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第二部 絆ぐ伝説
第一〇話二一章 三国会議
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その日、トウナの執務室に三人の客人がやって来た。
レムリア伯爵クナイスル。
その妻ソーニャ。
ゴンドワナ議長の名代ロスタム。
その三人である。
部屋の主であるトウナも含めて、国家元首級の大物四人が顔をそろえたことになる。その豪華な顔ぶれにさしもの野放図でいい加減な元海賊たちもいささかなりとも緊張したらしい。物陰に隠れてその姿をチラチラ見ながらささやき声を交わしていた。
とくに緊張していたのはトウナの身辺を守る警護兵たちである。この警護兵たちはプリンス自らが――愛する妻と子を守らせるために――とくに念入りに選抜した精鋭たち。元海賊としては例外的に真面目で規律正しい性格をした『女性』たちである。
海賊の世界には様々な理由で陸の世界から逃れてやって来た女性たちが数多くいる。単に男たちの妻や愛人の立場になって暮らす女たちもいるが、男装して剣を振るい、男たちと同じように戦う『女戦士』も一定数いる。それだけに、トウナの身辺を守る警護兵たちを女性で固めるのはさほど難しいことではなかった。
陸の世界ではこうはいかない。女性兵を選抜しようにもそもそもその女性兵がいないのだから。陸の世界では、軍隊とはあくまでも男たちの世界であって女性たちは入り込むことを許されない。女性兵たちで固めることができるのは、陸の掟に縛られない海の世界ならではのことだと言えた。
その女性兵たちはいま、かつてなく緊張していた。もともと、プリンスからはその任務の重要性をくどいほどに強調されている。プリンスの立場からすれば、自分が戦場にいて妻の側にいられない間、その身を守る警護兵として女性兵を選ぶのは当然だし、妻と子の身を心配するのも当たり前。幾度となく任務の重要性を強調したあげく、
「もし、ふたりの身になにかあったらただではすまさないぞ」
との、脅し付き。
それはもう『そんなに脅したら逆に、怯えて逃げ出してしまうのでは?』と、まわりが心配になるぐらいの目付きで言ってのけたものである。
それだけでも充分に緊張する任務だというのに、よりによって国家元首級がやって来たのだ。それも、三人まとめて。しかも、ゴンドワナとレムリア伯爵領という同盟国の元首級が、である。
もし、この任務に失敗して客人たちの身に危害が加えられる……などと言うことになれば自分の首が飛ぶだけではすまない。同盟関係は一朝にしてくずれ、国同士が入り乱れて相争う事態になりかねない。
いくら、政にはうとい元海賊とはいえ、それぐらいのことはわかる。そして、元海賊としては例外的に生真面目な性格のものばかり。それだけに、緊張もひとしお。顔を真っ青にして、いまにも心臓発作を起こすのではないかと心配になるような表情で警戒に当たっている。
そんな緊張しきった警護兵たちが執務室の扉の前を固めるなか、マタニティドレスに身を包んだトウナは三人の客人を出迎えた。
「クナイスル伯爵。ソーニャ卿。ロスタム卿。本日は遠いところをお出でくださり、ありがとうございます。本来ならばこちらから出向かなければならいところをお呼びだてして申し訳ありませんでした」
ドレスに身を包んで優美に挨拶するその仕種も、その口上も『漁師の島のガキ大将』だった頃のトウナからは考えられないほどに洗練された気品高いものだった。
その姿はまさに一国の主としてふさわしいものであり、トウナがどれほど成長したかを示すものだった。すべては、ロウワンの名代として恥ずかしくないようにと必死に貴族社会の流儀を学んだ結果である。
そんなトウナに対して、レムリア伯爵領の領主であるクナイスルはいつも通りのにこやかで人好きのする笑顔を浮かべた。
「とんでもありません、トウナ卿。あなたはいま、その胎内で我々全員の未来を育てているところではありませんか。そんな重大なことをなさっている方に出向かせるなどとうていできません。当然の顔で迎えてください」
