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第二部 絆ぐ伝説
第一〇話六章 野伏とレディ・アホウタ、そして……
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色を失い、すべての時が凍りついた結晶化世界。
そのなかで、動くものがただふたつ。
空を裂いて振るわれる太刀と。
それを避けて舞い動く生ける死体。
野伏の振るう太刀が真っ向から振りおろされ、通りすぎたと思ったその瞬間に翻って天へと至り、そこから瀑布のごとくに一直線に振りおろされる。
レディ・アホウタはその一撃をギリギリのところで、しかしその実、充分な見切りをもってかわし、やり過ごす。通りすぎた太刀はしかし、それ自体が飛竜のように舞いあがり、横殴りの一刀へと姿をかえて振るわれる。
まるで、その身が液体になったかのようだった。レディ・アホウタの体が音もなく沈み、広がり、地面の上に薄く寝そべった。その体が機械仕掛けの歯車のように回転した。腐った骨に腐った肉を張りつけた足が旋盤の勢いで振るわれ、野伏の足元を狙った。
足元を狙う必断の蹴り。野伏はその一撃を片脚をあげてかわした。しかし――。
それこそが、レディ・アホウタの狙い。大地に薄く広がった体がふわりと浮きあがり、回転し、野伏の頭部を狙って旋盤の勢いの回転蹴りが放たれる。
足元を狙った一撃をかわすために片脚をあげたその時点で、野伏の体重は後方に傾いている。自由に動けなくなっている。間断なく放たれた頭部への一撃。それをかわすことなど不可能……なのは、並の剣士の場合。あいにく、野伏は並の剣士ではなかった。
片脚立ちの不安定な姿勢であることを逆に利用し、独楽のようにその身を回転させ、重心を前に移す。そのまま、前に倒れ込む。体が倒れるよりも早く足を前に出す。体を低く倒した姿勢のまま『前に落ちる』勢いを利用して加速。大地を蹴って走るよりも速く移動し、レディ・アホウタの蹴りをかわし、懐に飛び込む。
野伏の太刀が振るわれる。今度は宙に浮いているレディ・アホウタの方がさけようのない窮地に追い込まれた。
斬られる!
そう見えた瞬間、レディ・アホウタの肉体がぐにゃりと曲がった。生きた肉体には不可能な、筋肉の付き方も、関節の構造も無視した動き。生ける死体だけができるその変化。曲がりくねった体が太刀をかわし、そのまま宙で渦を巻いて後方に跳ねとび、着地する。
ふう、と、野伏が息を吐いた。
それに応じて、レディ・アホウタも息をついた。
「さすがの動きだ」
野伏が静かに賞賛した。
「その上、筋肉の付き方も、関節の構造も無視した、死体ならではの動きまでできるのだから手に負えん。いまのお前に攻撃を当てるには、尋常ではない苦労が必要だな」
「野伏さんこそ。その動き、その振り、さすがっス。『疾い』とか、『強い』とか、そんなんじゃなくて『怖い』振りっス。相手を殺す。まさに、その目的のためだけに磨き抜かれた太刀筋っスね」
「剣客だからね」
野伏は当然のこととしてそう答え、太刀を鞘に収めた。その瞬間――。
ふたりの目に本気の殺意が走った。いったんは収められた太刀が再び鞘走り、レディ・アホウタの肉体が宙に飛ぶ。太刀がその身を両断し、レディ・アホウタの蹴りが肉体を貫く。突如として表れた亡道の怪物のその身を。
二体の怪物はそのまま千々にちぎれ、虚空に溶け去った。
レディ・アホウタが不満たっぷりに口にした。
「なんスか、いきなり。レディを突然、襲うなんてマナーがなってないっスね」
「いまのは、襲ってきたのではないな」
「確かに、殺気は感じなかったっスね。むしろ、なにかから逃げてきたような……」
レディ・アホウタがそう言った、まさにそのときだ。
ズン。
音を立てて大地が沈んだ。重力そのものが増したように、すべてのものが大地に押しつけられた。野伏とレディ・アホウタも例外ではない。自分の体がいきなり一〇倍も重くなったようにその足が地面に吸い付けられた。
「な、なんスか、この気配は⁉ 気配だけで自分の体が重くなるなんて……」
