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第二部 絆ぐ伝説
第九話最終章 英雄マークス
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サライサが姿を消したあと。
その空間には、ロウワンとマークスだけが残された。
ロウワンはマークスに向きなおった。幼い頃から祖母にその話を聞かされ、憧れを抱き、追い求めた伝説の騎士に。
ロウワンはマークスに近づいた。数歩の距離をもって立ちどまった。ひざまづき、深々と頭を垂れた。
「騎士マークス」
そう呼びかける声が震えているのは憧れの騎士マークスにこうして直接、出会うことができたという感動と、伝説の存在に対する畏敬の念、そして、『おれはここまで来た』という、自分自身の旅路に対する深い誇りからだった。
ロウワンは震える声を隠そうともせず、憧れの騎士に語りかけた。
「騎士マークス。伝説の英雄たるあなたに、こうして出会えたことを嬉しく思います。この世界を、人類を、救ってくださったこと、現代の人間を代表してお礼申しあげます」
礼を尽くす態度も、厳かなその口調もまさに騎士。ロウワンはいまこのとき、まちがいなく、騎士として偉大なる先達に礼を述べたのだ。そんなロウワンを前に――。
クスリ、と、マークスはかすかに笑った。
このいかにも自分に厳しく、謹厳実直の見本のような人物でもこんな笑みを浮かべることがあるのか。
そんなふうに思わせる優しさを含んだ笑みだった。それは確かに、しゃちほこばって自分を迎える後輩騎士の生真面目さを微笑ましく思う先輩騎士の笑みだった。
「ロウワン卿」
ロウワン卿、と、マークスは敬称付きでロウワンを呼んだ。身をかがめ、ロウワンに手を差し伸べた。千年前、その手に剣をもち、亡道の司を斬り裂いた右手を。
「ロウワン卿。現代の英雄として、亡道の司と戦うことを自ら選んだ貴公とこうして言葉を交わせること、おれこそ光栄に思う。さあ、立ってくれ、ロウワン卿。貴公のように立派な人物が膝などついてはいけない」
ロウワンは言われるがままに騎士マークスの手をとった。導かれるままに立ちあがった。改めて――。
千年前と現代。時代を代表するふたりの英雄は視線を交わしあった。ふたりは互いに、相手の顔に自分と同じ断固たる覚悟と決意を見出し、心にうなずいた。
「それと、ロウワン卿」
マークスが言った。
「おれのことを『英雄』と呼ぶのはやめてくれ。おれは英雄などではない。多くの兵士たちを死なせながら、自分ひとり生き残った卑怯者に過ぎない」
「いいえ」
ロウワンはマークスの言葉に対し、首を横に振って見せた。引きしまったその表情には、亡道の司との戦いに対する覚悟と同じ、確固たる思いがあった。
「騎士マークス。あなたがご自分のことをどう思おうとも、おれにとってあなたは英雄です。幼い頃からあなたの伝説を聞き、あなたの戦いを見て、あなたのようになりたいと思った。あなたの思いを継ぐことに決めた。そして、あなたを追い、旅をはじめた。おれが英雄という立場を担えるのも、あなたが前にいてくれたから。あなたの背中が常に前にあり、道を示してくれていたからです。おれにとって、あなたは英雄以外のなにものでもない。そして……」
ロウワンは一度、言葉を切ってからさらにつづけた。
「おれと同じようにあなたの伝説を聞き、あなたに憧れて育ったすべての人間にとっても。千年後にもきっと、『マークス』の名を受け継ぎ、その時代の英雄たらんとする人間は表れる。そのためにも、騎士マークスは英雄でなければいけないんです」
ロウワンのその言葉に――。
マークスはあっけにとられたようだった。騎士そのものと言ってもいい厳しい風貌に、間の抜けたような表情が浮かんだ。そして――。
天を仰ぎ、爽快そのものの笑い声を立てた。それはまさに、雲ひとつない抜けるような青空を思わせる笑い声だった。
「なるほど。おれ自身とは別に、『マークス』の名は歴代の英雄の名として受け継がれる。そういうことか」
「そうです」
「わかった。ならば、ロウワン卿。あの時代を守り抜いたすべての人間の代表として、貴公の礼を受けとろう」
「はい。おれも、この時代に生きるすべての人間、すべての生命を代表してお礼申しあげます」
『すべての生命』と、ロウワンがわざわざ付け加えたのは、親友にして兄貴分たるビーブの存在が常に心にあるからだ。
ロウワンとマークス。ふたりの英雄はしっかりと握手を交わしあった。
