壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第九話一一章 人間に戻す

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 「ありがとうございます!」
 協力を確約してくれたゼッヴォーカーの導師どうしの言葉に、ロウワンは顔中に喜びを爆発させた。
 「それなら……!」
 メリッサがここぞとばかりに一歩を踏み出し、畳みかけた。その表情がロウワンの妻としての顔など微塵みじんもない、完全な研究者のそれとなっている。
 「いますぐに協議をはじめましょう。亡道もうどうつかさが外の世界に解きはなたれている以上、一秒も無駄にするわけにはいきません。人類だってこの千年、身内同士で争っていたわけではありません。亡道もうどう世界せかい亡道もうどうつかさについての研究も絶えず行ってきました。わたしはその成果を受け継いでいます。あなた方の知識と人類が進めてきた研究。そのふたつを合わせればきっと、亡道もうどうつかさに対する新しい方法が見つかるはずです」
 ゼッヴォーカーの導師どうしはメリッサの言葉にステンドグラスのような顔面を盛んに明滅させた。その明滅の仕方こそがゼッヴォーカーという種族にとって、人間にとっての表情の変化に相当するものだということはすでにわかっている。その激しい明滅は歓迎の意であり、喜びの表現であることはまちがいなかった。
 「説明しよう、若き人間よ。まさに、その通りだ。人間が重ねてきた千年の研究、見せてもらうぞ」
 その口調からすると亡道もうどうつかさに対する準備を重要に思っていることはもちろんだが、人類の研究成果を知ることに対する純粋な喜びも大きいようだ。
 ――やっぱり、根っからの研究者なんだな。
 ロウワンはそう思い、なんだか微笑ましい気分にさせられた。
 「我々も参加させてもらおう」
 第二の種族メルデリオ、第三の種族イルキュルス、第四の種族カーバッソ、第七の種族ミスルセスが名乗りをあげ、ゼッヴォーカーの導師どうしとメリッサと共に移動していった。
 メリッサはすでに、自分を取り囲む五つの先行種族相手に――ロウワンには何がなんだかわからない――専門用語満載の会話を交わしており、研究者としての役割に没頭している。ロウワンのことなどもはや完全に忘れているかのような態度で、振り返ろうとすらしない。
 その姿はさすがにロウワンも苦笑したが、メリッサの姿勢はロウワンにとっては好ましいものだった。そんな人物だからこそ惚れたのだし、一緒に来てもらったのだ。
 ――ここで、研究よりおれのことを気に懸けるようじゃメリッサじゃないからな。
 誇らしさと満足感と共にそう思う。
 ロウワンは愛する妻であり、頼もしい仲間であるメリッサが去っていくのを黙って見送った。しかし、さて、こうなると自分はなにをすればいいのだろう?
 天命てんめい博士はくしでもない自分がメリッサたちの専門的な協議に加わったところで理解できるはずもない。いるだけ邪魔にしかならないだろう。かと言って、すべてをメリッサひとりに任せて昼寝して過ごすわけにはいかない。自分はじぶんで、なんとしても亡道もうどうつかさに対するための『なにか』を手に入れて帰らなければならないのだ。
 そんなロウワンに第五の種族ゴルゼクウォ、第六の種族ハイシュリオス、第八の種族カーンゼリッツが話しかけてきた。
 「若者よ。君には我々のもとで学んでもらおう」
 第八の種族カーンゼリッツが言った。
 やけに背の高い学士の帽子に学士のローブ。中身がなく、帽子とローブだけがその場に立っているかのようなその姿。まるで『学士』という存在を示す記号だけを取り出して、学府を示す絵にしたかのよう。そんな姿が印象的な種族だった。
 「我々がこの千年で得た亡道もうどう世界せかいに関する知識。そのすべてを君には受けとってもらう」
 「はい」
 と、ロウワンはうなずいた。
 相手に対する正式な知識。それなくして戦いに勝てるはずもない。亡道もうどう世界せかいについて学べるのはロウワンにとって願ってもないことだった。
 「さらに……」
 今度は第七の種族ハイシュリオスが言った。まるで、昆虫のナナフシのように細長く、節のついたその体。全体的な印象としては八つの先行種族のなかでもっとも人間に近いかも知れない。ただ、手に着いた五本の指のうち、人差し指が極端に長く伸びて一振りの剣となっているのが印象的だった。
 「たい亡道もうどうようの戦闘術も学んでもらう」
 「たい亡道もうどうようの戦闘術⁉ そんなものがあり得るんですか?」
 「理屈の上ではな」
 「理屈の上では?」
 ロウワンは怪訝けげんそうな表情を浮かべ、鼻にしわをよせた。ハイシュリオスはかまわずにつづけた。
