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第二部 絆ぐ伝説
第九話九章 先行種族の怒り
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ロウワンとメリッサ。ふたりが光の門をくぐった先。
そこには太陽の輝く青空があり、緑なす草原が広がっていた。吹きつける風が来ては去り、去っては来て、頬をなぶり、草を揺らしていく。
一瞬、城の外に出て大地の上に戻ってしまったのではないか。そんな気のする風景。しかし、目をあげて遠くを見れば、その先は奇妙にぼやけた風景が映っている。まるで、シャボン玉のなかから透明な膜に遮られた外の世界を眺めているかのように。
まちがいない。それは、ロウワンがかつてマークスの記憶のなかで見た狭間の世界そのもの。はじまりの種族ゼッヴォーカーが自分たちが生き残る最後の希望として、のちに生まれる種族たちを受け入れる先として作りあげた避難場所。そして、なにより――。
目の前に立つ異形。
人ならざる姿をした『人』。
人間に似た体を甲虫のような外皮に包み、背中には玉虫色の殻を背負っている。頭部からはカミキリムシのように長い二本の触覚が伸び、人間の顔面に当たる部分には目も、鼻も、口もない。教会のステンドグラスを思わせる平面であり、光が明滅を繰り返している。
はじまりの種族ゼッヴォーカー。
かつて、マークスの記憶のなかで見た姿そのままの『人』がそこにいた。
――やっと、ここまで来た。
そう。やっと、やっと、はじまりの種族ゼッヴォーカーに会えるところまで来た。自分はついにそこまで成長したのだ。はじめてマークスの幽霊船に乗り込んだときからいままでの旅路。そのすべてを思い出して、ロウワンの胸いっぱいに万感の思いがふくれあがった。
様々な思いに胸をふくらませるロウワンの前。そこで、ゼッヴォーカーはステンドグラスを思わせる画面に盛んに光を明滅させている。そして、そのゼッヴォーカーの後ろにはやはり、人ならざる姿の『人』が七体、立ち並んでいた。
「説明しよう、若き人間よ」
ゼッヴォーカーが激しく顔面を明滅させたまま、言った。その言葉使いにロウワンは思わず笑ってしまった。マークスの記憶のなかで見たのとそっくり同じ喋り方。千年の時を閲しても口調はかわらなかったらしい。時のとまったこの世界で生きつづけているのであれば、それも当然か。
ゼッヴォーカーはつづけた。
「説明しよう、若き人間よ。我ははじまりの種族ゼッヴォーカー。ゼッヴォーカーの導師。千年前、騎士マークスによってそう呼ばれたものである」
「第二の種族、メルデリオである」
ゼッヴォーカーの導師につづいて、その後ろに並ぶ七体の『人』の最初のひとりが言った。
「第三の種族、イルキュルスである」
二人目が言った。
「第四の種族、カーバッソである」
三人目が言った。
「第五の種族、ゴルゼクウォである」
「第六の種族、ハイシュリオスである」
「第七の種族、ミスルセスである」
「第八の種族、カーンゼリッツである」
人類以前に生まれては栄え、そして、滅びてきた七つの種族がそれぞれに名乗った。ロウワンはその偉大なる先達たちに対し、最大限の敬意をもって人類の代表として名乗った。
「第九の種族、人類。そのひとり、ロウワンと申します」
「同じく人類のひとり、メリッサと申します」
メリッサもまた、自分が古き先達たちの並ぶ様に感動し、その威に打たれていることを知り、素直にそのことを認め、敬意を払いながらそう名乗った。
ゼッヴォーカーの導師がステンドグラスのような顔面を激しく明滅させながら言った。
「説明しよう、若き人間よ。我々はひどく失望している。怒っている」
ゼッヴォーカーの導師はそう言った。ステンドグラスのような顔面から、人間のような表情が読みとれるわけではない。それでも、やけに激しく不規則に明滅を繰り返すその様を見れば、ゼッヴォーカーの導師の抱いている怒りは伝わってくる。
「説明しよう、若き人間よ。千年前。我々は人類の成し遂げた行いに感銘を受けた。亡道の司を退け、この世界を守り抜いたその偉業にだ。
説明しよう、若き人間よ。我々は人類に期待をかけた。人類こそがこの世界の滅びの定めを覆し、永遠をもたらしてくれる救世の種族になってくれるだろうと。騎士マークスの振る舞いは、その期待を抱かせるに充分なものであった。
説明しよう、若き人間よ。そのために我々は人類の訪れをまちつづけた。人類が再び、我々のもとを訪れ、今度こそ滅びの定めを覆すために、共に戦うときが来ることを。
説明しよう、若き人間よ。そのために我々はこの千年、ひたすらに準備を重ねてきた。亡道の世界に関する研究をつづけ、亡道の司を島に封じ込めるために島全体に結界を張った。すべては、人類と共に最後の戦いを行うためであった。しかし!
