壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第八話一九章 真実の告白

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 「アルヴィルダ⁉」
 思わず仰天ぎょうてんしてそう叫んだロウワンの前――。
 生ける死体と化したレディ・アホウタの肩に支えられ、ようやく立っているというありさまの女性は小さな、しかし、必死にはらの底から力をふりしぼってる声を出した。その姿はあたかも、不治ふじやまいおかされ余命よめいいくばくもない病人が、残された最後の生命力をふりしぼって語ろうとしている姿のように見えた。
 「ちが……う。わたしは……アルテミシア。教皇きょうこう……アルヴィルダの……妹」
 弱々よわよわしい上にたどたどしく、なんとも聞きとりづらい声だった。それなのに、その言葉の意味だけはロウワンの心のなかにすっと入り込んできた。
 ――これだけは伝えなければならない。なんとしても。
 その必死の思いがもたらした、一種の精神感応の為せる業だったかも知れない。
 その女性……アルテミシアの言葉にロウワンはとまどった。意味もなく視線をあちこちにやりながらたずねた。
 「ちがう? アルテミシア? アルヴィルダの妹? どういうことだ、いったい?」
 ロウワンの問いに答えたのはアルテミシアを支える生ける死体、レディ・アホウタだった。
 「大賢者さま。このお方は教皇きょうこうアルヴィルダ猊下げいかの双子のお妹、天帰てんききょう第二位、仮面のだい司教しきょうアルテミシアさまっス」
 「双子の妹? アルヴィルダに双子の妹がいたのか。だけど、その双子の妹がなんでここにいる? いや、そもそも、パンゲアはなぜ、こんなことになったんだ?」
 ロウワンはたたみかけるようにたずねた。かのの立場ならそうたずねるのは当然だった。そもそも、それを知るために危険を承知でもやに包まれたパンゲア領を旅してきたのだから。
 しかし、アルテミシアにはその問いに答えるだけの体力がなかった。ロウワンの問いを理解してはいるし、必死に答えようとはしている。しかし、言葉にして答えるだけの体力が残されていない。なんとか答えようとあえぐばかりで、言葉にならない。
 ロウワンはそのことに、もどかしさと苛立いらだちを覚えた。
 アルテミシアがいまにも死にそうなほどに消耗しょうもうしていることはもちろん、わかっている。普段のロウワンであれば、そんな状態の人物が答えられないからと言って苛立いらだつようなことはなかっただろう。
 しかし、なにしろ、今回は事情がちがう。亡道もうどうつかさに会ったのだ。いま、この場には決しているはずのない亡道もうどうつかさに。
 なぜ、いま、この場に亡道もうどうつかさがいたのか。
 何がなんでもそれだけは聞いておかなくてはならない。アルテミシアが死んでしまう前に。
 ――そうだ。そのことを知らなければ……亡道もうどうつかさからこの世界を守ることができない!
 その危機感、『恐怖』と言ってもいい思いがロウワンの苛立いらだちをふくれあがらせた。
 「答えてくれ! いったい、なにがどうなってるんだ⁉」
 怒鳴どなった。もう少しで、アルテミシアの体に手をかけ、激しく揺さぶりながら問いつめるところだった。そんなロウワンをすんでの所でとめたのは、あわてた様子の女性の声だった。
 「まって、ロウワン! その人は亡道もうどうおかされている」
 メリッサがそう言って前に飛び出した。
 ロウワンはメリッサに向き直った。
 「亡道もうどうに?」
 「ええ。それも、精神の奥深くまで。いまのままでは、乗っ取られるのも時間の問題。とてもではないけど、話をするなんてできないわ」
 メリッサはそう言うと、アルテミシアの眼前に立った。大きく息を吸い込んだ。その仕種はこれからやろうとしていることが、かのにとっても大きく消耗しょうもうする難事なんじであることを告げていた。
 メリッサは大きく吸い込んだ息を少しずつ、ゆっくりと吐き出した。そうして、気を落ちつかせてからアルテミシアの胸に自分の両手を当てた。両目を閉じ、口のなかで何事かを呟き、天命てんめい術式じゅつしきを展開する。
 メリッサの呟きの意味がロウワンたちに理解できるわけではない。それでも、メリッサがアルテミシアを救うために一種の医療行為を行っていることはわかる。メリッサの手を通じて『ある力』がアルテミシアの体内にそそがれていくことも。
 「……だめ」
 メリッサは呟いた。顔中に汗をかいていた。顔色が悪くなっている。心なしか、ほおがこけたようにも見える。それぐらい、メリッサにとっても負担のかかる行為であったのだ。
 「……亡道もうどう要素ようそがあまりにも深くまで入り込んでしまっている。わたしの力では取りのぞくことはできない。ほんの少し、進行を押えるのが精一杯だわ」
 「そんな! なんとかならないんですか⁉」
 「なんとかと言われても……」
 メリッサは途方に暮れた声を出した。自分にできる限りのことはすでにやっているのだ。この上『なんとしかしろ!』と言われても、どうしようもない。
 「とにかく一度、落ちついた方がいいね」
 行者ぎょうじゃが言った。かんざし飾りをほのかに鳴らしながら、口のなかで何事かを呟きつつロウワンたちのまわりを輪を描いて一周した。
