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第二部 絆ぐ伝説
第七話二章 新兵器
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「これは……」
メリッサに連れらてやってきた港。そこに置かれている未知なる物体を見て、ロウワンは言葉を失った。
そこにあったものは戦闘用の巨大な櫓。火器の発達する以前には攻城用の兵器として盛んに使われたものだ。その時代には櫓の上に乗った弓兵たちが、敵の城壁めがけてあらん限りの矢を射掛けたものだ。しかし、大砲の発達した現在においては、もはや無用の長物。過去の遺物に過ぎない。
その櫓がいま、ロウワンたちの前に姿をさらしている。
もちろん、櫓と言っても前時代の櫓とはわけがちがう。全身が鈍色に輝く金属の塔。上に乗っているものは、弓兵ではなく巨大な大砲、爆砕射。
先だってのローラシア海軍との戦いでその桁外れの威力を見せつけた、メリッサたち『もうひとつの輝き』の手になる新型大砲。それが装備されているのだ。
さらに、金属の櫓の後ろには煙突をもった大きな箱がついている。櫓とその後方の箱の足元にはいくつもの車輪があり、その車輪のまわりはいままでロウワンが見たことのない金属の板がグルリと輪っか状にはめられている。
まさに、未だかつて人類の誰も見たことのない異形の兵器。
その兵器を前に、ロウワンのみならずビーブやトウナ、野伏や行者でさえ驚きに言葉を失っている。
「自走砲よ」
あんぐりと口を開けて未知の兵器を見つめるロウワンに対し、メリッサが言った。
それは『誇るような』というにはほど遠い、むしろ『後ろめたさを感じている』ような声だった。
「自走砲?」
ロウワンが尋ね返した。
メリッサはうなずいた。
「ええ。自力で走る大砲。だから、自走砲」
「自力で走るって……」
「覚えている? わたしたちが一緒に山道を進んでいたとき、出現した怪物。〝すさまじきもの〟を」
もちろん、と、ロウワンは真摯な表情でうなずいた。
忘れるわけがない。それは、ロウワンたちがメリッサたち『もうひとつの輝き』とはじめて会ったときのこと。五〇〇年前の『もうひとつの輝き』の人員であるハルキス。そのハルキスが過ごした島へと渡ろうと山道を通っていたとき、それは表われたのだ。
体の大半を占める巨大な頭部。
尻尾のように先に行くほど細くなり、丸まった胴体。
脚はなく、そのかわりに恐ろしく巨大な拳を地面について立っていた。
巨大な頭部に開いた目は、まるで風洞のようにうつろであり、胸にはむき出しの心臓がドクドクと脈打っていた。
まさに、想像を絶する怪物。
それが、〝すさまじきもの〟。
「忘れるわけがない」
ロウワンは真摯な表情のまま、そう繰り返した。
「あのとき、行者が表われて助けてくれなかったら、おれたちは〝すさまじきもの〟に襲われて全滅していた」
その言葉に――。
メリッサもロウワンに劣らない真摯な表情でうなずいた。
「そう。その通りね。あのとき、行者がこう言ったのを覚えている?
『海の上に出現してくれるなら、船からの砲撃でなんとかなるかも知れない。でも、陸の上にそんな大砲はないしね』
だから、陸の上でも自由に動ける大砲を開発してきたの。これは、その試作品。最初の一台。たったいま、ハルキス島からついたところよ」
メリッサはそう説明した。
ハルキス島。
五〇〇年の時を生きた大学者にして、ロウワンの師たるハルキス。そのハルキスが白骨の死体となって五〇〇年の時を過ごしたその島はいま『ハルキス島』と呼ばれていた。
そして、そのハルキス島において、新技術を追求する研究者集団である『もうひとつの輝き』は、自分たちが手に入れた数々の資料とハルキスが残した知識とを合わせて、いくつもの研究に取り組んでいる。
メリッサはつづけた。
「また、あんな怪物が表われたときに対処できるよう、自力で陸上を動くことのできる大砲を作る。その目的のために開発したものよ。この無限軌道、キャタピラで……」
「キャタピラ?」
「車輪のまわりの板のことよ。この大きさと重さの物体を陸上で動かすためには、丈夫で平らな道が必要。でも、そんな道はめったにない。陸上を自在に動けるようにするためには、自分で自分が進むための道を引いていかなければならない。