「その通りです」
と、ゴンドワナ議長ヘイダールの名代を務めるロスタム、そのあまりにも幻想的な美貌から『砂漠の王子さま』と呼ばれる青年もまた、にこやかな笑みのなかに砂漠の月のような鋭さを秘めて付け加えた。
「どのみち、我々全員が顔をそろえるためには、誰かが旅をしなくてはならないのです。ならば、身軽な私たちが旅するのが筋というもの。トウナ卿におかれましては、なにひとつお気遣いなさいませぬよう」
そう言って、優美な挨拶する。
その姿は控えめに言っても当代最高の舞台俳優の演技と言ったもので、それを見た女性たちが声もあげずに失神してしまうようなものだった。もし、この場にプリンスがいたらあわてて妻の目を隠していたにちがいない。
しかし、トウナはそんな『砂漠の王子さま』の挨拶にも動じることはなかった。一国の代表としての、また、胎内に命を宿す母としての貫禄を見せつけて、落ち着き払った態度で答えたものである。
「ありがとうございます。皆さまのお気遣いに感謝いたします」
そして、一行は席に着いた。普通、このような場合、飲み物として出されるのは酒、少なくともコーヒーと言ったところだろう。しかし、今回は臨月も近いトウナに気遣って人肌に温めた白湯である。
湯気を立てるほどの熱さはない湯を前にして、一同は車座に座った。今回、クナイスルとソーニャ夫妻、そして、ロスタムが招かれたのはもちろん、ブージから提案のあった大陸鉄道網の建設についてである。出迎えたのはトウナをはじめ発案者であるブージ、技術面を担当するセアラ、そして、現場指揮官となるはずの〝ビルダー〟・ヒッグスの四人である。
会議に先立ち、ソーニャがトウナの腹に目をやった。すっかり丸くふくらんだその腹部を見て、片手を頬に当てて『ホウ』と、息をついた。
「噂には聞いていましたけど……本当に妊娠されていたのですね」
「はい。そろそろ、生まれるはずです」
言われて、ソーニャはまたも息をついた。
「うらやましいですわ。愛する夫の子を身ごもれるなんて。わたしたち夫婦の間にはいまだに子がなくて……こんなに愛しあっているのに子が授からないなんて、わたしに問題があるのかしら?」
「なにを言っているんだ、ソーニャ。君に問題なんてあるはずがないだろう」
クナイスルが妻の言葉に即座に反応した。
「これは神さまの思し召しというものだよ。ふたりきりで愛しあう時間を長くとれるよう神さまが取りはからってくださっているんだ。時期さえ来れば必ず身ごもる。それも、次からつぎへと身ごもって、たくさんの愛する子どもに囲まれることになるよ」
根拠もないのにそう断言するクナイスルであるが、こうも無邪気な確信を込めて言われるとそれが真実のように思えてくるから不思議である。
ソーニャはそんな夫の手を両手で握りしめ、うっとりとした口調で答えた。
「……ありがとう。うれしいわ、クナイスル」
「愛しているよ、ソーニャ」
「愛しているわ、クナイスル」
と、お互いに見つめあい、例によって例のごとくところかまわず♡をまき散らす熱愛夫婦であった。
これが『恥じらい』などというよけいな感情をもたないビーブたちであれば、自分たちも一緒になって見つめあい、負けじと♡を飛ばしまくっていたことだろう。しかし、人間となればそうはいかない。
あまりの熱愛振りにトウナ、セアラ、〝ビルダー〟・ヒッグスの三人は一斉に頬を真っ赤にして汗を噴きだし、火照った顔を手でパタパタあおいで少しでも冷まそうとしている。
そんな様子に気づいて『あ、ごめんなさい』などと言って恥じらうのは普通の熱愛夫婦。筋金入りの熱愛夫婦であるクナイスルとソーニャはまわりのそんな様子にますます見せつけてやろうとでも言うかのように見つめあう。
「けっ、やってられっか」
ブージがふてくされてふんぞり返った。一国の元首夫妻を相手にあまりと言えばあまりに無礼な態度だが、
「まあ、この場合、悪いのはご夫妻ですしね」
