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第二部 絆ぐ伝説
第九話一八章 帰路
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一年の眠りの間、ロウワンの意識は闇のなかをたゆたっていた。
過去に浸り、未来をのぞき、夢のなかでその精神は移ろい、時と空間を越えて存在していた。外の世界にとっては一年でも、ロウワンにとってはそれをはるかに超える夢の旅路。自らの体に埋め込まれた核と共に旅する、眠りながらの人生行路だった。
それは、自らの存在と核とをなじませるための時間。
異なる存在と合わさり、ひとつになるための旅。
そして、一年の時が過ぎ、目覚めたとき、ロウワンははっきりと自分がかつての自分ではないことを感じていた。自分のなかに、はるか未来での誕生をまつひとつの世界――卵が存在していることを認識していた。
――男のおれが妊娠したということか。
思わず苦笑してしまう現実だった。しかし、そのことが妙に嬉しい。そのことがやけにくすぐったく思えてつい、ニヤけてしまう。
そんなロウワンに対し、ゼッヴォーカーの導師が尋ねた。
「説明してもらおう、ロウワン。気分はどうだ?」
「感じます。自分のなかに新しい世界の卵が脈打っていることを」
「説明しよう、ロウワン。成功だ。核は君とたしかにひとつになった。これから先、数十年の時をかけて核は君と相互作用を起こし、成長し、それに応じて君は人間から天命の理へと変化していく。それはいいな?」
「はい」
「説明しよう、ロウワン。その核はただ成長し、誕生のときをまつだけではない。亡道の世界に対抗する力ともなる。その核を宿したいま、君自身が亡道に対する武器なのだ。君の存在そのものが、君と君の仲間とを守り、亡道の司と戦うための大いなる力となることだろう」
「ありがとうございます、ゼッヴォーカーの導師。そして、先行種族の皆さん。おれたちは必ず、亡道の司に勝ちます。そして、人類社会を作り替える。今度こそ、滅びの定めを覆せる世界を築いてみせます」
「説明しよう、ロウワン。我々はそのことを期待している」
期待している。
人類のこの千年感の在り方に失望し、怒りを抱いていたゼッヴォーカーの導師。そのゼッヴォーカーの導師が再び、人類を信頼し、期待をかけてくれている。そのことがロウワンは嬉しかった。
――今度こそ、期待に応えてみせる。
その誓いを新たにした。
「説明しよう、ロウワン。さあ、帰りたまえ。仲間たちのもとへ。君たちの戦いをはじめるために」
「はい」
そして、ロウワンは狭間の世界を出て、天詠みの島へと戻った。そこは、眠りにつく前と同じ、太陽が輝き、青空が広がり、風が吹く、ロウワンたちの生きていた世界そのままだった。その事実に――。
ロウワンは安堵の息をもらした。
――一年の眠りの間に、世界は亡道の司によって滅ぼされるかも知れない。
ゼッヴォーカーの導師はそう言った。
そんなことにはならない。仲間たちが必ず、この世界を守り抜いてくれる。
そう信じてはいた。信じてはいたがやはり、こうして実際に世界が保たれていることを見ると安心する。
――みんな。よく世界を守ってくれた。もう少し、まっていてくれ。もうすぐ、みんなのもとに帰る。亡道の司と戦うための力をもって。
その思いを胸にロウワンはマークスの幽霊船に乗り込んだ。操舵室に入った。そこでは相変わらず、白骨となったマークスの体が舵輪の上に覆い被さっている。
そして、天命の巫女。メリッサとひとつになり、新たな生命力を得た天命の巫女がかわることなく竪琴をかき鳴らし、天命の曲を奏でつづけている。
「メリッサ」
ロウワンはそう呼びかけると、天命の巫女の頬にそっとふれた。その顔はかつての天命の巫女とは微妙にちがう。メリッサとひとつになり、メリッサの面影を色濃く宿したものとなっていた。そのもの言わぬ顔に向かい、ロウワンは語りかけた。
「行こう、メリッサ。千年後、再会するために」
そう言ってから、ロウワンは大きく胸を張った。マークスの魂に向かって叫んだ。
「さあ、マークス! おれをみんなのもとに帰してくれ! この時代における亡道の司との戦いに勝利するために!」
その声に応えて――。
マークスの幽霊船は力強く動きはじめた。
海の水を真っ二つに割って波を蹴立て、太陽と青空のもとを風に吹かれてグングンと進んでいく。その力強く、軽快な泳ぎは『幽霊船』という他はないボロボロの船体にはあまりにも似つかわしくないものだった。
しかし、ロウワンはそのことに口元をほころばせた。
「騎士マークス。あなたも、新しい戦いの予感に勇んでいるんですね」
核を埋め込んだ効果だろうか。幽霊船に宿った騎士マークスの魂の声が聞こえてくるような気がした。
――マークスもこの戦いに力を貸してくれる。みんなも全力を尽くして亡道の司との戦いに備えてくれている。だから、勝つ。おれたちは必ず勝つ。そして……。
人と人が争う必要のない世界を作りあげる!
