壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第四話一九章 思わぬ再会

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 ロウワンたちはゴンドワナ商王しょうおうこくの港町サラフディンにやってきていた。
 ローラシアにおいて大公サトゥルヌスに『出国の自由』を認めさせたあと、サラスヴァティー長海ちょうかいの内域にある小さな港に向かい、そこで小舟を調達した。その小舟でサラスヴァティー長海ちょうかいをくだり、ここまでやってきたのである。
 陸路でも来られるところをわざわざ船旅にしたのは、その方が目的地であるサラフディンまで早いからだがもうひとつ、大切な理由があった。
 パンゲアの〝神兵〟によって蹂躙じゅうりんされたというアッバスの町を見ておきたかったのだ。
 実際、旅の途中、アッバスに立ちよったロウワンたちの見た光景は衝撃的なものだった。
 それは、まさに廃墟。
 建物という建物が倒壊し、道路はひび割れ、陥没し、がれきが山をなしている。大規模な火事も起こったのだろう。あちこちに焼け焦げの跡がある。
 町中のいたるところ、いまだに死体が転がったている。陽光にさらされて干からび、風雨に打たれて痛み、鳥や獣に食われるままになっているのだ。それは、さしものロウワンたちも目をそむけたくなる凄惨せいさんな光景だった。
 「……死体の埋葬ひとつ、出来ていないなんて」
 「……それだけ、大変な出来事だったっていうことだ。あまりに急な襲撃のうえ、こうも徹底的に破壊されたんじゃな。いつ、また、襲われるかもわからないし、手付かずなのも仕方ない」
 「……ひどい話ね」
 「……ああ」
 トウナが言うと、ロウワンもうなずいた。
 トウナはうそ寒そうな表情を浮かべると両腕で自分の身を抱きすくめた。気丈なトウナにして思わずそうしてしまうほど、その場に広がる光景はひどいものだったのだ。
 それはロウワンも同じで、唇を噛みしめ、目をそらしたいのを必死にこらえながら直視している。
 「……これはもう戦争の跡なんかじゃない。まるで、大地震の跡だ」
 「キキキッ」
 ――まったくだ。森の火事の跡でも、ここまでひどいことにはならないぜ。
 ビーブも手話でそう語った。
 ビーブとしては同じ生物種同士でここまで争うというのが理解出来ないのだろう。尻尾をぐねぐねと曲げて疑問の意を表している。
 「……この町の人たちみんな、殺されたの?」
 恐るおそると言った様子でトウナが尋ねた。
 ロウワンはかぶりを振った。ここで、かぶりを振ることが出来る。それは、この惨状に対するせめてもの慰めと言えただろうか。
 「いや。ブージの話によれば、大部分は他の町に逃れたそうだ」
 「そう……」
 良かった、とは、とても言う気になれないトウナだった。
 いま、こうして廃墟となった町中を歩いていても、そこかしこに干からびた死体が転がっているのだ。なかにはトウナやロウワンよりずっと年下の、明らかに幼児と言っていい死体まである。
 その体が奇妙に折れ曲がっているのはおそらく、わけもわからずに逃げようとして転んだところを他のおとなたちに踏みつぶされたためだろう。その死体ひとつ見ても、当時のアッバスがいかにひどい恐慌きょうこうに襲われたかがわかる。
 ロウワンとしては、心に尋ねずにはいられなかった。
 ――アルヴィルダ。こんな子どもまで殺すのがあなたの言う『平和への道』なのか? あなたは本当に、自分に賛成しない人間は殺し尽くすつもりなのか?
 そこまではしない。
 そう思いたい。
 『人と人の争いをなくす』
 その思いは同じなのだ。だったら、手を取り合える。協力できる。そう信じていた。しかし――。
 「被害は町だけではない」
 野伏のぶせがやってきた。
 「港も一面の廃墟だ。しかも、焼け跡に独特のものがある。あれは、海原うなばらだ」
 「海原うなばら⁉ 自分たちの港であんなものを使ったって言うの? そんなことをしたら、自分たちだって丸焼けじゃない」
 トウナが『信じられない!』という様子で叫んだ。
 海賊に襲われる南の島の出身者として、トウナももちろん海原うなばらのことは知っている。『消火不可能』とまで言われるその恐ろしさも。
 野伏のぶせはトウナの叫びにうなずいた。
 「そこまでして、敵を食いとめようとしたわけだ。ところが、食いとめられなかった」
 「……〝神兵〟とやらは、そこまで強力と言うことか」
 「そう言うことだな」
 「海原うなばらでも撃退できないって……〝神兵〟って、いったい何者なの?」
 「人間ではないのは確かだな」
 野伏のぶせはそう断言した。
 「キキキッ」
 ――人間じゃないなら、なんだってんだよ?