説明しよう、若き人間よ。我々は裏切られた。人類はこの千年、亡道の司との戦いに備えるどころか、仲間同士の争いにうつつをぬかしてきた。この世界の滅びの定めを忘れ、我々のことを忘れた。あまつさえ、島に封じられていた亡道の司を島の外に連れ出し、亡道の要素を広めてしまった!
説明しよう、若き人間よ。そのときの我々の思いを理解できるか。我々はこの世界から外に出ることはできぬ。いまの世界は、我々の生きていた世界とはなにもかもがちがう。外の世界に出れば我々はもはや生きてはいけぬ。人類が島に訪れ、災厄を世界に広めることを黙って見ているしかなかったその無念。そのくやしさ。それがわかるか、若き人間よ。
説明しよう、若き人間よ。我々は失望している! 怒っている! 我々は人類に裏切られた!」
ステンドグラスのような顔面の明滅と共に、激しい糾弾の言葉が叩きつけられる。
それは、人類という種そのものに対しての弾劾。滅び去った世界の亡霊に過ぎない自分たちには、この世界を守るために亡道の司と戦うことはできないという無念。だからこそ唯一、それができる種族である人類がせっかくの能力をそのために使わず、身内同士の争いに費やしてきたことに対するくやしさ。そこから生まれる激しい怒り。
そのすべてがいま、ロウワンに向けて放たれている。ロウワンは人類の代表として、種全体に向けられた怒りを黙ってその身に受けていた。
「一言もありません」
ロウワンは静かにそう告げた。
「我々、人類はたしかにあなた方の期待を裏切りました。それだけではない。騎士マークスと、マークスに従った一千万の兵士たち。いえ、未来を手に入れるために死力を尽くして戦った千年前の人類すべてを裏切った。その罪に対し、言えることはなにもありません」
「でも!」
激しい声がした。甘んじて人類の罪を受け入れるロウワンに対し、怒れる抗議の声をあげたのはメリッサだった。
先達たちの無念を思えば人類を責めたくなるのはわかる。糾弾するのも当然だとは思う。だからと言って、ロウワンが責められる謂れはない。
ゼッヴォーカーたちを、千年前の人類を裏切ったのは何百年も前の人間たち。ロウワンは、そして、現在の人類そのものが、その行為の被害者ではないか。それなのに、ロウワンひとりが裏切り者の代表のように扱われるなんて……。
夫の名誉を守らずして、なにが妻か!
その思いがメリッサをして、かの人らしくもない感情的な態度に走らせていた。
「ロウワンはあなたたちを裏切ってはいません! 世界の真相を知ったロウワンはたったひとりで行動をはじめ、仲間をふやし、亡道の司との戦いに備えてきました。ロウワンの行いは認めるべきです!」
「……メリッサ」
「黙っていることはないわ、ロウワン! あなたはできるだけのことを必死にしてきたじゃない。それを認めることもできない偏屈者なら協力を仰ぐ価値もないわ」
ロウワンは自分のために怒りつづける妻の姿に、優しく微笑んだ。
「ありがとう、メリッサ。おれのために怒ってくれて。でも、いいんだ。いまはそんなことを言って仲違いしている場合じゃない」
「……ロウワン」
妻を諭しておいて、ロウワンはゼッヴォーカーの導師に向きなおった。ありったけの誠意を込めて訴えた。
「ゼッヴォーカーの導師。メリッサが言ってくれたとおりです。私はこの世界の真相を知って以来、騎士マークスの思いを継ぎ、この世界を守ると誓いました。そのためにできることはすべて、やってきたつもりです。ですが、それだけでは足りない。あなた方の言うとおり、人類は亡道の司という災厄を世界に放ってしまった。あなたたちの尽力を無駄にしてしまった。そのことに対してはお詫びの言葉もありません。申し訳ありませんでした」
ロウワンはそう言って、頭をさげた。
「ですが、ゼッヴォーカーの導師。そして、先達たる皆さん。解きはなたれた亡道の司からこの世界を守るためにはあなた方の力が必要です。どうか、もう一度、力をお貸しください。今回の戦いをしのぎ、次の千年を手に入れるために」
そうすれば今度こそ、次の戦いにおいてこそ、人類はその能力を正しく使い、滅びの定めを覆し、この世界に永遠をもたらして見せます。
ロウワンはそう訴えかけた。
「そのために、お願いします。あなた方の力をお貸しください」
ただひたすらにそう訴えかける。
