壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第六話最終章 どうか、ご無事で

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 自由の国リバタリアの会議場。
 古くてボロボロの掘っ立て小屋。土がむき出しになった床と、その上に置かれた小さな卓と、そのまわりに並ぶ椅子。ただそれだけのみすぼらしいほど質素な会議場に、自由の国リバタリアの主要な人員が集まっていた。
 セシリアから手紙を受けとったあとのロウワンの行動は素早かった。一読して顔色をかえるとすぐに会議を招集した。ロウワンにとっても手紙の内容はそれほど衝撃的なものだったのだ。
 会議場にはロウワンをはじめ、ビーブ、トウナ、野伏のぶせ行者ぎょうじゃ、メリッサ、〝ブレスト〟、ミッキー、ブージ、ドク・フィドロと、自由の国リバタリアの中枢を担ういつもの人員が顔をそろえていた。
 ――いや、『いつもの』じゃないな。欠けている顔がふたつある。
 胸の痛みと共にロウワンは思った。
 ガレノアとボウ。
 そのふたりの姿がない。
 豪放ごうほう磊落らいらくなガレノアの大笑たいしょうと、謹厳きんげん実直じっちょくを絵に描いたようなボウの姿。それがないのはやはり、さびしい。そしてそのふたりにはもう二度と会うことはできない……。
 そう思うと胸が締めつけられる。涙があふれそうになる。その思いをロウワンはしかし、必死に振り払う。
 ――ガレノアとボウが盾となって〝鬼〟を退しりぞけてくれたのは、おれに感傷に浸らせるためじゃない。おれたちの望んだ、新しい世界を築かせるためだ。ふたりの思いに報いたいなら、なんとしてでも新しい世界を実現させることだ。
 ロウワンは自分自身にそう言い聞かせ、己を叱咤しったした。まっすぐに前を見た。そこでは、自由の国リバタリアの主要な面々がセシリアのもたらした手紙を回し読みしていた。手紙を読んだ全員が例外なく顔色をかえ、おぞましそうな表情を浮かべた。剛胆ごうたん野伏のぶせ飄々ひょうひょうたる行者ぎょうじゃ、悪事ならお任せのブージ……。
 かのたちですら、例外ではなかった。ひとりが手紙を読み終え、次のひとりに渡すつど、その場を陰鬱いんうつな空気が支配していく。
 いま、この場にセシリアの姿はない。ロウワンはセシリアを会議に参加させ、本人の口からローラシアの状況を聞くつもりだった。それを、行者ぎょうじゃがとめた。
 「会議の結果、かのの望む結論が出ると決まっているわけじゃない。手紙の内容次第ではかのを捕え、交渉の条件とする……という展開も考えられる。かのは会議に参加させず、監視をつけて外においておいた方がいい」
 それが、行者ぎょうじゃの意見だった。
 その意見に野伏のぶせもうなずいた。
 「一理ある。あらゆる状況を想定し、対応策を立てておくのがまつりごとであり、外交というものだからな。お前の好みではない結果が出ることも考慮こうりょしておく必要がある」
 さらに、ブージも言った。
 「あんなガキをひとりで送り込んできたんだ。裏があってもおかしかねえ。あのガキには嘘を吹き込んで送り込んでおいて、おれたちを罠にかけようとしている……とかな。生き残るコツはとにかく用心するこった」
 口々にそう言われてロウワンもうなずいた。たしかに、セシリアが望むような結論が出ると約束はできない以上、セシリアがいない方が会議は進めやすい。それに、
 ――あんな子どもにあまり苦労させるのも酷だしな。
 自分自身、まだ一〇代半ばに過ぎないのに、そう思うロウワンだった。
 実はトウナをのぞく誰よりも、セシリアの年齢はロウワンに近いのだが、その短い人生のなかで得てきた経験の量と、くぐり抜けてきた修羅場の数に雲泥の差があるのは確かである。誰であれ、ロウワンとセシリアが『同世代』と言ってもいいほどに歳が近いことに気がつくものはいないだろう。それぐらい、いまのロウワンは大きな風格を身につけていた。
 ともかく、セシリアには別の場所で待機していてもらうことにした。その間、食事を出して歓待しておくよう告げておいた。これは一応、行者ぎょうじゃに言われたとおり『監視しておく』ための処置ではあったが、実際には、
 ――あの厳しい〝ブレスト〟のもとで船旅をしてきたんだ。さぞ、疲れているだろう。ゆっくり休ませてやろう。
 との、ロウワンの心遣いからだった。だが――。
