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第二部 絆ぐ伝説
第一〇話四章 ハーミドの魂
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火薬の爆発音が鳴り響き、爆砕射の砲口から円錐形の砲弾が撃ち出される。
目にもとまらぬ速度で撃ち出された砲弾は、空気との摩擦で真っ赤に熱されて灼熱の金属の塊と化して標的にぶち当たる。そして――。
カッ! と、閃光が走り、内部に仕込まれた高性能火薬が爆発する。
その爆発に巻き込まれて、さしもの強靱な亡道の怪物もその肉体を四散させる。そこへ、第二、第三の砲撃が行われ、砦に迫ろうとする亡道の怪物たちの多くが吹き飛んだ。
「砲撃やめ! 砲身冷却!」
うら若い女性の凜々しい声が飛ぶ。
爆砕射の設計・製造を担当した『もうひとつの輝き』の長代理、セアラである。そのセアラの声を受けて砲手たちは爆砕射に砲弾をつめることをやめ、連射によって真っ赤になった砲身が冷めるのをまつ。
爆砕射の砲撃によって、砦に迫ろうとした亡道の怪物たちは確かに大きな被害を受けた。しかし、全滅したわけではない。そもそも、生も死もない渾然一体の存在たる亡道の怪物たちを砲撃だけで滅することはできない。完全に退治するためには、天命の理を付与された武器を使って斬り刻むしかない。
そして、その役目はそのために編成された特殊部隊、三人一組の分隊四つからなる突撃小隊の役目。
「全部隊、突撃! 亡道の怪物どもをしとめろ!」
最高指揮官たるプリンスの命令が響きわたる。
元海賊の荒くれ男たちからなる突撃小隊は祭りの場に飛び出すかのような陽気な叫び声をあげて、武器をもって突撃する。
重々しい全身鎧に身を包んだ重歩兵が亡道の怪物の攻勢を受けとめ、その隙に両脇から槍を構えた兵士たちが突撃し、槍を突きさして動きを封じる。そこへ、武芸に秀でた第四分隊が突撃して、手にした大刀でぶった斬る。
いままで幾度となく訓練し、実戦によって培ってきた戦法を駆使して一体、また一体と亡道の怪物たちをしとめていく。
爆砕射の砲撃によって肉片となり、それでも死ぬこともできずにピクピクとうごめいている怪物には、掃討部隊が油を撒いて火を放ち、浄化していく。
パンゲア領内に築かれた最前線の砦。亡道の侵食によってすべてのものが混じりあい、教皇アルヴィルダの力によって時が凍りついた結晶世界。その世界のなかで繰り広げられる世界の存亡を懸けた戦い。
その最初のさいしょのほんの小さな攻防戦。このあとに控える『本物の』戦いに比べれば、幼児のおままごとにも等しい戦い。しかし、そんな戦いであっても、はじめて亡道の怪物を見る人間たちには衝撃以外の何物でもない。
事実、砦の上からその戦いを見守る一群の人間たちの顔には、いまにも吐きそうな気分の悪そうな表情が浮かんでいる。
この一群は砦の兵士たちではない。見習いですらない。ただの一般人。大陸中から集まった観光客。大陸日報の新聞記者ハーミドの提案によって行われることとなったツアー企画。『異世界を見にいこう!』に参加した客たちである。
『異世界を見にいこう!』という、その脳天気とも言えるほどに蠱惑的な響きに誘われて、実態も知らずにやって来たただの人間たち。
普通に、いままでに見たことのない観光を楽しめると思ってやって来たのに、いきなりこんな死闘を見せられて面食らい、気分を悪くしている一般人たち。
その一般人の群れに向かい、ツアーの発案者であり、ガイド役を務めるハーミドは声を張りあげた。
「見てください!」
誇らしげに胸を反らし、あえて大きくて活力に富んだ声を張りあげているのは、その力強さでツアー客たちの気分の悪さを吹き飛ばすためである。
「これが、いまのこの世界で起きている現実です! 我々は恐るべき敵の侵略を受けています。その敵の名は亡道の司。一切の容赦を知らない異世界からの侵略者」
ハーミドは、ツアー客相手に声を張りあげて説明する。
新聞記者と言うより、酒場でくだを巻いては喧嘩騒ぎを起こしている方が似つかわしいいかつい男だが、この男の新聞記者としての魂を疑う人間はいない。あまりにもアツすぎる記者魂に引いてしまう人間は数多くいるが。
「そもそも、この戦いは千年前、伝説にある騎士マークスの時代にさかのぼり……」
ハーミドは朗々たる声でツアー客たちに解説する。