と、ロスタムがにこやかな笑みのなかに怖いものを潜ませて言ったとおり、ブージを責めるものは誰もいなかった。『嫌われる天才』ブージが他人から責められないなど実は、驚天動地の出来事なのだが。
ともあれ、会議ははじまった。
トウナが大陸鉄道網の建設について語ると、そこはさすがに賢明で明敏な国家元首級の大物たち。くわしく説明されるまでもなくその利点を理解し、即座に膝を打った。
「なるほど。大陸中の都市と都市を鉄道でつなげる。それができれば確かにこれまでよりもずっと速く、多くの物を運べるわけですね」
クナイスルが言うと、ロスタムもその美貌に納得の表情を浮かべてうなずいた。
「なにより、安全を保証できるのが大きいですね。商人にとって荷物の輸送中に襲われるのは永遠の悪夢。武装した列車に兵たちを乗せて守りながら移動できるとなれば、その危険はずっと少なくなる。安全が保証されれば輸送にかかる費用は少なくなりますし、それだけ安い価格で販売することができるようになる。流通はますます盛んになることでしょう」
「へへっ、そういうこったぜ」
と、ブージが舌なめずりしながら欲望まみれの汚れた笑みを浮かべた。
「と言うわけだからよ。あんたたちにもこの計画にひとかみしてもらいてえってわけさ」
そのブージの言い草に、
「あら」
と、ソーニャが笑みを浮かべた。一見、優美な、しかしその実、殺意満々の怖い笑みだった。右手を卓の下に隠しているのは、ドレスの下に忍ばせた暗器に指をふれさせているからである。
「協力を求めようという相手を『あんた』呼ばわりするような下品な人の言うことなど、信用していいものでしょうか?」
言われて、ブージは思いきり顔をしかめた。
サルであるビーブに対しては非礼をとがめるようなことは一切しなかったソーニャだというのに、ブージに対してはあからさまに非難する。人間という人間を、そんな気にさせるのがブージという生き物なのだった。
「発案者の品性はともかく……」
トウナがかばうどころかとどめを刺した。言われてブージはへこんで見せたが、そんなことはトウナの知ったことではない。
「大陸鉄道網の建設それ自体はまちがいなく全人類社会にとっての利益となります。同意してくだいますか?」
「もちろんです」
クナイスル、ソーニャ、ロスタムの三人がそろってうなずいた。その表情ははっきりと決意を固めたもので、三人のなかで鉄道網の建設がすでに決定事項になっていることを告げていた。
「鉄道網の利点を考えれば同意する以外の答えはありません。我々はこれより全力で鉄道網の建設に邁進します」
ロスタムが代表するように答えた。すると途端にブージが欲望にまみれたおとなの笑みを浮かべて食いついた。
「それじゃあ、おれさまに任せくれるってわけだな」
「ええ」
と、ロスタムはにこやかな、しかし、その裏にゾッとするほど冷たい牙を宿した笑みを浮かべて言った。
「すぐにゴンドワナ内で業者を選び、着工の準備をします」
「おい!」
と、ブージは叫んだ。
「なんだよ、そりゃあ! 言い出したのはおれだぞ。おれに任せるのが筋ってもんだろうがよ」
ブージの叫びに対してロスタムは、譲ることのない笑みをたたえながら答えた。
「さて。なぜ、そんな必要があるのです? ゴンドワナ内での事業はゴンドワナ商人の手で行う。それが、当たり前でしょう。ゴンドワナには優秀で信用のおける商人が何人もいるのですからね」
「レムリアも同様です。国内に信用のおける人物がいる以上、わざわざ他国の人物に任せる理由はありませんからね」
ソーニャも上品に微笑みながらその実、ドレスの下に忍ばせた暗器に手をやりながら言った。
ブージはたちまち泣き出しそうな表情。
「そ、そんなあ。それじゃあ、おれさまの稼ぎは。ガッポガッポは……」
「あきらめなさい」
トウナが冷ややかに言った。
「自力では鉄道を建設できない小国は幾つもあるわ。それらの国から請け負うことで満足するのね」
そんな国ではまともな代価は支払えないから、ほとんど字腹を切っての事業になるけど。
トウナに冷ややかにそう言われ――。
ブージはすっかりションボリしてしまった。イタズラを叱られた子ネコのように……と言えば、トウナとセアラ、パット、ついでにソーニャも口をそろえて言うにちがいない。
