壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第七話一二章 ローラシアを取り戻すんだ!

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 ルドヴィクスは目を見張った。
 目の前で起きていることが信じられなかった。
 ルドヴィクスだけではない。その場にいる全員、必死の抵抗をつづけてきた生き残りたち誰もが同じ思いだった。
 自分たちの後方で轟音が鳴り響く。すると、目の前ですさまじい爆発が起き、化け物どもを吹き飛ばす。銃弾の雨を降らせようが、ありったけの大砲の弾を食らわせようが、ものともせずに進軍してきた化け物たち。その化け物たちが巨大な爆発に巻き込まれ、すべもなく吹き飛ばされていく。
 もちろん、いくらすさまじい爆発と言っても一発や二発で動けなくなるような化け物兵ではない。手足がちぎれようが、胴体に穴が開こうが、呻き声ひとつあげず、恐怖も狼狽も見せることなく、かまになった腕を地面について立ちあがり、なおも進軍しようとする。しかし――。
 轟音。そして、爆発。
 立ちあがろうとする化け物たちのもとに容赦なく轟音と爆発が連鎖して、次々と吹き飛ばす。
 いったい、なにが起こったのか。
 わけのわからないままにルドヴィクスは後ろを振り返った。轟音を響かせ、爆発する『なにか』が撃ち出されてくる方向を。
 そこにあったものは、いまだかつて見たことのない物体。
 信じられない光景。
 無限軌道キャタピラを回転させ、蒸気を噴き出して足音高く走ってくる、頭に大砲を載せた巨大な金属のやぐらと、そのやぐらに従うようにやってくる二〇万を越える巨大な軍勢。
 呆気にとられるルドヴィクスの脇を二筋の風が吹き抜けた。
 「無事か、ルドヴィクス卿!」
 「ひとまずさがれ。体勢を立て直せ!」
 二筋の風はその声を残すと、化け物たちの群れに斬り込んでいった。
 「ロウワンどの、野伏のぶせどの!」
 その二筋の風の姿に――。
 ルドヴィクスは叫んだ。
 歓喜の叫び、というよりは、驚きの叫び。来るはずがないと思っていた援軍がやってきた、そのことに対する驚愕きょうがくの叫びだった。
 二筋の風は化け物の群れに真っ向から斬り込んだ。
 ロウワンの振りまわす〝鬼〟の大刀たいとうが化け物兵の強靱な肉体を粉砕し、野伏のぶせの振るう太刀たちが次々と両断していく。たったふたりの援軍によって、化け物兵たちは押されはじめた。さらにそこへ、
 「キキキイッ!」
 激しくも甲高いサルの鳴き声が響いた。
 それにつづくのは、大地を揺るがす巨大な足音。地震が自らの意思をもって、こちらに迫ってくるかのような大地の揺らぎ。
 呆気にとられるルドヴィクスの脇を獣たちの群れが突き進んでいく。
 ゾウの群れが化け物のなかに突撃し、巨大なぶっといむちと化した鼻で化け物たちを吹き飛ばし、巨木のような脚で踏みつぶす。
 サイの群れが殺到し、力にものを言わせて化け物たちを突き飛ばし、額の角で突き刺し、吹き飛ばす。
 ライオンたちが『百獣の王』の名に懸けて化け物に挑み、喉笛に食らいついて引きずり倒す。
 小柄だが俊敏なドールの群れが一斉に襲いかかり、化け物たちの腕と言わず、脚と言わずに猛々しい牙を突き立て、食らいついては、引きずり倒す。そこへハイエナが襲いかかり、強靱なあごの力にものを言わせて化け物の首を食いちぎる。
 さらに、空からはワシやタカ、空を支配する最強の猛禽もうきんたちが襲いかかり、化け物たちの動きをとめる。
 「キキキイッ、キイ、キイ、キイ!」
 突進するゾウの群れ。その先頭を走るゾウの背に乗ったビーフが声高く叫びつづける。
 ――進め! ここは、おれたちの世界だ! こんな化け物どもにデカいつらをさせておくなっ!
