壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第九話二章 あなたも一緒に

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 「天詠てんよみのしまに行くだって⁉」
 「そうだ」
 コクリ、と、退転たいてんの決意を込めてロウワンは仲間たちの驚きの声にうなずいた。その声を聞き、表情を見れば、ロウワンがその思いを曲げることは決してないことは明らかだった。
 ヤーマン支城。イスカンダル城塞じょうさいぐん、いや、いまではプリンスの国である平等の国リンカーンの本拠となったこの地においてもっとも東、すなわち、パンゲア領に最も近い位置にあるがゆえにプリンスによって平等の国の王宮に定められた城。その会議室において、ロウワンは仲間たちに向かって言ったのだ。
 「おれはこれから、騎士マークスの幽霊船と共に天詠てんよみのしまへと行く」と
 メリッサ、ビーブ、トウナ、野伏のぶせ行者ぎょうじゃ、プリンス、〝ブレスト〟・ザイナブ、ハーミド、セシリア、それに、レディ・アホウタ。仲間たちはあるものは驚きの表情をもって、またあるものは納得の表情をもって、ロウワンの言葉を受けとめた。
 「天詠てんよみのしまに行って、はじまりの種族ゼッヴォーカーの導師どうしに会う。亡道もうどうつかさとの戦いに勝つためにはどうしても、かのの力が必要だ。そもそも、千年前の勝利にしてからがゼッヴォーカーの導師どうしの協力なしにはあり得なかったんだからな」
 千年の時を超えてこの世界を亡道もうどうから守りつづけている天命てんめいきょく。その天命てんめいきょく天命てんめい巫女みこひとりによって生みだされたものではない。ゼッヴォーカーの導師どうしが自分たちの知恵を天命てんめい巫女みこさずけることで生みだされたもの。
 もし、千年前にゼッヴォーカーの導師どうしの協力がなければ、人類は亡道もうどう侵食しんしょくを防ぐことがでぎずに世界はまるごと呑み込まれて滅びていた。
 それを知るだけに、ロウワンとしては『ゼッヴォーカーの導師どうしに会う』というのはこれからの戦いに勝利するための絶対条件。決して、外すわけにはいかないことだった。
 「だけど……」と、トウナ。
 「その天詠てんよみのしまに行って、帰ってくるまでに、どれぐらいかかるの?」
 「わからない。一年か、二年か、それ以上か」
 「そんなに?」
 ピクリ、と、〝ブレスト〟・ザイナブが顔中に巻きつけた布からのぞく目をつりあげた。
 「そんなに長い間はなれていて、自由の国リバタリアの主催としての役目はどうする気? その責任を放棄するの?」
 〝ブレスト〟・ザイナブに手厳しく言われて、ロウワンはかすかに顔をしかめた。
 「そう言われると耳が痛い。だけど、これは必要なことなんだ。ゼッヴォーカーの導師どうしには会いに行かなくちゃならない。絶対に。それも、一刻も早く。いまはアルヴィルダとアルテミシア、ふたりの張り巡らしてくれた封印が二重の防壁になることで、パンゲア内の異変から世界は守られている。亡道もうどうつかさ自身、〝鬼〟によって傷つけられた。その分、行動するのは遅れるはずだ。だけど……」
 ロウワンはいったん、言葉を区切った。大きく息を吸い、吐き出してからつづけた。
 「その効果もいつかは尽きる。アルヴィルダたちの封印も時間と共に効果は薄れ、やがては消えてなくなる。亡道もうどうつかさの傷もやがてはえる。そうなれば、すべてがかわる。この世界はパンゲア領からあふれ出す亡道もうどうのものたちに蹂躙じゅうりんされつくすことになる」
 「……パンゲア騎士団全員、亡道もうどうつかさに乗っ取られた。そう言っていたな、レディ?」
 「そうっス……」
 ハーミドが深刻な表情を浮かべて言うと、レディ・アホウタが無念の思いを噛みしめながら答えた。かつては、愛らしい幼い少女の姿をしていたレディ・アホウタ。そのかの亡道もうどうに冒されたいまでは腐りはてた死体。その姿は異形と呼ぶ以外にないのだが、この場にいる誰もそんなことは気にしていない。
 パンゲア領で旅を共にしてきたメリッサたちはもちろん、はじめて会うプリンスや〝ブレスト〟・ザイナブ、まだ一二歳の少女であるセシリアですら、その存在を当たり前のように受け入れている。
 マークスの幽霊船のことで頭がいっぱいで、レディ・アホウタのことまで気にしている余裕がなかった。その間に存在に慣れてしまった……というのもあるが正直、パンゲアの〝神兵〟やら、ローラシアの天命てんめいつわものやらと戦ってきた身にとっては、腐った死体が生きて、動きまわっているのを見ても『いまさら』という思いしかしなかったのだ。
 レディ・アホウタの答えにハーミドはまとめて苦虫を噛みつぶした。両腕を組み、新聞記者らしいことを口にした。
 「パンゲアは人類騎士団を祖とする騎士団国家。もともと、人口に対する騎士の比率は国として不自然なほどに高かった。正規の騎士団の他に教皇きょうこう直属の聖堂騎士団、準騎士からなる下級騎士団、各地域ごとに置かれた治安維持のための地域騎士団等々、その兵力は優に一〇〇万を超える。それがすべて、亡道もうどうに冒された怪物になって攻めてくるって言うのか」
 一〇〇万を超える亡道もうどう怪物かいぶつたち。
 それが、一斉に襲ってくる。