「そんな、かわいいもんですか」
レムリア伯爵クナイスル。
その妻ソーニャ。
ゴンドワナ議長の名代ロスタム。
その三人である。
部屋の主であるトウナも含めて、国家元首級の大物四人が顔をそろえたことになる。その豪華な顔ぶれにさしもの野放図でいい加減な元海賊たちもいささかなりとも緊張したらしい。物陰に隠れてその姿をチラチラ見ながらささやき声を交わしていた。
とくに緊張していたのはトウナの身辺を守る警護兵たちである。この警護兵たちはプリンス自らが――愛する妻と子を守らせるために――とくに念入りに選抜した精鋭たち。元海賊としては例外的に真面目で規律正しい性格をした『女性』たちである。
海賊の世界には様々な理由で陸の世界から逃れてやって来た女性たちが数多くいる。単に男たちの妻や愛人の立場になって暮らす女たちもいるが、男装して剣を振るい、男たちと同じように戦う『女戦士』も一定数いる。それだけに、トウナの身辺を守る警護兵たちを女性で固めるのはさほど難しいことではなかった。
陸の世界ではこうはいかない。女性兵を選抜しようにもそもそもその女性兵がいないのだから。陸の世界では、軍隊とはあくまでも男たちの世界であって女性たちは入り込むことを許されない。女性兵たちで固めることができるのは、陸の掟に縛られない海の世界ならではのことだと言えた。
その女性兵たちはいま、かつてなく緊張していた。もともと、プリンスからはその任務の重要性をくどいほどに強調されている。プリンスの立場からすれば、自分が戦場にいて妻の側にいられない間、その身を守る警護兵として女性兵を選ぶのは当然だし、妻と子の身を心配するのも当たり前。幾度となく任務の重要性を強調したあげく、
「もし、ふたりの身になにかあったらただではすまさないぞ」
との、脅し付き。
それはもう『そんなに脅したら逆に、怯えて逃げ出してしまうのでは?』と、まわりが心配になるぐらいの目付きで言ってのけたものである。
それだけでも充分に緊張する任務だというのに、よりによって国家元首級がやって来たのだ。それも、三人まとめて。しかも、ゴンドワナとレムリア伯爵領という同盟国の元首級が、である。
もし、この任務に失敗して客人たちの身に危害が加えられる……などと言うことになれば自分の首が飛ぶだけではすまない。同盟関係は一朝にしてくずれ、国同士が入り乱れて相争う事態になりかねない。
いくら、政にはうとい元海賊とはいえ、それぐらいのことはわかる。そして、元海賊としては例外的に生真面目な性格のものばかり。それだけに、緊張もひとしお。顔を真っ青にして、いまにも心臓発作を起こすのではないかと心配になるような表情で警戒に当たっている。
そんな緊張しきった警護兵たちが執務室の扉の前を固めるなか、マタニティドレスに身を包んだトウナは三人の客人を出迎えた。
「クナイスル伯爵。ソーニャ卿。ロスタム卿。本日は遠いところをお出でくださり、ありがとうございます。本来ならばこちらから出向かなければならいところをお呼びだてして申し訳ありませんでした」
ドレスに身を包んで優美に挨拶するその仕種も、その口上も『漁師の島のガキ大将』だった頃のトウナからは考えられないほどに洗練された気品高いものだった。
その姿はまさに一国の主としてふさわしいものであり、トウナがどれほど成長したかを示すものだった。すべては、ロウワンの名代として恥ずかしくないようにと必死に貴族社会の流儀を学んだ結果である。
そんなトウナに対して、レムリア伯爵領の領主であるクナイスルはいつも通りのにこやかで人好きのする笑顔を浮かべた。
「とんでもありません、トウナ卿。あなたはいま、その胎内で我々全員の未来を育てているところではありませんか。そんな重大なことをなさっている方に出向かせるなどとうていできません。当然の顔で迎えてください」
「その通りです」
と、ゴンドワナ議長ヘイダールの名代を務めるロスタム、そのあまりにも幻想的な美貌から『砂漠の王子さま』と呼ばれる青年もまた、にこやかな笑みのなかに砂漠の月のような鋭さを秘めて付け加えた。