 手紙が読み進まれるにつれて、そんな呑気な雰囲気は吹き飛んでいった。そのかわりに、深刻で危機感あふれる気配がその場を支配した。
 パサリ、と、小さな音を立てて手紙が閉じられた。最後にその手紙を読んだメリッサが溜め息をつきながら、かぶりを振った。美しいその顔が沈痛ちんつうな表情に沈んでいる。
 自分自身、天命てんめいことわりの使い手であり、千年前からの伝統を受け継ぐ『もうひとつの輝き』のおさたるメリッサである。そのメリッサであれば、手紙に書かれていた内容に他の誰よりも衝撃を受けるのは当然だった。
 そのメリッサの手からロウワンに、手紙が渡された。ロウワンは自分の元に戻ってきた手紙を大切にしまうと、一同の顔を見渡した。どの顔も一様に重苦しい思いに沈んでいる。例外は、言葉は理解していても文字まではさすがに読めないビーブである。なんで、他の皆がこんなにも憂鬱ゆううつそうにしているのかその理由がわからず、不思議そうな顔で『キキッ』と、鳴いている。そんなビーブに、トウナが手紙の内容を語っている。
 ロウワンは一同に語りかけた。
 「皆。セシルからの手紙の内容は理解してくれたと思う。おれたちの思っていたよりもずっと、恐ろしい事態と言っていい状況だ」
 「たしかに」
 と、〝ブレスト〟が布に覆われた顔でうなずいて見せた。
 「ローラシアからの避難民の数を思えば尋常でない事態が起きていることはわかっていた。それでも、こんな途方もない話だとは思ってもみなかった」
 〝賢者〟。
 亡道もうどうつかさ
 千年前の戦い。
 手紙を記したルドヴィクスにはそれらに関する知識はなく、〝賢者〟たちの言うことも、実際になにが起きたのかも理解できているわけではない。それでも、理解できていないなりに〝賢者〟たちの主張は余すことなく記されていた。必要な知識をもつロウワンたちには事態の深刻さがすぐにわかった。
 「……まさか、千年前の天命てんめい博士はくしたちがこんなことをしでかすなんて」
 メリッサがかぶりを振りながら言った。その表情は怒りよりも悲しみに包まれていた。
 「……おれも正直、信じられない」
 ロウワンもそう言った。
 「騎士マークスの記憶のなかで千年前の戦いを見た。そのなかにはたしかに、何人もの天命てんめい博士はくしがいた。皆、人類とこの世界を守るために必死だった。亡道に侵された世界を浄化しようと、手を尽くしていたんだ。その博士たちが今度は、世界と人類の敵になるなんて……」
 「過去の栄光が大きければおおきいほど、それを失うことへの恐怖も深まるものだよ」
 行者ぎょうじゃがそう言ったのは自分自身、思い当たる節があったからだろうか。
 「でも、ちょっとまって」
 納得できない、と言う様子でトウナが口にした。
 「その〝賢者〟たちって言うのは、千年前の人間なんでしょう? 人間が千年も生きられるものなの?」
 「不可能ではないわ。天命てんめいことわりを使えば」
 メリッサが答えた。その声にも、表情にも、底知れない苦渋がにじんでいる。
 「天命てんめいことわりを使えば、自分の『老い』と他人の『若さ』とを取り替えることができる。それをつづければ永遠に若いまま。少なくとも、『寿命で死ぬ』ことはまぬがれられる。殺されない限りは、生きつづけることができる」
 「それじゃ、〝賢者〟たちは他人の『若さ』を吸い取って生きつづけてきたと言うの⁉」
 「……ええ。それ以外には考えられないわ」
 「……そんな。それじゃまるで」
 「ええ。まるで、伝説の吸血鬼。他人の生命を吸い取って生きながらえる浅ましい怪物。千年前の天命てんめい博士はくしたちがまさか、そんな存在になり果てるなんて……」
 「でも……」
 と、行者ぎょうじゃが言った。
 手紙を読んだ直後はさすがに陰鬱いんうつな表情になっていたかのだが、すでにいつもの調子を取り戻している。自慢のかんざし飾りをシャラシャラ言わせる仕種も、血のように紅い唇に浮かぶあるかなしかのかすかな微笑も、見るものに『ふざけているのか』と思わせる軽薄なほどの態度も、いつも通り。その姿にはたしかに、その場の陰鬱いんうつさを軽くし、それぞれに自分らしさを取り戻させる効果があった。
 「ロウワン。この件は君と自由の国リバタリア、いや、都市としもう社会しゃかい建設のために好都合だと言えるよ」
 「それはどういう意味だ、行者ぎょうじゃ?」
 ロウワンはムッとした表情になった。そう聞き返す言葉に棘があった。
 ――ローラシアの人たちが、〝賢者〟の操る化け物に殺されているのを喜ぶつもりか?