千年前の亡道の司との戦い。騎士マークスと一千万の兵士たち。この世界を守るためにそれぞれの持ち場で死力を尽くした当時の人々。そして、我が身を永遠の自動人形とかえることで世界を守った天命の巫女。
それらすべてを、ハーミドは豊かな声量をもって唄うように語り聞かせる。
その声量、よく通る声の質、調子の良さ。どれも見事に堂に入ったもので、名うての吟遊詩人を思わせる姿だった。
納得のいく記事を書けたあとの日課、酒場で浴びるように酒を飲んでは、まわりの迷惑省みずに大声で歌いまくってきた成果だった。
ハーミドの語ることはすべて、千年の昔に起きた事実である。しかし、そのすべては意図的に忘れ去られ、消し去られた歴史。誰ひとりとしてそんな歴史があったなどとは知らない。せいぜい、古い児童文学のなかに描かれた伝説として知るぐらいだ。
そんな話を大真面目に話されても誰も信用するはずがない。
普通なら。
しかし、いま、この場ではちがう。現に目の前には結晶化した世界が広がり、異形の怪物たちが攻めてきては、それを食いとめようとする人間たちの必死の戦いが繰り広げられているのだ。
信じるしかなかった。
この光景を多くの人間に直に見せ、世界に迫る脅威を自覚させる。
それが、ハーミドがこのツアーを企画した理由だった。
「……そして、いま、再び、この世界は亡道の司の侵略にさらされているのです」
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
さすがにたまりかねて、ツアー客のひとりが片手をあげて叫んだ。
「それじゃなにか? そいつに侵略されたら世界は全部、こうなっちまうのか?」
「そうです!」
ハーミドはツアー客の一〇倍も大きくて活力に富んだ声で答えた。
実際には、これどころではない。亡道の司に敗れれば世界のすべては混じりあい、変貌し、いまとはまったくちがう世界、今現在のいかなる生物も生きてはいけない世界、いかなる人間にも想像もつかない世界へとかわってしまう。
しかし、いま、そこまで言ってもろくな知識もないツアー客たちには理解できないだろう。
そう思い、ハーミドはあえて、そこまでの説明はしなかった。目の前に広がるこの世界だけでも充分、自分たちにとって致命的な脅威であると思い知らさせるためには充分なのだから。
「もし、我々が亡道の司との戦いに敗れれば、世界のすべては亡道に呑み込まれて滅びることになります」
「大変じゃないか!」
「嘘だろう? とても、信じられない」
「じゃあ、目の前に転がるこのありさまや、あの怪物どもはなんなんだよ。信じるしかないじゃないか」
「そうだ。大変なことだ。騎士マークスの伝説なんて、ただのお伽噺だとしか思ってなかったのに、本当だったなんて……」
ツアー客たちが口々に叫び、不安を感じたのは当然すぎるほどに当然のことだった。昨日まで想像もしなかった世界。そんなものをいきなり見せられ、全世界規模の危機を伝えられたのだから。
そんなツアー客を前に、ハーミドは堂々と胸を張った。
自信満々。
まさに、そう呼ぶにふさわしい声で語りあげた。
「皆さん! 心配には及びません。我々は亡道の司などには負けません。必ず、勝ちます。我々にはこの世界を守るために命を懸けて戦う無数の勇者がいるからです。おお、ちょうど、突撃部隊が帰ってきました。さっそく、話を聞いてみましょう」
と、ハーミドは新聞記者らしく嬉々とした表情で槍を構えた兵士に近づいた。
ハーミドとは対照的にむっつりと黙り込んだままの兵士に向かい、ハーミドはあくまで陽気に、明るく、楽しそうに話しかけた。
「失礼します。勇敢なる兵士の方。あなたのお名前を聞かせていただけますか?」
「……おれの名前などどうでもいいだろう。名も無きひとりの兵士の同僚に過ぎん」
「そうですか。では、勇敢なる兵士どの。あなたはなぜ、命を懸けて亡道の怪物と戦われるのか。その理由をお聞かせ願いたい」
「……世界を救う英雄とともに魔王退治の戦いに挑む。格好良いじゃないか。おれたちは勇者になるんだ。魔王退治の勇者にな。親からも褒めてもらえるし、女にもモテる。それだけさ」
名も無きひとりの兵士の同僚はそれだけのことをボソボソとした口調で言うと、ツアー客たちなどにはなんの興味も関心も示さずに兵舎に戻っていった。その無愛想な態度にはハーミドも、ツアー客たちも面食らった。しかし、『勇者になるんだ』というその言葉、その一言だけは確かに、聞いた人々の心に染み入った。
