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第二部 絆ぐ伝説
第一〇話一七章 世界大会を
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「都市網社会の柱は、
住み分け。
領土の否定。
流動性秩序。
この三つなわけだけど……」
トウナはこの場にいるものなら誰もが重々、承知していることを改めて口にした。
「住み分けと領土の否定に関しては、他の国とも交渉しながら進めていくしかない。いま、この場でどうこうできることではないわね。わたしたちで進められるのは流動性秩序なわけだけど……」
世界は車輪。
それが、都市網社会の理念。
車輪の下にいるものは上に行こうとして車輪をまわそうとし、
車輪の上にいるものはその立場を守ろうとして車輪をとまったままにしようとする。
そのふたつの力がぶつかり合えば、車輪は壊れるしかない。車輪を壊さないためには車輪をとめないこと。まわしつづけること。下が上となり、上が下となり、また上になる。立場が固定されることなく常にまわりつづけ、入れ替わる。そうすることで人と人の争いを起こさず、一定の秩序を保ちつづける。
それが、流動性秩序。
その流動性秩序を実現し、有効性を示すことで他の国々を説得し、世界中に広めていく。
それが、都市網社会の目的。
――でも、どうやって?
トウナは思う。
それはまさに、深刻な疑問だった。
立場を固定せず、貧乏人が金持ちとなり、奴隷が王となれる。そんな世界を作る。
口で言うのは簡単だし、熱烈に支持する人間も多いだろう。しかし、いざ実現しようとすれば、これほどむずかしい問題もないだろう。
人間は失うことを恐れる。
生命を、
若さを、
立場を、
財産を、
その他、自分のもてるものすべて。
それがなんであれ、いまもっているものを失うことを恐れる。失うことを恐れ、抵抗する。なにひとつ失わずにすむようにしようとする。
それが、人間というもの。
流動性秩序はそんな人間の性に真っ向から反対する。
本性とは真逆の行動を要求する。
流動性秩序の在り方に賛成するものたちもいざ、自分が車輪の上に立つ立場になればその立場を守ろうとする。車輪の下という苦しみを知るだけによけい、立場を失うことを恐れ、車輪をとどめ、立場の入れ替わることのない固定された秩序を求めるようになる。
そして、新たに車輪の下になったものたちと争いになり車輪を、つまりは世界そのものを壊す結果になる。
それが、人の世の歴史。
その繰り返しを終わらせ、誰もが立場が入れ替わることを受け入れる社会を作る。
それが、流動性秩序を築きあげるということ。
――そんなことがどうやったらできるのか。
トウナが頭を抱えたくなるのも無理はない。そんなことにハッキリした答えを出すことのできる人間などこの世にいないだろう。
しかし、この場にただひとり、その問いに対して自分なりの答えをもっているものがいた。
自由の国においてグラウンド・ボールのコーチを務めるフーマンである。
「おれから提案がある」
フーマンはそう前置きしてからつづけた。
「グラウンド・ボールの世界大会を開きたい」
それが、フーマンの提案だった。
フーマンはかつては『英雄』と呼ばれるほどに名の知れたサッカー選手だった。現役を引退後『スポーツを通じて世界に貢献したい』との思いから自由の国へとやって来た。
年齢や性別を問わず、誰もが楽しめるスポーツとしてグラウンド・ボールを考案し、医療都市イムホテピアの医療学校や天詠みの学究院で生徒たちにグラウンド・ボールを教えている。
そのグラウンド・ボールの世界大会を開きたい。
フーマンはそう言ったのだ。
「世界大会?」
トウナは眉をひそめた。それも無理はない。というより、当然すぎるぐらい当然だった。
なにしろ、グラウンド・ボールはサッカーなどとちがい歴史と伝統あるスポーツではない。フーマンが考案したスポーツであり、プレイする人間がいるのはイムホテピアと天詠みの学究院ぐらいなのだから。世界大会など開けるはずもない。
もちろん、フーマンはそんなことは百も承知。その上での提案だった。
フーマンは自分の思いを語った。
「現状で世界大会など開けるはずもない。それはわかっている。なにしろ、グラウンド・ボールを知っているのは、イムホテピアの医療学校の生徒と天詠みの学究院の生徒ぐらいなんだからな。現状で世界大会を開いたところで出場できるのはこの二チームだけだ」
