壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第一〇話二二章 海より来る軍勢

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 「大陸鉄道網の建設に賛成していただき、ありがとうございます」
 トウナはクナイスルとソーニャの夫妻、それに、ロスタムに対して丁寧ていねいに礼を述べた。そのあたりの気品高さもすっかり貴族の子女。付け焼き刃ではない、本物の女王としての風格が感じられる仕種だった。
 ロウワンと出会った頃の、漁師の島の野生児に過ぎなかった頃のトウナといまのトウナとを見比べたなら、誰もがそのあまりのちがいに愕然がくぜんとすることだろう。
 そして、こうなるまでについやした努力の質量を考え、青くなるにちがいない。それほどに、堂にった『女王』としての姿だった。
 ちなみに、ゴンドワナとレムリア、大国ふたつから鉄道網建設の業務ののけ者にされてすっかり当てが外れたブージは、完全にふてくされて乱暴に足を組み、そっぽを向いている。『いまさら頼んできても、やってやらねえからな』という態度である。
 そんな様子を見て、
 「さすがに、ちょっとかわいそうかも」
 と、思ってもらえるのは並の嫌われもの。嫌われものの天才であるブージの場合、誰にもそんなことは思ってもらえず、放置されたままである。
 それはともかく、トウナはクナイスルとソーニャ、レムリアを統治する伯爵夫妻に向かって尋ねた。
 「ですが、本当によろしいのですか? クナイスル伯爵。ソーニャきょう。ゴンドワナはともかく、レムリア伯爵領は都市としもう社会しゃかいに参加していません。それなのに、都市としもう社会しゃかいの計画に賛同したりして……」
 トウナの問いにクナイスルとソーニャ、ところ構わぬ愛情表現で知られる熱愛夫婦はそろってニッカリと微笑んだ。
 「実は今回こちらにやって来たのは、その件についてご報告するためでもあるのですよ」
 「報告?」
 「はい。我がレムリア伯爵領は、本日をもって都市としもう社会しゃかいへの参加を希望します」
 参加を受け入れていただければ幸いです。
 クナイスルとソーニャ。事実上の国王夫妻であるふたりは、一分の乱れもない見事に調和した声でそう言ってのけた。
 「そう言っていただけるのはもちろん嬉しいですし、歓迎します。ですが……」
 トウナはややとまどいながら答えた。
 「本当によろしいのですか? クナイスル伯爵。あなたは以前、ロウワンに対し『自分は代々、受け継がれてきたこの領地を守らなくてはならない。領地の分割につながりかねない都市としもう社会しゃかいに参加することはできない』と、そうおっしゃったと聞いておりますけど」
 「いや、それが……」
 クナイスルはいきなり、恥ずかしそうに身を縮めた。頬を赤く染めてうつむき、手を頭にやる。まるで、旧悪を暴露ばくろされて恥じ入る一〇代の少年のような態度だった。
 そんな夫を前に、愛妻ソーニャが口元に手を当てて上品に、それでも、イタズラっぽく笑って見せた。
 「それが、この人ったら市民との会談中にキレてしまいましてね」
 「キレた?」
 「……はい」
 トウナが意外な言葉に目を丸くして驚くと、クナイスルは『……面目めんぼくない』とばかりにうなずいて見せた。
 「いや、そんな気はなかったのですよ、本当に。レムリアの領主としてあくまでも冷静に、論理的に、そして、辛抱強く市民の声を聞き、国政に生かそうとしていたのです。ところが……」
 クナイスルはそう言いながらますます縮こまっていく。まるで、その身が伝説のこびとのようになってしまったようだった。
 「その……市民の側の言い分があまりにも要求がましいのでつい、感情的になってしまいましてね。自棄やけ気味になって、言ってしまったのですよ。
 『ああ、わかった、わかった。それなら、貴君たちは貴君たちで好きなように暮らすがいい。レムリアを出てどことなりと行って、そこで自分たちの理想郷を作るがいい。必要な援助はする』と。
 すると……」
 クナイスルはそこまで言うと『クックッ』と、身をよじって笑い出した。可笑おかしくておかしくてたまらないといった様子だった。
 「突然、相手の市民が青ざめましてね。途端におとなしくなったのですよ。あまりの変わり方に一瞬、唖然あぜんとしたほどです。しかし、それでわかったのです。国に対して不平不満を言いつのる人間というのは結局、他人にどうにかしてほしい、自分に対して奉仕してほしいと願っている人種だと言うことが。
 他人に対して『なんとかしろ!』と要求するばかりで、自分でなにかをしようなどという気概きがいは最初から持ち合わせていない。『文句があるならいつでも出て行って、自分の好きな暮らしを作ればいい』と言われれば、すごすごと引きさがるしかない連中だということにね。
 である以上、『いつでも出て行ってくれてかまわない』と言える都市としもう社会しゃかいに参加することこそが国内の不平分子を黙らせ、領地の一体性を確保する最良の手段。そのことがわかったのですよ」
 「なるほど。よくわかります」
 苦笑気味に、それでもにこやかに笑いながらそう言ったのは、ゴンドワナ議長ヘイダールの名代みょうだいロスタムである。
 「確かに、口数の多い人間ほど『では、自分でやってみろ』と言われると逃げ出すものですからね。一番、怖いのは、なにも言わずにいきなり行動する人間です」