次いで、ハーミドはツアー客たちを爆砕射の砲座に案内した。そこでは、爆砕射の設計・製造を担当したセアラがツアー客たちを待ち構えていた。
セアラは名も無きなきひとりの兵士の同僚とは対照的に明るく、楽しそうな様子でツアー客たちを迎え入れた。そして、嬉々として自ら作りあげた最新鋭の大砲について説明した。
その説明は専門用語の羅列であってしかも、立て板の水の勢いで喋るしゃべる。あまりの早口にツアー客たちの誰もその内容を理解できなかったが、爆砕射に対するセアラの愛情だけは伝わってきた。
「この子がいる限り……」
セアラはまるで、自慢の愛犬相手にするように爆砕射の砲身をポンポンと叩き、控えめな胸を反らして請け負った。
「亡道の司なんかに負けはしないよ! 威力がありすぎて、すぐに砲身がアツくなっちゃうから連射が効かないのが玉に瑕だけどね。だけど、その欠点を克服するべく改良はつづけている。みんなはボクが守ってみせる!」
自信満々にそう断言するその姿。いかにも天真爛漫な美少女だけに、そんな態度をとると愛らしいことこの上ない。ツアー客たちもこんな世界のなかにあって、思わず頬が緩んでしまう。
「それは、頼もしい」
ハーミドは声を張りあげた。
「なぜ、この世界を守りたいと思うのか。その理由をお聞かせ願いたい」
「ボクの夢は世界中に科学文明を広めることなんだ。科学の力によって生みだされた機械。その機械を使って、すべての人を奴隷労働から解放し、誰もが豊かに、幸せに暮らせる世界にする。それがボクの夢。その夢を叶えるために亡道の司からこの世界を守るんだ」
無邪気なほどに迷いも恥じらいもなく言いきるその姿。その姿はあまりにまぶしすぎて直視できないほどだった。
次に、ハーミドはツアー客たちを最高指揮官たる平等の国リンカーンの国王プリンスのもとに案内した。プリンスはクロヒョウを思わせる剽悍な姿をさらして、ツアー客たちを出迎えた。
「おれは約束する」
プリンスは開口一番、そう言った。
「亡道の怪物たちを、この世界の外には決して出したりはしない。この砦はそのために築かれた。他にもいくつもの砦が築かれ、亡道の怪物どもに対している。これからはさらに奥へおくへと砦を築く。補給拠点を確保し、亡道の司の巣くうパンゲアの中心地、大聖堂ヴァルハラに攻め入るために」
一切の気負いなく淡々と、しかし、堂々と言いきるその姿。
それはまさに黒い軍神。見るものに無条件に絶対の信頼を抱かせる姿だった。ツアー客たちから一斉に感嘆の声がもれたのは自然なことだった。
「それは頼もしい!」
ハーミドが嬉しそうに言った。
「なぜ、そこまでして、この世界を守ろうとするのか。その理由をお聞かせ願いたい」
「おれは元奴隷だ。そのおれがいまや一国の王であり、妻と子もいる。元奴隷でも出世し、家族を手に入れられる。そんな世の中になったんだ。その世界を失う気はない。必ず、守りとおす」
その言葉は確かに、ツアー客たちの胸に突き刺さった。
その後、ハーミドは砦を一通り案内したあと、ツアー客たちを食堂に案内した。食事を前にしたツアー客たちに語りかけた。
「皆さん。見ての通りです。この世界はいま、亡道の司の侵略にさらされています。ですが、恐れることはないのです。数多くの勇者たちがこの世界を守るために死力を尽くして戦っています。どうか、そのことを人々に伝えていただきたい。そして、自分にできる最大限のことを為していただきたい。この戦いは巨大な異世界そのものとの戦い。人類が一丸とならなければ決して勝てない。しかし、全人類がひとつとなり、その力を合わせれば必ず勝てる。千年前にその証明がすでに成されているのですから。この世界の現実を見たあなたたちには、まだこの世界を見ぬ人たちへの説得役を務めていただきたいのです」
夜。
ツアー客たちが砦のなかの客間で眠りについた頃、ようやく、ハーミドもガイド役から解放された。
「ふう」
と、さすがに疲れを感じながら食堂で酒を飲んでいると、プリンスが近づいてきた。
「毎日まいにち、ご苦労だな」
ねぎらいの言葉をかけられたハーミドはニヤリと笑って見せた。
「なあに。あんたたちほどじゃねえさ。おれはただガイドを務めているだけ。あんたたちは、実際に体を張って亡道の怪物と戦っているんだからな」
「いや。この戦いはおれたちだけで勝ち抜けるものじゃない。後方で生産を担当してくれるすべての人間の協力が必要だ。そのために、人々に事態を説明し、協力を求めることはおれにはできない。あんただけにできる芸当だ。そのことには感謝している」