「だったら……」
言いかけたトウナを、フーマンは片手をあげて制した。真剣そのものの表情で言った。
「だが、だからこそあえて『世界大会』と銘打つことが必要だと考える。グラウンド・ボールを世界に広め、本当の意味での世界大会を開けるようにする。その覚悟を示すために」
自らの覚悟を示すかのようにそう言いきってから、フーマンはさらにつづけた。
「グラウンド・ボールに限らず、スポーツの世界は流動性秩序そのものだ。一位が最下位になり、最下位が一位になる。その繰り返し。いま、一位にいるからと言って『自分は永遠の一位だ。その座をおりることはないし、他人が挑戦してくることも認めない』などと言うことは、スポーツの世界では許されない。そのスポーツの世界では許されないことが行われているのが人の世というものだ。
だから、スポーツを広め、スポーツの精神を人々に植えつけることで、一位が最下位となり、最下位が一位となる世界を受け入れる土壌を作る。それが、自由の国におけるおれの目的だ。
もちろん、こんなことは亡道の司との戦いに対してはなんの役にも立たない。
『そんなことは後回しにしろ!』
そう叫ぶ人間もいるだろう。だが、あえて、行う。亡道の司との戦いは、望む未来を得るための手段に過ぎない。我々の目的はあくまでも『人と人が争う必要のない世界を作る』ことなのだと示しつづけるために」
「その思いの象徴として、あえて世界大会と銘打つ。そう言うこと?」
「そうだ」
トウナの質問に対し、フーマンは限りない誇りを込めてうなずいた。かつて、実際に英雄と呼ばれ、スポーツに人生を捧げた人間だからこそ示すことのできる誇りだった。
「わたしもフーマン卿に賛成します」
同じぐらい胸を張ってそう言ったのは、教育担当のパットだった。
「生徒たちに必要なのは学問だけではありません。スポーツを通じて得られる精神もまた重要です。とくに『良き敗者を作る』というフーマン卿の理念には、わたしとしても全面的に共感できますから」
スポーツの目的は『良き敗者』を作ること。
良き敗者とは、相手の強さを認め、自分の敗北を受け入れ、いつか自分が勝者になるためにたゆまぬ努力をつづけることのできる人間。そんな人間だけが勝って相手を見下さず、自分が負ける番になったときに敗北を受け入れることのできる良き勝者となれる。
それが、フーマンの理念だった。
「スポーツは失うことを恐れない心を育てる役にも立つ。それが、あなたの持論だったわね。フーマン」
「そうだ」
と、フーマンはトウナの言葉にうなずいた。
「スポーツは喪失の物語だ。どんな名選手もいずれは歳老い、それまでのようなプレイができなくなる。英雄の座を退き、新しい英雄にその座をゆずらなくてはならなくなる。永遠に英雄であること、永遠に勝者であることなど許されない。そんなスポーツの世界に馴染んでいれば、失うことへの耐性もつくはずだ」
「わかったわ」
今度は、トウナがフーマンの言葉にうなずく番だった。
「確かに『人と人が争う必要のない世界を作る』という目的を象徴する行為は有益だものね。グラウンド・ボールの世界大会を開催しましょう」
住み分け。
領土の否定。
流動性秩序。
この三つなわけだけど……」
トウナはこの場にいるものなら誰もが重々、承知していることを改めて口にした。
「住み分けと領土の否定に関しては、他の国とも交渉しながら進めていくしかない。いま、この場でどうこうできることではないわね。わたしたちで進められるのは流動性秩序なわけだけど……」
世界は車輪。
それが、都市網社会の理念。
車輪の下にいるものは上に行こうとして車輪をまわそうとし、
車輪の上にいるものはその立場を守ろうとして車輪をとまったままにしようとする。
そのふたつの力がぶつかり合えば、車輪は壊れるしかない。車輪を壊さないためには車輪をとめないこと。まわしつづけること。下が上となり、上が下となり、また上になる。立場が固定されることなく常にまわりつづけ、入れ替わる。そうすることで人と人の争いを起こさず、一定の秩序を保ちつづける。
それが、流動性秩序。
その流動性秩序を実現し、有効性を示すことで他の国々を説得し、世界中に広めていく。
それが、都市網社会の目的。
――でも、どうやって?