「人類に対してどう思おうと、あなたたちだけでは亡道の司とは戦えない。いまのこの世界で亡道の司と戦えるのは人類のみ。人類に協力しなければ、またもこの世界の滅びを見ることになるぞ」
そう言って相手の弱点を突き、駆け引きに持ち込むこともできた。しかし、ロウワンはあえてそうしなかった。ただただ愚直に訴えかけることを選んだ。
駆け引きを行うことで協力を得られたとしてもそこには、本当の意味での信頼は生まれない。『小狡い相手だ』という不信感を抱かせ、お互いに相手を疑いながら表面ばかりは協力する。そんな関係になってしまうだろう。
それでは、亡道の司相手の大戦を乗りきれるわけがない。必要なのはなによりも信頼。お互いに相手を信じ、任せることのできる関係を築くこと。だからこそロウワンは、ただひたすらに頼み込むことにした。その思いが伝わるまで。
ゼッヴォーカーの導師は答えた。
「説明しよう、若き人間よ。どうして、我々に人類を信じることができよう。我々はすでに一度、人類に裏切られた。次の千年、再び、人類が我々を裏切ることはないという保証がどこにある?」
「たしかに。そんな保証はできません。ですが、次の千年こそ期待に応えられるよう、私の仲間たちが新たな世界を作るために行動してくれています。どうか、その思いを汲んでください。もう一度だけ、私たち人類を信じてください」
「説明しよう、若き人間よ。ならば、その覚悟を証明して見せよ」
「証明? どうやって?」
ロウワンがそう尋ねたときだ。
「説明しよう、若き人間よ。そなたたちには試練を受けてもらう」
ゼッヴォーカーの導師が言ったそのときだ。
突然、世界が暗転した。気がついたとき、ロウワンとメリッサは、かの人たちふたりしかいない薄闇の空間に立っていた。
そこには太陽の輝く青空があり、緑なす草原が広がっていた。吹きつける風が来ては去り、去っては来て、頬をなぶり、草を揺らしていく。
一瞬、城の外に出て大地の上に戻ってしまったのではないか。そんな気のする風景。しかし、目をあげて遠くを見れば、その先は奇妙にぼやけた風景が映っている。まるで、シャボン玉のなかから透明な膜に遮られた外の世界を眺めているかのように。
まちがいない。それは、ロウワンがかつてマークスの記憶のなかで見た狭間の世界そのもの。はじまりの種族ゼッヴォーカーが自分たちが生き残る最後の希望として、のちに生まれる種族たちを受け入れる先として作りあげた避難場所。そして、なにより――。
目の前に立つ異形。
人ならざる姿をした『人』。
人間に似た体を甲虫のような外皮に包み、背中には玉虫色の殻を背負っている。頭部からはカミキリムシのように長い二本の触覚が伸び、人間の顔面に当たる部分には目も、鼻も、口もない。教会のステンドグラスを思わせる平面であり、光が明滅を繰り返している。
はじまりの種族ゼッヴォーカー。
かつて、マークスの記憶のなかで見た姿そのままの『人』がそこにいた。
――やっと、ここまで来た。
そう。やっと、やっと、はじまりの種族ゼッヴォーカーに会えるところまで来た。自分はついにそこまで成長したのだ。はじめてマークスの幽霊船に乗り込んだときからいままでの旅路。そのすべてを思い出して、ロウワンの胸いっぱいに万感の思いがふくれあがった。
様々な思いに胸をふくらませるロウワンの前。そこで、ゼッヴォーカーはステンドグラスを思わせる画面に盛んに光を明滅させている。そして、そのゼッヴォーカーの後ろにはやはり、人ならざる姿の『人』が七体、立ち並んでいた。
「説明しよう、若き人間よ」
ゼッヴォーカーが激しく顔面を明滅させたまま、言った。その言葉使いにロウワンは思わず笑ってしまった。マークスの記憶のなかで見たのとそっくり同じ喋り方。千年の時を閲しても口調はかわらなかったらしい。時のとまったこの世界で生きつづけているのであれば、それも当然か。
ゼッヴォーカーはつづけた。
「説明しよう、若き人間よ。我ははじまりの種族ゼッヴォーカー。ゼッヴォーカーの導師。千年前、騎士マークスによってそう呼ばれたものである」
「第二の種族、メルデリオである」
ゼッヴォーカーの導師につづいて、その後ろに並ぶ七体の『人』の最初のひとりが言った。
「第三の種族、イルキュルスである」
二人目が言った。
「第四の種族、カーバッソである」
三人目が言った。