言われて、ハーミドはそのいかつい顔で照れくさそうに笑って見せた。
「へへっ。言ってくれるじゃねえか。人々に真実を伝え、心を動かす。それが、新聞記者であるおれの仕事だからな。その仕事を認めてくれていることには素直に感謝しておくぜ。ところでよ。それに免じて、あんたに頼みがあるんだ」
「頼み?」
「ああ。おれに剣の教官をつけてほしい」
「剣の教官?」
さすがにいぶかしむ表情を浮かべるプリンスに対し、ハーミドはニッと笑って見せた。自慢の拳を握りしめて突きあげた。
プリンスのものよりも大きな拳。恐らくは、単純なパンチ力ならプリンス以上だろう。
「おれも喧嘩ならさんざんしてきたからよ。こっちなら自信はある。けど、やっぱ、亡道の怪物どもと戦うからには武器が使える必要があるだろう。本当はあんたに頼みたいところだが、さすがに一国の王にして最高指揮官として多忙を極めているあんたに頼むのは気が引けるからな。適当な師匠をつけてほしいのさ」
「亡道の怪物と戦う? どういうことだ? なぜ、新聞記者のお前が戦う?」
「決まってるだろ。遠征軍に参加して大聖堂ヴァルハラまで行くからさ」
ニィッ、と、ハーミドはそのいかつい顔で笑って見せた。
「亡道の司に、取材しなくちゃならねえからな」
目にもとまらぬ速度で撃ち出された砲弾は、空気との摩擦で真っ赤に熱されて灼熱の金属の塊と化して標的にぶち当たる。そして――。
カッ! と、閃光が走り、内部に仕込まれた高性能火薬が爆発する。
その爆発に巻き込まれて、さしもの強靱な亡道の怪物もその肉体を四散させる。そこへ、第二、第三の砲撃が行われ、砦に迫ろうとする亡道の怪物たちの多くが吹き飛んだ。
「砲撃やめ! 砲身冷却!」
うら若い女性の凜々しい声が飛ぶ。
爆砕射の設計・製造を担当した『もうひとつの輝き』の長代理、セアラである。そのセアラの声を受けて砲手たちは爆砕射に砲弾をつめることをやめ、連射によって真っ赤になった砲身が冷めるのをまつ。
爆砕射の砲撃によって、砦に迫ろうとした亡道の怪物たちは確かに大きな被害を受けた。しかし、全滅したわけではない。そもそも、生も死もない渾然一体の存在たる亡道の怪物たちを砲撃だけで滅することはできない。完全に退治するためには、天命の理を付与された武器を使って斬り刻むしかない。
そして、その役目はそのために編成された特殊部隊、三人一組の分隊四つからなる突撃小隊の役目。
「全部隊、突撃! 亡道の怪物どもをしとめろ!」
最高指揮官たるプリンスの命令が響きわたる。
元海賊の荒くれ男たちからなる突撃小隊は祭りの場に飛び出すかのような陽気な叫び声をあげて、武器をもって突撃する。
重々しい全身鎧に身を包んだ重歩兵が亡道の怪物の攻勢を受けとめ、その隙に両脇から槍を構えた兵士たちが突撃し、槍を突きさして動きを封じる。そこへ、武芸に秀でた第四分隊が突撃して、手にした大刀でぶった斬る。
いままで幾度となく訓練し、実戦によって培ってきた戦法を駆使して一体、また一体と亡道の怪物たちをしとめていく。
爆砕射の砲撃によって肉片となり、それでも死ぬこともできずにピクピクとうごめいている怪物には、掃討部隊が油を撒いて火を放ち、浄化していく。
パンゲア領内に築かれた最前線の砦。亡道の侵食によってすべてのものが混じりあい、教皇アルヴィルダの力によって時が凍りついた結晶世界。その世界のなかで繰り広げられる世界の存亡を懸けた戦い。
その最初のさいしょのほんの小さな攻防戦。このあとに控える『本物の』戦いに比べれば、幼児のおままごとにも等しい戦い。しかし、そんな戦いであっても、はじめて亡道の怪物を見る人間たちには衝撃以外の何物でもない。
事実、砦の上からその戦いを見守る一群の人間たちの顔には、いまにも吐きそうな気分の悪そうな表情が浮かんでいる。
この一群は砦の兵士たちではない。見習いですらない。ただの一般人。大陸中から集まった観光客。大陸日報の新聞記者ハーミドの提案によって行われることとなったツアー企画。『異世界を見にいこう!』に参加した客たちである。
『異世界を見にいこう!』という、その脳天気とも言えるほどに蠱惑的な響きに誘われて、実態も知らずにやって来たただの人間たち。
普通に、いままでに見たことのない観光を楽しめると思ってやって来たのに、いきなりこんな死闘を見せられて面食らい、気分を悪くしている一般人たち。
その一般人の群れに向かい、ツアーの発案者であり、ガイド役を務めるハーミドは声を張りあげた。