 その叫びは人間たちをも鼓舞したのだろうか。獣たちの後ろから飛び出した人間の兵士の一団が槍を構え、化け物めがけて突撃する。 
「シャアアアッ!」
 猛々しい声と共に化け物めがけて槍を繰り出す。
 おおっ。
 なんと言うことだろう。
 化け物たち、銃で撃とうが、大砲で吹き飛ばそうが、かまいもせずに進軍をつづけてきた化け物たち。その化け物たちが『たかが槍』で貫かれただけで血を吹き出し、いまだかつて一度もあげたのことのない苦悶くもんの声をあげ、苦しんでいるではないか。
 いったい、なにが起こったのか。
 起きているのか。
 理解できないままに、唖然あぜんとして目前の光景を見ているしかないルドヴィクスとその配下たち。そこへ、ルドヴィクスたちと同じくローラシアの紋章をつけた兵士たちがやってきた。
 「ルドヴィクス!」
 「あなたは……」
 「ルドヴィクス! 我らも貴公と共に戦うぞ」
 「なんですって⁉」
 ニヤリ、と、侯爵の位をもつ年配の将軍は笑って見せた。
 「たしかに、我らは一度、〝賢者〟どもに降伏した。その支配を受け入れた。だが、ロウワンどのの檄で目が覚めた。〝賢者〟とか抜かす、わけのわからんやつらにローラシアの未来は、我が子たちの未来は渡さん! 我が子の、その子の、さらにその子たちのため、今度こそ勝利して見せようぞ!」
 「そういうことです」
 年配の将軍が誇り高く宣言すると、その横に付き従っていた名も無きひとりの兵士も恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら言った。
 「誰にも支配されたくなければ勝てばいい。そういうことですからね」
 その言葉に――。
 名も無きひとりの兵士の同僚も重々しくうなずいた。
 「皆……」
 「さあ、進めいっ! ルドヴィクスたちばかりに良い格好をさせておくなっ! いまこそ我らの汚名をそそぎ、ローラシア貴族の栄光を世に知らしめるときぞ!」
 年配の将軍が声高く宣言する。
 それに呼応して兵たちがときの声をあげる。
 ローラシア軍一五万。ロウワンの叫びに目覚め、〝賢者〟との戦いを決意した一五万が一斉に化け物たちに攻めかかる。
 もちろん、いくら数が多く、意気盛んとはいえ、対化け物用の武器をもたないこの兵士たちに化け物を倒すことはできない。しかし、槍を構えて突撃し、突き刺すことで動きをとめることはできる。そこへ、対化け物用の武器をもった精鋭たちが襲いかかり一体、また一体と化け物たちを倒していく。
 その精鋭たちのなかには〝ブレスト〟・ザイナブやプリンス、ミッキーたち、サラスヴァティー長海をさかのぼってやってきた自由の国リバタリア海軍の猛者もさたちも混じっていた。
 もともと、〝ブレスト〟たちがサラスヴァティー長海をさかのぼったのは、一刻も早くルドヴィクスたちに援軍と援助物資を届けるために、陸上での戦いを避けて急行するためだった。それが、ロウワンの叫びによって陸上での戦闘が避けられたために、陸軍が予定よりもずっと早く北上できた。そのため、フィルの港町で合流し、共にやって来ることができたのだ。
 「人の身に七曜のくう在り。のどに宿るは貪食どんしょくの土曜のくう。その貪食どんしょくをもってすべてを呑み干す」
 聞き慣れない声がした。見ると、そこには東方の仙人を思わせるゆったりした服を着込んだ銀髪の少年がいた。結いあげた髪に挿したかんざしの飾りをシャラシャラ言わせながら、血のように紅い唇にあるかなしかのかすかな笑みをたたえている。
 銀髪の少年――くう狩りの行者ぎょうじゃのどに生じたくうが眼前に広がる化け物たちから『なにか』を吸い取っている。それがなんなのか、ルドヴィクスにわかるはずもない。しかし、『なにか』が起きていることだけは本能でわかった。
 ニコリ、と、くう狩りの行者ぎょうじゃはルドヴィクスに微笑みかけた。
 「化け物たちの不死性は僕が呑み干す。僕がいる限り、化け物と言えど少しばかり強靱な肉体をもつ生き物に過ぎない。いまが、反撃の時だよ」
 その言葉通り――。
 ロウワン率いる連合軍――いまや、ローラシア軍一五万もそのなかに入っている――による猛々しい反撃がはじまっていた。特別な武器をもつ精鋭たちが、野性の誇りに懸けた鳥と獣が、覚悟を定めた兵士たちが、一斉に化け物に襲いかかり、駆逐していく。始末していく。
