過ぎなのよ。そんなに強い香水を付けていたら却って微妙な匂いが際立ってしまうわ。身のこなしや呼吸の拍子も同じ。隠そうとするあまり、逆に目立っているのよ」
「そ、そうなんですか……? うう、自信あったのに」
ナナはそう指摘されてガックリと落ち込んだ様子だった。自分ではうまくごまかしているつもりだっただけに衝撃もひとしおなのだろう。
「まあ、〝知恵ある獣〟のわたしだから気付けたことだと思うけどね。人間相手なら充分、ごまかせたはずよ」
メインクーンがそう言ったのはナナのあまりの落ち込み振りに同情したから……では全然ない。メインクーンにそんな殊勝な気持ちはない。ただ単に事実を事実として述べただけである。
「そ、そうですか? ……ああ、よかった。嬉しいです!」
ナナはたちまち表情を明るくする。忍びのくせになんとも単純。この性格なら人には好かれるだろうが、
――絶対、忍びには向かないわよね。
これまた事実を事実として淡々と心に述べるメインクーンだった。
「それで? まだ答えを聞いていないわ。あなた、なぜ、わたしを襲ったの?」
「それは……」
いまさらごまかしても無駄と悟ったのだろう。ナナは素直に話しはじめた。
「ローサさまがここ最近、仰っているんです。王宮に邪悪な気配を感じるって……」
「邪悪な気配?」
メインクーンはナナの言葉に眉をひそめた。
「かの人、そんなものがわかるの?」
「ヴェガ王家は元々、東北翼からやってきた巫女の家系なんです。王家の女性にはいまも巫女としての素養が備わっています。とくにローサさまは今時めずらしくなった純血ですから、その力も強いらしくて。幼い頃から感応力に優れて、巫女としての修行もしておられましたから」
「そう」
メインクーンは納得してうなずいた。
巫女や魔導士になるような人間は生まれ付き、その片鱗を見せていることが多い。それだけに将来を期待されて三歳、四歳と言った頃から修行をはじめるのもよくあることだ。ローサもそうして幼い頃から期待されたひとりなのだろう。
――天性の巫女。普通の人間とちがう気配を感じたのはそのせいだったわけね。
「それに……」
ナナは急に声を潜めた。表情が沈痛に沈んでいた。
「……ローサさまはああしてただおひとり、闇のなかで暮らしてこられましたから。その分、闇の気配には敏感になられてしまったようで」
「なるほどね。それで結局、なんで、わたしを襲ったわけ?」
「あ、それは、ローサさまが邪悪の気配を感じはじめたのと、あなたのことが噂になりはじめた頃がちょうど同じ時期でしたので、もしかしたら、あなたが原因かもって……」
「そう疑うのはわかるけど。どうして、わたしを襲うことになるの?」
「だ、だって! 言うじゃありませんか。『心が澄んでいるか、曇っているかは剣を合わせればわかる』って!」
「……あのね。仮にも忍びの身でそんなご都合主義の英雄物語みたいなこと、言うわけ?」
「ご都合主義って何ですか⁉ 剣は心を現わす鏡です。剣を合わせれば相手の心はわかります」
ふんぬ! と、ばかりに胸を張ってそう主張するナナである。
――この人、本当に忍び? 英雄かぶれの剣士見習いじゃないの?
思わず、そう疑うメインクーンであった。
「……まあ、そう信じているならそれもいいけど。それで? 実際に剣を合わせてみた感想はどう?」
「あ、はい! あなたの剣はとても澄んでいて、まっすぐでした。心の美しさがはっきりわかる剣でした」
心の美しさがわかる剣。
見ている方が恥ずかしくなるぐらいの真顔で言われ、さすがにくすぐったいものを感じるメインクーンであった。
それに、と、ナナは付け加えた。
「もし、あなたが邪悪の原因ならローサさまが反応しないわけがありません。ローサさまがあなたを受け入れた以上、あなたが邪悪な気配の原因ではあり得ません」
「そう。ずいぶんとローサ姫のことを信頼しているのね」
「もちろんです! あたしはローサさまのメイドですから」
思い切り胸を張り、誇らしく宣言するナナだった。
「そのメイドがなんで、忍びでもあるわけ?」」
「あたしは代々、王家に仕える忍びの家系なんです。乳母やメイドとしておそば近くに仕え、その身をお守りする。それが使命です」
「そう。じゃあ、やっぱり、あの連中はあなたとは別口なわけかしら?」
「あの連中?」
ナナはメガネの奥の大きな目を一際大きく見開いた。
いつの間にか――。
ふたりの周囲を五人の人間が囲んでいた。
「い、いつの間に……!」
ナナは驚きの声をあげた。
忍びである自分が囲まれていることに気が付かなかったのが衝撃だったのだろう。うろたえた姿を見せた。それでも、すぐに気を取り直し、メインクーンと背中合わせに立って戦闘態勢を取ったのはさすが、訓練を受けた人間だけのことはあった。
「王宮を出たときから付けてきていたわよ。あなたと話しはじめて立ち止まったのを見て、包囲して近づいてきたのよ」
「監視されているのに気が付いていて立ち止まったんですか⁉」
「監視されているから立ち止まったのよ」
「えっ? あ、ああ、そういうことですか、なるほど」