でも、延々と板を引きつづけるなんて不可能。そこで、板を輪っか状にして車輪のまわりに取りつけたの。車輪が回転することで、まわりを囲む板も回転し、丈夫で平らな道の上を動くのと同じことになるわ。さすがにウマみたいに『どんな場所でも……』というわけにはいかないけどある程度、平らな場所なら自由に動けるはずよ」
「なるほど」
ロウワンは力強くうなずいた。
問題を解決するためのメリッサの発想に感心していた。
メリッサはさらにつづけた。
「見ての通り、分厚い金属の塊だから銃撃程度ではビクともしない。搭載されている大砲は爆砕射の改良型。もともと、爆砕射はこの自走砲を作るための試験だったから。他のどんな大砲の弾も届かない遠距離から攻撃できるし、その破壊力は従来の砲弾の比ではない。金属の塊をぶつけるだけのいままでの大砲とちがって、それ自体が爆発する炸裂弾だから。これなら、ローラシアの化け物兵やパンゲアの怪物兵にも効果があるはず。
それに、櫓だから高所からの砲撃が可能。敵兵が塹壕のなかに隠れていても頭上から攻撃できるわ」
そう説明するメリッサの口調はなめらかだったが、その表情は暗い。自分の開発した兵器を自慢する技術者のそれ……というにはほど遠い。むしろ、自らの罪を悔いる罪人の顔だった。
自走砲について説明するメリッサの頭のなか。そこにあるものは、この兵器が人間の兵士相手に使われたときのその惨状。大地を蹂躙し、銃撃を跳ね返し、敵軍の兵士たちのもとにうなりを立てて押しよせて、櫓の上の大砲が火を放つ。自ら爆発する、火薬をつめた炸裂弾。その砲撃を食らえば、人間なんてひとたまりもない。壮絶な爆発に巻き込まれ、胴体は吹き飛び、四肢はちぎれ、欠片となって飛んでいく……。
その想像にメリッサは吐き気を覚える。
――千年前、騎士マークスが『もうひとつの輝き』を創設したのは人々を、この世界を救うため。亡道の世界に侵食された世界を元に戻すための効率的な手段を探すためだった。それなのに、こんな戦争用の兵器を作るなんて……。
その思いがある。
しかも、今回の相手は千年前の亡霊たちに脅され、無理やり出撃させられている人々、はっきりと被害者と言える人々なのだ。そんな人々を相手に自分の発明品が使われ、殺しまくるなんて……。
「できれば、人間相手には使ってほしくないわ」
できることなら、そう言いたい。
「この自走砲は〝すさまじきもの〟のような怪物相手にだけ使って」と。
だけど、言えない。
脅迫されて出撃してくるローラシア兵。その人々と戦い、殺す。その重荷を誰よりも背負わなくてはならないのは、指揮を執るロウワンなのだ。そのロウワンに向かって、さらに荷を重くするようなことを言うことはできなかった。
「すごい」
そのロウワンはメリッサの心配をよそに、希望に満ちた顔で自走砲を見上げていた。
「こんな兵器があれば、ローラシアの化け物兵相手にも被害を出さずに戦えるかも知れない。ありがとうございます、メリッサ師。よく開発してくれました」
キラキラと輝く『まさに少年』な顔でそう言われて――。
メリッサは自分かひどく罪深い存在になったように思えた。
「でも、ロウワン。この自走砲にも欠点があるわ」
「欠点?」
「ええ。まず、試作品だからこれ一台しかない。はじめて使うものだから、実際の戦場で計算通りの性能を発揮できるという保証もない。二号機、三号機の制作も進めてはいるけど、量産型を作るためにはどうしても、実戦で使った上で蓄積した情報が必要だから……」
「今回の戦いで使ってみない限り、量産することはできない。そういうことですか」
「ええ」
と、メリッサはうなずいた。それはすなわち、数多くのローラシア兵たちを殺す、という意味に他ならない。その思いをかみ殺しながらメリッサはつづけた。
「なにより『自走砲』と言っても、蒸気機関で動くから、動かすためには大量の水と石炭が必要になるわ。その量を考えたら決して長時間、自分で移動するということはできない。戦場以外ではウマで引いて運ぶしかないでしょうね」
と、メリッサは今度ばかりは純粋に技術者として悔しがる表情で言った。
「気にしないでください、メリッサ師。陸上で強力な大砲が使える。それだけでも、化け物兵相手には大きな利点なんですから」
