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第二部 絆ぐ伝説
第八話九章 『戦う理由』を守るために
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「ロウワンたちは千年の未来を手に入れるために戦う。その千年の時をかけて『人と人が争う必要のない世界』を作るために」
トウナはプリンスとセシリアを前に、改めてそう語った。
「あたしたちの役目はロウワンたちの『戦う理由』を守ること。人と人の争う必要のない世界を一歩ずつ、作っていくこと」
トウナのその言葉に――。
プリンスとセシリアは覚悟を決めた表情でうなずいた。
イスカンダル城塞群ヤーマン支城。その一室。かつて、パンゲアの侵攻から幾度となく母国を守ったローラシアきっての名将、ロゼウィック男爵が作戦室として使ってきた部屋である。
在りし日のロゼウィック男爵が配下の参謀たちとともに幾度となく軍議を重ね、戦術を練ってきたその部屋にいまトウナ、プリンス、セシリアの三人がそろい、会議を行っている。ただし、かの人たち三人が交わす議論は一戦闘における戦術などという小さなことではない。人類の、この世界そのものの未来を作っていくという巨大なものである。
ヤーマン支城はイスカンダル城塞群のもっとも東にあり、パンゲア領に最も近い。そのために、パンゲアの怪物――〝神兵〟――による侵攻を受けたとき、真っ先に標的とされ破壊された。
同時に、プリンスがイスカンダル城塞群跡を自らの国『平等の国リンカーン』の本拠地として定めたとき、真っ先にパンゲアからの侵攻を受けとめる拠点として最優先で修復された城でもある。
その甲斐あって昔日ほどではないにしろ、どうにか『城』という名に恥じない程度には城そのものも、城壁も再建されている。他の城塞群はようやく修復作業の緒についたばかり。あまりにも破壊の度が過ぎて『一から作り直した方が早い』として、完全に放棄された支城も少なくない。そんななか、どうにか再建された作戦室での会議だった。
「あたしたちはそれぞれに、ロウワンの言う『誰もが自分の望む暮らしを作りあげることのできる世界。そんな世界を築きあげることで人と人の争いをなくす』という理念に賛同して、ここにいる」
トウナは会議を先導し、自らの夫となったプリンス、いまだ一二歳でしかない貴族令嬢セシリアを前に言葉を紡ぐ。その引きしまった表情といい、落ち着いた口調といい、貫禄さえ感じさせる態度といい、どこからどう見ても『少女』などと言えるものではない。れっきとした、おとなの人間の姿だった。
「だったら、あたしたちのすることはひとつ。その理念を広め、実現させる手段である都市網社会を広めていくこと。都市網社会に賛同する人間を集め、実現させ、その有効性を証明すること。その意味で、あなたたちが都市網社会の最初の王になった意義は大きい」
「たしかにな」
と、プリンスが新婚間もない妻の言葉にうなずきながら、セシリアに視線を向けた。
「たった一二歳の子供が自分の国を作ったとなれば『自分にも』と思う人間は多いだろう。宣伝効果はきわめて大きい」
「そうですね」
セシリアもまた、プリンスに負けじと視線をまっすぐに向けながら答えた。
「元奴隷階級の人間でさえ、王になれる。自分の望む暮らしを作れる。それが、都市網社会。その事実が広まれば『自分だって』と思う人は多いでしょう」
プリンスとセシリアは真っ向から互いの視線を交わしあう。火花が散る、と言うわけではないが、友好的と言える視線でもない。
ローラシア貴族であったセシリア。
そのローラシア貴族に奴隷として使われていたプリンス。
そのふたりのお互いに対する感情は、単純なものにはなり得なかった。
トウナはそのことを承知の上で話をつづける。
「そう。あなたたちの存在によって『自分だって』と思う人は大勢いる。いるはず。そして、幸い……なんて言うわけにはいかないけど、『ローラシア』という統一国家は失われ、ローラシアを構成していた六つの公国がバラバラに残っているだけという状況。この状況であれば『自分が王になって公国を立て直す』と思う人もいるはず。セシリアがライン公国を立て直すために自分が王になると決意したように」