 その思いからだった。しかし、行者ぎょうじゃは軽薄なほどのにこやかさをたたえながら答えた。
 「これで、ローラシア国民を敵にまわさずにすむ。そう言うことだよ」
 「なんだって?」
 「敵はローラシアという国にあらず。あくまでも〝賢者〟。僕たちは〝賢者〟という謎の敵から、ローラシアを解放するために軍を動かす。つまり、ローラシア国民の味方。歓迎されるべき存在だ。ローラシア国民と戦うことなく、ローラシアという国を制圧できる」
 「……なるほど」
 「しかも、いまのローラシアには全体を取りまとめる支配者がいない。公国ごとに独立して事態に対処している状態だ。公国ごとに交渉して都市としもう社会しゃかいへの参加を求めることもできるし、解放した都市と順次、契約していくこともできる。ローラシア国民と戦うことなく、自由の国リバタリア都市としもう社会しゃかいを広めていく絶好の機会だよ」
 「……なるほど。ローラシアの支配者たる六公爵。その六公爵を殺し尽くしたのは〝鬼〟だと言ったな、ブージ」
 「ああ。そう情報が入ってきてるぜ」
 ブージの言葉に――。
 ロウワンは神妙しんみょう面持おももちでうなずいた。
 「それもこれも、ガレノアとボウが自分の命を盾に、〝鬼〟を退散させてくれたからだ。また、あのふたりに助けられたな」
 「罪と思うな、ロウワン」
 野伏のぶせが厳しい声で言った。
 「あのふたりは、自分の望む未来のために命を懸けた。ふたりに報いたいなら、お前がするべきことはその願いを叶えること。それ以外の何物でもない」
 野伏のぶせの言葉にロウワンは再びうなずいた。ただし、今度は神妙しんみょう面持おももちなどではない。断固たる覚悟を決めた表情でた。
 「わかっている。ふたりには必ず報いる。命を懸けた甲斐があった。そう思ってもらえるように」
 ロウワンのその言葉に――。
 ――それでこそ。
 その場にいる面々が一様に、その思いを込めてうなずいた。
 ロウワンが改めて前を向いた。一同を見渡した。
 「いずれにしても、千年前の亡霊にこの世界を好きにさせるわけにはいかない。〝賢者〟たちがどうあっても、この世界を支配しようというなら退しりぞけなくてはならない。メリッサ師。〝賢者〟たちの操る化け物を倒せる武器は作れますか?」
 「ローラシアの化け物が天命てんめいことわりで生みだされていることはまちがいないわ。だったら、パンゲアの怪物用に作った武器で倒せる。その武器は現在、『もうひとつの輝き』の総力をあげて量産しているわ。すべての兵士に行き渡るだけの数をそろえるのはさすがに無理だけど……主立おもだった人員に手渡せるだけの数はすでに用意できているわ」
 「わかりました。少数ではあっても、化け物たちを倒せる武器があるなら戦いようはある。引きつづき、武器の量産をつづけてください」
 「ええ」と、メリッサはうなずいた。
 「〝ブレスト〟。軍の状態は?」
 「問題ない。いつでも、ローラシアに向けて出兵できる」
 「ブージ。輸送と情報網の整備は?」
 「誰に言ってんだ? 払うもんさえ払ってくれりゃあ、いつだって万全な状態に仕上げてやるよ」
 「ドク。病院船の配置は?」
 「正直、質という点ではまだまだじゃな。『医師』と呼べる人間自体が少なすぎるからのう。じゃが、大々的に人員募集したことで、数だけはどうにかそろえることができた。それだけでも、相当な進歩と言えるじゃろうな」
 「わかりました」
 ロウワンはうなずいた。
 「それならば迷う必要はない。全軍をあげてローラシアに向かい、千年前の亡霊たちを追い払う!」
 おおっ、と、その場にいる全員がときの声をあげた。
 「トウナ。あとのことは任せる。国力をあげられるだけあげてくれ」
 「わかっているわ」
 トウナはロウワンに劣らない、覚悟を固めた表情でうなずいた。ロウワンが前線で戦うなら自分は、その前線を支えるための国を作りあげる。それが、ロウワンと別れて残ることを決めた自分の役割。
 「あなたは前だけを見ていて。後方はわたしが支えてみせる」
 「ありがとう、トウナ」
 ロウワンはそう言ってから、改めて叫んだ。
 「よし、行くぞ! 千年前の亡霊から、この世界を守るんだ!」

 そして、ロウワンはセシリアのもとに向かった。
 すがりつくような目で自分を見る男装の少女に向かい、ロウワンは言った。
 「セシル。自由の国リバタリアはローラシアに援軍を送ることはしない」
 セシルの表情は一瞬、絶望に覆われた。
 ロウワンはつづけた。
 「これは、ローラシア一国だけの問題じゃない。この世界そのものを千年前の亡霊から守るための戦いだ。『助ける』のではなく、『共に』戦わなければならない。だから、自由の国リバタリアから共闘を求める。共に、千年前の亡霊と戦おう」
 「それでは……!」
 セシリアの表情が輝いた。
 ロウワンはうなずいた。
 「自由の国リバタリアは全軍をもってローラシアに進み、ルドヴィクス卿と合流する」
 ――やった!
 セシリアの胸のなかでその思いが弾けた。
 ――ルドヴィクス兄さま! セシリアは兄さまから託された使命を果たしました。すぐに助けに向かいます。それまで、どうかご無事で……。
 男装の少女は自分の手を握りしめ、心にそう叫んだ。
           第二部第六話完
           第二部第七話につづく
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