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第二部 絆ぐ伝説
第八話二二章 あるパンゲア人の語り
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「自分の言うことは大聖堂の記録を調べた結果と、アルテミシアさまから直に聞いたことっス。だから、内容にまちがいはないと思うっス」
レディ・アホウタはそう前置きして話しはじめた。
「ことのはじまりは千年前っス。パンゲアの前身は騎士マークスが設立した人類騎士団。人類騎士団は千年後、再び、亡道の司との戦いがはじまることを知って、そのための準備をずっとしてきたっス。天命の博士たちを囲い込み、研究を重ねさせ、その成果を最奥の秘儀としてまとめあげ、代々の教皇に受け継がせてきたっス。
そして、一〇年前。当時の教皇猊下であった先代さまが亡道の司の出現を感じとったっス。世代さまは、アルテミシアさまのおっしゃったとおり亡道の司を天詠みの島から連れかえり、大聖堂の地下深くにある研究施設に幽閉したっス。
亡道の司の力を利用して世界を統一する。それこそが、代々の教皇の悲願。そう言われて育ったのがまだ幼かったアルヴィルダ猊下とアルテミシアさま、それに、おふたりの幼馴染みであるルキフェル将軍っス。でも、実はちがっていたっス」
「ちがっていた? なにがだ?」
ハーミドがズイッと身を乗り出しながら尋ねた。その表情は『不謹慎な!』と怒られそうなほどに興味に輝いている。もちろん、手にはしっかりペンとメモ帳を握りしめ、レディ・アホウタの証言を細大漏らさず書きのこすことを忘れない。
「代々の教皇の悲願。それがそもそも、まちがいだったということっス。アルテミシアさまが亡道の司から直接、聞いたところによれば、先代の教皇猊下は実は亡道の司を倒すために天詠みの島に向かったそうっス。でも、そこで、亡道の司に意識を乗っ取られ、利用されることになった。
『代々の教皇の悲願』というのも、亡道の司がでっちあげたものだったそうっス。でも、幼い頃からそう教育されてきたアルヴィルダ猊下にとっては、それが真実だったんス。だから、アルヴィルダ猊下はその言葉を信じ、亡道の司の力を利用して〝神兵〟を生みだし、各地に侵攻したっス。
アルテミシアさまやルキフェル将軍は〝神兵〟を使うことに反対し、亡道の司を倒すことを進言したそうっスけど、聞く耳をもってはくれなかったそうっス。そして、気づいたときには、アルヴィルダ猊下もソロモン総将も、その配下の七二将や騎士たちもすべて、亡道の司に支配されてしまっていたっス。そのなかで、アルテミシアさまだけがなぜか支配されずにすんでいたそうっス。と言っても、完全に自由だったわけではなくて、影響は受けていたっス。ただ、アルヴィルダ猊下やソロン総将に比べて少ない影響ですんでいたということっス。
その後、ルキフェル将軍が〝神兵〟の使用に関してアルヴィルダ猊下に直訴し、反逆者として捕えられたっス。それを聞いたアルテミシアさまはアルヴィルダ猊下に抗議にいったそうっス。そこで、亡道の司が現われ……真実を明かされた。
そして、アルヴィルダ猊下は自分はもう手遅れだからとアルテミシアさまに代々の教皇に伝えられた秘儀を渡し、逃げるように言ったんだそうっス。
『ロウワンに会いなさい。ロウワンならきっと世界を救ってくれる』
そう言って。そして、アルヴィルダ猊下はアルテミシアさまがパンゲアから逃れる時間を稼ぐためにパンゲア全土の時を凍らせ、アルテミシアさまは大聖堂から逃げたっス。国外に向かう途中、自分と出会って、ここまで一緒にやってきた。そして、大賢者さまにお会いできた。そういうことっス」
「なるほどな」
ハーミドは熱心にメモしながら呟いた。
「おおまかなところはわかった。では、ここからは質問させてもらう。まず、『天詠みの島』とはなんなんだ? そんな島、聞いたこともないぞ」
「千年前、亡道の司との最終決戦の舞台となった島っス。騎士マークスは一千万の兵士たちとともに亡道の司の巣くうその島に向かい、天命の巫女さまの血を使うことでどうにか亡道の司を倒したっス」
「一千万の兵士……。本当に、そこまでの力を結集しなければ勝てない相手だったんだな」