「ええ、そうね」
メリッサはそううなずいたが、妙な違和感を感じていた。
――どうして、そんなに明るく話しているの? この怪物兵器でローラシア兵を、〝賢者〟たちに脅されて無理やり出撃させられている人たちを殺すことになるのに。
そのことを気にしないなんて、ロウワンらしくない。
そう思い、メリッサは不安に駆られていた。
「それと……」
不安に駆られながらもメリッサはさらに、もうひとつの試作品を差し出した。
「これは……」
ロウワンの目の前に差し出されたもの。それは、いくつかのボタンのついた小さな箱だった。
「無線機よ」
「無線機?」
「ええ。以前に言ったでしょう? 遠くはなれた場所同士で会話する方法について一応、理論はできているって。それが形になったものよ」
今度こそ――。
ロウワンの表情がパアッと明るくなった。
「すごい! それじゃあ、これさえあれば大陸の端と端とで会話できるんですね⁉」
そう言われて――。
メリッサは『あまりにも期待されて恥ずかしい』といった表情でかぶりを振った。
「残念だけど、そこまではできないわ。通信の届く距離はまだまだ短いし、なにより、言葉を直接、送れるわけじゃないから。簡単な信号しか送れないの。だから、その信号を解読するための知識がないと役に立たないし」
「そうですか」
と、ロウワンはちょっとガッカリした様子だった。
そんなロウワンを見て、メリッサはあわてて言った。
「でも! 船に載せておけば、船と船の間で連絡を取り合うことはできるはずよ。それだけでも、ずいぶんちがうでしょう?」
「たしかにそうですね。船と船で連絡を取り合うのは大変なことですからね。その無線機とやらで連絡を取り合えるようになるなら途方もなく便利になる」
ロウワンとメリッサは自走砲と無線機とを自由の国海軍の旗艦たる『砂漠の踊り子』号に持ち込んだ。自由の国の海軍は、〝ブレスト〟の指揮する一軍とプリンスの指揮する一軍とにわかれて、出陣前の総仕上げとも言うべき実戦演習を終えたところだった。
『砂漠の踊り子』号の甲板には〝ブレスト〟をはじめ、プリンスやミッキー、自由の国海軍の主だったものが集まり、状況を確認しているところだった。
メリッサの説明を聞いて、〝ブレスト〟はうなずいた。
「なるほど。たしかに、船と船の間で連絡がとれるなら助かる」
「そうだな。いままでは船団と言っても、連絡のとりようがないから一隻いっせきがそれぞれの判断でバラバラに動くことしかできなかった。緊密な連絡がとれるなら本当の意味での『船団』として、一体になって動くことができる。海戦における優位は圧倒的なものになる」
プリンスもそう言った。しかし、言葉の内容とは裏腹に、その口調にも、表情にも沸き立つようなものはなにもない。むしろ、意に沿わないことを押しつけられているような、そんな重苦しい表情だけがあった。
そのことはにはもちろん、ロウワンも気付いた。かつては、ローラシアの黒人奴隷であり、いまでは自由の国海軍の主力を務める青年に対し、不思議そうに尋ねた。
「どうしたんだ、プリンス? なにか気になることでもあるのか?」
「いや……」
と、プリンスは顔をそらした。その歯切れの悪い態度もプリンスらしくないものだった。
「ロウワン」
プリンスにかわってロウワンに答えたのは、自由の国第二代提督〝ブレスト〟・ザイナブだった。
「実は、兵たちの間に大きな問題がある」
「問題?」
ロウワンはさすがに眉をひそめた。
プリンスが咎めるような口調を〝ブレスト〟に向けた。
「……〝ブレスト〟」
「隠していても益はない。ロウワンは自由の国の主催。当然、知っておくべきことよ」
「それはそうだろうが……」
〝ブレスト〟の毅然たる態度に比べ、プリンスはどうしても歯切れが悪い。そのことにロウワンが疑問を感じ、尋ねようとした。そのときだ。
「ロウワンさま!」
大きくて甲高い、子どもの声がした。
見るとそこには、くすんだ金髪を短く刈りあげた一二歳ぐらいのかわいらしい子どもがいた。下っ端の水兵として『砂漠の踊り子』号に乗り込んでいるセシリアである。
「どうしたんだ、セシル? そんな大声を出して?」
ロウワンは尋ねた。
セシリアはロウワンをまっすぐに見つめると言った。
「ロウワンさま。お願いがあります」
「お願い?」
「はい」
