壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第一〇話二〇章 大陸鉄道

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 「大陸鉄道網の建設?」
 「そうよ!」
 眉をひそめて尋ね返すトウナに対し、ブージは自慢気にそっくり返った。その顔には金への欲望にまみれた汚れたおとなの笑みが張りついている。
 セアラ以下、その場に並ぶ誰もがそんなブージのことをうさん臭い、どうにも信用できないという視線でにらんでいたが、そんなもので恥じ入るほどブージのつらかわは薄くない。金城鉄壁の防御ですべての視線を跳ね返し、ふんぞり返ったままつづけた。
 「大陸鉄道網の建設。おれがそのための会社をおこし、大陸中の都市を鉄道でつなげる。そのために出資してほしいってわけさ」
 ブージはそう言ってからつづけた。
 「都市としもう社会しゃかいの柱のひとつは領土の否定。領土があるから、領土をめぐっての争いが起こる。だったら、領土をなくしちまえばいい。だろう?」
 「ええ。そのとおりよ」
 ブージの言葉にトウナはうなずいた。
 「そして、領土とはすなわち交通網。人・物・情報の行き来の安全を保証するために、この範囲内の交通網の維持管理はこいつが責任をもつ。そう定めたものが領土。そうだったよな?」
 「都市としもう社会しゃかいの考えではね」
 「では、領土をなくすためにはどうするか? 交通網の維持管理を国ではなく、民間の会社に任せる。そうすることで都市と、都市と都市をつなぐ道路『のみ』で成立する社会を作り、面としての領土をなくす。そういうことだったよな?」
 「現状での考えのひとつとしてはね」
 トウナはなかなかに慎重な答え方をした。
 「将来的にはすべての人・物・情報の行き来を空を飛んで行えるようにしたい。空を飛んで移動できるなら道路すらいらなくなるから。それが、ロウワンの考え、希望よ」
 トウナのその言葉に悔しさ満点の表情で答えたのは『もうひとつの輝き』のおさ代理、自称・科学大好き少女である科学者、セアラだった。
 「……空を飛んで移動か。その方法についても研究はしているけど、実用化にはまだまだなんだよね。実際に人を空を飛んで運べるようにするためにはまだ何十年、へたしたら何百年っていう時間がかかるだろうね」
 悔しいけど、と、セアラは唇を噛みしめながら付け加えた。
 「そう。いまの状況では人は地べたをひいこら言いながら歩いて移動するしかねえ」
 ブージがここぞとばかりに得意気に言った。ますますふんぞり返った小憎らしい態度であり、セアラでなくても『ふんぞり返りすぎて、そのまま倒れてくたばっちまえ!』と思うような姿だった。
 もちろん、つらかわの厚さには定評のあるブージのこと。他人にどう思われようと気にしない。金への欲望にまみれた笑顔を浮かべたまま、舌なめずりしながらつづけた。そういう欲望に正直すぎる下品さが一般的な良識をもった人々、とくに女性からの嫌悪と反感を買うのだが。
 ともあれ、ブージは説明をつづけた。
 「だが、地べたを歩いて移動するのは大変なこった。時間もかかるし、ろくな荷も運べねえ。なにより、身の安全が保証できねえ。いつ、怪我や病気に襲われるかも知れねえし、盗賊の群れに狙われるかも知れねえ。かと言って、大陸中の道路に軍隊を配置して安全を守る……なんてのは無理な話だ。そんなことしたらいくらあっても給料の支払いが足りねえ」
 「たしかに」
 と、今度は財政担当のタングスが心からの同意を込めてうなずいた。
 「大陸中の道路をすべてつなげれば、無限と言ってもいいほどの面積になります。そのすべてに兵を配置し、安全を守るなど不可能。資金と人手がいくらあっても足りません」
 「そういうこった。そこで、鉄道網よ。大陸中に鉄道を張り巡らせて都市と都市をつなげるのさ。そうすりゃあ、歩きや馬車よりずっと速く、しかも、大量の人・物・情報を運ぶことができる。金属の塊である列車のなかにいりゃあ、盗賊どもだっておいそれと手は出せねえ。列車自体を武装させて兵を乗り込ませておけゃあ、護衛の兵も常に一緒に移動するわけだから最小限の給料で安全を保証できるってわけだ。どうだい? こいつはやらねえ手はねえだろう?」
 ニヤリ、と、欲望にまみれた汚れた笑顔を浮かべながらブージは言う。その笑顔には誰もが嫌悪と反発を感じたが、それはそれとしていくつもの同意のうなずきが行われた。
 「確かに。その仕組みなら最小限の人と資金で最大の効果を得ることができます」と、財政担当のタングスが落ち着き払って言った。
