壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第八話六章 目指すは競和

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 ゲームがはじまった。
 ロウワンたち男子チームと、トウナたち女子チームにわかれての一戦。
 「ビーブが参加するのはズルいでしょう。人間とは走る速さがちがうじゃない」
 「ビーブはおれのきょうだい分だ。参加するのは当たり前だ」
 「いいわよ。それならこっちもコハに参加してもらうから」
 そんなひと悶着もんちゃくがあったあと、ビーブの妻コハが女子チームに参加する形でゲームははじまった。
 コイントスによって先攻は男子チームと決まった。ファーストキッカーを務めるのは自由の国リバタリアの切り込み隊長を自認するビーブ。女子チームのホーム捕手を務めるメリッサが軽く蹴ったボールをそのたくましい尻尾で打ち返す。遊撃手を務めるトウナが漁村ぎょそん育ちらしい機敏な動きでボールを追い、ファーストめがけて蹴り飛ばす。
 トウナの動きははじめてであることを差し引いても充分に機敏なものだったが、さすがにビーブの野性の瞬発力には及ばない。トウナの蹴ったボールがファーストに届いた頃にはビーブはベース上で悠々ゆうゆう毛繕けづくろいなどする余裕を見せていた。
 ――すてきよ、あなた!
 ――おう、任せとけ!
 と、コハとビーブ。子どもも生まれて幸せ最高潮の夫婦ののろけにはさまれて、ゲームはつづく。
 セカンドキッカーのロウワンがトスされたボールを思いきりキックする。勢いがよすぎて遊撃手の真正面に飛んでしまい、ロウワンは悠々ゆうゆうファーストアウト。しかし、その間にビーブは野性の瞬発力を生かして一気にサードまで到達していた。
 「では、僕のキックでまずは一点だね」
 サードキッカーの行者ぎょうじゃがそう言ってホームベースに向かう。その背に向かってロウワンが心配そうに声をかけた。
 「そんなゾロッとした服で走れるのか?」
 「心配いらないよ。この服は僕の分身だからね」
 行者ぎょうじゃはそう言って片目をつぶってみせる。あでやかな美少年だけに、こんな表情をして見せると性別を超えたなまめかしさがあふれる。
 ともかく、行者ぎょうじゃはホームベースに立った。メリッサがボールを軽く蹴ってトスしたが、ここで行者ぎょうじゃらしい小狡こずるさ――あるいは、いやらしさ――が発揮された。
 トスされたボールを思いきり蹴るかわりに、チョコンと当てて転がしたのだ。呆気あっけにとられた遊撃手たちの反応が遅れる間に行者ぎょうじゃはファーストに、そして、ビーブはサードからホームへと生還。これで、男子チームが一点。
 「セコい! いまのはズルいでしょう、行者ぎょうじゃ
 トウナが憤然ふんぜんとして食ってかかったが、行者ぎょうじゃは涼しい顔。自分の頭を指先でつついて見せて、
 「ゲームはいつだってここの勝負だよ」
 と、言ってのける。
 「では、おれが堂々たる勝負の手本を見せよう」
 フォアキッカーを務める野伏のぶせがホームに向かう。片肌を脱いで自慢の筋肉美を見せつけてるいるのがなんとも……。
 トスされたボールを速く、鋭く、渾身こんしんの力を込めて蹴ると、ボールは閃光の速度でエリア外へと飛んでいく。
 ホームラン。
 二点が追加され、男子チームは三点先取。
 そんな調子でゲームは進み、男子チーム一五分、女子チーム一五分の攻防が展開された。休憩をはさみ、さらに一五分ずつゲームが行われる。
 「さあ、もう一点だ! 一気に勝負を決めるぞ!」
 「そうはさせない! 絶対、抑える!」
 「さあ、今度はこっちの番よ! メタメタにしてあげるわ」
 「おっと、トウナ。いくらお前でもおれのところに蹴ったらアウトになってもらうからな」
 「無用な忠告よ。その頭を通りこしてあげるわ」
 「貴族の名誉に懸けて、必ず勝ちます!」
 ――野性の誇りに懸けて、勝つのはおれだぜ!