「どのみち、我々全員が顔をそろえるためには、誰かが旅をしなくてはならないのです。ならば、身軽な私たちが旅するのが筋というもの。トウナ卿におかれましては、なにひとつお気遣いなさいませぬよう」
そう言って、優美な挨拶する。
その姿は控えめに言っても当代最高の舞台俳優の演技と言ったもので、それを見た女性たちが声もあげずに失神してしまうようなものだった。もし、この場にプリンスがいたらあわてて妻の目を隠していたにちがいない。
しかし、トウナはそんな『砂漠の王子さま』の挨拶にも動じることはなかった。一国の代表としての、また、胎内に命を宿す母としての貫禄を見せつけて、落ち着き払った態度で答えたものである。
「ありがとうございます。皆さまのお気遣いに感謝いたします」
そして、一行は席に着いた。普通、このような場合、飲み物として出されるのは酒、少なくともコーヒーと言ったところだろう。しかし、今回は臨月も近いトウナに気遣って人肌に温めた白湯である。
湯気を立てるほどの熱さはない湯を前にして、一同は車座に座った。今回、クナイスルとソーニャ夫妻、そして、ロスタムが招かれたのはもちろん、ブージから提案のあった大陸鉄道網の建設についてである。出迎えたのはトウナをはじめ発案者であるブージ、技術面を担当するセアラ、そして、現場指揮官となるはずの〝ビルダー〟・ヒッグスの四人である。
会議に先立ち、ソーニャがトウナの腹に目をやった。すっかり丸くふくらんだその腹部を見て、片手を頬に当てて『ホウ』と、息をついた。
「噂には聞いていましたけど……本当に妊娠されていたのですね」
「はい。そろそろ、生まれるはずです」
言われて、ソーニャはまたも息をついた。
「うらやましいですわ。愛する夫の子を身ごもれるなんて。わたしたち夫婦の間にはいまだに子がなくて……こんなに愛しあっているのに子が授からないなんて、わたしに問題があるのかしら?」
「なにを言っているんだ、ソーニャ。君に問題なんてあるはずがないだろう」
クナイスルが妻の言葉に即座に反応した。
「これは神さまの思し召しというものだよ。ふたりきりで愛しあう時間を長くとれるよう神さまが取りはからってくださっているんだ。時期さえ来れば必ず身ごもる。それも、次からつぎへと身ごもって、たくさんの愛する子どもに囲まれることになるよ」
根拠もないのにそう断言するクナイスルであるが、こうも無邪気な確信を込めて言われるとそれが真実のように思えてくるから不思議である。
ソーニャはそんな夫の手を両手で握りしめ、うっとりとした口調で答えた。
「……ありがとう。うれしいわ、クナイスル」
「愛しているよ、ソーニャ」
「愛しているわ、クナイスル」
と、お互いに見つめあい、例によって例のごとくところかまわず♡をまき散らす熱愛夫婦であった。
これが『恥じらい』などというよけいな感情をもたないビーブたちであれば、自分たちも一緒になって見つめあい、負けじと♡を飛ばしまくっていたことだろう。しかし、人間となればそうはいかない。
あまりの熱愛振りにトウナ、セアラ、〝ビルダー〟・ヒッグスの三人は一斉に頬を真っ赤にして汗を噴きだし、火照った顔を手でパタパタあおいで少しでも冷まそうとしている。
そんな様子に気づいて『あ、ごめんなさい』などと言って恥じらうのは普通の熱愛夫婦。筋金入りの熱愛夫婦であるクナイスルとソーニャはまわりのそんな様子にますます見せつけてやろうとでも言うかのように見つめあう。
「けっ、やってられっか」
ブージがふてくされてふんぞり返った。一国の元首夫妻を相手にあまりと言えばあまりに無礼な態度だが、
「まあ、この場合、悪いのはご夫妻ですしね」
と、ロスタムがにこやかな笑みのなかに怖いものを潜ませて言ったとおり、ブージを責めるものは誰もいなかった。『嫌われる天才』ブージが他人から責められないなど実は、驚天動地の出来事なのだが。
ともあれ、会議ははじまった。