そんなことがあり得るのか。
ある。
そう答えるしかない。現実に、遠くから発せられる気配によって自分の体重が増し、地面に押しつけられているのだから。
それほどに濃密な気配。自然の法則を無視するかのような密度。野伏は、その力にはっきりと覚えがあった。
「……来たか」
ニイッ、と、野伏は笑った。気配のする方に視線を向けた。喜びの視線を。
やってくる。
時が凍りつき、すべての色を失った結晶化世界の向こうから。
結晶化した大地を割りながら。
足音と共に金属のこすれ合うかすかな音を立てて。
剣を手にした鎧の騎士が。
「……亡道の騎士」
野伏が言った。
そこに表れた存在。それはまちがいなく以前、野伏が戦って勝てなかった相手。亡道の騎士だった。
「……会いたかったぞ、亡道の騎士」
野伏が言った。
嬉しくて、うれしすぎて、思いがなめらかに言葉になって出てこない。そんな言い方だった。
「そうだ、お前だ。亡道の騎士。お前を相手にしてこそおれの目的、亡道の司を斬ることのできる力と技を身につけられる。さあ、勝負だ。今度こそ、決着をつけてやる」
そう語る野伏の顔。それは、ロウワンたちでさえ一度も見たことがないほどに戦いに対する喜びと渇望に満ちた顔。太刀一本だけを友として、すれちがうすべての生物を気の向くままに斬り捨てる、座興の血祭りに取り憑かれた狂剣士の貌だった。
しかし――。
それほどの喜びと興奮に包まれながら、その身からは一片の妖気すら噴き出してはいない。それどころか、あらゆる気配が押さえられ、外に出て行くものがない。
以前の戦いではそこで失敗した。亡道の騎士のもつ底知れない力。その力を正面から突破するために妖気を全開にした。そのために、先に力を失い、勝機を失った。あのときは亡道の司が表れたことでうやむやに終わったがもし、あのまま戦いつづけていれば自分が負けていた。
野伏はそのことを知っている。その事実をごまかすことなく、正面から受けとめることができるだけの強さをもっている。そして――。
だからこそ、激しい屈辱に身を焦す。
その屈辱を晴らすべき時が来た。
今度こそ、勝つ。
亡道の騎士を倒す。
そのために――。
妖気を極限まで抑える。
同じ失敗を二度、繰り返す野伏ではない。力任せの戦いでは亡道の騎士には決して勝てない。逆を行くのだ。すべての妖気を圧縮し、研ぎ澄ませ、髪の毛よりも細い針のようにして相手の弱点に突きさす。それでこそ、亡道の騎士に勝つことができる。
そして、それこそが亡道の司を倒すために必要となる力であり、技。
野伏はそのことを知っていた。
「さあ、亡道の騎士よ。おれが亡道の司を倒すための力と技を手に入れるため、練習台になってもらうぞ」
戦いへの喜びと渇望に満ちた貌のまま、野伏は言う。その姿はまさに、オオカミの貌をした怪物だった。
「レディ」
「は、はいっス……!」
「手を出すなよ。やつはおれの獲物だ」
「はいっス……」
レディ・アホウタは素直にうなずいて後ろにさがった。下手に逆らって前に出れば、亡道の騎士ごと斬られてしまう。そのことはわかっていた。
ピタリ、と、亡道の騎士の歩がとまった。剣を握る手を自然にたらしたまま、野伏を前にして立ちどまった。
――以前とはちがう。
それと察し、警戒したのだろう。人ならざる存在ではあっても決して、知性なき存在ではないのだ。
野伏と亡道の騎士。
人ならざるふたつの存在は互いの剣が届くギリギリの距離で対峙している。
ピクリ。
野伏の腕がかすかに動いた。
ピクリ。
それに反応して、亡道の騎士の腕もまた、かすかに動いた。
野伏の動きが消えた。
亡道の騎士の動きも。
ピクリ。
今度は、亡道の騎士の腕が動いた。
ピクリ。
それに反応して、野伏の腕が動いた。
亡道の騎士の動きがとまり、野伏の動きも消えた。
互いに、相手を見ている。観察している。斬りかかろうとして腕を動かし、相手がそれに反応して動くのを見て防がれることを察知し、取りやめる。
お互いに、それを繰り返す。
やがて、亡道の騎士の剣が満月を描いてゆっくりと振りかぶられた。