トウナはセシリアに視線を向けた。セシリアはその視線を受けて小さく、しかし、力強くうなずいた。
「それと同時に、ローラシアには貴族制度によって虐げられてきた人も多い。そんな人たちのなかには『この機に乗じて自分が王になってやろう』と野心に燃える人もいるはず。プリンスのようにね」
と、今度はトウナは自分の夫に視線を向けた。妻の言葉にプリンスは決意を込めてうなずいた。
「だったら、あたしたちのすることは、そんな人たちが都市網社会に参加し、都市網社会の理念を守るよう誘導すること。都市網社会に参加することが利益になると証明すること。そして、そう証明する方法はただひとつ」
トウナは力強い視線をふたりに向けると、きっぱりと言った。
「金になる。ただ、それだけ」
「たしかにな」
プリンスが妻の言葉にうなずいた。
「金になる。ただひとつ、それだけがすべての人間が等しく追うことのできる目的だ。都市網社会に参加すれば金になる。そう納得させることさえできればこぞって都市網社会に参加する」
元海賊らしい言葉だった。陸での暮らしを捨て、海賊になる人間はあとを絶たない。その理由はただひとつ、
――海賊になれば、金になる。
その一点。
海賊になれば、自分の手に入れた金はそっくり自分のものにできる。
まさにその一点こそが、自分の稼いだ金を貴族に奪われたり、そもそもタダ働きを強要される立場の人間たちを引きつけるのだ。
プリンスの言葉にトウナもうなずいた。
「ええ。その通り。タラの島がロウワンに協力したのももともと『コーヒーを売れば金になる』って言われたからだしね。都市網社会に参加すれば金になる。もっといい暮らしができる。そう人々に納得させなくてはならない。そのために、都市網社会に参加する国と都市、双方による交易を拡充させ、お互いに利益を得られるようにする必要がある」
「まずは、国同士の交易路の確立が急務、と言うことだな」
「でも……」
と、今度はセシリアが口にした。その表情も口調も、自ら責任を負うことに決めたその姿も、とても一二歳の少女のものではない。生まれてからの時間は一二年であっても精神ははるかその先を行っている。セシリアもまた立派なおとなであり『王』であった。
「そのためにはみんながルールを守る必要がありますね。ルールを守らない人間が得をする。そんなことになってしまったら誰もルールを守るはずがない。それでは、公平な交易なんてできるはずがありません」
「ええ、その通り。だから、都市網社会では国同士の関係にスポーツの仕組みを取り入れる。ルールを守る人間だけが参加することができ、ルールを守らない人間は排除される。その仕組みを徹底する。そして、その意識をすべての人にもたせるためにスポーツを活用する。スポーツを広めることでルールを守って競う人間、相手の価値を認め、自分の負けを受け入れられる人間、なにかを失うことを受け入れられる人間を育てていく」
「そのためにスポーツの世界大会を開く、か」
「世界大会を通じてスポーツを、スポーツの理念を広めていく。そういうことですね」
「ええ、そう。『世界大会』と言っても、いまのところ参加できるのはタラの島に作った『医療都市イムホテピア』と、プリンスの『平等の国リンカーン』、セシリアの『安全の国ライン』の三つだけだけど。それでも、大会を開けば最初の一歩は踏み出せる。世界中の人々に呼びかけることはできる。そうして、少しずつでも参加者を増やしていく」
「貴族はどうします?」
セシリアが尋ねた。
「悪いのは『貴族そのもの』ではなく、身分が固定されていること。生まれに関係なく、貴族にふさわしい心をもつものが貴族となり、その心をもたないものは貴族ではいられなくする。そのために貴族の養成所を作り、ふさわしい心の持ち主を貴族として認める。そういう仕組みを作るという話でしたけど」
セシリアの言葉にプリンスが言った。
「他の国がそうするというのなら文句は言わない。だが、やはり、おれの国に貴族を作りたくはない。おれは子どものころ散々、貴族に鞭で打たれてきた。その貴族を自分で認めるのは我慢ならん」
――まわりの人間たちもそう言っているしな。
寸前まで出てきたその言葉を、プリンスは呑み込んだ。
プリンスのまわりには、同じくローラシア貴族の奴隷だった人間が大勢いる。
自分を鞭打ってきた貴族を、今度は自分が鞭打ってやれる。