 「いいね! 都市と都市を鉄道で結びつければ、それと一緒に電話線を引くこともできる。維持管理もずっとしやすくなるし、大陸中で会話ができる時代が来るよ」と、セアラがはしゃいだ。
 「すばらしい! そうなれば、大陸中のすべての人々に優れた教育を提供できるようになります」と、教育担当のパットが誇らしげに胸をそらした。
 「亡道もうどうつかさとの戦いにも役立つしな」と、自由の国リバタリア第二代提督〝ブレスト〟・ザイナブの補佐を務めるミッキーが言った。
 「パンゲア内は亡道もうどう世界せかいに侵食されてすっかりかわっちまってる。水も、食糧も、現地では調達できない。戦いに必要なものはすべて、こちらから送り込まなきゃならない。その量は膨大なものになる。徒歩や馬車ではとてもじゃないが間に合わねえ。パンゲア内に築いた拠点同士を鉄道でつなぐことができりゃあ、物資の輸送も、新兵の補充も、ずっと楽になる」
 それはまさに、亡道もうどうつかさとの戦いの勝敗をわける要因だった。
 「おれも賛成だ」と、〝ビルダー〟・ヒッグスが心躍らせる表情で言った。
 「大陸中のすべての都市を鉄道でつなげる。鉄道技師としてこんなに心躍る浪漫ろまんはない。ぜひとも挑戦したい」
 「患者の搬送と医師の移動。それらにも役立つしの」と、ドク・フィドロがいつもの好々爺こうこうやぜんとした柔和にゅうわな笑みを浮かべた。
 「鉄道網が整備されれば、大陸中の端から端まで新聞を届けることができるわけだ。大陸中の人間が知識と情報を共有し、団結して行動できるようになる。そいつはいいな」と、ハーミドが勢い込んで言った。
 大陸鉄道網の建設。
 それには、誰もが賛成というわけだ。仲間たちが皆、その気になっている以上、トウナとしても無下むげにはできない。もちろん、トウナにしても大陸中の都市を鉄道でつなげることの有益さはよくわかる。賛成する理由は幾つもあるが、反対する理由はない。とはいえ――。
 トウナとしてはやはり、聞いておきたいことがあった。
 「大陸鉄道網を建設する意義はよくわかったわ。でも、ブージ」
 「なんだい、雇い主さん?」
 「あなた、なんでそんなことをやろうと思ったの」
 「決まってるじゃねえか」
 ブージはニヤリと笑って言ってのけた。
 「おれさまの願いは常にひとつ! 金よ。金だけよ! おれさまの会社が大陸中の鉄道網を建設し、管理する。そうなりゃあ、大陸中のすべての流通をおれさまが握ることになるわけだ。いくらでも稼ぎ放題、ガッポガッポってもんだぜ」
 ブージはそう言って高笑いする。その姿ときたらセアラなどが『発想は気に入ったけど、こいつ自身はやっぱりきらい』と改めて思うぐらい下品なものだった。
 「よし! 鉄道網の建設は、ボクたち『もうひとつの輝き』が請け負うよ。科学技術にかけてはボクたちが専門家だからね」
 セアラのその言葉に、ブージはあわてて口をはさんだ。
 「お、おいおい、そりゃあねえだろう。発案者はおれだぜ。それを横取りするなんてあんまりだろう。なあ、雇い主さんよ?」
 「そうね」
 と、トウナは――しぶしぶという感じだったが――ブージの言葉の正しさを認めてうなずいた。
 「たしかに、発案者をのけ者にするわけにはいかないわね」
 「その点に関しては、わたしも同感です」
 と、パットが『その点』と強調しながら言った。
 「発案者の功績が横取りされるようでは、誰も新しい発案をしようなどとは思わなくなるでしょう。セアラさん。不本意なのは何重にもわかりますがここは、その人に任せるべきです」
 「むうう……」
 と、セアラはいかにも不本意そうにうなった。
 ブージのやつに金儲けなんてさせてやりたくはない。でも、パットの言葉の正しさはわかる。その葛藤かっとうからの呻き声だった。
 「そうだろう、そうだろう。さすがにわかってるじゃねえか」
 ブージはそう言って笑ったが、トウナはやけに真剣に考え込む表情になった。顎に指を当ててポツリと呟いた。
 「……でも、発案者が急死してしまえば」
 「うおい!」
 「冗談よ」
 トウナは顔色ひとつかえずにそう言ったが、その場の誰ひとりとして『冗談』などとは思わなかった。
 「大陸鉄道網の建設。その意義はよくわかったわ。たしかに、全力をあげて実現させるだけの価値はある。でも、大陸規模となるとわたしたちだけで進められることじゃない。すぐにゴンドワナとレムリアに使者を送って。各国と連携して実現に取り組むわ」
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