セシリアはロウワンの瞳をまっすぐに見たまま言った。
「僕を最前線に送ってください!」
メリッサに連れらてやってきた港。そこに置かれている未知なる物体を見て、ロウワンは言葉を失った。
そこにあったものは戦闘用の巨大な櫓。火器の発達する以前には攻城用の兵器として盛んに使われたものだ。その時代には櫓の上に乗った弓兵たちが、敵の城壁めがけてあらん限りの矢を射掛けたものだ。しかし、大砲の発達した現在においては、もはや無用の長物。過去の遺物に過ぎない。
その櫓がいま、ロウワンたちの前に姿をさらしている。
もちろん、櫓と言っても前時代の櫓とはわけがちがう。全身が鈍色に輝く金属の塔。上に乗っているものは、弓兵ではなく巨大な大砲、爆砕射。
先だってのローラシア海軍との戦いでその桁外れの威力を見せつけた、メリッサたち『もうひとつの輝き』の手になる新型大砲。それが装備されているのだ。
さらに、金属の櫓の後ろには煙突をもった大きな箱がついている。櫓とその後方の箱の足元にはいくつもの車輪があり、その車輪のまわりはいままでロウワンが見たことのない金属の板がグルリと輪っか状にはめられている。
まさに、未だかつて人類の誰も見たことのない異形の兵器。
その兵器を前に、ロウワンのみならずビーブやトウナ、野伏や行者でさえ驚きに言葉を失っている。
「自走砲よ」
あんぐりと口を開けて未知の兵器を見つめるロウワンに対し、メリッサが言った。
それは『誇るような』というにはほど遠い、むしろ『後ろめたさを感じている』ような声だった。
「自走砲?」
ロウワンが尋ね返した。
メリッサはうなずいた。
「ええ。自力で走る大砲。だから、自走砲」
「自力で走るって……」
「覚えている? わたしたちが一緒に山道を進んでいたとき、出現した怪物。〝すさまじきもの〟を」
もちろん、と、ロウワンは真摯な表情でうなずいた。
忘れるわけがない。それは、ロウワンたちがメリッサたち『もうひとつの輝き』とはじめて会ったときのこと。五〇〇年前の『もうひとつの輝き』の人員であるハルキス。そのハルキスが過ごした島へと渡ろうと山道を通っていたとき、それは表われたのだ。
体の大半を占める巨大な頭部。
尻尾のように先に行くほど細くなり、丸まった胴体。
脚はなく、そのかわりに恐ろしく巨大な拳を地面について立っていた。
巨大な頭部に開いた目は、まるで風洞のようにうつろであり、胸にはむき出しの心臓がドクドクと脈打っていた。
まさに、想像を絶する怪物。
それが、〝すさまじきもの〟。
「忘れるわけがない」
ロウワンは真摯な表情のまま、そう繰り返した。
「あのとき、行者が表われて助けてくれなかったら、おれたちは〝すさまじきもの〟に襲われて全滅していた」
その言葉に――。
メリッサもロウワンに劣らない真摯な表情でうなずいた。
「そう。その通りね。あのとき、行者がこう言ったのを覚えている?
『海の上に出現してくれるなら、船からの砲撃でなんとかなるかも知れない。でも、陸の上にそんな大砲はないしね』
だから、陸の上でも自由に動ける大砲を開発してきたの。これは、その試作品。最初の一台。たったいま、ハルキス島からついたところよ」
メリッサはそう説明した。
ハルキス島。
五〇〇年の時を生きた大学者にして、ロウワンの師たるハルキス。そのハルキスが白骨の死体となって五〇〇年の時を過ごしたその島はいま『ハルキス島』と呼ばれていた。
そして、そのハルキス島において、新技術を追求する研究者集団である『もうひとつの輝き』は、自分たちが手に入れた数々の資料とハルキスが残した知識とを合わせて、いくつもの研究に取り組んでいる。
メリッサはつづけた。
「また、あんな怪物が表われたときに対処できるよう、自力で陸上を動くことのできる大砲を作る。その目的のために開発したものよ。この無限軌道、キャタピラで……」
「キャタピラ?」
「車輪のまわりの板のことよ。この大きさと重さの物体を陸上で動かすためには、丈夫で平らな道が必要。でも、そんな道はめったにない。陸上を自在に動けるようにするためには、自分で自分が進むための道を引いていかなければならない。