 ビーブが尋ねた。
 野伏のぶせもさすがに憮然ぶぜんとした表情で腕組みした。
 「それがわかれば苦労はせんな」
 それに、と、野伏のぶせは付け加えた。
 「この地を占拠していないのも、おかしな話だ」
 「でも、イスカンダル城塞じょうさいぐんだって占拠していなかったじゃない」
 「イスカンダル城塞じょうさいぐんとはちがう。ここはパンゲア本国からはなれているし、アッバスを押さえておけばローラシア、ゴンドワナ、どちらに対しても侵攻が容易になる。戦略上、重要な拠点だ。その重要拠点を破壊するだけしておいて占拠しない。そんなことは軍事上の常識から外れている。まともな軍略家ならそんなことをするわけがない」
 「とすると、どういうことだ?」と、ロウワン。
 「軍事に対するまったくの素人が指揮しているか、あるいは……」
 「あるいは?」
 「おれたちのまったく知らない『なにか』が起きているかだ」
 その言葉に――。
 シン、と、一同は静まり返った。
 ロウワンたちに想像できるはずもなかった。
 パンゲアが、教皇きょうこうアルヴィルダが、よりによって亡道もうどうつかさを囚人とし、その力を利用して世界を制圧しようとしているなどとは。
 「とにかく……」
 ロウワンが言った。
 「アルヴィルダの真意や〝神兵〟の正体がなんであれ、おれたちのやるべきことはかわらない。ゴンドワナと協力関係を結ぶ。そのために、サラフディンに向かう。……評議会本部があるのはサラフディンだ。ゴンドワナと交渉するなら、そこに向かうしかない」
 「……ロウワン?」
 ロウワンのその口調になにか歯切れの悪いものを感じて、トウナが眉をひそめた。
 「なにか、サラフディンに向かいたくない理由でもあるの?」
 「い、いや、別にそういうわけじゃ……」
 ロウワンは言ったが、妙に赤くなった頬といい、あわててそっぽを向いたその態度といい、なにか隠しているのは明らかだった。
 「とにかく! すぐにサラフディンに向かおう。アルヴィルダの思惑おもわくや、〝神兵〟の正体についてはアホウタの情報まちだ」
 「……かの、そんなに信用できるの? しょせん、パンゲアの人間でしょう?」
 「だからこそ、信用できる。かののパンゲアに対する愛情をね。パンゲアをまちがった道から救い出すためなら、かのはなんでもやる。逆に言えば、もし、かのからなんの連絡もないのなら、心配はいらないと言うことだ」
 その最後の言葉は、ロウワンが自分自身に言い聞かせているものであることは明らかだった。

 そして、ロウワンたちはサラフディンにやってきた。
 ゴンドワナの玄関口、世界三大港町のひとつへと。
 「ゴンドワナは『商王しょうおうこく』と名乗ってはいるけど……」
 サラフディンに着くなり、ロウワンは――誰も聞いていないのに――せきが切れたように話しはじめた。
 「『商王』なんていう存在がいるわけじゃない。国の最高意思決定機関は有力商人によって作られる評議会だ。この評議会が基本的な姿勢を決め、その下で雇われ政治家たちが実務を取り仕切る。そういう国だ。そして、評議会本部があるのがこの町、サラフディン。
 つまり、サラフディンは世界三大港町のひとつであり、ゴンドワナと他国とを結ぶ玄関口であり、実質的な王都でもある、と言うことだ」
 そう語る口調がやけに早口で、しかも、同行者ぎょうじゃの誰も見ずにまっすぐ前を見て喋り倒している。その様子はまるで、幼い子どもが怖さをまぎらわせるために喋り倒しているように見えた。
 アッバスでの様子といい、いまのロウワンを見ればビーブやトウナでなくても『なにかおかしい』と感じただろう。
 そして、トウナには『なにかおかしい』ことに心当たりがあった。
 「……ロウワン。あなた、ゴンドワナの出身だって言ってたわよね?」
 「……ああ」
 「それじゃ、この町が?」
 ああ、と、ロウワンはしぶしぶうなずいた。
 「……おれの生まれ育った町だ」
 「それじゃ、ご両親も?」
 「いる、と思う。父さんは『いずれは評議会に入る』と言われていたぐらい力のある商人だった。廃業したり、破産したりするとも思えないから、いまでもサラフディンで商人をつづけているだろう」
 「それじゃ、ご両親に会いに行かないと。もうずいぶん、会ってないんでしょう?」
 「いや、それは……」
 「なに?」
 トウナが重ねて尋ねると、ロウワンは顔を真っ赤にしながら答えた。
 「……家出して、そのままだから」
 トウナは思わず吹き出した。
 「なにそれ? 会わせる顔がないってこと?」