トウナが大陸鉄道網の建設について語ると、そこはさすがに賢明で明敏な国家元首級の大物たち。くわしく説明されるまでもなくその利点を理解し、即座に膝を打った。
「なるほど。大陸中の都市と都市を鉄道でつなげる。それができれば確かにこれまでよりもずっと速く、多くの物を運べるわけですね」
クナイスルが言うと、ロスタムもその美貌に納得の表情を浮かべてうなずいた。
「なにより、安全を保証できるのが大きいですね。商人にとって荷物の輸送中に襲われるのは永遠の悪夢。武装した列車に兵たちを乗せて守りながら移動できるとなれば、その危険はずっと少なくなる。安全が保証されれば輸送にかかる費用は少なくなりますし、それだけ安い価格で販売することができるようになる。流通はますます盛んになることでしょう」
「へへっ、そういうこったぜ」
と、ブージが舌なめずりしながら欲望まみれの汚れた笑みを浮かべた。
「と言うわけだからよ。あんたたちにもこの計画にひとかみしてもらいてえってわけさ」
そのブージの言い草に、
「あら」
と、ソーニャが笑みを浮かべた。一見、優美な、しかしその実、殺意満々の怖い笑みだった。右手を卓の下に隠しているのは、ドレスの下に忍ばせた暗器に指をふれさせているからである。
「協力を求めようという相手を『あんた』呼ばわりするような下品な人の言うことなど、信用していいものでしょうか?」
言われて、ブージは思いきり顔をしかめた。
サルであるビーブに対しては非礼をとがめるようなことは一切しなかったソーニャだというのに、ブージに対してはあからさまに非難する。人間という人間を、そんな気にさせるのがブージという生き物なのだった。
「発案者の品性はともかく……」
トウナがかばうどころかとどめを刺した。言われてブージはへこんで見せたが、そんなことはトウナの知ったことではない。
「大陸鉄道網の建設それ自体はまちがいなく全人類社会にとっての利益となります。同意してくだいますか?」
「もちろんです」
クナイスル、ソーニャ、ロスタムの三人がそろってうなずいた。その表情ははっきりと決意を固めたもので、三人のなかで鉄道網の建設がすでに決定事項になっていることを告げていた。
「鉄道網の利点を考えれば同意する以外の答えはありません。我々はこれより全力で鉄道網の建設に邁進します」
ロスタムが代表するように答えた。すると途端にブージが欲望にまみれたおとなの笑みを浮かべて食いついた。
「それじゃあ、おれさまに任せくれるってわけだな」
「ええ」
と、ロスタムはにこやかな、しかし、その裏にゾッとするほど冷たい牙を宿した笑みを浮かべて言った。
「すぐにゴンドワナ内で業者を選び、着工の準備をします」
「おい!」
と、ブージは叫んだ。
「なんだよ、そりゃあ! 言い出したのはおれだぞ。おれに任せるのが筋ってもんだろうがよ」
ブージの叫びに対してロスタムは、譲ることのない笑みをたたえながら答えた。
「さて。なぜ、そんな必要があるのです? ゴンドワナ内での事業はゴンドワナ商人の手で行う。それが、当たり前でしょう。ゴンドワナには優秀で信用のおける商人が何人もいるのですからね」
「レムリアも同様です。国内に信用のおける人物がいる以上、わざわざ他国の人物に任せる理由はありませんからね」
ソーニャも上品に微笑みながらその実、ドレスの下に忍ばせた暗器に手をやりながら言った。
ブージはたちまち泣き出しそうな表情。
「そ、そんなあ。それじゃあ、おれさまの稼ぎは。ガッポガッポは……」
「あきらめなさい」
トウナが冷ややかに言った。
「自力では鉄道を建設できない小国は幾つもあるわ。それらの国から請け負うことで満足するのね」
そんな国ではまともな代価は支払えないから、ほとんど字腹を切っての事業になるけど。
トウナに冷ややかにそう言われ――。
ブージはすっかりションボリしてしまった。イタズラを叱られた子ネコのように……と言えば、トウナとセアラ、パット、ついでにソーニャも口をそろえて言うにちがいない。
「そんな、かわいいもんですか」
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