野伏はそれに対して、下方向に弧を描いて太刀を動かし、下段の構えをとった。
ふっ。
そんな音を立てて、ふたりの腕から先が消えた……ように見えた。
キン。
鳴り響いたものは金属と金属の打ちあうかすかな音。あまりにも澄みわたり、まるで、貴族の令嬢の愛するオルゴールのように高貴な音。
そんな音がして、消えた――ように見えた――ふたりの腕から先が再び表れた。
ふっ。
ふっ。
ふっ。
消える。
消える。
腕から先が。
ふたりの腕と、その腕に握られた剣と太刀が消えていく。
そのたびに高貴なオルゴールのような音がして、消えたはずの剣と太刀が表れる。
信じられないほどの速度で振るわれる剣と太刀が打ちあっている、その結果だった。
素人目にはふたりともその身をまったく動かすことなく、腕だけを動かしているように見えるだろう。しかし、見るものが見ればわかる。その静かな動きのなか、肉体のなかでは全身の血液が轟々と音を立てて流れ、神経を走る電気がけたたましく管楽器を鳴り響かせ、筋肉という筋肉が力を振りしぼり、重々しい打楽器の音を打ち鳴らしていることが。
ふたりの剣士は互いに、相手に研ぎ澄まされた致命の一撃を与えるべく、牽制をつづけている。そう。目にも写らぬ速度で振るわれるその一太刀ひとたちも、このふたりにとってはただの牽制。致命の一撃を与えるために、隙を作ろうとする動きに過ぎない。
その静かな、しかし、その実、苛烈な音楽の鳴り響く戦いを見ながら、レディ・アホウタはひとつの確信を得ていた。
――あの騎士の剣筋。あれは、あの動きは……。
レディ・アホウタは叫んだ。
「将軍、ルキフェル将軍!」
その叫びに――。
亡道の騎士の動きがとまった。
「ルキフェル将軍っスね! やっぱり、無事だったんスね⁉」
とまどったように。
そう表現していいのだろうか。亡道の騎士は叫ぶレディ・アホウタを見ながら後ずさった。すうっ、と、耳ではなく、目に届くような音を立ててその姿を消した。
野伏は太刀を鞘に収めた。
レディ・アホウタに尋ねた。
「やはり、あいつがルキフェルか?」
「そうっス」
レディ・アホウタはきっぱりとうなずいた。
「自分には、はっきりとわかったっス。あの騎士、亡道の騎士こそがルキフェル将軍っス」
そのなかで、動くものがただふたつ。
空を裂いて振るわれる太刀と。
それを避けて舞い動く生ける死体。
野伏の振るう太刀が真っ向から振りおろされ、通りすぎたと思ったその瞬間に翻って天へと至り、そこから瀑布のごとくに一直線に振りおろされる。
レディ・アホウタはその一撃をギリギリのところで、しかしその実、充分な見切りをもってかわし、やり過ごす。通りすぎた太刀はしかし、それ自体が飛竜のように舞いあがり、横殴りの一刀へと姿をかえて振るわれる。
まるで、その身が液体になったかのようだった。レディ・アホウタの体が音もなく沈み、広がり、地面の上に薄く寝そべった。その体が機械仕掛けの歯車のように回転した。腐った骨に腐った肉を張りつけた足が旋盤の勢いで振るわれ、野伏の足元を狙った。
足元を狙う必断の蹴り。野伏はその一撃を片脚をあげてかわした。しかし――。
それこそが、レディ・アホウタの狙い。大地に薄く広がった体がふわりと浮きあがり、回転し、野伏の頭部を狙って旋盤の勢いの回転蹴りが放たれる。
足元を狙った一撃をかわすために片脚をあげたその時点で、野伏の体重は後方に傾いている。自由に動けなくなっている。間断なく放たれた頭部への一撃。それをかわすことなど不可能……なのは、並の剣士の場合。あいにく、野伏は並の剣士ではなかった。
片脚立ちの不安定な姿勢であることを逆に利用し、独楽のようにその身を回転させ、重心を前に移す。そのまま、前に倒れ込む。体が倒れるよりも早く足を前に出す。体を低く倒した姿勢のまま『前に落ちる』勢いを利用して加速。大地を蹴って走るよりも速く移動し、レディ・アホウタの蹴りをかわし、懐に飛び込む。
野伏の太刀が振るわれる。今度は宙に浮いているレディ・アホウタの方がさけようのない窮地に追い込まれた。
斬られる!