 ロウワンはそっぽを向いたが、その表情が図星を指されたことを告げていた。
 「気にすることはない。『頼りがないのは無事の証拠』と言うだろう。親への連絡など、死んだときにでもすればいい。無事に生きているなら必要はない」
 と、やけにロウワンを擁護ようごしたのは同じ『家出息子』の野伏のぶせであった。
 ――人間ってのは面倒くせえなあ。おれたち、サルの社会じゃあ一度、巣立ちしたあとは親子なんて関係ないぞ。それぞれ、勝手に生きる。
 「そうね。人間はその点、たしかに面倒くさいわよね」
 ビーブの言葉にトウナはうなずいた。
 とにかく、一行はそのままサラフディンを進んだ。とりあえずは、手頃なホテルを見つけて腰を落ち着かせるつもりである。しかし――。
 「……妙だな」
 あたりの様子を見ながらロウワンが眉をひそめた。
 「様子が変だ。やけに騒がしいと言うか、あわてふためいていると言うか……この町は昔から活気に満ちていたけど、こんな雰囲気じゃなかった」
 ロウワンが言うと、野伏のぶせもうなずいた。
 「これは活気ではない。焦り、不安、恐怖。狂騒というものだ。なにかあったにちがいないな。先に手頃な宿をとっておいてくれ。おれは少し調べてくる」
 「わかった」
 ロウワンはうなずいた。
 落ち合う場所を決める必要などなかった。野伏のぶせであれば、この人混みのなかでもロウワンたちの足跡や気配をたどり、居場所を見つけることなぞ造作もない。
 結局、ロウワンたちは一流と言うには少し落ちる、と言う程度のホテルを見つけ、そこに泊まることにした。一流ホテルに泊まり歩くような贅沢ぜいたくをするわけにはいかないが、仮にも一国の代表としてやってきているというのに、あまりに安い宿に泊まってあなられるわけにもいかない。その点を考慮こうりょしての選択だった。
 とりあえず、ラウンジで軽く食事をすませ、お茶を飲んで人心地ついた。
 当初、サルであるビーブが一緒であることにホテル側は顔をしかめたが、そこは商人の国。金さえ払えばなんでも解決できるのが便利なところ。割増料金を払うことで見事なまでに手のひらを返し、ビーブを賓客ひんきゃくとして扱った。おかげでビーブも、ロウワンやトウナとともにホテルのラウンジで澄まし顔。紳士の気分でくつろいでいる。
 ほどなくして、野伏のぶせがやってきた。
 「思った以上に大事おおごとだった」
 「なにがあったんだ?」
 「ローラシアがパンゲア、ゴンドワナ双方に宣戦を布告した」
 「なんだって⁉」
 ロウワンは思わず椅子を蹴倒して立ちあがった。椅子と床がぶつかって甲高い音を立て、謹厳きんげんな老ウエイターの顔をしかめさせた。しかし、ロウワンにしてみればそれどころではない。
 「いや。宣戦布告と言うより、降伏勧告だな。
 『ただちにローラシアの支配を受け入れよ。さもなくば殲滅せんめつする』
 いきなり、そう言ってきたそうだからな」
 「そんな。いったい、どういうことだ? ローラシアとゴンドワナは、長年にわたって同盟を結んでパンゲアに対抗してきた間柄あいだがらじゃないか。それが、いきなり、降伏勧告なんて。それも、パンゲアによってイスカンダル城塞じょうさいぐんを陥とされたばかりなのに」
 「だから、大騒ぎになっている」
 野伏のぶせは冷静にそう言った。
 「それに……」
 「それに?」
 「宣戦布告は自由の国リバタリアに対しても行われた」
 「なんだって⁉」
 「キキキッ⁉」
 「噂では、すでに船団が派遣されたそうだ。どうする? すぐに自由の国リバタリアに戻るか?」
 「……いや」
 と、ロウワンは迷いなく首を横に振った。
 「向こうにはガレノアとボウがいる。海戦に関しては、あのふたりに任せておけばいい。おれよりずっとうまく戦ってくれる。おれたちはおれたちの目的、ゴンドワナとの協力関係を結ぶことに専念する」
 「……そうか」
 そこで、トウナがロウワンに声をかけた。
 「ロウワン」
 「なんだ?」
 「あなたに、と言うより、自由の国リバタリアの主催に会いたいという人が来ているそうよ。ゴンドワナ評議会のひとりで、ムスタファって言う商人だって」
 「ムスタファだって⁉」
 ロウワンは叫んだ。表情がかわった。その身が硬直した。そして――。
 ホテルの支配人に案内されてやってきた壮年の男性が現れた。その男性、ムスタファとロウワンが顔を合わせたとき――。
 ふたりはともに、限界までその両目を見開いて立ちすくんだ。
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