ロウワンは拳を握りしめ、改めてそう誓った。だが――。
ガクッ!
突然だった。そんな音がして幽霊船がとまった。いや、それは音ではなく突然、幽霊船の動きをとめた力が音として感じられたと言うべきだった。
「なんだ、いきなり⁉」
ロウワンは叫んだ。
いきなり船体が揺れ、倒れそうになった。幽霊船をとめた力は、そのまま船体をつかんで海中に引きずり込もうとしていた。目に見えない巨人の手が船体をつかみ、沈めてやろうとしているかのように。
「この力……。これは」
ロウワンの顔色がかわった。その力にははっきりと覚えがあった。そして――。
突如として光が失われた。あんなにも晴れあがっていた青空、太陽が燦々と輝いていた空が暗雲に覆われ、稲光が走った。暗闇に閉ざされた世界にすさまじい雨の暴力が降りそそいだ。
「この力はあのときの……!」
そう。ロウワンははっきりとそう感じていた。この力、この現象。それはまぎれもなく、メリッサとふたり、天詠みの島目指して航行していたときに遭遇した力だった。
「また、あのときと同じことが起きている? だけど……これは、なんだ? この力……いや、思い? 感情?」
核を埋め込まれ、人ならざる存在へと一歩を踏み出したロウワンには感じることができた。幽霊船をつかみ、沈めようとしている力。その力が単なる『力』などではないことを。その裏にはっきりと意思と感情とが込められていることを。それは、それは……。
「人間⁉ これは、人間の思い⁉」
ロウワンがあまりの意外さに叫んだ、まさにそのときだ。
稲光が走り、無数の落雷が天からの柱のように落ちるなか、海を割って『それ』は姿を表した。
クジラよりもなおデカい、毛むくじゃらの獣。
海の雌牛。
過去に浸り、未来をのぞき、夢のなかでその精神は移ろい、時と空間を越えて存在していた。外の世界にとっては一年でも、ロウワンにとってはそれをはるかに超える夢の旅路。自らの体に埋め込まれた核と共に旅する、眠りながらの人生行路だった。
それは、自らの存在と核とをなじませるための時間。
異なる存在と合わさり、ひとつになるための旅。
そして、一年の時が過ぎ、目覚めたとき、ロウワンははっきりと自分がかつての自分ではないことを感じていた。自分のなかに、はるか未来での誕生をまつひとつの世界――卵が存在していることを認識していた。
――男のおれが妊娠したということか。
思わず苦笑してしまう現実だった。しかし、そのことが妙に嬉しい。そのことがやけにくすぐったく思えてつい、ニヤけてしまう。
そんなロウワンに対し、ゼッヴォーカーの導師が尋ねた。
「説明してもらおう、ロウワン。気分はどうだ?」
「感じます。自分のなかに新しい世界の卵が脈打っていることを」
「説明しよう、ロウワン。成功だ。核は君とたしかにひとつになった。これから先、数十年の時をかけて核は君と相互作用を起こし、成長し、それに応じて君は人間から天命の理へと変化していく。それはいいな?」
「はい」
「説明しよう、ロウワン。その核はただ成長し、誕生のときをまつだけではない。亡道の世界に対抗する力ともなる。その核を宿したいま、君自身が亡道に対する武器なのだ。君の存在そのものが、君と君の仲間とを守り、亡道の司と戦うための大いなる力となることだろう」
「ありがとうございます、ゼッヴォーカーの導師。そして、先行種族の皆さん。おれたちは必ず、亡道の司に勝ちます。そして、人類社会を作り替える。今度こそ、滅びの定めを覆せる世界を築いてみせます」
「説明しよう、ロウワン。我々はそのことを期待している」
期待している。
人類のこの千年感の在り方に失望し、怒りを抱いていたゼッヴォーカーの導師。そのゼッヴォーカーの導師が再び、人類を信頼し、期待をかけてくれている。そのことがロウワンは嬉しかった。
――今度こそ、期待に応えてみせる。
その誓いを新たにした。
「説明しよう、ロウワン。さあ、帰りたまえ。仲間たちのもとへ。君たちの戦いをはじめるために」
「はい」
そして、ロウワンは狭間の世界を出て、天詠みの島へと戻った。そこは、眠りにつく前と同じ、太陽が輝き、青空が広がり、風が吹く、ロウワンたちの生きていた世界そのままだった。その事実に――。