その思いに喜んでいる。そんな元奴隷階級の人間たちの誰ひとりとして、貴族という存在を認めたいと思っている人間はいない。
それは完全な事実だ。しかし、プリンスはその事実を口にすることはしなかった。それを口にすることは他人の意思に従うことを意味するように思えたからだ。
自分はいまや、王。
王であるからには、自分の責任において決定しなくてはいけない。
『まわりがそう言っているから』という理由でなにかを決めることは、自分の責任において決めることではない。それは、他人に責任をなすりつける行為であり、王としての責任を放棄する行為。
その思いが、プリンスに事実を口にすることをやめさせた。
「タラの島でも無理ね」
トウナが夫の言葉に答えた。
「タラの島にはもともと、貴族なんていないから。いまさら、貴族の養成所を作るなんてむりだわ」
「だったら、わたしがやります!」
セシリアが薄い胸を叩いてそう宣言した。
「平等の国ラインに貴族の養成所を作ります。そして、貴族の価値を証明して見せます」
貴族の少女は堂々とそう宣言した。
そんなセシリアをプリンスは複雑な視線で見つめている。
それから、この場で決められることをいくつか決めたあと、会議は終わった。セシリアが自分の国に戻るためにその場を去ると、プリンスは妻に向かって言った。
「トウナ。これだけは約束しておく。都市網社会や、この世界の未来がどんなものになろうともお前と、お前の子どはおれが守る。必ずだ」
妻の目をまっすぐに見据えながらプリンスはそう宣言する。それは、己のすべてを懸けた誓約。炎と精霊の言葉によって刻印された誓いだった。
トウナは夫の言葉にうなずいた。
「ええ。守って。あたしたちの子どもを。その子どもの生きる未来を」
「守る。夫として、父として、その役割は果たしてみせる」
そう言って、プリンスは身を翻した。靄のなかに入り、パンゲアでなにが起きているのかを確かめようとしているロウワンたちに支援物資を送る手はずを整えるために。
その後ろ姿を見送りながら、トウナは自分の腹に両手を当てた。
「……まだ、目に見える変化はない。それでも、あたしにはわかる。あたしのなかにはすでに、あたしとプリンスの子どもが宿っている。母として、この子を人と人の争いなんかで死なせはしない。絶対に、人と人が争う必要のない世界を作ってみせる」
トウナはプリンスとセシリアを前に、改めてそう語った。
「あたしたちの役目はロウワンたちの『戦う理由』を守ること。人と人の争う必要のない世界を一歩ずつ、作っていくこと」
トウナのその言葉に――。
プリンスとセシリアは覚悟を決めた表情でうなずいた。
イスカンダル城塞群ヤーマン支城。その一室。かつて、パンゲアの侵攻から幾度となく母国を守ったローラシアきっての名将、ロゼウィック男爵が作戦室として使ってきた部屋である。
在りし日のロゼウィック男爵が配下の参謀たちとともに幾度となく軍議を重ね、戦術を練ってきたその部屋にいまトウナ、プリンス、セシリアの三人がそろい、会議を行っている。ただし、かの人たち三人が交わす議論は一戦闘における戦術などという小さなことではない。人類の、この世界そのものの未来を作っていくという巨大なものである。
ヤーマン支城はイスカンダル城塞群のもっとも東にあり、パンゲア領に最も近い。そのために、パンゲアの怪物――〝神兵〟――による侵攻を受けたとき、真っ先に標的とされ破壊された。
同時に、プリンスがイスカンダル城塞群跡を自らの国『平等の国リンカーン』の本拠地として定めたとき、真っ先にパンゲアからの侵攻を受けとめる拠点として最優先で修復された城でもある。
その甲斐あって昔日ほどではないにしろ、どうにか『城』という名に恥じない程度には城そのものも、城壁も再建されている。他の城塞群はようやく修復作業の緒についたばかり。あまりにも破壊の度が過ぎて『一から作り直した方が早い』として、完全に放棄された支城も少なくない。そんななか、どうにか再建された作戦室での会議だった。
「あたしたちはそれぞれに、ロウワンの言う『誰もが自分の望む暮らしを作りあげることのできる世界。そんな世界を築きあげることで人と人の争いをなくす』という理念に賛同して、ここにいる」