 「まったくです。そのことがよくわかりました」
 ロスタムの言葉にクナイスルも笑みを返す。それぞれの国を代表する立場にあるふたりは、互いににこやかな笑みを交わしあったのだった。
 「では、ここに国を超えて大陸鉄道網の建設に邁進まいしんすることが決定したわけですが……」
 ロスタムが言うと、いかにも不機嫌そうな声がした。
 「けっ。人の発案を盗んでおいていい度胸だぜ。やっぱ、商人ってのは盗人ぬすっとの別名だな」
 というブージの不平不満はもちろん、その場にいる全員から無視された。
 ロスタムにいたっては『盗人ぬすっと』とはむしろ、め言葉。商人とは常に他人と利益を競っている存在であり、相手を出し抜いてやろうと虎視こし眈々たんたんと機会をうかがっている存在。まんまと出し抜かれて損をしたならそれは、損をした本人が悪いのだ。
 そういう常識のなかに生まれ、育ってきた。そのロスタムにとって『盗人ぬすっと』扱いとは『うまいこと立ちまわって利益をあげた』という意味であり、商才をめるための賞賛の言葉なのである。
 そのロスタムは、『砂漠の王子さま』と呼ばれる美貌びぼううれいを含んだ表情を浮かべた。その女性たちが見れば『もう死んでもいい!』と思いながら失神するような表情だった。ちなみに、男たちの場合は『死ね!』という思いになる。
 それはともかく、ロスタムは言った。
 「大きな問題があります。大陸全土に鉄道網を建設するとなれば当然、膨大な費用と人手が必要になります。費用に関してはともかく、人手に関してはとても足りているとは言えません」
 ロスタムはそう前置きしてから言った。
 「我がゴンドワナは現在、亡道もうどうつかさとの戦いに備えて必要な物資の調達に奔走ほんそうしています。水、食糧、武器はもちろん、戦争に勝つためにはその他諸々もろもろの物資が必要になります。その調達のために全力を尽くしているところであり、鉄道建設の責任者を選ぶことはできても、充分な数の現場作業員をそろえるのは不可能な状況です」
 「残念ながら、その点に関しては我々も同じです」
 クナイスルがいつもにこやかな顔をめずらしく曇らせた。
 「レムリアは現在、総力をあげて軍備の増強中です。ビーブきょうの尽力によってクベラ山地の野生の鳥獣たちが仲間になってくれたとはいえ、我々自身も準備を怠るわけにはいかない。そのために、民生部門の人手を可能な限り削り、軍にまわしている状況です。この上、鉄道建設の人員を割り振るのは難しいところです」
 すると、それまで発言の機会のなかったセアラと〝ビルダー〟・ヒッグスも口をそろえた。
 「ボクたち、『もうひとつの輝き』にしても人手に余裕があるわけじゃないし……」
 「おれの方も海上鉄道の建設で手一杯だしな。大陸鉄道の建設に手を出せるようになるのはしばらくあとだ」
 セアラは悔しそうに、〝ビルダー〟・ヒッグスは『仕方ない』といった様子で頭をかきながら、そう付け加えた。
 「しかも、状況をかんがみれば、パンゲア領内での鉄道建設こそが最優先だ。しかし、亡道もうどうに侵食され、水も食糧も手に入らなくなっているパンゲア領内でそれだけ大規模な工事を行うとなれば、それだけ多くの水と食糧、物資を輸送しなければならない。それだけでも膨大な人手が必要になる。現状ではとてもそれだけの人手は確保できないだろう」
 〝ビルダー〟・ヒッグスの言葉に――。
 トウナたちは深刻な表情でうなずいた。
 それはまさに、深刻な問題だった。大陸鉄道網の建設。その意義はよくわかっている。なんとしてでも実現するだけの価値があるとわかっている。それなのに、その実現のためにさける人手がないというのだから。
 すると、ブージが他人を小馬鹿にする口調で言った。
 「だから、言ってるだろうが。おれさまに任せりゃいいんだよ。払うもんさえ払ってくれりゃあ、おれさまがきっちり実現してやるぜ」
 「あなただって、人を生みだす魔法を知っているわけではないでしょう」
 得意気なブージに対し、トウナが冷ややかに指摘した。
 「クナイスル伯爵やロスタムきょうが確保できる以上の人手を確保することはできないはずよ」
 「そ、それはまあ、そうなんだけどよ……」
 もっともなことを指摘されて、ブージもさすがに押し黙った。
 その場に沈黙がおりた。
 問題はまたも人手。
 人間の数。
 まったく、深刻な二律にりつ背反はいはんと言えた。亡道もうどうつかさとの戦いに勝つためには当然、軍事力が必要。しかし、軍に人手をさきすぎれば民生部門が弱体化する。食糧や武器、その他の物資を生産する人間がいなくなれば戦い以前に社会体制が崩壊してしまう。かと言って、民生部門を重視しすぎて軍備の増強を怠れば、亡道もうどうつかさの前に呑み込まれてしまう……。
 ――結局、現状では人の数が少なすぎる。軍備と民政、両方を同じように増強することはできない。どちらかを犠牲にしなければならない。でも、どちらを犠牲にしても亡道もうどうつかさとの戦いに勝つことはできない……。
 敗北。
 その場にいる全員の脳裏にその二文字が深々と刻まれた。しかし――。
 事態を一変させる報告がもたらされた。蹴破らんばかりの勢いで扉を開けて、なかに躍り込んできたミッキーが口から泡を飛ばして叫んだのだ。
 「大変だ、トウナ! サラフディンの〝ブレスト〟から連絡が届いた。サラフディン沖に一〇万規模の軍勢を乗せた大船団が表れたそうだ!」
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