ロウワンは安堵の息をもらした。
――一年の眠りの間に、世界は亡道の司によって滅ぼされるかも知れない。
ゼッヴォーカーの導師はそう言った。
そんなことにはならない。仲間たちが必ず、この世界を守り抜いてくれる。
そう信じてはいた。信じてはいたがやはり、こうして実際に世界が保たれていることを見ると安心する。
――みんな。よく世界を守ってくれた。もう少し、まっていてくれ。もうすぐ、みんなのもとに帰る。亡道の司と戦うための力をもって。
その思いを胸にロウワンはマークスの幽霊船に乗り込んだ。操舵室に入った。そこでは相変わらず、白骨となったマークスの体が舵輪の上に覆い被さっている。
そして、天命の巫女。メリッサとひとつになり、新たな生命力を得た天命の巫女がかわることなく竪琴をかき鳴らし、天命の曲を奏でつづけている。
「メリッサ」
ロウワンはそう呼びかけると、天命の巫女の頬にそっとふれた。その顔はかつての天命の巫女とは微妙にちがう。メリッサとひとつになり、メリッサの面影を色濃く宿したものとなっていた。そのもの言わぬ顔に向かい、ロウワンは語りかけた。
「行こう、メリッサ。千年後、再会するために」
そう言ってから、ロウワンは大きく胸を張った。マークスの魂に向かって叫んだ。
「さあ、マークス! おれをみんなのもとに帰してくれ! この時代における亡道の司との戦いに勝利するために!」
その声に応えて――。
マークスの幽霊船は力強く動きはじめた。
海の水を真っ二つに割って波を蹴立て、太陽と青空のもとを風に吹かれてグングンと進んでいく。その力強く、軽快な泳ぎは『幽霊船』という他はないボロボロの船体にはあまりにも似つかわしくないものだった。
しかし、ロウワンはそのことに口元をほころばせた。
「騎士マークス。あなたも、新しい戦いの予感に勇んでいるんですね」
核を埋め込んだ効果だろうか。幽霊船に宿った騎士マークスの魂の声が聞こえてくるような気がした。
――マークスもこの戦いに力を貸してくれる。みんなも全力を尽くして亡道の司との戦いに備えてくれている。だから、勝つ。おれたちは必ず勝つ。そして……。
人と人が争う必要のない世界を作りあげる!
ロウワンは拳を握りしめ、改めてそう誓った。だが――。
ガクッ!
突然だった。そんな音がして幽霊船がとまった。いや、それは音ではなく突然、幽霊船の動きをとめた力が音として感じられたと言うべきだった。
「なんだ、いきなり⁉」
ロウワンは叫んだ。
いきなり船体が揺れ、倒れそうになった。幽霊船をとめた力は、そのまま船体をつかんで海中に引きずり込もうとしていた。目に見えない巨人の手が船体をつかみ、沈めてやろうとしているかのように。
「この力……。これは」
ロウワンの顔色がかわった。その力にははっきりと覚えがあった。そして――。
突如として光が失われた。あんなにも晴れあがっていた青空、太陽が燦々と輝いていた空が暗雲に覆われ、稲光が走った。暗闇に閉ざされた世界にすさまじい雨の暴力が降りそそいだ。
「この力はあのときの……!」
そう。ロウワンははっきりとそう感じていた。この力、この現象。それはまぎれもなく、メリッサとふたり、天詠みの島目指して航行していたときに遭遇した力だった。
「また、あのときと同じことが起きている? だけど……これは、なんだ? この力……いや、思い? 感情?」
核を埋め込まれ、人ならざる存在へと一歩を踏み出したロウワンには感じることができた。幽霊船をつかみ、沈めようとしている力。その力が単なる『力』などではないことを。その裏にはっきりと意思と感情とが込められていることを。それは、それは……。
「人間⁉ これは、人間の思い⁉」
ロウワンがあまりの意外さに叫んだ、まさにそのときだ。
稲光が走り、無数の落雷が天からの柱のように落ちるなか、海を割って『それ』は姿を表した。
クジラよりもなおデカい、毛むくじゃらの獣。
海の雌牛。
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