 「亡道もうどう世界せかいは我々、天命てんめい世界せかいにとっての天敵。だが、逆に言えば、亡道もうどう世界せかいにとっても我々は天敵なのだ。亡道もうどうのやからが不死身なのは、亡道もうどうの支配下にあることで、生も死もない状態にあるからに他ならない。その不死性を破壊するためには、亡道もうどうのやからを天命てんめい要素ようそで包みこみ、天命てんめい世界せかいの存在にかえてしまうことだ。それさえできれば、亡道もうどうのやからと言えども死せる定めの生物に過ぎなくなる」
 「つまり、殺せるようになる。そう言うことですか?」
 「そうだ。そして、天命てんめい世界せかいとひとつになり、天命てんめい世界せかいの要素を我が物として相手にぶつけることで、それが可能になる」
 「なるほど」
 と、ロウワンはうなずいたか実のところ、はっきりと意味がわかったわけではない。だが、そもそも『剣の極意』とも言うべきものを言葉で正確に説明できるはずもない。こればかりは修行を重ね、実践で身につけるしかないだろう。
 「ですが、『理屈の上では』とは、どういう意味です?」
 そう尋ねるロウワンに、ハイシュリオスは答えた。
 「残念ながら、この狭間はざま世界せかいにあっては実際に亡道もうどう相手に試すことは叶わぬ。理屈の上で効果があると推測することはできても、実際の効果について語ることはできぬ。それは、君自身が実際に試すことで明らかにしていくしかないことだ」
 「……なるほど」
 と、ロウワンは改めてうなずいた。
 ――そんな戦闘術があるなら、野伏のぶせにも来てもらえばよかったな。
 ロウワンはそう思った。根っからの剣客けんかくである野伏のぶせであれば、自分よりもずっと効率よく習得することができただろう。
 ――だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。おれがきちんと身につけ、皆に伝えればいいことだ。
 それになにより、野伏のぶせはいま、レディ・アホウタと共にパンゲア領に乗り込んで新しい力を手に入れるために修行中だ。野伏のぶせならばきっと、自らの手で必要な力を手に入れることだろう。
 ――そうだ。いま、おれがやるべきことは悔やむことじゃない。仲間を信じ、自分にできることに全力で取り組むことだ。
 改めて、そう決意した。
 「我も協力するぞ、人間よ」
 第五の種族ゴルゼクウォが言った。
 その姿はまるで、岩でできた二足歩行の野牛。ゴツゴツと盛りあがった岩の体。意外と貧弱に見える二本の足。その上に、いわおのようにふくれあがった上半身が猫背気味についている。その腕は貧弱に見える足とは対照的に太く、雄々しく、力強い。頭部から延びた、湾曲わんきょくした二本の角はまさに力の象徴。
 異界の力士りきし
 そう呼びたくなる姿だった。
 「はい。お願いします」
 ロウワンは頭をさげて感謝の意を示した。
 誰であれ、亡道もうどうつかさとの戦いに協力してくれるというのであれば、敬意と感謝の念を贈るに足る。ましてそれが、かつて、この天命てんめい世界せかいに存在していた先行種族となれば。
 そして、狭間はざま世界せかいでの日々がはじまった。
 メリッサはゼッヴォーカーの導師どうしたち相手に熱く、激しい、学術的な協議を繰り返し、ロウワンはロウワンで第八の種族カーンゼリッツから亡道もうどう世界せかいについての最新の研究成果を学び、ハイシュリオスからはたい亡道もうどうようの戦闘術を学び、ゴルゼクウォ相手にその技を試す。
 そんな日々がつづいた。
 それが、どれだけの日数だったのかはわからない。そもそも、過去も未来もないこの狭間はざま世界せかいにおいて、時の経過を求めるのが無意味というもの。どれだけの日数がたっているかは、もとの世界に戻らなければわからない。
 それを思えば、
 ――本当にこんなことをしていていいのか?
 そんなあせりも生まれる。
 ――ここで時間をかけてしまえば、戻ったときには世界は亡道もうどう世界せかいに呑み込まれているんじゃ……。
 しかし、必要な技も知識も身につけずにあわてて帰ったところで、亡道もうどうつかさ相手の戦いに勝ち目などないのは確か。もとの世界には仲間たちがいる。仲間たちなら自分たちが帰るまで必ず持ちこたえてくれる。そう信じ、少しでも早く技と知識を習得できるよう励むしかなかった。
 そうして、必死に習得に励んでいたある日、メリッサがゼッヴォーカーの導師どうしと共にロウワンのもとにやってきた。その表情はいつになく真剣で、ピリピリした雰囲気に満ちていた。
 「どうしたんだ、メリッサ? なにかあったのか?」
 ただならぬ雰囲気にとまどい、そう尋ねるロウワンに対し、メリッサは言った。
 「天命てんめい巫女みこを人間に戻す方法が見つかったわ」
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