 それだけでも充分、自分たちの未来に対して陰鬱いんうつになれるというものだったが、ロウワンの言った言葉はそれどころではなかった。ロウワンは首を振りながらハーミドに言ったのだ。
 「それはちがう。ハーミド卿。攻めてくるのは騎士団だけではない。あなたもその目ではっきり見ただろう。パンゲアのすべてが亡道もうどうに冒されていることを。亡道もうどうに呑み込まれ、異形の怪物になってしまっていることを。アルヴィルダの術式が解けて時が戻り、アルテミシアの封印が失われて自由に出てこられるとなれば、そのすべてが攻めてくる。押しよせてくる。もと人間だけじゃなく、パンゲアに生きていたすべての生物、鳥も、獣も、昆虫も、木や草や花にいたるまで、そのすべてが亡道もうどう怪物かいぶつと化して押しよせてくるんだ」
 「なんだって⁉」
 ハーミドが組んでいた腕をほどいて叫んだ。その表情は絶望を感じる間もなく驚愕きょうがくに支配されている。ハーミドだけではない。剛胆ごうたん野伏のぶせ、いつも飄々としてつかみどころのない行者ぎょうじゃでさえ、胃に重いしこりを感じているような表情をしている。
 それも無理はない。というより、当然だろう。一〇〇万を超える騎士たちが怪物となって押しよせてくる。それだけでも充分に絶望的だというのにその上、鳥や獣、昆虫、草木に花までが怪物となって押しよせてくるとなれば。
 その総数はいったい、どれほどの数になることか。昆虫だけでも数えきれないほどの膨大な数になることはまちがいない。そこに、無数の草花までが加わる……。
 そんな数が一斉に外の世界に飛びだし、襲ってきたら。
 「そうだ。どうしようもない」
 ロウワンははっきりと、仲間たちが感じていることを口にした。それは、ロウワン自身の決意の固さを示す行為だった。
 「そんなことになったらどう対処しようもない。おれたちは圧倒的な数の暴力に押しきられて敗北する。そして、この世界は亡道もうどうに呑み込まれ、滅びることになる。いまあるすべてが消滅し、根本からかえられてしまうんだ。そうさせないためにはアルヴィルダとアルテミシア、ふたりの封印が生きている間に、亡道もうどうつかさが傷ついている間に、勝利するための力を手に入れなければならない。そのために、どうしてもゼッヴォーカーの導師どうしの協力が必要なんだ」
 シン、と、その場に沈黙が降りた。その場にいる全員がそれぞれの胸にロウワンの言葉を刻み込んでいた。うなずき、最初に発言したのはプリンスだった。
 「わかった。行ってこい、ロウワン。その間、世界はおれが守ってみせる。どれだけの怪物どもが押しよせてこようと、平等の国の範囲を超えて外の世界に出しはしない」
 プリンスはまっすぐに前を見つめ、ギュッと握りしめた拳を胸に当ててそう宣言した。その姿はまさに『黒の王』。人類と世界の守護者たる任を自ら負った、誇りたかき王の姿だった。
 「ああ。任せた。プリンス」
 一切の迷いも、疑いも、ためらいすらもなくそう言いきるロウワンもまた王のうつわ。王と王の神聖なる誓いだった。
 「それで、ロウワン」
 次いで発言したのは行者ぎょうじゃだった。
 「いつ帰ってくるかわからないとなれば当然、その間、君は自由の国リバタリアの主催としても都市としもう社会しゃかいを推進する代表者としても行動できなくなるわけだ。その間、代理を立てる必要があるけど、誰に任せるつもりなんだい?」
 「ああ」
 ロウワンの視線は〝ブレスト〟・ザイナブに向けられた。
 「〝ブレスト〟。自由の国リバタリアの主催はあなたに任せた」
 「わたしに?」
 自分が指名されたことが意外だったのだろう。〝ブレスト〟・ザイナブにしてはめずらしく目を丸くしている。
 「そうだ。あなたは自由の国リバタリアの提督。軍事力のすべてを握っている。そして、これから先に必要になるのはなによりもまず力。戦うための力だ。である以上、あとを任せられるのはあなたしかいない」
 その言葉に――。
 〝ブレスト〟・ザイナブの肩にとまっている鸚鵡おうむが翼をバタバタ言わせながら甲高く鳴いてみせた。まるで『そうだ、そうだ!』と叫び、相棒を鼓舞こぶするかのように。
 「承知したわ」
 鸚鵡おうむの羽ばたきに背を押されたのか、〝ブレスト〟・ザイナブは短く答えて、その重責を受けとめた。
 「頼む。それと、トウナ」
 ロウワンは今度はトウナに視線を向けた。
 「都市としもう社会しゃかいの代表は君に任せる」
 「ええ」
 と、こちらはその言葉を予想していたのだろう。トウナは驚く素振りも見せずに受け入れた。これは、他の皆にとっても納得できる話だった。都市としもう社会しゃかいを推進する代表者としてのロウワンのかわりを務めることができるのは、もっとも付き合いの古い仲間であるトウナしかいない。
 ロウワンの視線がみたび、動いた。今度はメリッサの上に。
 「そして、メリッサ」
 『メリッサ』と、ロウワンはそう呼んだ。『メリッサ師』から『メリッサ』に。その呼び方の変化には皆、気がついていたし、その変化が意味することにも全員が気づいていた。まだ一二歳と幼く、ロウワンとの付き合いが浅いセシリアまで。そして、そのことを持ち出す野暮なものもこの場にはひとりもいなかった。
 ロウワンは仲間たちの視線に包まれながら、メリッサに向かってはっきりと言った。
 「メリッサ。あなたは、おれと一緒に来てくれ」
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