「見てください!」
誇らしげに胸を反らし、あえて大きくて活力に富んだ声を張りあげているのは、その力強さでツアー客たちの気分の悪さを吹き飛ばすためである。
「これが、いまのこの世界で起きている現実です! 我々は恐るべき敵の侵略を受けています。その敵の名は亡道の司。一切の容赦を知らない異世界からの侵略者」
ハーミドは、ツアー客相手に声を張りあげて説明する。
新聞記者と言うより、酒場でくだを巻いては喧嘩騒ぎを起こしている方が似つかわしいいかつい男だが、この男の新聞記者としての魂を疑う人間はいない。あまりにもアツすぎる記者魂に引いてしまう人間は数多くいるが。
「そもそも、この戦いは千年前、伝説にある騎士マークスの時代にさかのぼり……」
ハーミドは朗々たる声でツアー客たちに解説する。
千年前の亡道の司との戦い。騎士マークスと一千万の兵士たち。この世界を守るためにそれぞれの持ち場で死力を尽くした当時の人々。そして、我が身を永遠の自動人形とかえることで世界を守った天命の巫女。
それらすべてを、ハーミドは豊かな声量をもって唄うように語り聞かせる。
その声量、よく通る声の質、調子の良さ。どれも見事に堂に入ったもので、名うての吟遊詩人を思わせる姿だった。
納得のいく記事を書けたあとの日課、酒場で浴びるように酒を飲んでは、まわりの迷惑省みずに大声で歌いまくってきた成果だった。
ハーミドの語ることはすべて、千年の昔に起きた事実である。しかし、そのすべては意図的に忘れ去られ、消し去られた歴史。誰ひとりとしてそんな歴史があったなどとは知らない。せいぜい、古い児童文学のなかに描かれた伝説として知るぐらいだ。
そんな話を大真面目に話されても誰も信用するはずがない。
普通なら。
しかし、いま、この場ではちがう。現に目の前には結晶化した世界が広がり、異形の怪物たちが攻めてきては、それを食いとめようとする人間たちの必死の戦いが繰り広げられているのだ。
信じるしかなかった。
この光景を多くの人間に直に見せ、世界に迫る脅威を自覚させる。
それが、ハーミドがこのツアーを企画した理由だった。
「……そして、いま、再び、この世界は亡道の司の侵略にさらされているのです」
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
さすがにたまりかねて、ツアー客のひとりが片手をあげて叫んだ。
「それじゃなにか? そいつに侵略されたら世界は全部、こうなっちまうのか?」
「そうです!」
ハーミドはツアー客の一〇倍も大きくて活力に富んだ声で答えた。
実際には、これどころではない。亡道の司に敗れれば世界のすべては混じりあい、変貌し、いまとはまったくちがう世界、今現在のいかなる生物も生きてはいけない世界、いかなる人間にも想像もつかない世界へとかわってしまう。
しかし、いま、そこまで言ってもろくな知識もないツアー客たちには理解できないだろう。
そう思い、ハーミドはあえて、そこまでの説明はしなかった。目の前に広がるこの世界だけでも充分、自分たちにとって致命的な脅威であると思い知らさせるためには充分なのだから。
「もし、我々が亡道の司との戦いに敗れれば、世界のすべては亡道に呑み込まれて滅びることになります」
「大変じゃないか!」
「嘘だろう? とても、信じられない」
「じゃあ、目の前に転がるこのありさまや、あの怪物どもはなんなんだよ。信じるしかないじゃないか」
「そうだ。大変なことだ。騎士マークスの伝説なんて、ただのお伽噺だとしか思ってなかったのに、本当だったなんて……」
ツアー客たちが口々に叫び、不安を感じたのは当然すぎるほどに当然のことだった。昨日まで想像もしなかった世界。そんなものをいきなり見せられ、全世界規模の危機を伝えられたのだから。
そんなツアー客を前に、ハーミドは堂々と胸を張った。
自信満々。
まさに、そう呼ぶにふさわしい声で語りあげた。
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と、ハーミドは新聞記者らしく嬉々とした表情で槍を構えた兵士に近づいた。
ハーミドとは対照的にむっつりと黙り込んだままの兵士に向かい、ハーミドはあくまで陽気に、明るく、楽しそうに話しかけた。
「失礼します。勇敢なる兵士の方。あなたのお名前を聞かせていただけますか?」
「……おれの名前などどうでもいいだろう。名も無きひとりの兵士の同僚に過ぎん」