「第五の種族、ゴルゼクウォである」
「第六の種族、ハイシュリオスである」
「第七の種族、ミスルセスである」
「第八の種族、カーンゼリッツである」
人類以前に生まれては栄え、そして、滅びてきた七つの種族がそれぞれに名乗った。ロウワンはその偉大なる先達たちに対し、最大限の敬意をもって人類の代表として名乗った。
「第九の種族、人類。そのひとり、ロウワンと申します」
「同じく人類のひとり、メリッサと申します」
メリッサもまた、自分が古き先達たちの並ぶ様に感動し、その威に打たれていることを知り、素直にそのことを認め、敬意を払いながらそう名乗った。
ゼッヴォーカーの導師がステンドグラスのような顔面を激しく明滅させながら言った。
「説明しよう、若き人間よ。我々はひどく失望している。怒っている」
ゼッヴォーカーの導師はそう言った。ステンドグラスのような顔面から、人間のような表情が読みとれるわけではない。それでも、やけに激しく不規則に明滅を繰り返すその様を見れば、ゼッヴォーカーの導師の抱いている怒りは伝わってくる。
「説明しよう、若き人間よ。千年前。我々は人類の成し遂げた行いに感銘を受けた。亡道の司を退け、この世界を守り抜いたその偉業にだ。
説明しよう、若き人間よ。我々は人類に期待をかけた。人類こそがこの世界の滅びの定めを覆し、永遠をもたらしてくれる救世の種族になってくれるだろうと。騎士マークスの振る舞いは、その期待を抱かせるに充分なものであった。
説明しよう、若き人間よ。そのために我々は人類の訪れをまちつづけた。人類が再び、我々のもとを訪れ、今度こそ滅びの定めを覆すために、共に戦うときが来ることを。
説明しよう、若き人間よ。そのために我々はこの千年、ひたすらに準備を重ねてきた。亡道の世界に関する研究をつづけ、亡道の司を島に封じ込めるために島全体に結界を張った。すべては、人類と共に最後の戦いを行うためであった。しかし!
説明しよう、若き人間よ。我々は裏切られた。人類はこの千年、亡道の司との戦いに備えるどころか、仲間同士の争いにうつつをぬかしてきた。この世界の滅びの定めを忘れ、我々のことを忘れた。あまつさえ、島に封じられていた亡道の司を島の外に連れ出し、亡道の要素を広めてしまった!
説明しよう、若き人間よ。そのときの我々の思いを理解できるか。我々はこの世界から外に出ることはできぬ。いまの世界は、我々の生きていた世界とはなにもかもがちがう。外の世界に出れば我々はもはや生きてはいけぬ。人類が島に訪れ、災厄を世界に広めることを黙って見ているしかなかったその無念。そのくやしさ。それがわかるか、若き人間よ。
説明しよう、若き人間よ。我々は失望している! 怒っている! 我々は人類に裏切られた!」
ステンドグラスのような顔面の明滅と共に、激しい糾弾の言葉が叩きつけられる。
それは、人類という種そのものに対しての弾劾。滅び去った世界の亡霊に過ぎない自分たちには、この世界を守るために亡道の司と戦うことはできないという無念。だからこそ唯一、それができる種族である人類がせっかくの能力をそのために使わず、身内同士の争いに費やしてきたことに対するくやしさ。そこから生まれる激しい怒り。
そのすべてがいま、ロウワンに向けて放たれている。ロウワンは人類の代表として、種全体に向けられた怒りを黙ってその身に受けていた。
「一言もありません」
ロウワンは静かにそう告げた。
「我々、人類はたしかにあなた方の期待を裏切りました。それだけではない。騎士マークスと、マークスに従った一千万の兵士たち。いえ、未来を手に入れるために死力を尽くして戦った千年前の人類すべてを裏切った。その罪に対し、言えることはなにもありません」
「でも!」
激しい声がした。甘んじて人類の罪を受け入れるロウワンに対し、怒れる抗議の声をあげたのはメリッサだった。
先達たちの無念を思えば人類を責めたくなるのはわかる。糾弾するのも当然だとは思う。だからと言って、ロウワンが責められる謂れはない。
ゼッヴォーカーたちを、千年前の人類を裏切ったのは何百年も前の人間たち。ロウワンは、そして、現在の人類そのものが、その行為の被害者ではないか。それなのに、ロウワンひとりが裏切り者の代表のように扱われるなんて……。
夫の名誉を守らずして、なにが妻か!