トウナは思う。
それはまさに、深刻な疑問だった。
立場を固定せず、貧乏人が金持ちとなり、奴隷が王となれる。そんな世界を作る。
口で言うのは簡単だし、熱烈に支持する人間も多いだろう。しかし、いざ実現しようとすれば、これほどむずかしい問題もないだろう。
人間は失うことを恐れる。
生命を、
若さを、
立場を、
財産を、
その他、自分のもてるものすべて。
それがなんであれ、いまもっているものを失うことを恐れる。失うことを恐れ、抵抗する。なにひとつ失わずにすむようにしようとする。
それが、人間というもの。
流動性秩序はそんな人間の性に真っ向から反対する。
本性とは真逆の行動を要求する。
流動性秩序の在り方に賛成するものたちもいざ、自分が車輪の上に立つ立場になればその立場を守ろうとする。車輪の下という苦しみを知るだけによけい、立場を失うことを恐れ、車輪をとどめ、立場の入れ替わることのない固定された秩序を求めるようになる。
そして、新たに車輪の下になったものたちと争いになり車輪を、つまりは世界そのものを壊す結果になる。
それが、人の世の歴史。
その繰り返しを終わらせ、誰もが立場が入れ替わることを受け入れる社会を作る。
それが、流動性秩序を築きあげるということ。
――そんなことがどうやったらできるのか。
トウナが頭を抱えたくなるのも無理はない。そんなことにハッキリした答えを出すことのできる人間などこの世にいないだろう。
しかし、この場にただひとり、その問いに対して自分なりの答えをもっているものがいた。
自由の国においてグラウンド・ボールのコーチを務めるフーマンである。
「おれから提案がある」
フーマンはそう前置きしてからつづけた。
「グラウンド・ボールの世界大会を開きたい」
それが、フーマンの提案だった。
フーマンはかつては『英雄』と呼ばれるほどに名の知れたサッカー選手だった。現役を引退後『スポーツを通じて世界に貢献したい』との思いから自由の国へとやって来た。
年齢や性別を問わず、誰もが楽しめるスポーツとしてグラウンド・ボールを考案し、医療都市イムホテピアの医療学校や天詠みの学究院で生徒たちにグラウンド・ボールを教えている。
そのグラウンド・ボールの世界大会を開きたい。
フーマンはそう言ったのだ。
「世界大会?」
トウナは眉をひそめた。それも無理はない。というより、当然すぎるぐらい当然だった。
なにしろ、グラウンド・ボールはサッカーなどとちがい歴史と伝統あるスポーツではない。フーマンが考案したスポーツであり、プレイする人間がいるのはイムホテピアと天詠みの学究院ぐらいなのだから。世界大会など開けるはずもない。
もちろん、フーマンはそんなことは百も承知。その上での提案だった。
フーマンは自分の思いを語った。
「現状で世界大会など開けるはずもない。それはわかっている。なにしろ、グラウンド・ボールを知っているのは、イムホテピアの医療学校の生徒と天詠みの学究院の生徒ぐらいなんだからな。現状で世界大会を開いたところで出場できるのはこの二チームだけだ」
「だったら……」
言いかけたトウナを、フーマンは片手をあげて制した。真剣そのものの表情で言った。
「だが、だからこそあえて『世界大会』と銘打つことが必要だと考える。グラウンド・ボールを世界に広め、本当の意味での世界大会を開けるようにする。その覚悟を示すために」
自らの覚悟を示すかのようにそう言いきってから、フーマンはさらにつづけた。
「グラウンド・ボールに限らず、スポーツの世界は流動性秩序そのものだ。一位が最下位になり、最下位が一位になる。その繰り返し。いま、一位にいるからと言って『自分は永遠の一位だ。その座をおりることはないし、他人が挑戦してくることも認めない』などと言うことは、スポーツの世界では許されない。そのスポーツの世界では許されないことが行われているのが人の世というものだ。
だから、スポーツを広め、スポーツの精神を人々に植えつけることで、一位が最下位となり、最下位が一位となる世界を受け入れる土壌を作る。それが、自由の国におけるおれの目的だ。
もちろん、こんなことは亡道の司との戦いに対してはなんの役にも立たない。
『そんなことは後回しにしろ!』
そう叫ぶ人間もいるだろう。だが、あえて、行う。亡道の司との戦いは、望む未来を得るための手段に過ぎない。我々の目的はあくまでも『人と人が争う必要のない世界を作る』ことなのだと示しつづけるために」
「その思いの象徴として、あえて世界大会と銘打つ。そう言うこと?」
「そうだ」
トウナの質問に対し、フーマンは限りない誇りを込めてうなずいた。かつて、実際に英雄と呼ばれ、スポーツに人生を捧げた人間だからこそ示すことのできる誇りだった。
「わたしもフーマン卿に賛成します」
同じぐらい胸を張ってそう言ったのは、教育担当のパットだった。
「生徒たちに必要なのは学問だけではありません。スポーツを通じて得られる精神もまた重要です。とくに『良き敗者を作る』というフーマン卿の理念には、わたしとしても全面的に共感できますから」
スポーツの目的は『良き敗者』を作ること。
良き敗者とは、相手の強さを認め、自分の敗北を受け入れ、いつか自分が勝者になるためにたゆまぬ努力をつづけることのできる人間。そんな人間だけが勝って相手を見下さず、自分が負ける番になったときに敗北を受け入れることのできる良き勝者となれる。
それが、フーマンの理念だった。
「スポーツは失うことを恐れない心を育てる役にも立つ。それが、あなたの持論だったわね。フーマン」
「そうだ」
と、フーマンはトウナの言葉にうなずいた。
「スポーツは喪失の物語だ。どんな名選手もいずれは歳老い、それまでのようなプレイができなくなる。英雄の座を退き、新しい英雄にその座をゆずらなくてはならなくなる。永遠に英雄であること、永遠に勝者であることなど許されない。そんなスポーツの世界に馴染んでいれば、失うことへの耐性もつくはずだ」
「わかったわ」
今度は、トウナがフーマンの言葉にうなずく番だった。
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