戦火に殺された猫耳忍者娘、戦争を殺すために世界の経営者へと成り上がる2 〜宮廷円舞〜

藍条森也

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第一話 偽妹誕生!

四章 チャンス!

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 メインクーンはスノードロップの〝マウンド〟を目指して騎竜を走らせていた。
 ひとりで、ではない。いかにも冷徹れいてつそうな白皙はくせき貴公子きこうしと一緒に乗って、だ。
 手綱たづなを握っているのもエリンジウム公アドプレッサ。正確に言うと騎竜を走らせているのはメインクーンではなくアドプレッサと言うことになる。
 メインクーンはアドプレッサの前にチョコンと座って騎竜の長い首に手をかけている。その姿はまるで親子連れのよう。メインクーンも女子としては背の高い方だが、何しろ、アドプレッサがずば抜けて長身なので娘のように小さく見えてしまうのだ。
 ――こんな大男とふたり乗りしたりしてこの騎竜、だいじょうぶ?
 メインクーンは最初、そう気遣った。
 この騎竜は冒険者ギルドからの借り物で、次のギルド事務所に着いたら返さなければいけない。冒険者ギルドの連絡用騎竜を借りることが出来るのは次の事務所まで。そこを越えて同じ騎竜に乗り続けることは許されていない。事務所に着いたらそれまでの騎竜はギルドに返し、必要なら新しい騎竜を借りる。
 そう定められている。
 騎竜に過度の負担をかけないための処置である。
 当然、道中で過度の負担を強いる使い方をすることも禁じられている。例えば、極端に重い荷を運ばせるとか、戦いに利用するとか。規約に反したことが知られれば結構な額の賠償金を請求されることになる。断れば即座に冒険者としての登録を抹消され、もう二度と冒険者としてやっていくことは出来なくなる。少なくとも、表の世界では。
 ふたり乗りも規約に引っかかると言えば引っかかる。相手が小さくて軽い子供とでも言うならともかく、ずば抜けた長身の男とあっては。
 だから、心配した、と言う一面もある。
 しかし、一番の理由は〝知恵ある獣ライカンスロープ〟の認識にある。
 自分たちのことを『人間化した獣』ともって任じる〝知恵ある獣〟。一般的に言って人間よりも獣や恐竜たちに対する思い入れのほうが強い。
 『野生の獣が人間を襲ったから、その獣を殺すだと⁉ そんなことをしたら獣がかわいそうじゃないか』
 そう叫ぶのが〝知恵ある獣〟。
 だから、ごく自然に騎竜の負担を心配したのだが、その心配は無用だったようだ。もとからタフで頑健な騎竜。特に冒険者ギルドの連絡用とあってよく訓練されているし、日頃の世話も行き届いている。ふたり乗りでも疲れる様子ひとつ見せず順調にスノードロップへの道を進んでいる。
 ――それにしても。
 メインクーンはアドプレッサの広い胸板に包まれ、親鳥に抱かれる雛鳥ひなどりのような気分になって思った。
 ――まさか、いきなりエリンジウム公爵その人に出会えるなんてね。運が良いわ。
 ふたりで一〇人以上のゴロツキどもを蹴散らしたあと――そのうち四分の三はアドプレッサが殺したわけだが――アドプレッサはメインクーンに太股を貫かれ、傷の痛みにのたうち回る三人のゴロツキたちを一人ひとり剣で突き刺して回った。
 「殺しちゃうわけ?」
 さすがに少々驚いてそう尋ねるメインクーンに向かって、アドプレッサは感情を感じさせない声と表情とで言ってのけた。
 「こいつらをスノードロップに突き出しても無駄だと言った。それに、お前ひとりで三人を連行できるつもりか? 人を呼びに行っていればその隙に逃げる。こんなゴロツキどもを逃がすわけにはいかん」
 「まあ、そうだけど」
 メインクーンもあっさり認めた。
 もとより、徹底した個人主義者である〝知恵ある獣〟。自分の身を守るものは自分だけ。襲ってくるものがいれば殺す。
 それが信条。
 『犯罪者だからと言って殺すのはよくない』などという人間的な発想は持ち合わせてはいない。