トウナは会議を先導し、自らの夫となったプリンス、いまだ一二歳でしかない貴族令嬢セシリアを前に言葉を紡ぐ。その引きしまった表情といい、落ち着いた口調といい、貫禄さえ感じさせる態度といい、どこからどう見ても『少女』などと言えるものではない。れっきとした、おとなの人間の姿だった。
「だったら、あたしたちのすることはひとつ。その理念を広め、実現させる手段である都市網社会を広めていくこと。都市網社会に賛同する人間を集め、実現させ、その有効性を証明すること。その意味で、あなたたちが都市網社会の最初の王になった意義は大きい」
「たしかにな」
と、プリンスが新婚間もない妻の言葉にうなずきながら、セシリアに視線を向けた。
「たった一二歳の子供が自分の国を作ったとなれば『自分にも』と思う人間は多いだろう。宣伝効果はきわめて大きい」
「そうですね」
セシリアもまた、プリンスに負けじと視線をまっすぐに向けながら答えた。
「元奴隷階級の人間でさえ、王になれる。自分の望む暮らしを作れる。それが、都市網社会。その事実が広まれば『自分だって』と思う人は多いでしょう」
プリンスとセシリアは真っ向から互いの視線を交わしあう。火花が散る、と言うわけではないが、友好的と言える視線でもない。
ローラシア貴族であったセシリア。
そのローラシア貴族に奴隷として使われていたプリンス。
そのふたりのお互いに対する感情は、単純なものにはなり得なかった。
トウナはそのことを承知の上で話をつづける。
「そう。あなたたちの存在によって『自分だって』と思う人は大勢いる。いるはず。そして、幸い……なんて言うわけにはいかないけど、『ローラシア』という統一国家は失われ、ローラシアを構成していた六つの公国がバラバラに残っているだけという状況。この状況であれば『自分が王になって公国を立て直す』と思う人もいるはず。セシリアがライン公国を立て直すために自分が王になると決意したように」
トウナはセシリアに視線を向けた。セシリアはその視線を受けて小さく、しかし、力強くうなずいた。
「それと同時に、ローラシアには貴族制度によって虐げられてきた人も多い。そんな人たちのなかには『この機に乗じて自分が王になってやろう』と野心に燃える人もいるはず。プリンスのようにね」
と、今度はトウナは自分の夫に視線を向けた。妻の言葉にプリンスは決意を込めてうなずいた。
「だったら、あたしたちのすることは、そんな人たちが都市網社会に参加し、都市網社会の理念を守るよう誘導すること。都市網社会に参加することが利益になると証明すること。そして、そう証明する方法はただひとつ」
トウナは力強い視線をふたりに向けると、きっぱりと言った。
「金になる。ただ、それだけ」
「たしかにな」
プリンスが妻の言葉にうなずいた。
「金になる。ただひとつ、それだけがすべての人間が等しく追うことのできる目的だ。都市網社会に参加すれば金になる。そう納得させることさえできればこぞって都市網社会に参加する」
元海賊らしい言葉だった。陸での暮らしを捨て、海賊になる人間はあとを絶たない。その理由はただひとつ、
――海賊になれば、金になる。
その一点。
海賊になれば、自分の手に入れた金はそっくり自分のものにできる。
まさにその一点こそが、自分の稼いだ金を貴族に奪われたり、そもそもタダ働きを強要される立場の人間たちを引きつけるのだ。
プリンスの言葉にトウナもうなずいた。
「ええ。その通り。タラの島がロウワンに協力したのももともと『コーヒーを売れば金になる』って言われたからだしね。都市網社会に参加すれば金になる。もっといい暮らしができる。そう人々に納得させなくてはならない。そのために、都市網社会に参加する国と都市、双方による交易を拡充させ、お互いに利益を得られるようにする必要がある」
「まずは、国同士の交易路の確立が急務、と言うことだな」
「でも……」
と、今度はセシリアが口にした。その表情も口調も、自ら責任を負うことに決めたその姿も、とても一二歳の少女のものではない。生まれてからの時間は一二年であっても精神ははるかその先を行っている。セシリアもまた立派なおとなであり『王』であった。
「そのためにはみんながルールを守る必要がありますね。ルールを守らない人間が得をする。そんなことになってしまったら誰もルールを守るはずがない。それでは、公平な交易なんてできるはずがありません」