「そうですか。では、勇敢なる兵士どの。あなたはなぜ、命を懸けて亡道の怪物と戦われるのか。その理由をお聞かせ願いたい」
「……世界を救う英雄とともに魔王退治の戦いに挑む。格好良いじゃないか。おれたちは勇者になるんだ。魔王退治の勇者にな。親からも褒めてもらえるし、女にもモテる。それだけさ」
名も無きひとりの兵士の同僚はそれだけのことをボソボソとした口調で言うと、ツアー客たちなどにはなんの興味も関心も示さずに兵舎に戻っていった。その無愛想な態度にはハーミドも、ツアー客たちも面食らった。しかし、『勇者になるんだ』というその言葉、その一言だけは確かに、聞いた人々の心に染み入った。
次いで、ハーミドはツアー客たちを爆砕射の砲座に案内した。そこでは、爆砕射の設計・製造を担当したセアラがツアー客たちを待ち構えていた。
セアラは名も無きなきひとりの兵士の同僚とは対照的に明るく、楽しそうな様子でツアー客たちを迎え入れた。そして、嬉々として自ら作りあげた最新鋭の大砲について説明した。
その説明は専門用語の羅列であってしかも、立て板の水の勢いで喋るしゃべる。あまりの早口にツアー客たちの誰もその内容を理解できなかったが、爆砕射に対するセアラの愛情だけは伝わってきた。
「この子がいる限り……」
セアラはまるで、自慢の愛犬相手にするように爆砕射の砲身をポンポンと叩き、控えめな胸を反らして請け負った。
「亡道の司なんかに負けはしないよ! 威力がありすぎて、すぐに砲身がアツくなっちゃうから連射が効かないのが玉に瑕だけどね。だけど、その欠点を克服するべく改良はつづけている。みんなはボクが守ってみせる!」
自信満々にそう断言するその姿。いかにも天真爛漫な美少女だけに、そんな態度をとると愛らしいことこの上ない。ツアー客たちもこんな世界のなかにあって、思わず頬が緩んでしまう。
「それは、頼もしい」
ハーミドは声を張りあげた。
「なぜ、この世界を守りたいと思うのか。その理由をお聞かせ願いたい」
「ボクの夢は世界中に科学文明を広めることなんだ。科学の力によって生みだされた機械。その機械を使って、すべての人を奴隷労働から解放し、誰もが豊かに、幸せに暮らせる世界にする。それがボクの夢。その夢を叶えるために亡道の司からこの世界を守るんだ」
無邪気なほどに迷いも恥じらいもなく言いきるその姿。その姿はあまりにまぶしすぎて直視できないほどだった。
次に、ハーミドはツアー客たちを最高指揮官たる平等の国リンカーンの国王プリンスのもとに案内した。プリンスはクロヒョウを思わせる剽悍な姿をさらして、ツアー客たちを出迎えた。
「おれは約束する」
プリンスは開口一番、そう言った。
「亡道の怪物たちを、この世界の外には決して出したりはしない。この砦はそのために築かれた。他にもいくつもの砦が築かれ、亡道の怪物どもに対している。これからはさらに奥へおくへと砦を築く。補給拠点を確保し、亡道の司の巣くうパンゲアの中心地、大聖堂ヴァルハラに攻め入るために」
一切の気負いなく淡々と、しかし、堂々と言いきるその姿。
それはまさに黒い軍神。見るものに無条件に絶対の信頼を抱かせる姿だった。ツアー客たちから一斉に感嘆の声がもれたのは自然なことだった。
「それは頼もしい!」
ハーミドが嬉しそうに言った。
「なぜ、そこまでして、この世界を守ろうとするのか。その理由をお聞かせ願いたい」
「おれは元奴隷だ。そのおれがいまや一国の王であり、妻と子もいる。元奴隷でも出世し、家族を手に入れられる。そんな世の中になったんだ。その世界を失う気はない。必ず、守りとおす」
その言葉は確かに、ツアー客たちの胸に突き刺さった。
その後、ハーミドは砦を一通り案内したあと、ツアー客たちを食堂に案内した。食事を前にしたツアー客たちに語りかけた。
「皆さん。見ての通りです。この世界はいま、亡道の司の侵略にさらされています。ですが、恐れることはないのです。数多くの勇者たちがこの世界を守るために死力を尽くして戦っています。どうか、そのことを人々に伝えていただきたい。そして、自分にできる最大限のことを為していただきたい。この戦いは巨大な異世界そのものとの戦い。人類が一丸とならなければ決して勝てない。しかし、全人類がひとつとなり、その力を合わせれば必ず勝てる。千年前にその証明がすでに成されているのですから。この世界の現実を見たあなたたちには、まだこの世界を見ぬ人たちへの説得役を務めていただきたいのです」