そう見えた瞬間、レディ・アホウタの肉体がぐにゃりと曲がった。生きた肉体には不可能な、筋肉の付き方も、関節の構造も無視した動き。生ける死体だけができるその変化。曲がりくねった体が太刀をかわし、そのまま宙で渦を巻いて後方に跳ねとび、着地する。
ふう、と、野伏が息を吐いた。
それに応じて、レディ・アホウタも息をついた。
「さすがの動きだ」
野伏が静かに賞賛した。
「その上、筋肉の付き方も、関節の構造も無視した、死体ならではの動きまでできるのだから手に負えん。いまのお前に攻撃を当てるには、尋常ではない苦労が必要だな」
「野伏さんこそ。その動き、その振り、さすがっス。『疾い』とか、『強い』とか、そんなんじゃなくて『怖い』振りっス。相手を殺す。まさに、その目的のためだけに磨き抜かれた太刀筋っスね」
「剣客だからね」
野伏は当然のこととしてそう答え、太刀を鞘に収めた。その瞬間――。
ふたりの目に本気の殺意が走った。いったんは収められた太刀が再び鞘走り、レディ・アホウタの肉体が宙に飛ぶ。太刀がその身を両断し、レディ・アホウタの蹴りが肉体を貫く。突如として表れた亡道の怪物のその身を。
二体の怪物はそのまま千々にちぎれ、虚空に溶け去った。
レディ・アホウタが不満たっぷりに口にした。
「なんスか、いきなり。レディを突然、襲うなんてマナーがなってないっスね」
「いまのは、襲ってきたのではないな」
「確かに、殺気は感じなかったっスね。むしろ、なにかから逃げてきたような……」
レディ・アホウタがそう言った、まさにそのときだ。
ズン。
音を立てて大地が沈んだ。重力そのものが増したように、すべてのものが大地に押しつけられた。野伏とレディ・アホウタも例外ではない。自分の体がいきなり一〇倍も重くなったようにその足が地面に吸い付けられた。
「な、なんスか、この気配は⁉ 気配だけで自分の体が重くなるなんて……」
そんなことがあり得るのか。
ある。
そう答えるしかない。現実に、遠くから発せられる気配によって自分の体重が増し、地面に押しつけられているのだから。
それほどに濃密な気配。自然の法則を無視するかのような密度。野伏は、その力にはっきりと覚えがあった。
「……来たか」
ニイッ、と、野伏は笑った。気配のする方に視線を向けた。喜びの視線を。
やってくる。
時が凍りつき、すべての色を失った結晶化世界の向こうから。
結晶化した大地を割りながら。
足音と共に金属のこすれ合うかすかな音を立てて。
剣を手にした鎧の騎士が。
「……亡道の騎士」
野伏が言った。
そこに表れた存在。それはまちがいなく以前、野伏が戦って勝てなかった相手。亡道の騎士だった。
「……会いたかったぞ、亡道の騎士」
野伏が言った。
嬉しくて、うれしすぎて、思いがなめらかに言葉になって出てこない。そんな言い方だった。
「そうだ、お前だ。亡道の騎士。お前を相手にしてこそおれの目的、亡道の司を斬ることのできる力と技を身につけられる。さあ、勝負だ。今度こそ、決着をつけてやる」
そう語る野伏の顔。それは、ロウワンたちでさえ一度も見たことがないほどに戦いに対する喜びと渇望に満ちた顔。太刀一本だけを友として、すれちがうすべての生物を気の向くままに斬り捨てる、座興の血祭りに取り憑かれた狂剣士の貌だった。
しかし――。
それほどの喜びと興奮に包まれながら、その身からは一片の妖気すら噴き出してはいない。それどころか、あらゆる気配が押さえられ、外に出て行くものがない。
以前の戦いではそこで失敗した。亡道の騎士のもつ底知れない力。その力を正面から突破するために妖気を全開にした。そのために、先に力を失い、勝機を失った。あのときは亡道の司が表れたことでうやむやに終わったがもし、あのまま戦いつづけていれば自分が負けていた。
野伏はそのことを知っている。その事実をごまかすことなく、正面から受けとめることができるだけの強さをもっている。そして――。
だからこそ、激しい屈辱に身を焦す。
その屈辱を晴らすべき時が来た。
今度こそ、勝つ。
亡道の騎士を倒す。
そのために――。
妖気を極限まで抑える。