ナナは一瞬、疑問の声をあげたが、すぐに納得顔でうなずいた。
さすがに代々の忍びの家系だけあってその当たりの教育はしっかり受けているらしい。
メインクーンの判断はなかなかに辛辣だった。
ナナは自分を襲った。そのナナとは別の監視者がいる。ナナと監視者が無関係なら、ナナを襲撃に巻き込んで無理やり味方に付ける。逆に、もし、ナナが監視者の仲間なら人質に取る。『忍びの命は使い捨て。人質にはならない』というなら盾にする。
その計算あってわざと足を止め、襲撃しやすくしたのだ。
「……けっこう、やってくれますね。メインクーンさま」
「情に動かされているようでは忍びにはなれない。そう教わらなかった?」
「それは……教わりましたけど」
ナナは不満顔だった。
メインクーンの言い分と言うより、忍びの掟に納得いかないらしい。
「やっぱり、忍びには向かない性格ね。転職を考えた方がいいわよ」
「ううっ……」
思い当たる節が多々あるのだろう。ナナは全身でうつむいた。
その間にはメインクーンは油断なく監視者たちを観察していた。
相手は五人。
ひとりは剣士。
ひとりは槍使い。
ひとりは網闘士。
ひとりは魔導師。
ひとりは薬師。
相手の風貌、装備、立ち居振る舞いからメインクーンはそう判断した。
――典型的な〝知恵ある獣〟狩りのパーティーね。
まずは剣士が接近戦を挑み、槍使いが中距離から攻撃。魔導士が遠距離からサポート。剣士と槍使いが相手の動きを止めたところで網闘士が網を投げかけ、仲間ごと網に捕えて動きを封じる。さらに、網のなかで剣士と槍使いがしがみつくことで身動きを取れなくする。そこで、薬師が薬物を注射して意思を奪う……。
それが、〝知恵ある獣〟狩りパーティーの基本戦法。
単純だが、効果的。ほとんどの場合、このやり方で〝知恵ある獣〟を〝生きた死体〟へとかえることができる。
――ナナとはちがう。幾度となく実際に〝知恵ある獣〟を捕えたことのある本物のプロ集団ね。
相手の風格。落ち着き。呼吸。それらからメインクーンはそう判断した。
いったい、何者がこんなプロ集団を送ってよこしたのか。
メインクーンはそんなことは考えもしなかった。そんなことはあとで考えればいいことだ。いまはとにかく、このプロ集団を撃退することだけを考える。
それが忍び、生きることの達人の在り方だった。
「ナナ」
「は、はい……!」
「確認しておくけど、あなた、どっちにつくの?」
ナナとプロ集団とが無関係だからと言って、ナナがメインクーンに味方する理由にはならない。協力してメインクーンを捕え、報酬のおこぼれに預かる。それも充分、理に叶った行動だ。
「メインクーンさまです!」
ナナは迷うことなく断言した。
「ローサさまはメインクーンさまとまたお会いすることを楽しみにしておいででした。ローサさまにお仕えする身として、裏切るわけには参りません」
「そう。なら、剣士と槍使いは任せるわ。あのふたりを引きつけておいて。わたしはその間に網闘士をしとめる」
「網闘士を?」
「あの網に捕らわれさえしなければ、〝知恵ある獣〟が人間の戦士に後れを取ることはあり得ない。プロならそのことは充分に承知している。あいつさえしとめればすぐに退くはず」
「な、なるほど……!」
「殺す必要はない。わたしが網闘士をしとめるまでの間、わたしに近づけないようにしてくれれば充分だから」
「わかりました!」
ナナは張り切った声をあげた。
――殺して。
もし、そう言われていたら尻込みしていた。忍びとは言え、いまだ実際に人を殺した経験はないナナである。しかし、相手を自分に引きつけておくだけなら――。
――それなら、出来る!
殺すことを考えなくていいなら気も楽だ。なにしろ、メイド服のなかには煙幕をはじめ、相手の動きを攪乱するための道具が色々と仕込んであるのだから。
「こちらから仕掛ける。まずは煙幕」
「はい!」
ナナは言われるままにメイド服のなかから煙玉を取り出した。盛大に地面に叩きつける。瞬く間に辺り一面、視界を遮る深い煙に包まれた。
その煙に紛れて人の姿の猫が走る。
天敵とも言うべき網闘士目がけて。
しかし、相手もさすがにプロ。反応は早かった。そして、冷徹だった。魔導士が魔法を、薬師が薬物を、仲間である網闘士目がけてためらいなく放った。
――仲間ごとしとめる。
そう考えているとしか思えない行動だった。そして――。
網闘士自身も動いた。自ら編んだ自慢の網を自分の真横目がけて投げ付ける。
ふいに――。
メインクーンが方向をかえた。網闘士目がけてまっすぐ突き進んでいたのが急に横に跳んだ。手にした短剣が何もない空間を薙いだ。何もないその場所から血しぶきが噴き出し、くぐもった低い声がもれた。その声は痛みによるものではなく、『信じられない』という思いからのものであったろう。魔導士の放った魔法、薬物の投げた薬物は共に、網闘士の体を素通りしていた。
メインクーンの短剣が二閃目を放った。再び血しぶきがあがったが、今度は声はしなかった。先ほどまでの網闘士の形は消え去り、メインクーンの目の前にその姿が現れた。その表情が、
――なぜ、わかった?