 形勢は一気に逆転した。これまで無人の野を行くがごとくに進軍し、目につくものすべてを狩ってきた化け物たち。いまや、その化け物たちこそが狩られる番だった。
 あまりの急展開に思考が追いつかないルドヴィクスの耳に、またも思いがけない声が届いた。
 「ルドヴィクス兄さま!」
 その声、その口調にはたしかに聞き覚えがあった。しかし、その声のぬしを見たとき一瞬、誰かわからなかった。
 くすんだ金髪を短く切りそろえ、小さな体に何本もの槍を抱えて走ってくる市井しせいの少年の服を着た少女。必死に自分の名を叫び、自分を見つめて走ってくる姿を見て、ルドヴィクスはようやくそれが誰が気付いた。
 「お前は……!」
 ルドヴィクスが名前を呼ぶよりも先に、男装の少女は叫んだ。
 「セシルです、兄さま!」
 「セシル……? そうか、セシルか」
 その名前を聞いただけで、ルドヴィクスは一連の事情を察した。
 「……そうか。立派に伝令の役を果たしてくれたんだな」
 兄としての喜びに胸がいっぱいになった。
 「兄さま!」
 セシリアが息を切らしてルドヴィクスのもとへと駆けつけた。小さな体いっぱいに抱えた槍を差し出した。
 「兄さま、この槍をお使いください!」
 「これは……」
 「自由の国リバタリアが開発した、対化け物用の武器です。この槍なら化け物どもを倒せます!」
 セシリアは必死の表情でそう訴えかける。その表情を見れば、それ以上の問答など不要だった。
 ルドヴィクスは万感ばんかんの思いをもってその槍を受けとった。
 セシリアに声をかけた。
 「ありがとう、セシリア。いや、セシル。立派に役割を果たしくれたんだな」
 「はい……!」
 尊敬する長兄にそう言われて――。
 セシリアは心からの喜びを顔いっぱいに輝かせて答えた。
 「武器だけではありません。水も、食糧も、医薬品も運んできました! 自由の国リバタリアには何人ものお医者さまがいます。怪我人もすぐに治療してもらえます!」
 「……そうか」
 「セシル、なにをしている! 早くこっちに来い。怪我人たちを運ぶんだ!」
 「はい!」
 その叫びに――。
 セシリアは駆け出していった。
 「兄さま、ご武運を!」
 その叫びを残して、怪我人たちのもとへと駆けていく。
 その場に倒れている何百という怪我人たち。手足がちぎれ、胴体を切り裂かれ、血と汚物にまみれた兵士たち。以前の、貴族の邸宅のなかだけで蝶よ、花よと育てられていた箱入り娘だった頃のセシリアなら、近づくなどとてもできない。悲鳴をあげて逃げ出していた、いや、その場で失神すらしていたかも知れない。
 しかし、その惨状を前に、いまのセシリアはそんなものはものともせずに傷だらけの兵士たちを抱えあげ、運んでいく。その姿に――。
 ――そうか。セシリア。いまのお前はもう、おれの知る箱入り娘ではないんだな。
 自由の国リバタリアへと援軍を求める旅。
 その旅が幼かった妹をこれほどまでに成長させたのだ。ならば――。
 ギュッ、と、力を込めて、ルドヴィクスは槍を握った。
 今度は自分がローラシア騎士としての役割を果たす番だ!
 「おおおおっ!」
 ルドヴィクスは叫んだ。
 これまで、多くの仲間たちを殺されながらすべもなく後退にこうたいを重ねるしかなかった。その無念の思いを込めて突撃する。
 ルドヴィクスには仲間たちを守れるだけの剣聖の技もなければ、偉大なる魔法使いの力もない。しかし、いまのルドヴィクスには武器があった。天命てんめいことわりによって生みだされた対化け物用の武器が。
 ルドヴィクスはその武器である槍を力の限りに化け物に突き刺した。槍は易々やすやすと化け物の身をつらぬいた。血が噴き出し、化け物の悲鳴があがった。
 ――やったっ!
 ルドヴィクスは心に叫んだ。
 その思いがどれほどのものか。
 余人には決して想像することすらできなかっただろう。
 ルドヴィクスはその思いのままに叫んだ。
 「勝てる、勝てるぞ! いまのおれたちには仲間がいる、武器がある! こんな化け物どもには負けない! いまこそ、ローラシアをおれたちの手に取り戻すんだ!」
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