「人類だけの力ではないっス。はじまりの種族ゼッヴォーカーをはじめとする先行種族たちの力添えがあってのことっス」
「はじまりの種族? 先行種族? それはなんのことだ?」
「この世界は千年に一度、亡道の世界に呑み込まれ、新しくなる。それは無限の過去からつづいてきた自然の摂理っス。その繰り返しのなかでこの世界はなんども新しくなり、新しい生命、新しい歴史を生みだしてきたっス。そして、この世界に生まれた知恵ある種族は人類だけではないっス。それ以前に八つの種族が生まれていたっス。そのなかの最初の種族がゼッヴォーカー。ゼッヴォーカーをはじめとする八つの種族はそれぞれに亡道の司に対抗し、生き延びようとしたっス。
残念ながら力及ばず滅びてきたっスけど、完全に滅びたわけではないっス。はじまりの種族ゼッヴォーカーは、自分たちの世界の滅びに際して避難場所となる『狭間の世界』を作りあげたっス。そこに、ほんのわずかの生き残りが避難して、絶滅だけは免れたっス。
ゼッヴォーカーは、その後も自分たちの作った狭間の世界に滅びた種族をかくまい、亡道の司と戦うための研究をつづけてきたっス。そして、千年前の戦いでも力を貸してくれたっス。天命の巫女さまが亡道の司の力を封じる天命の曲を奏でることができたのも、ゼッヴォーカーたち先行種族の協力があったからっス。
そして、ゼッヴォーカーたちは、この世界全体に障壁を張り巡らして亡道の侵入できる場所を天詠みの島ただひとつにしぼったっス。亡道の世界の接近はスポンジが水に包まれるようなもの。本来ならスポンジ全体から水が染み込み、防ぐ術はない。でも、ゼッヴォーカーたち先行種族が亡道の侵入経路を天詠みの島だけに限ってくれたおかげで、亡道の司を倒すことができたっス」
「なるほど。そういうことか」
ハーミドは興奮しきりでペンを走らせる。その表情は子どものように生きいきとしており、まったくもって『不謹慎!』と言うしかないほどに楽しそうなのだった。
「はじまりの種族。八つの先行種族。そんなものがいたとは知らなかった。こいつはぜひとも、天詠みの島に行って取材しなけりゃな」
と、どこまで行っても記者根性全開のハーミドなのだった。
「おれからも聞きたい」
野伏が言った。
「パンゲア――その前身の人類騎士団と言うべきかも知れないが――は、この時代に再び亡道の司が表れることを知り、戦うための準備を進めてきた。そう言ったな?」
「そうっス」
「では、なぜ、そのことを世界に公表し、人類すべてで対抗しようとしなかった? なぜ、自分たちだけで戦おうとした? それどころか、パンゲアはこの数百年、何事につけて他国に侵攻してきた。
『世界をひとつにする』
そう言いはってな。理屈に合わないだろう。亡道の司との戦いがあることを知っているなら、人間同士で争っている場合ではないことぐらいわかるはずだ。世界中にそのことを公表し、総力をあげて立ち向かおうとするのが道理というものだ。それなのに、一〇年前に亡道の司の出現を察知したときにも世界にはなにも言わず、自分たちだけで倒しに行くなど……どうかしているとしか思えん」
「それは……」
レディ・アホウタはさすがに言いづらそうだった。やはり、パンゲア人。祖国のことを責めるような言葉を聞くのも、自分がそんなことを言うのも共につらいのだろう。
「……パンゲアは人類騎士団の末裔として『自分たちが世界の運命を背負っている』っていう誇りをもっていたっスから。『自分たちこそが亡道の司を倒し、世界を救うのだ!』って言う使命感をもっていたらしいっス」
「つまり、自分たちは特別な存在。自分たちだけに世界の運命を背負う資格がある。そう思っていたと言うことか」
「……多分」
多分、と、レディ・アホウタが言葉を濁したのは、野伏の言葉を認めるのがさすがにつらかったからだ。
「なるほどね。その思いを亡道の司に突かれたわけか」
「どういうことっスか?」
行者が言うと、レディ・アホウタは尋ねた。ところどころ肉の腐り落ちた生ける死体の顔に疑問の表情が浮いている。
「自分たちは特別な存在。自分たちこそ世界を統一し、人類を支配する運命を背負った存在。その思いを利用されたということだよ。亡道の司はすべてを呑み込み、ひとつの混沌へと帰す存在。『世界をひとつにする』って言うパンゲア人の思いとは親和性が高い。その親和性を侵入経路として利用して、支配したということだよ。