「ええ、その通り。だから、都市網社会では国同士の関係にスポーツの仕組みを取り入れる。ルールを守る人間だけが参加することができ、ルールを守らない人間は排除される。その仕組みを徹底する。そして、その意識をすべての人にもたせるためにスポーツを活用する。スポーツを広めることでルールを守って競う人間、相手の価値を認め、自分の負けを受け入れられる人間、なにかを失うことを受け入れられる人間を育てていく」
「そのためにスポーツの世界大会を開く、か」
「世界大会を通じてスポーツを、スポーツの理念を広めていく。そういうことですね」
「ええ、そう。『世界大会』と言っても、いまのところ参加できるのはタラの島に作った『医療都市イムホテピア』と、プリンスの『平等の国リンカーン』、セシリアの『安全の国ライン』の三つだけだけど。それでも、大会を開けば最初の一歩は踏み出せる。世界中の人々に呼びかけることはできる。そうして、少しずつでも参加者を増やしていく」
「貴族はどうします?」
セシリアが尋ねた。
「悪いのは『貴族そのもの』ではなく、身分が固定されていること。生まれに関係なく、貴族にふさわしい心をもつものが貴族となり、その心をもたないものは貴族ではいられなくする。そのために貴族の養成所を作り、ふさわしい心の持ち主を貴族として認める。そういう仕組みを作るという話でしたけど」
セシリアの言葉にプリンスが言った。
「他の国がそうするというのなら文句は言わない。だが、やはり、おれの国に貴族を作りたくはない。おれは子どものころ散々、貴族に鞭で打たれてきた。その貴族を自分で認めるのは我慢ならん」
――まわりの人間たちもそう言っているしな。
寸前まで出てきたその言葉を、プリンスは呑み込んだ。
プリンスのまわりには、同じくローラシア貴族の奴隷だった人間が大勢いる。
自分を鞭打ってきた貴族を、今度は自分が鞭打ってやれる。
その思いに喜んでいる。そんな元奴隷階級の人間たちの誰ひとりとして、貴族という存在を認めたいと思っている人間はいない。
それは完全な事実だ。しかし、プリンスはその事実を口にすることはしなかった。それを口にすることは他人の意思に従うことを意味するように思えたからだ。
自分はいまや、王。
王であるからには、自分の責任において決定しなくてはいけない。
『まわりがそう言っているから』という理由でなにかを決めることは、自分の責任において決めることではない。それは、他人に責任をなすりつける行為であり、王としての責任を放棄する行為。
その思いが、プリンスに事実を口にすることをやめさせた。
「タラの島でも無理ね」
トウナが夫の言葉に答えた。
「タラの島にはもともと、貴族なんていないから。いまさら、貴族の養成所を作るなんてむりだわ」
「だったら、わたしがやります!」
セシリアが薄い胸を叩いてそう宣言した。
「平等の国ラインに貴族の養成所を作ります。そして、貴族の価値を証明して見せます」
貴族の少女は堂々とそう宣言した。
そんなセシリアをプリンスは複雑な視線で見つめている。
それから、この場で決められることをいくつか決めたあと、会議は終わった。セシリアが自分の国に戻るためにその場を去ると、プリンスは妻に向かって言った。
「トウナ。これだけは約束しておく。都市網社会や、この世界の未来がどんなものになろうともお前と、お前の子どはおれが守る。必ずだ」
妻の目をまっすぐに見据えながらプリンスはそう宣言する。それは、己のすべてを懸けた誓約。炎と精霊の言葉によって刻印された誓いだった。
トウナは夫の言葉にうなずいた。
「ええ。守って。あたしたちの子どもを。その子どもの生きる未来を」
「守る。夫として、父として、その役割は果たしてみせる」
そう言って、プリンスは身を翻した。靄のなかに入り、パンゲアでなにが起きているのかを確かめようとしているロウワンたちに支援物資を送る手はずを整えるために。
その後ろ姿を見送りながら、トウナは自分の腹に両手を当てた。
「……まだ、目に見える変化はない。それでも、あたしにはわかる。あたしのなかにはすでに、あたしとプリンスの子どもが宿っている。母として、この子を人と人の争いなんかで死なせはしない。絶対に、人と人が争う必要のない世界を作ってみせる」
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