「騎士マークス。あなたに誓います。おれたち、現代の生命は必ず、亡道の司に勝つ。そして、千年後、今度こそ滅びの定めを覆せるよう準備をすることを」
「ロウワン卿。その誓い、確かに受けとった。おれも貴公に誓おう。此度の戦い、おれも可能な限りの力を尽くす。船に縛られた我が魂だが、天命の巫女さまは必ず守ってみせる」
貴公の妻と共に。
マークスはそう力を込めて、付け加えた。
「そして、千年後の戦いにも必ず、駆けつける。貴公や、千年後のマークスと共に、今度こそ滅びの定めを覆すために」
「はい」
と、ロウワンはその一言でマークスの誓いを受け入れた。
「騎士マークス。そこでひとつ、お願いがあります」
「お願い?」
「おれがあなたの名を、マークスⅡを名乗ることを許していただきたいのです」
この時代を守る英雄となるために。
ロウワンはそう語りかけた。
はははっ、と、マークスは声を立てて笑った。生真面目に引きしまったロウワンの表情がおかしくてたまらないようだった。
「いまさらなにを言う、ロウワン卿。自分の時代を守ろうとするものは皆、マークス。貴公がそう言ったばかりではないか。おれの許しを求める必要などない。この時代を守る覚悟を決めた貴公はすでにマークス。英雄マークスのひとりだ」
「ありがとうございます」
ロウワンは心から礼を述べた。
誰も知らない。
誰も見ていない。
しかし、たしかに、いまこの場において、人類と世界の歴史上で最も重要と言える襲名式が行われたのだ。
「さあ、では行こう、マークスⅡ。この時代を守るために!」
「はい!」
そして、マークスの幽霊船は海を疾駆した。
蒼い空と碧い海にはさまれて、潮風と陽光に背を押され、海鳥たちの鳴き声を友として。生あるもの特有の動きで海の上を駆け抜けた。そして――。
目前に陸地が見えてきた。世界三大港町のひとつ、サラフディンの港町が。
「ついに来た」
ロウワン、マークスⅡはそう言った。
『帰ってきた』ではない。
ロウワンとして帰ってきたのではない。新たな存在、マークスⅡとしてやって来たのだ。この時代を守るために戦う英雄として。千年後、今度こそ滅びの定めを覆すための準備を整える賢者として。そのための力をその身に宿して。
「みんな。まっていてくれ。おれはやって来た。必要な力を手に入れて。この時代の戦いのはじまりだ!」
第二部第九話完結
第二部第一〇話につづく
その空間には、ロウワンとマークスだけが残された。
ロウワンはマークスに向きなおった。幼い頃から祖母にその話を聞かされ、憧れを抱き、追い求めた伝説の騎士に。
ロウワンはマークスに近づいた。数歩の距離をもって立ちどまった。ひざまづき、深々と頭を垂れた。
「騎士マークス」
そう呼びかける声が震えているのは憧れの騎士マークスにこうして直接、出会うことができたという感動と、伝説の存在に対する畏敬の念、そして、『おれはここまで来た』という、自分自身の旅路に対する深い誇りからだった。
ロウワンは震える声を隠そうともせず、憧れの騎士に語りかけた。
「騎士マークス。伝説の英雄たるあなたに、こうして出会えたことを嬉しく思います。この世界を、人類を、救ってくださったこと、現代の人間を代表してお礼申しあげます」
礼を尽くす態度も、厳かなその口調もまさに騎士。ロウワンはいまこのとき、まちがいなく、騎士として偉大なる先達に礼を述べたのだ。そんなロウワンを前に――。
クスリ、と、マークスはかすかに笑った。
このいかにも自分に厳しく、謹厳実直の見本のような人物でもこんな笑みを浮かべることがあるのか。
そんなふうに思わせる優しさを含んだ笑みだった。それは確かに、しゃちほこばって自分を迎える後輩騎士の生真面目さを微笑ましく思う先輩騎士の笑みだった。
「ロウワン卿」
ロウワン卿、と、マークスは敬称付きでロウワンを呼んだ。身をかがめ、ロウワンに手を差し伸べた。千年前、その手に剣をもち、亡道の司を斬り裂いた右手を。
「ロウワン卿。現代の英雄として、亡道の司と戦うことを自ら選んだ貴公とこうして言葉を交わせること、おれこそ光栄に思う。さあ、立ってくれ、ロウワン卿。貴公のように立派な人物が膝などついてはいけない」
ロウワンは言われるがままに騎士マークスの手をとった。導かれるままに立ちあがった。改めて――。
千年前と現代。時代を代表するふたりの英雄は視線を交わしあった。ふたりは互いに、相手の顔に自分と同じ断固たる覚悟と決意を見出し、心にうなずいた。
「それと、ロウワン卿」
マークスが言った。
「おれのことを『英雄』と呼ぶのはやめてくれ。おれは英雄などではない。多くの兵士たちを死なせながら、自分ひとり生き残った卑怯者に過ぎない」