その思いがメリッサをして、かの人らしくもない感情的な態度に走らせていた。
「ロウワンはあなたたちを裏切ってはいません! 世界の真相を知ったロウワンはたったひとりで行動をはじめ、仲間をふやし、亡道の司との戦いに備えてきました。ロウワンの行いは認めるべきです!」
「……メリッサ」
「黙っていることはないわ、ロウワン! あなたはできるだけのことを必死にしてきたじゃない。それを認めることもできない偏屈者なら協力を仰ぐ価値もないわ」
ロウワンは自分のために怒りつづける妻の姿に、優しく微笑んだ。
「ありがとう、メリッサ。おれのために怒ってくれて。でも、いいんだ。いまはそんなことを言って仲違いしている場合じゃない」
「……ロウワン」
妻を諭しておいて、ロウワンはゼッヴォーカーの導師に向きなおった。ありったけの誠意を込めて訴えた。
「ゼッヴォーカーの導師。メリッサが言ってくれたとおりです。私はこの世界の真相を知って以来、騎士マークスの思いを継ぎ、この世界を守ると誓いました。そのためにできることはすべて、やってきたつもりです。ですが、それだけでは足りない。あなた方の言うとおり、人類は亡道の司という災厄を世界に放ってしまった。あなたたちの尽力を無駄にしてしまった。そのことに対してはお詫びの言葉もありません。申し訳ありませんでした」
ロウワンはそう言って、頭をさげた。
「ですが、ゼッヴォーカーの導師。そして、先達たる皆さん。解きはなたれた亡道の司からこの世界を守るためにはあなた方の力が必要です。どうか、もう一度、力をお貸しください。今回の戦いをしのぎ、次の千年を手に入れるために」
そうすれば今度こそ、次の戦いにおいてこそ、人類はその能力を正しく使い、滅びの定めを覆し、この世界に永遠をもたらして見せます。
ロウワンはそう訴えかけた。
「そのために、お願いします。あなた方の力をお貸しください」
ただひたすらにそう訴えかける。
「人類に対してどう思おうと、あなたたちだけでは亡道の司とは戦えない。いまのこの世界で亡道の司と戦えるのは人類のみ。人類に協力しなければ、またもこの世界の滅びを見ることになるぞ」
そう言って相手の弱点を突き、駆け引きに持ち込むこともできた。しかし、ロウワンはあえてそうしなかった。ただただ愚直に訴えかけることを選んだ。
駆け引きを行うことで協力を得られたとしてもそこには、本当の意味での信頼は生まれない。『小狡い相手だ』という不信感を抱かせ、お互いに相手を疑いながら表面ばかりは協力する。そんな関係になってしまうだろう。
それでは、亡道の司相手の大戦を乗りきれるわけがない。必要なのはなによりも信頼。お互いに相手を信じ、任せることのできる関係を築くこと。だからこそロウワンは、ただひたすらに頼み込むことにした。その思いが伝わるまで。
ゼッヴォーカーの導師は答えた。
「説明しよう、若き人間よ。どうして、我々に人類を信じることができよう。我々はすでに一度、人類に裏切られた。次の千年、再び、人類が我々を裏切ることはないという保証がどこにある?」
「たしかに。そんな保証はできません。ですが、次の千年こそ期待に応えられるよう、私の仲間たちが新たな世界を作るために行動してくれています。どうか、その思いを汲んでください。もう一度だけ、私たち人類を信じてください」
「説明しよう、若き人間よ。ならば、その覚悟を証明して見せよ」
「証明? どうやって?」
ロウワンがそう尋ねたときだ。
「説明しよう、若き人間よ。そなたたちには試練を受けてもらう」
ゼッヴォーカーの導師が言ったそのときだ。
突然、世界が暗転した。気がついたとき、ロウワンとメリッサは、かの人たちふたりしかいない薄闇の空間に立っていた。
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