 「ならば、一思いに殺してやるのがせめてもの慈悲というものだ」
 アドプレッサは表情ひとつかえずに三人の男の首筋を貫き、生命を奪うと、メインクーンに背を向け、無言で歩きだした。その背にメインクーンが声をかける。
 「まって」
 「なんだ?」
 「埋葬まいそうするの、手伝って」
 少女のまっすぐな瞳に見据えられ――。
 天下のエリンジウム公はきびすを返したのだった。
 メインクーンはアドプレッサと共にゴロツキたちと巻き添えにされた騎竜とを街道脇の森のなかに並べた。穴を掘り、そのなかに一体いったい丁寧に埋めていく。きちんと体勢を整えて穴のなかに寝かせた遺体の上に土をかぶせていく。こんもりとした小さな丘となった土の上に、緑の葉を付けた木の小枝を一本いっぽん差していく。
 簡単だけれど心のこもった墓のできあがりだった。
 メインクーンはすべての埋葬を終えたあと、胸に手を置き、短い祈りの言葉を唱えた。
 「物好きなことだ」
 アドプレッサは蔑んだように言う。愛用のサーベルを墓堀りに使われたことが不満らしい。整いすぎて冷徹に見える顔にわずかに不機嫌そうな表情を浮かべて、神経質なぐらい丁寧に剣身を拭いている。
 「礼を尽くして死者を送るのは当然のことでしょう。人間は生命に対する礼儀を知らないの?」
 「こいつらは所詮、犯罪者のゴロツキだ」
 「それは生前の人格に備わった属性。それは『死』と共に失われている。大本の生命に上下の差なんてないわ」
 「ふん。それが〝知恵ある獣〟の死生観というわけか」
 そういうこと、と、メインクーンは答えた。
 「それに」
 メインクーンはきっぱりと言いきったあとに付け加えた。
 「この連中はともかく、あなたの騎竜は犯罪者ではないでしょう。あなたをここまで運んできてくれたのに、あなたの巻き添えで死ぬ羽目になったのよ。その騎竜に対して祈りの言葉もないの?」
 そう言われて――。
 アドプレッサはきびすを返した。息絶えた騎竜の前に立った。おそらくはメインクーンに聞かせたくなかったのだろう。ごく低い声でヴェガ流の弔いの言葉を捧げた。
 ――でも、ちゃんと聞こえているんだけどね。
 メインクーンは少々、意地悪く思った。
 声を潜めることで聞こえなく出来るのは人間だけ。〝知恵ある獣〟の鋭敏な知覚をもってすれば、どんなに低く声を抑えてもはっきりと聞き取れてしまう。
 意外だったのはその言葉の質。単に『言われたから義理で唱えた』と言うのではなく、きちんと心情のこもった祈りに聞こえた。案外、生命に対する礼儀をわきまえた人間なのかも知れない。
 ――だとしたら、人間としてはましな方ね。
 メインクーンはそう思い、いかにも冷徹そうな白皙の貴公子に対して少しだけ好意をもった。
 さあ、もうこれでいいだろう。
 アドプレッサはそう言いたげに身をひるがえした。背を向けて歩きだす。その背に向かい、またしてもメインクーンが声をかける。
 「まってよ」
 「こんどはなんだ?」
 アドプレッサは苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てる。それでも、無視するでもなくきちんと立ち止まり、振り向くあたり、意外と人が良いのかも知れない。
 メインクーンは言った。
 「わたしも行くわ」
 「なに?」
 「ヴェガきっての大貴族が随員ずいいんも付けずにたったひとりで移動中。しかも、襲ってきたのは配下であるはずのスノードロップ伯の手のもの。なにか大事だいじがありそうじゃない。このまま放ってはおけないわ」
 「目的はなんだ? 儲け話の匂いでも嗅ぎ付けたか」
 「大貴族に恩を売るためよ、もちろん」
 アドプレッサは軽蔑したように鼻を鳴らした。
 「冒険者らしい話だな。分に過ぎた欲は身を滅ぼすぞ」
 「過ぎてなければいいんでしょう? それにあなた、騎竜もないじゃない。わたしの騎竜はすぐそこにつないであるの」
 その言葉に――。
 アドプレッサは再び無言できびすを返したのだった。