「いいえ」
ロウワンはマークスの言葉に対し、首を横に振って見せた。引きしまったその表情には、亡道の司との戦いに対する覚悟と同じ、確固たる思いがあった。
「騎士マークス。あなたがご自分のことをどう思おうとも、おれにとってあなたは英雄です。幼い頃からあなたの伝説を聞き、あなたの戦いを見て、あなたのようになりたいと思った。あなたの思いを継ぐことに決めた。そして、あなたを追い、旅をはじめた。おれが英雄という立場を担えるのも、あなたが前にいてくれたから。あなたの背中が常に前にあり、道を示してくれていたからです。おれにとって、あなたは英雄以外のなにものでもない。そして……」
ロウワンは一度、言葉を切ってからさらにつづけた。
「おれと同じようにあなたの伝説を聞き、あなたに憧れて育ったすべての人間にとっても。千年後にもきっと、『マークス』の名を受け継ぎ、その時代の英雄たらんとする人間は表れる。そのためにも、騎士マークスは英雄でなければいけないんです」
ロウワンのその言葉に――。
マークスはあっけにとられたようだった。騎士そのものと言ってもいい厳しい風貌に、間の抜けたような表情が浮かんだ。そして――。
天を仰ぎ、爽快そのものの笑い声を立てた。それはまさに、雲ひとつない抜けるような青空を思わせる笑い声だった。
「なるほど。おれ自身とは別に、『マークス』の名は歴代の英雄の名として受け継がれる。そういうことか」
「そうです」
「わかった。ならば、ロウワン卿。あの時代を守り抜いたすべての人間の代表として、貴公の礼を受けとろう」
「はい。おれも、この時代に生きるすべての人間、すべての生命を代表してお礼申しあげます」
『すべての生命』と、ロウワンがわざわざ付け加えたのは、親友にして兄貴分たるビーブの存在が常に心にあるからだ。
ロウワンとマークス。ふたりの英雄はしっかりと握手を交わしあった。
「騎士マークス。あなたに誓います。おれたち、現代の生命は必ず、亡道の司に勝つ。そして、千年後、今度こそ滅びの定めを覆せるよう準備をすることを」
「ロウワン卿。その誓い、確かに受けとった。おれも貴公に誓おう。此度の戦い、おれも可能な限りの力を尽くす。船に縛られた我が魂だが、天命の巫女さまは必ず守ってみせる」
貴公の妻と共に。
マークスはそう力を込めて、付け加えた。
「そして、千年後の戦いにも必ず、駆けつける。貴公や、千年後のマークスと共に、今度こそ滅びの定めを覆すために」
「はい」
と、ロウワンはその一言でマークスの誓いを受け入れた。
「騎士マークス。そこでひとつ、お願いがあります」
「お願い?」
「おれがあなたの名を、マークスⅡを名乗ることを許していただきたいのです」
この時代を守る英雄となるために。
ロウワンはそう語りかけた。
はははっ、と、マークスは声を立てて笑った。生真面目に引きしまったロウワンの表情がおかしくてたまらないようだった。
「いまさらなにを言う、ロウワン卿。自分の時代を守ろうとするものは皆、マークス。貴公がそう言ったばかりではないか。おれの許しを求める必要などない。この時代を守る覚悟を決めた貴公はすでにマークス。英雄マークスのひとりだ」
「ありがとうございます」
ロウワンは心から礼を述べた。
誰も知らない。
誰も見ていない。
しかし、たしかに、いまこの場において、人類と世界の歴史上で最も重要と言える襲名式が行われたのだ。
「さあ、では行こう、マークスⅡ。この時代を守るために!」
「はい!」
そして、マークスの幽霊船は海を疾駆した。
蒼い空と碧い海にはさまれて、潮風と陽光に背を押され、海鳥たちの鳴き声を友として。生あるもの特有の動きで海の上を駆け抜けた。そして――。
目前に陸地が見えてきた。世界三大港町のひとつ、サラフディンの港町が。
「ついに来た」
ロウワン、マークスⅡはそう言った。
『帰ってきた』ではない。
ロウワンとして帰ってきたのではない。新たな存在、マークスⅡとしてやって来たのだ。この時代を守るために戦う英雄として。千年後、今度こそ滅びの定めを覆すための準備を整える賢者として。そのための力をその身に宿して。
「みんな。まっていてくれ。おれはやって来た。必要な力を手に入れて。この時代の戦いのはじまりだ!」
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第二部第一〇話につづく
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