そう問うていた。
蜃気楼の魔法。
光を曲げることで、実際にある場所とはちがう場所に姿を映す魔法。
相手もプロ。メインクーンが真っ先に網闘士を狙ってくることは予測していた。だから、網闘士を囮にして罠を仕掛けていた。網闘士に前もって蜃気楼の魔法をかけておき、その姿をずらして映す。メインクーンがその幻影に襲いかかったところへ、魔法と薬物、そして、網とを同時に放ち、動きを止める。その作戦だったのだ。そして、その作戦はうまく機能しているように見えた。しかし――。
メインクーンはその上を行っていた。
一年間の冒険者経験は伊達ではない。その間には同様の布陣を敷いた〝知恵ある獣〟狩りのパーティーとたかったこともなんともあるのだ。
蜃気楼の魔法を使っていることは予測していた。だから、ナナに煙幕を使わせた。煙幕を使い、空気を動かす。動いた空気が物体に当たり、流れをかえる。その微妙な感覚を察知することで本体の位置を割り出したのだ。
もちろん、そんなことをわざわざ説明して隙を作ったりはしない。メインクーンはそんな半端な戦士ではない。一気に網闘士をしとめるべく、懐に飛び込む。が――。
網闘士の全身を炎が包んだ。もろともにその炎に包まれる寸前、メインクーンは地面を転がり、避けていた。立ちあがった。そのときには他の四人は跡形もなくなっていた。あとには丸焦げになった死体がひとつ……。
「す、すみません……! 逃がしちゃいました!」
ナナがこれまた忍びとは思えない大声をあげて走り寄ってきた。メインクーンの隣に並んで立ち止まる。丸焦げになった死体を見下ろした。悲しそうに呟く。
「……そんな。仲間を殺していくなんて」
「見事な判断ね。網闘士を助けるのはもう間に合わない。身元に関する一切の証拠を残さないよう焼き払って退却。それだけのことをあの一瞬で、しかも、なんのためらいもなくやってのけるなんてね」
「で、でも……! いくら何でも仲間を殺すなんて」
ナナは叫んだ。
非難する口調は仲間を殺したあの連中に対するものか、それとも、冷静に解説するメインクーンに向けたものか。その両方だったかも知れない。
「たしかに。単なる〝知恵ある獣〟狩りのパーティーならここまではやらない。やる必要がないものね。〝知恵ある獣〟狩りは別に法律違反じゃないし。それをやってのけると言うことは単なる〝知恵ある獣〟狩りではなくて、裏世界に生きる暗殺者でもあると言うこと。そんな連中を雇える人間となると……」
「あ、あの……」
ナナが言いずらそうに言った。メガネの奥の大きな目で上目遣いに見上げる。メインクーンはうなずいた。
「わかってる。早く、ローサ姫のところに行ってあげて」
「ハイ! ありがとうございます」
ナナはそう言うと、文字通り主のもとへと飛んでいった。
「まあ、狙いがわたしならローサ姫が狙われることはないだろうけど……」
邪悪な気配、か。
メインクーンは呟いた。
「どうやら、わたしがヴェガのなかで立場を築くためには、大掃除が必要みたいね」
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しかし、近年になって、帝都跡から発掘される、現代では再現不可能と言われる高度な魔法技術を用いた「魔導絡繰り」が、高値で取引されるようになっている。
物によっては黄金よりも価値があると言われる「魔導絡繰り」を求める者たちが、帝都跡周辺に集まり、やがて、そこには「街」が生まれた。
どの国の支配も受けない「街」は自由ではあったが、人々を守る「法」もまた存在しない「無法の街」でもあった。
そんな「無法の街」に降り立った一人の世間知らずな少年は、当然の如く有り金を毟られ空腹を抱えていた。
そこに現れた不思議な男女の助けを得て、彼は「無法の街」で生き抜く力を磨いていく。
※「アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-」の数世代後の時代を舞台にしています※
※サブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※
※この物語の舞台になっている惑星は、重力や大気の組成、気候条件、太陽にあたる恒星の周囲を公転しているとか月にあたる衛星があるなど、諸々が地球とほぼ同じと考えていただいて問題ありません。また、人間以外に生息している動植物なども、特に記載がない限り、地球上にいるものと同じだと思ってください※
※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※
※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※
※あくまで御伽話です※
※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※
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