 そして、ふたりは並んで騎竜に乗り込み、スノードロップの〝丘〟目指して走っている。
 自分が手綱を取ることも、メインクーンの後ろに乗ることも、共にアドプレッサが主張した。メインクーンが手綱を取ることも、メインクーンが自分の後ろに座って自分にしがみつくことも、アドプレッサは断固として拒否した。
 「それを認めないと言うならおれひとりで行くまでだ。忘れるなよ。ついて来たがっているのはお前であって、おれがお前を招いたわけではない」
 そう言い切る口調の強さはメインクーンを驚かせるほどのものだった。
 とは言え、実際にその通りだし、メインクーンにしてもこんなことで言い争う気などなかったので素直に了承した。そうして、親子連れのような姿でスノードロップに向かっているのである。
 二〇年以上前にはじまったシリウスの大侵攻以来、ラ・ド・バーンの北尾部、またの名を北方大陸は主に三つの勢力圏に別れている。
 北方大陸の北半分のほとんどを制圧するシリウス。
 東南部に位置する北方大陸第二の強国ヴェガ。
 そして、西南部に位置する国家が寄り集まってできた諸国連合。
 このうち、ヴェガと諸国連合とが連携を取ることでシリウスの侵攻に対抗している、と言う図式になっている。もちろん、どの勢力にも属さず、政治的に独立を保っている国もあるにはある。例えば、メインクーンが一年前まで過ごしていたトリトン公国のように。
 しかし、これらの国は『独立を保っている』と言うよりも、『僻地へきちにあるために忘れられている』といった方が正しい。トリトン公国などはその典型で、北の外れのあまりの僻地にあるために、さしもの北方大陸統一に燃える覇者マヤカも関心を示すことはなかった。トリトン公国にしても『大陸の戦乱? 何それ?』といった感じで、大陸の情勢に関心をもつことはなかった。そんな、僻地の小国をのぞけば、いまや北方大陸の国々はこの三つの勢力のどれかに属していると言っていい。
 シリウスは開戦当初こそは破竹の勢いで進軍し、周辺諸国を次々と制圧して領土を拡大した。しかし、ほどなくして周辺諸国も連合して対抗するようになり、制圧速度は著しく鈍った。さらに、およそ一五年前のヴェガの本格参戦以来、新しい領土はほとんど獲得できておらず、戦線は膠着状態に陥っている。
 それでも、シリウス国王マヤカ――と、その懐刀である黒衣の宰相・すばる――は『北方大陸統一による恒久平和の実現』という目標を崩すことなく、戦争をつづけている。いまでは『戦いがあるのが普通』であり、むしろ、戦争が日常に組み込まれていると言っていい状況になっている。
 ベガは大崩壊期の末期、東北翼から侵入した一団によって建国されたと言われている国だ。北方大陸は川と湖、それに、広大な湿地帯が広がる『すい』の領域。その名のとおり、地面よりも水面の方が多い。そのために、古くから舟による移動が発達してきた。
 そのなかで東南地方だけは例外で、湿地帯の面積が少なく、乾いた大地の上に針葉樹林の森が広がっている。そのために、文化的にはむしろ、同じく針葉樹林の森が広がる『もく』の領域である東北翼に近い。古くから人の行きも盛んだったようで、そのことを示す遺物も多く出土している。その意味では、東北翼から侵入した一団が国を作るのはむしろ、自然な流れだったと言える。
 そんな歴史的背景のため、ヴェガの人々、特に貴族階級は名前といい、姿形といい、東北翼人の特徴を色濃く残している。
 北方大陸人は一般的に言って背が高く、がっしりした体型で、一目見て『巨人族』と言いたくなる偉容に満ちている。金髪や赤毛が多く、白い肌と青い目が普通である。
 それに対して東北翼人は中肉中背に黒髪と黒い瞳。動作は敏捷びんしょうで森のなかを駆け巡る機敏きびんなハンターといった印象がある。そんなヴェガの貴族のなかで、アドプレッサのように背が高く、銀の髪と白い肌という特徴は実はかなりめずらしい。おそらく、エリンジウム公爵家には地元の有力者と婚姻を重ねてきた過去があり、その血が色濃く出ているのだろう。外部から侵入してきた一団が支配者の地位を確立した際、統治しやすくするために地元の有力者の家系と婚姻を結ぶのはよくあることだ。
 控えめに言ってもヴェガは北方大陸において異質にして異端、あくまでもよそ者であり、同胞とは見なされていなかった。そのことがシリウスの侵攻に対してなかなか参戦しなかった大きな理由となっている。それまでの『永世中立』の基本姿勢を改め、諸国連合と組んでシリウスに対抗するようになったのは『女狐めぎつね』と呼ばれ、陰謀家として知られる現王妃が実権を握ってからのことだと言われているが……。
 現在でも『対シリウス戦役における盟主』などと思われているわけではなく、諸国連合からは『信用ならないよそ者だが場合が場合だからまあ、手を組んでおくか』といった扱いを受けている。
 つまりは、ヴェガはまちがいなく北方大陸第二の強国だが、まわりは敵と、潜在的な敵ばかり。政治的、外交的に孤立しており、なかなかに厳しい状況にある、と言うわけだ。
 ――でも、だからこそ、よそ者であり、〝知恵ある獣〟であるわたしでも成り上がる余地がある。
 メインクーンはそう判断していた。
 ――運良くエリンジウム公爵と知り合えたし、スノードロップで何か起きているみたいだし……うまく立ち回ればスノードロップ伯の地位ぐらい手に入れられるかもね。
 そうなれは――。
 ――わたしの目標に一歩、近づく。このチャンス、必ず手に入れる。
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