でも、延々と板を引きつづけるなんて不可能。そこで、板を輪っか状にして車輪のまわりに取りつけたの。車輪が回転することで、まわりを囲む板も回転し、丈夫で平らな道の上を動くのと同じことになるわ。さすがにウマみたいに『どんな場所でも……』というわけにはいかないけどある程度、平らな場所なら自由に動けるはずよ」
「なるほど」
ロウワンは力強くうなずいた。
問題を解決するためのメリッサの発想に感心していた。
メリッサはさらにつづけた。
「見ての通り、分厚い金属の塊だから銃撃程度ではビクともしない。搭載されている大砲は爆砕射の改良型。もともと、爆砕射はこの自走砲を作るための試験だったから。他のどんな大砲の弾も届かない遠距離から攻撃できるし、その破壊力は従来の砲弾の比ではない。金属の塊をぶつけるだけのいままでの大砲とちがって、それ自体が爆発する炸裂弾だから。これなら、ローラシアの化け物兵やパンゲアの怪物兵にも効果があるはず。
それに、櫓だから高所からの砲撃が可能。敵兵が塹壕のなかに隠れていても頭上から攻撃できるわ」
そう説明するメリッサの口調はなめらかだったが、その表情は暗い。自分の開発した兵器を自慢する技術者のそれ……というにはほど遠い。むしろ、自らの罪を悔いる罪人の顔だった。
自走砲について説明するメリッサの頭のなか。そこにあるものは、この兵器が人間の兵士相手に使われたときのその惨状。大地を蹂躙し、銃撃を跳ね返し、敵軍の兵士たちのもとにうなりを立てて押しよせて、櫓の上の大砲が火を放つ。自ら爆発する、火薬をつめた炸裂弾。その砲撃を食らえば、人間なんてひとたまりもない。壮絶な爆発に巻き込まれ、胴体は吹き飛び、四肢はちぎれ、欠片となって飛んでいく……。
その想像にメリッサは吐き気を覚える。
――千年前、騎士マークスが『もうひとつの輝き』を創設したのは人々を、この世界を救うため。亡道の世界に侵食された世界を元に戻すための効率的な手段を探すためだった。それなのに、こんな戦争用の兵器を作るなんて……。
その思いがある。
しかも、今回の相手は千年前の亡霊たちに脅され、無理やり出撃させられている人々、はっきりと被害者と言える人々なのだ。そんな人々を相手に自分の発明品が使われ、殺しまくるなんて……。
「できれば、人間相手には使ってほしくないわ」
できることなら、そう言いたい。
「この自走砲は〝すさまじきもの〟のような怪物相手にだけ使って」と。
だけど、言えない。
脅迫されて出撃してくるローラシア兵。その人々と戦い、殺す。その重荷を誰よりも背負わなくてはならないのは、指揮を執るロウワンなのだ。そのロウワンに向かって、さらに荷を重くするようなことを言うことはできなかった。
「すごい」
そのロウワンはメリッサの心配をよそに、希望に満ちた顔で自走砲を見上げていた。
「こんな兵器があれば、ローラシアの化け物兵相手にも被害を出さずに戦えるかも知れない。ありがとうございます、メリッサ師。よく開発してくれました」
キラキラと輝く『まさに少年』な顔でそう言われて――。
メリッサは自分かひどく罪深い存在になったように思えた。
「でも、ロウワン。この自走砲にも欠点があるわ」
「欠点?」
「ええ。まず、試作品だからこれ一台しかない。はじめて使うものだから、実際の戦場で計算通りの性能を発揮できるという保証もない。二号機、三号機の制作も進めてはいるけど、量産型を作るためにはどうしても、実戦で使った上で蓄積した情報が必要だから……」
「今回の戦いで使ってみない限り、量産することはできない。そういうことですか」
「ええ」
と、メリッサはうなずいた。それはすなわち、数多くのローラシア兵たちを殺す、という意味に他ならない。その思いをかみ殺しながらメリッサはつづけた。
「なにより『自走砲』と言っても、蒸気機関で動くから、動かすためには大量の水と石炭が必要になるわ。その量を考えたら決して長時間、自分で移動するということはできない。戦場以外ではウマで引いて運ぶしかないでしょうね」
と、メリッサは今度ばかりは純粋に技術者として悔しがる表情で言った。
「気にしないでください、メリッサ師。陸上で強力な大砲が使える。それだけでも、化け物兵相手には大きな利点なんですから」
「ええ、そうね」
メリッサはそううなずいたが、妙な違和感を感じていた。
――どうして、そんなに明るく話しているの? この怪物兵器でローラシア兵を、〝賢者〟たちに脅されて無理やり出撃させられている人たちを殺すことになるのに。