君が言うには、アルテミシアだけは亡道の司を利用することに反対していたんだろう? そして、そのアルテミシアだけが亡道の司に完全支配されずにすんでいた。そのことからも、その点はまちがいないと思うよ」
「たしかに……」
レディ・アホウタもうなずくしかなかった。
「パンゲア人の思いが亡道の司に利用されたのは事実だと思うっス。でも、それでも、やっぱり、自分は『世界をひとつにする』という願いがまちがっていたとは思いたくないっス」
それは、人と人の争いを終わらせるという目的のためだったんスから。
レディ・アホウタは、唇が腐り落ちてむき出しになった歯を噛みしめながら言った。肚の底から一語いちご必死に絞りだすような声だった。
「だったら……」
野伏が言った。
「それを証明してみせるんだな」
「証明?」
「誰もが自分の望む暮らしを作ることができる。それが都市網社会だ。世界をひとつにすることが正しいと思うなら、自らの国を興して証明して見せろ。自らの法を掲げ、すべての都市と契約することができれば、それでお前は世界の征服者だ。世界統一という目的を果たせることになる。そして、統一された世界が繁栄を迎えるならば、それが世界統一の正しさの証明となる」
「そうだね。都市網社会の目的は『戦争以外で世界を支配する方法を与えることで、戦争を起こす必要をなくす』というものだからね。自分の主張の正しさを証明するために自分の国を興すことは大いにやるべきだよ」
あくまで、都市網社会のルールに則ってね。
行者は妖しく片目などを閉じながら、そう付け加えた。
「で、でも、自分はもうこの通りの姿っス。国を興すなんてとても……」
――ロウワンはそんなこと気にしないさ。
それまで黙っていたビーブが全幅の信頼を込めて言いきった。
――おれたち、サルとも対等に付き合うやつだ。生ける死体だろうがなんだろうが自分の理想を追求したいやつは受け入れる。
「……ビーブ卿」
「たしかに、ロウワンならそう言うだろうね」
行者が言うと、野伏とハーミドも迷いなくうなずいた。
「でも……」
と、行者はロウワンが泣きながら逃げ込んだ家に目を向けた。
「そのロウワンはいま、どうしているんだろうね」
その言葉に乗って――。
いまもとまることのないロウワンの慟哭の声が聞こえてくるようだった。
レディ・アホウタはそう前置きして話しはじめた。
「ことのはじまりは千年前っス。パンゲアの前身は騎士マークスが設立した人類騎士団。人類騎士団は千年後、再び、亡道の司との戦いがはじまることを知って、そのための準備をずっとしてきたっス。天命の博士たちを囲い込み、研究を重ねさせ、その成果を最奥の秘儀としてまとめあげ、代々の教皇に受け継がせてきたっス。
そして、一〇年前。当時の教皇猊下であった先代さまが亡道の司の出現を感じとったっス。世代さまは、アルテミシアさまのおっしゃったとおり亡道の司を天詠みの島から連れかえり、大聖堂の地下深くにある研究施設に幽閉したっス。
亡道の司の力を利用して世界を統一する。それこそが、代々の教皇の悲願。そう言われて育ったのがまだ幼かったアルヴィルダ猊下とアルテミシアさま、それに、おふたりの幼馴染みであるルキフェル将軍っス。でも、実はちがっていたっス」
「ちがっていた? なにがだ?」
ハーミドがズイッと身を乗り出しながら尋ねた。その表情は『不謹慎な!』と怒られそうなほどに興味に輝いている。もちろん、手にはしっかりペンとメモ帳を握りしめ、レディ・アホウタの証言を細大漏らさず書きのこすことを忘れない。
「代々の教皇の悲願。それがそもそも、まちがいだったということっス。アルテミシアさまが亡道の司から直接、聞いたところによれば、先代の教皇猊下は実は亡道の司を倒すために天詠みの島に向かったそうっス。でも、そこで、亡道の司に意識を乗っ取られ、利用されることになった。
『代々の教皇の悲願』というのも、亡道の司がでっちあげたものだったそうっス。でも、幼い頃からそう教育されてきたアルヴィルダ猊下にとっては、それが真実だったんス。だから、アルヴィルダ猊下はその言葉を信じ、亡道の司の力を利用して〝神兵〟を生みだし、各地に侵攻したっス。