夜。
ツアー客たちが砦のなかの客間で眠りについた頃、ようやく、ハーミドもガイド役から解放された。
「ふう」
と、さすがに疲れを感じながら食堂で酒を飲んでいると、プリンスが近づいてきた。
「毎日まいにち、ご苦労だな」
ねぎらいの言葉をかけられたハーミドはニヤリと笑って見せた。
「なあに。あんたたちほどじゃねえさ。おれはただガイドを務めているだけ。あんたたちは、実際に体を張って亡道の怪物と戦っているんだからな」
「いや。この戦いはおれたちだけで勝ち抜けるものじゃない。後方で生産を担当してくれるすべての人間の協力が必要だ。そのために、人々に事態を説明し、協力を求めることはおれにはできない。あんただけにできる芸当だ。そのことには感謝している」
言われて、ハーミドはそのいかつい顔で照れくさそうに笑って見せた。
「へへっ。言ってくれるじゃねえか。人々に真実を伝え、心を動かす。それが、新聞記者であるおれの仕事だからな。その仕事を認めてくれていることには素直に感謝しておくぜ。ところでよ。それに免じて、あんたに頼みがあるんだ」
「頼み?」
「ああ。おれに剣の教官をつけてほしい」
「剣の教官?」
さすがにいぶかしむ表情を浮かべるプリンスに対し、ハーミドはニッと笑って見せた。自慢の拳を握りしめて突きあげた。
プリンスのものよりも大きな拳。恐らくは、単純なパンチ力ならプリンス以上だろう。
「おれも喧嘩ならさんざんしてきたからよ。こっちなら自信はある。けど、やっぱ、亡道の怪物どもと戦うからには武器が使える必要があるだろう。本当はあんたに頼みたいところだが、さすがに一国の王にして最高指揮官として多忙を極めているあんたに頼むのは気が引けるからな。適当な師匠をつけてほしいのさ」
「亡道の怪物と戦う? どういうことだ? なぜ、新聞記者のお前が戦う?」
「決まってるだろ。遠征軍に参加して大聖堂ヴァルハラまで行くからさ」
ニィッ、と、ハーミドはそのいかつい顔で笑って見せた。
「亡道の司に、取材しなくちゃならねえからな」
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ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
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ぼくの家族は…内緒だよ!!
まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。
それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。
そんなぼくの話、聞いてくれる?
☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。
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昨日の敵は今日のパパ!
波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。
画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。
迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。
親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。
私、そんなの困ります!!
アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。
家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。
そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない!
アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか?
どうせなら楽しく過ごしたい!
そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。
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