 「結界を張った。一時凌ぎではあるけどそれでも一応、外からは感知しづらくなっている。亡道もうどうの気配も少しは防げるはずだ。まずは、この場に寝かしつけて。メリッサ、とにかく、できるだけかののなかの亡道もうどう要素ようそを押さえ込んでくれ」
 「ええ」
 メリッサはうなずいた。
 アルテミシアをその場に寝かしつけ、ロウワン、ビーブ、野伏のぶせ行者ぎょうじゃ、ハーミド、それに、レディ・アホウタ。かのたちの見守るなかでメリッサは必死になってアルテミシアのなかの亡道もうどう要素ようそを押さえ込もうとした。それこそ、脂汗が滝のように噴きだし、唇は青くなり、ほおはこけ……と、メリッサの生命力の方が先に尽きてしまうのではないかと思わせるほどの過酷かこくな『治療』だった。
 ロウワンはメリッサのそんな姿にいてもたってもいられなくなった。思わず、駆けよろうした。そんなロウワンを野伏のぶせが押さえつけた。
 「落ちつけ。お前が側によっても邪魔になるだけだ。メリッサを信じて任せておくんだ。この娘から話を聞けなければ、亡道もうどうつかさのことはなにもわからなくなるぞ」
 「うっ……」
 そう言われてしまえば、ロウワンとしてもなにも言えない。両手をギュッと握りしめ、唇をみしめながらメリッサを見守った。
 メリッサの『治療』はつづく。自分自身の生命力をけずり、分け与えるかのような過酷かこくな行為。目の前でメリッサがどんどんやつれていくのがはっきりわかる。そのたびに、ロウワンはヤキモキする思いをみしめなければならなかった。
 それでも、たしかに『治療』の効果は出た。メリッサの消耗しょうもうと引き替えに、アルテミシアはどうにか話せる程度にまで回復した。そして、ようやく語られたのだ。パンゲアで起きた異変の原因が。
 「……一〇年前。亡道もうどうつかさの出現を探知した先代せんだい教皇きょうこう猊下げいかは、騎士団を率いて天詠てんよみのしまにまで出かけていった。亡道もうどうつかさを捕獲するために」
 「捕獲するだって⁉ 亡道もうどうつかさをか⁉」
 ロウワンの叫びにアルテミシアは弱々しくうなずいた。
 「そう。亡道もうどうつかさを捕え、その力を我が物とし、その力をもって世界を統一するために。先代せんだい教皇きょうこう亡道もうどうつかさだい聖堂せいどうの地下深くに作られた特別室に運び、天命てんめい博士はくしたちの張り巡らした結界のなかに閉じ込めた。そして……その力を引き出し、よろいになかに封じ込めることで〝神兵〟を作りあげた」
 「〝神兵〟……パンゲアの怪物たちは、亡道もうどうつかさの力を使って作ったものだったの⁉」
 メリッサが悲鳴にも似た叫びをあげた。
 「そう。姉さま……教皇きょうこうアルヴィルダ猊下げいかはその力を使えば世界を統一し、争いのない世界を作れると信じた。でも……!」
 突然、アルテミシアの体がビクン! と音を立てて跳ねあがった。目がカッと見開かれ、そこに底知れないほどの怒りの熱雷が生まれた。常軌じょうきいっした怒り。そして、くやしさ。それが、アルテミシアの衰弱すいじゃくしきった体に一瞬の生命力を与えたのだ。
 「すべては罠だった! 亡道もうどうつかさは捕えられているふうをよそおいその実、一〇年の時をかけて自らの要素をパンゲア中に広めていた。パンゲアのすべての人が、生きとし生けるものが、大地や大気にいたるまでパンゲアのすべてが亡道もうどうつかさによっておかされ、変貌へんぼうしてしまった。パンゲアという存在そのものが亡道もうどうつかさによって乗っ取られてしまった!」
 「馬鹿か、お前たちは⁉」
 突然、激しい怒りの叫びがあがった。その場にいる誰もが驚きに目を見張り、注視したことに、その叫びを発したのはくう狩りの行者ぎょうじゃその人だった。行者ぎょうじゃはいつもの軽薄なほどの軽やかさを失い、『余裕』というものと無縁の、追い詰められた獣のような形相ぎょうそうになっていた。
 「亡道もうどうつかさの力を利用して世界を統一するだって⁉ 本気でそんなことができると思っていたのか! 自分を過信して、制御できない力に手を出すなんて……」
 行者ぎょうじゃの怒りの声が急に静かになり、小さくなって消えていった。自分を見つめるロウワンたちの驚きの視線に気がついたからだ。行者ぎょうじゃは言葉を失うと、どんな女よりも白く、なまめかしいほおにスッと朱を差して、うつむいた。唇をみしめ、自分の行為をいる表情を浮かべている。
 それは、行者ぎょうじゃが――信じられないことに――本気でわれを失っていたことを告げていた。
 「アルテミシア」
 ロウワンが落ちつきを取り戻した口調でたずねた。
 「パンゲアのすべてが亡道もうどうつかさに乗っとられた。そう言ったな。それじゃ、アルヴィルダは? アルヴィルダはどうなったんだ? かのは無事なのか?」
 「姉さまも……教皇きょうこうアルヴィルダも亡道もうどうつかさに乗っとられた」
 「なんだって⁉」
 「でも……」
 アルテミシアの腕があがった。見ていてもどかしくなるほどにゆっくりとした動き。その実、渾身こんしんの力を込めて動かされた腕がロウワンの腕をつかんだ。すがりつく視線でロウワンを見た。
 「……姉さまは最後の力でわたしに命じた。ロウワン。あなたに会え、と」
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