アルテミシアさまやルキフェル将軍は〝神兵〟を使うことに反対し、亡道の司を倒すことを進言したそうっスけど、聞く耳をもってはくれなかったそうっス。そして、気づいたときには、アルヴィルダ猊下もソロモン総将も、その配下の七二将や騎士たちもすべて、亡道の司に支配されてしまっていたっス。そのなかで、アルテミシアさまだけがなぜか支配されずにすんでいたそうっス。と言っても、完全に自由だったわけではなくて、影響は受けていたっス。ただ、アルヴィルダ猊下やソロン総将に比べて少ない影響ですんでいたということっス。
その後、ルキフェル将軍が〝神兵〟の使用に関してアルヴィルダ猊下に直訴し、反逆者として捕えられたっス。それを聞いたアルテミシアさまはアルヴィルダ猊下に抗議にいったそうっス。そこで、亡道の司が現われ……真実を明かされた。
そして、アルヴィルダ猊下は自分はもう手遅れだからとアルテミシアさまに代々の教皇に伝えられた秘儀を渡し、逃げるように言ったんだそうっス。
『ロウワンに会いなさい。ロウワンならきっと世界を救ってくれる』
そう言って。そして、アルヴィルダ猊下はアルテミシアさまがパンゲアから逃れる時間を稼ぐためにパンゲア全土の時を凍らせ、アルテミシアさまは大聖堂から逃げたっス。国外に向かう途中、自分と出会って、ここまで一緒にやってきた。そして、大賢者さまにお会いできた。そういうことっス」
「なるほどな」
ハーミドは熱心にメモしながら呟いた。
「おおまかなところはわかった。では、ここからは質問させてもらう。まず、『天詠みの島』とはなんなんだ? そんな島、聞いたこともないぞ」
「千年前、亡道の司との最終決戦の舞台となった島っス。騎士マークスは一千万の兵士たちとともに亡道の司の巣くうその島に向かい、天命の巫女さまの血を使うことでどうにか亡道の司を倒したっス」
「一千万の兵士……。本当に、そこまでの力を結集しなければ勝てない相手だったんだな」
「人類だけの力ではないっス。はじまりの種族ゼッヴォーカーをはじめとする先行種族たちの力添えがあってのことっス」
「はじまりの種族? 先行種族? それはなんのことだ?」
「この世界は千年に一度、亡道の世界に呑み込まれ、新しくなる。それは無限の過去からつづいてきた自然の摂理っス。その繰り返しのなかでこの世界はなんども新しくなり、新しい生命、新しい歴史を生みだしてきたっス。そして、この世界に生まれた知恵ある種族は人類だけではないっス。それ以前に八つの種族が生まれていたっス。そのなかの最初の種族がゼッヴォーカー。ゼッヴォーカーをはじめとする八つの種族はそれぞれに亡道の司に対抗し、生き延びようとしたっス。
残念ながら力及ばず滅びてきたっスけど、完全に滅びたわけではないっス。はじまりの種族ゼッヴォーカーは、自分たちの世界の滅びに際して避難場所となる『狭間の世界』を作りあげたっス。そこに、ほんのわずかの生き残りが避難して、絶滅だけは免れたっス。
ゼッヴォーカーは、その後も自分たちの作った狭間の世界に滅びた種族をかくまい、亡道の司と戦うための研究をつづけてきたっス。そして、千年前の戦いでも力を貸してくれたっス。天命の巫女さまが亡道の司の力を封じる天命の曲を奏でることができたのも、ゼッヴォーカーたち先行種族の協力があったからっス。
そして、ゼッヴォーカーたちは、この世界全体に障壁を張り巡らして亡道の侵入できる場所を天詠みの島ただひとつにしぼったっス。亡道の世界の接近はスポンジが水に包まれるようなもの。本来ならスポンジ全体から水が染み込み、防ぐ術はない。でも、ゼッヴォーカーたち先行種族が亡道の侵入経路を天詠みの島だけに限ってくれたおかげで、亡道の司を倒すことができたっス」
「なるほど。そういうことか」
ハーミドは興奮しきりでペンを走らせる。その表情は子どものように生きいきとしており、まったくもって『不謹慎!』と言うしかないほどに楽しそうなのだった。
「はじまりの種族。八つの先行種族。そんなものがいたとは知らなかった。こいつはぜひとも、天詠みの島に行って取材しなけりゃな」
と、どこまで行っても記者根性全開のハーミドなのだった。
「おれからも聞きたい」
野伏が言った。
「パンゲア――その前身の人類騎士団と言うべきかも知れないが――は、この時代に再び亡道の司が表れることを知り、戦うための準備を進めてきた。そう言ったな?」
「そうっス」