同じ失敗を二度、繰り返す野伏ではない。力任せの戦いでは亡道の騎士には決して勝てない。逆を行くのだ。すべての妖気を圧縮し、研ぎ澄ませ、髪の毛よりも細い針のようにして相手の弱点に突きさす。それでこそ、亡道の騎士に勝つことができる。
そして、それこそが亡道の司を倒すために必要となる力であり、技。
野伏はそのことを知っていた。
「さあ、亡道の騎士よ。おれが亡道の司を倒すための力と技を手に入れるため、練習台になってもらうぞ」
戦いへの喜びと渇望に満ちた貌のまま、野伏は言う。その姿はまさに、オオカミの貌をした怪物だった。
「レディ」
「は、はいっス……!」
「手を出すなよ。やつはおれの獲物だ」
「はいっス……」
レディ・アホウタは素直にうなずいて後ろにさがった。下手に逆らって前に出れば、亡道の騎士ごと斬られてしまう。そのことはわかっていた。
ピタリ、と、亡道の騎士の歩がとまった。剣を握る手を自然にたらしたまま、野伏を前にして立ちどまった。
――以前とはちがう。
それと察し、警戒したのだろう。人ならざる存在ではあっても決して、知性なき存在ではないのだ。
野伏と亡道の騎士。
人ならざるふたつの存在は互いの剣が届くギリギリの距離で対峙している。
ピクリ。
野伏の腕がかすかに動いた。
ピクリ。
それに反応して、亡道の騎士の腕もまた、かすかに動いた。
野伏の動きが消えた。
亡道の騎士の動きも。
ピクリ。
今度は、亡道の騎士の腕が動いた。
ピクリ。
それに反応して、野伏の腕が動いた。
亡道の騎士の動きがとまり、野伏の動きも消えた。
互いに、相手を見ている。観察している。斬りかかろうとして腕を動かし、相手がそれに反応して動くのを見て防がれることを察知し、取りやめる。
お互いに、それを繰り返す。
やがて、亡道の騎士の剣が満月を描いてゆっくりと振りかぶられた。
野伏はそれに対して、下方向に弧を描いて太刀を動かし、下段の構えをとった。
ふっ。
そんな音を立てて、ふたりの腕から先が消えた……ように見えた。
キン。
鳴り響いたものは金属と金属の打ちあうかすかな音。あまりにも澄みわたり、まるで、貴族の令嬢の愛するオルゴールのように高貴な音。
そんな音がして、消えた――ように見えた――ふたりの腕から先が再び表れた。
ふっ。
ふっ。
ふっ。
消える。
消える。
腕から先が。
ふたりの腕と、その腕に握られた剣と太刀が消えていく。
そのたびに高貴なオルゴールのような音がして、消えたはずの剣と太刀が表れる。
信じられないほどの速度で振るわれる剣と太刀が打ちあっている、その結果だった。
素人目にはふたりともその身をまったく動かすことなく、腕だけを動かしているように見えるだろう。しかし、見るものが見ればわかる。その静かな動きのなか、肉体のなかでは全身の血液が轟々と音を立てて流れ、神経を走る電気がけたたましく管楽器を鳴り響かせ、筋肉という筋肉が力を振りしぼり、重々しい打楽器の音を打ち鳴らしていることが。
ふたりの剣士は互いに、相手に研ぎ澄まされた致命の一撃を与えるべく、牽制をつづけている。そう。目にも写らぬ速度で振るわれるその一太刀ひとたちも、このふたりにとってはただの牽制。致命の一撃を与えるために、隙を作ろうとする動きに過ぎない。
その静かな、しかし、その実、苛烈な音楽の鳴り響く戦いを見ながら、レディ・アホウタはひとつの確信を得ていた。
――あの騎士の剣筋。あれは、あの動きは……。
レディ・アホウタは叫んだ。
「将軍、ルキフェル将軍!」
その叫びに――。
亡道の騎士の動きがとまった。
「ルキフェル将軍っスね! やっぱり、無事だったんスね⁉」
とまどったように。
そう表現していいのだろうか。亡道の騎士は叫ぶレディ・アホウタを見ながら後ずさった。すうっ、と、耳ではなく、目に届くような音を立ててその姿を消した。
野伏は太刀を鞘に収めた。
レディ・アホウタに尋ねた。
「やはり、あいつがルキフェルか?」
「そうっス」
レディ・アホウタはきっぱりとうなずいた。
「自分には、はっきりとわかったっス。あの騎士、亡道の騎士こそがルキフェル将軍っス」
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