 口々にそう叫びながらゲームは進む。六〇分のゲームはあっという間に終わっていた。試合終了の声とともに両チームの選手たちがそれぞれに握手とハグを交わし、互いの健闘を称え合う。そして、グラウンドで車座になってお茶会となった。
 どちらが勝ったかなど誰も覚えていないし、気にもしていない。思いきり体を動かしたあとの爽快感だけを感じていた。
 「家にいた頃、サッカーぐらいはしたことがあるけど。やっぱり、命のやり取りなしに思いきり体を動かすのは楽しいな」
 ロウワンが爽快な笑顔でそう言うと、プリンスがなんとも複雑な表情を浮かべた。
 「でも、なんだか妙な気分だな。仕事と戦い以外で体を動かすことなんてなかったからな。『遊び』のためにこんなに一所いっしょ懸命けんめいになるなんて……」
 「でも、楽しかったでしょう?」
 トウナが汗を浮かべた笑顔を見せてそう言った。結婚したての妻のそんな表情がまぶしかったのだろう。プリンスは思わず視線をそらした。小声で言った。
 「まあ……な」
 「妙な気分というのはおれもわかる」と、野伏のぶせ
 「スポーツなどいままでしたことはなかったからな。目的もなしに、ただ『楽しむ』ためだけになにかをするというのは違和感がある」
 「そうだね。僕も長いこと、この世にいるけど、こんなことははじめてだからね。やっぱり、ちょっと奇妙な気はするな」
 ――やれやれ。人間ってやつはほんと、文化的じゃないよな。森の暮らしでは食うだけ食って時間が空いたら、それぞれに好きなことをして楽しむもんだ。その程度の文化は人間ももつべきだぞ。
 ビーブのその言葉に『文化的ではない』人間たちはそろって苦笑した。
 「でも、楽しくはあったんだろう?」
 ロウワンの問いに――。
 野伏のぶせ行者ぎょうじゃはそろってうなずいた。
 「たしかに『楽しむためだけになにかをする』って言うのは、まだまだ一般的ではないけれど、広めていく価値はあると思う」
 ロウワンは一語いちごを噛みしめるようにしながら言った。
 「フーマン卿の言うとおり、スポーツの世界は流動性秩序そのものだ。勝者が敗者となり、敗者が勝者となる。なにより重要なのは、スポーツの世界においては同じひとつのルールを守らなければ参加は許されないということだ。
 その仕組みを国と国との関係に持ち込めば、武力をもって争うのではなく、同じひとつのルールにのっとって覇権を競い合うという、言わば競いながら調和する関係、『競和きょうわ』とも呼ぶべき状態を作れる。
 そんな世界ができあがれば、人と人の争いを終わらせることもできるはずだ。なにしろ、競い合うためには相手がいる。競い合う関係を望ましいと思えば、相手を征服したり、滅ぼしたりなんてできなくなるんだからな。おれたちでそのルールを作り、国と国が競いながら調和していく世界を作ろう」
 人と人の争いを終わらせるために。
 ロウワンのその言葉に――。
 その場にいる全員が心からうなずいた。
 ただひとり、行者ぎょうじゃだけが皮肉っぽく赤い唇をもちあげ、疑いの言葉を投げかけた。
 「その理想は立派だけどね。でも、ロウワン。そのルールをどうやって作る? しょせん、人の作ったルールでは万人を納得させることなんてできないよ」
 「そのために、最古の三法がある。ハルキス先生たち、『もうひとつの輝き』が作り出したのりが」
 「最古の三法。あるいは、人類三原則」
 現『もうひとつの輝き』のおさであるメリッサがロウワンの言葉を引き継いだ。
 「第一法。
 生命の本質は広まること。故に生命を広める行為を正とし、狭める行為を邪とする。
 第二法。
 人類は信頼によって文明を発展させてきた。信頼なき世に文明はなく、人の暮らしもない。故に人への信頼を増す行為を正とし、信頼を損ねる行為を邪とする。
 第三法。
 我々がこの世界に暮らしていられるのは先人たちが世界を破壊しなかったためである。すべての人間はその恩義を負っている。故に、この世界を未来の世代に託すために保つ行為を正とし、損ねる行為を邪とする」
 メリッサはいったん、言葉を切ったあと、さらにつづけた。
 「補足条項。
 以上、三法を厳守すべき掟としてではなく、自らの立ち位置を知るための物差しとして利用すること、ね」
 「そうです」
 と、ロウワンはメリッサの言葉にうなずいた。
 「最古の三法はどこかで誰が作った法とはちがう。人類の、いや、生物の歴史の積み重ねのなかでできあがったのりだ。すべての人間、すべての生物はそののりを背負っている。この世界で生きていこうと思うなら、すべての生命が従うべきのりだ。最古の三法に従ってルールを作ればきっと、万人が従うべきルールを作れる」
 「しかし、ロウワン」
 今度は野伏のぶせが言った。
 「そんなルールを作ると言うことは、いまのこの世界のかたを根本からかえると言うことだ。一朝いっちょう一夕いっせきにはいかん。一〇代、二〇代、いや、それ以上の時間をかけても完成しないかも知れないぞ」
 「……わかっている」
 野伏のぶせの言葉に――。
 ロウワンは深刻な理解と覚悟をもってうなずいた。
 「だけど、今回の亡道もうどうつかさとの戦いをしのげば、この世界は千年の時を得ることができる。その千年の時をかけて、少しずつかえていく。そして、そのときこそ、亡道もうどうつかさと本当の決着をつけるときだ」
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