「では、なぜ、そのことを世界に公表し、人類すべてで対抗しようとしなかった? なぜ、自分たちだけで戦おうとした? それどころか、パンゲアはこの数百年、何事につけて他国に侵攻してきた。
『世界をひとつにする』
そう言いはってな。理屈に合わないだろう。亡道の司との戦いがあることを知っているなら、人間同士で争っている場合ではないことぐらいわかるはずだ。世界中にそのことを公表し、総力をあげて立ち向かおうとするのが道理というものだ。それなのに、一〇年前に亡道の司の出現を察知したときにも世界にはなにも言わず、自分たちだけで倒しに行くなど……どうかしているとしか思えん」
「それは……」
レディ・アホウタはさすがに言いづらそうだった。やはり、パンゲア人。祖国のことを責めるような言葉を聞くのも、自分がそんなことを言うのも共につらいのだろう。
「……パンゲアは人類騎士団の末裔として『自分たちが世界の運命を背負っている』っていう誇りをもっていたっスから。『自分たちこそが亡道の司を倒し、世界を救うのだ!』って言う使命感をもっていたらしいっス」
「つまり、自分たちは特別な存在。自分たちだけに世界の運命を背負う資格がある。そう思っていたと言うことか」
「……多分」
多分、と、レディ・アホウタが言葉を濁したのは、野伏の言葉を認めるのがさすがにつらかったからだ。
「なるほどね。その思いを亡道の司に突かれたわけか」
「どういうことっスか?」
行者が言うと、レディ・アホウタは尋ねた。ところどころ肉の腐り落ちた生ける死体の顔に疑問の表情が浮いている。
「自分たちは特別な存在。自分たちこそ世界を統一し、人類を支配する運命を背負った存在。その思いを利用されたということだよ。亡道の司はすべてを呑み込み、ひとつの混沌へと帰す存在。『世界をひとつにする』って言うパンゲア人の思いとは親和性が高い。その親和性を侵入経路として利用して、支配したということだよ。
君が言うには、アルテミシアだけは亡道の司を利用することに反対していたんだろう? そして、そのアルテミシアだけが亡道の司に完全支配されずにすんでいた。そのことからも、その点はまちがいないと思うよ」
「たしかに……」
レディ・アホウタもうなずくしかなかった。
「パンゲア人の思いが亡道の司に利用されたのは事実だと思うっス。でも、それでも、やっぱり、自分は『世界をひとつにする』という願いがまちがっていたとは思いたくないっス」
それは、人と人の争いを終わらせるという目的のためだったんスから。
レディ・アホウタは、唇が腐り落ちてむき出しになった歯を噛みしめながら言った。肚の底から一語いちご必死に絞りだすような声だった。
「だったら……」
野伏が言った。
「それを証明してみせるんだな」
「証明?」
「誰もが自分の望む暮らしを作ることができる。それが都市網社会だ。世界をひとつにすることが正しいと思うなら、自らの国を興して証明して見せろ。自らの法を掲げ、すべての都市と契約することができれば、それでお前は世界の征服者だ。世界統一という目的を果たせることになる。そして、統一された世界が繁栄を迎えるならば、それが世界統一の正しさの証明となる」
「そうだね。都市網社会の目的は『戦争以外で世界を支配する方法を与えることで、戦争を起こす必要をなくす』というものだからね。自分の主張の正しさを証明するために自分の国を興すことは大いにやるべきだよ」
あくまで、都市網社会のルールに則ってね。
行者は妖しく片目などを閉じながら、そう付け加えた。
「で、でも、自分はもうこの通りの姿っス。国を興すなんてとても……」
――ロウワンはそんなこと気にしないさ。
それまで黙っていたビーブが全幅の信頼を込めて言いきった。
――おれたち、サルとも対等に付き合うやつだ。生ける死体だろうがなんだろうが自分の理想を追求したいやつは受け入れる。
「……ビーブ卿」
「たしかに、ロウワンならそう言うだろうね」
行者が言うと、野伏とハーミドも迷いなくうなずいた。
「でも……」
と、行者はロウワンが泣きながら逃げ込んだ家に目を向けた。
「そのロウワンはいま、どうしているんだろうね」
その言葉に乗って――。
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