そのことを気にしないなんて、ロウワンらしくない。
そう思い、メリッサは不安に駆られていた。
「それと……」
不安に駆られながらもメリッサはさらに、もうひとつの試作品を差し出した。
「これは……」
ロウワンの目の前に差し出されたもの。それは、いくつかのボタンのついた小さな箱だった。
「無線機よ」
「無線機?」
「ええ。以前に言ったでしょう? 遠くはなれた場所同士で会話する方法について一応、理論はできているって。それが形になったものよ」
今度こそ――。
ロウワンの表情がパアッと明るくなった。
「すごい! それじゃあ、これさえあれば大陸の端と端とで会話できるんですね⁉」
そう言われて――。
メリッサは『あまりにも期待されて恥ずかしい』といった表情でかぶりを振った。
「残念だけど、そこまではできないわ。通信の届く距離はまだまだ短いし、なにより、言葉を直接、送れるわけじゃないから。簡単な信号しか送れないの。だから、その信号を解読するための知識がないと役に立たないし」
「そうですか」
と、ロウワンはちょっとガッカリした様子だった。
そんなロウワンを見て、メリッサはあわてて言った。
「でも! 船に載せておけば、船と船の間で連絡を取り合うことはできるはずよ。それだけでも、ずいぶんちがうでしょう?」
「たしかにそうですね。船と船で連絡を取り合うのは大変なことですからね。その無線機とやらで連絡を取り合えるようになるなら途方もなく便利になる」
ロウワンとメリッサは自走砲と無線機とを自由の国海軍の旗艦たる『砂漠の踊り子』号に持ち込んだ。自由の国の海軍は、〝ブレスト〟の指揮する一軍とプリンスの指揮する一軍とにわかれて、出陣前の総仕上げとも言うべき実戦演習を終えたところだった。
『砂漠の踊り子』号の甲板には〝ブレスト〟をはじめ、プリンスやミッキー、自由の国海軍の主だったものが集まり、状況を確認しているところだった。
メリッサの説明を聞いて、〝ブレスト〟はうなずいた。
「なるほど。たしかに、船と船の間で連絡がとれるなら助かる」
「そうだな。いままでは船団と言っても、連絡のとりようがないから一隻いっせきがそれぞれの判断でバラバラに動くことしかできなかった。緊密な連絡がとれるなら本当の意味での『船団』として、一体になって動くことができる。海戦における優位は圧倒的なものになる」
プリンスもそう言った。しかし、言葉の内容とは裏腹に、その口調にも、表情にも沸き立つようなものはなにもない。むしろ、意に沿わないことを押しつけられているような、そんな重苦しい表情だけがあった。
そのことはにはもちろん、ロウワンも気付いた。かつては、ローラシアの黒人奴隷であり、いまでは自由の国海軍の主力を務める青年に対し、不思議そうに尋ねた。
「どうしたんだ、プリンス? なにか気になることでもあるのか?」
「いや……」
と、プリンスは顔をそらした。その歯切れの悪い態度もプリンスらしくないものだった。
「ロウワン」
プリンスにかわってロウワンに答えたのは、自由の国第二代提督〝ブレスト〟・ザイナブだった。
「実は、兵たちの間に大きな問題がある」
「問題?」
ロウワンはさすがに眉をひそめた。
プリンスが咎めるような口調を〝ブレスト〟に向けた。
「……〝ブレスト〟」
「隠していても益はない。ロウワンは自由の国の主催。当然、知っておくべきことよ」
「それはそうだろうが……」
〝ブレスト〟の毅然たる態度に比べ、プリンスはどうしても歯切れが悪い。そのことにロウワンが疑問を感じ、尋ねようとした。そのときだ。
「ロウワンさま!」
大きくて甲高い、子どもの声がした。
見るとそこには、くすんだ金髪を短く刈りあげた一二歳ぐらいのかわいらしい子どもがいた。下っ端の水兵として『砂漠の踊り子』号に乗り込んでいるセシリアである。
「どうしたんだ、セシル? そんな大声を出して?」
ロウワンは尋ねた。
セシリアはロウワンをまっすぐに見つめると言った。
「ロウワンさま。お願いがあります」
「お願い?」
「はい」
セシリアはロウワンの瞳をまっすぐに見たまま言った。
「僕を最前線に送ってください!」
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