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第二部 絆ぐ伝説
第三話八章 ヌーナにて
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ロウワンたちはヌーナ共和国に到着した。
『国』と言ってもパンゲアやローラシアに比べれば小さいものだ。山間の地とあってこれと言った産業もなく、農耕にも向かない。家畜を育てることでその乳と肉、それに毛皮を得て、日々の暮らしをたてている。国としての財源はわずかばかり産出される鉱石頼み。その鉱石をパンゲアに売ることで収入を得ている。パンゲアから見れば都市どころか町ひとつ分程度の規模しかない小国である。
しかし、陸の世界ではきわめてめずらしい共和制の国であり、君主をもたない。国家元首は国民の総意によって選ばれる。ヌーナ国民はそのことに非常な誇りをもっており、その誇りがヌーナを国として成り立たせている。
「帰りも馬車は必要でしょう。おれっちもここに残って皆さんの帰りをまたせてもらいますよ。なあに、お気遣いは無用ですよ。腕の良い御者と質の良いウマにはどこに行っても仕事はありますからね。適当な仕事を探しながらのんびりまたせてもらいます」
御者のトドルはロウワンたちを降ろすとニコニコと人好きのする笑顔で言った。思わずその気使いに感謝し、崇めたくなるぐらい善良そのものの表情と言葉、だが、なんのことはない。要はロウワンたちを帰り道での用心棒にしたいのだ。
ここに来るまで襲撃されるようなことは二度はなかった。しかし、大気そのものに満ちているかのような異様な緊張感はずっとつづいていた。ビーブや野伏はその気配を常に感じとっていた。特にビーブは本来、野生の獣だけあって野山に満ちる気配に敏感なのだろう。始終、緊張感に包まれ、すっかり消耗していた。自慢の毛並みを整える気力すらなく、馬車での旅の間中ずっと、トウナの膝に頭を乗せてぐったりしていた。もちろん、元気者のビーブがこんな姿をさらすことはいままでになかったことだ。ロウワンとしてはビーブの心身が心配なのはもちろん、野山に満ちる異様な気配に、脅威を感じずにはいられなかった。
しかも、その気配はヌーナに近づくほど強くなり、ロウワンにもある種の息苦しさとして感じとれるようになっていた。トウナも『息苦しい、気分が悪い』とこぼすようになっていた。
トドルにもその感覚が伝わったのだろう。『子ども同然』とまで言う四頭の愛馬たちがどうにも落ち着かず、馬車を走らせるのにいつになく苦労していた。しきりに胸元をいじったりして、まるで高山病にかかったような様子だった。
しかも、一度はたしかに襲撃され、相手の正体は不明のまま。このまま帰ればまた襲われるかも知れない。そう思えば自分たちだけで帰る気にならないのも無理はない。帰りが遅れてもロウワンたちを用心棒がわりに乗せていきたいところなのだった。もちろん、ロウワンがめったにいない金払いの良い上客であることも大きな理由であるにちがいないのだが。
ロウワンやトウナにしても、自分たちをここまで運んできたばかりに帰り道で襲撃され、死んでしまう……などということになったら目覚めが悪い。幸い、野伏が言う『やらなければならないこと』とやらは何ヶ月もかかる、と言うほどのことではないらしい。なので、帰りにまた利用させてもらうことを約束してトドルと別れた。
別れを惜しむトドルの表情がまた、そのまま別れるのが惜しくなるほど善良そのもので、チップのひとつも渡したくなったほどである。この『善人の仮面』、言ってみれば『偽善』こそがトドルの処世術なのだろうが、たとえ偽善であってもここまで演じきれれば大したものである。
ともかく、ロウワンたちはトドルといったん別れ、ヌーナ共和国に分け入った。
「この国そのものに用があるわけではない。ここは単なる通過点だ。すぐに抜けるぞ」
野伏はそう言って歩を早めた。
「ここから先の道はわかるの?」
「ああ」
野伏はトウナの問いに短く答えた。
「どこに行って、なにをするのか。それを話すのはあなたの依頼を果たしたあと?」
「そうだ」
と、野伏の答えはあくまで短い。
最初の頃こそその態度にカリカリしていたトウナだが、いつの間にか慣らされてしまった。肩をすくめただけで後につづいた。
心配なのはビーブだった。消耗振りは相変わらずで足元もおぼつかない。見かねたロウワンが自分が背負うと提案したのだが、それは『兄貴分』としての誇りが許さなかったのだろう。断固として拒否して自分の手足で歩きつづけている。すっかりやつれながらも尻尾だけはいつも通りピン! と、立てているところに種族の矜持が感じられる。
ロウワンは町中を通りながら居心地の悪さを感じていた。違和感と言ってもいいかも知れない。なにか、いままでに訪れたことのある都市や町からは感じられなかった気配があるのだ。
「……山間の貧しい小国だとは聞いていたけど。それだけじゃないな。なにか不穏な空気がある」
ロウワンが胸元をいじりながらあえぐように言った。すると、トウナも顔をしかめながらうなずいた。
「……そうね。なんだか、ひどくすさんだ感じ」
「キキキッ」
――まるで、縄張り争いの真っ最中の群れみたいにピリピリしてやがるぜ。
ビーブも手話でそう伝えた。
ビープが『争い』という表現を使ったのも無理はない。見てみればあちこちに壊された家や、焼き討ちに遭ったらしい跡が残っている。無事な建物も多かれ少なかれ壁を築いたり、これ見よがしに武器を見せつけたりして守りを固めている。まるで、敵に襲われた直後で、再度の襲来を警戒しているかのようである。
「……かわらんな。この国は」
野伏が軽蔑するように吐き捨てた。
「かわらない? どういうことだ?」
「すぐわかる。おそらくな」
野伏がそう答えたときだ。町の中央から騒ぎが聞こえてきた。
「なんだ?」
「この国がすさんでいる理由だ。興味があるなら見物していくといい」
野伏はそう言って騒ぎの方向に足を向けた。ロウワンたちも後につづいた。その場で展開されている光景を見て、ロウワンとトウナは目を見張った。
「なにあれ⁉ よってたかって人を追い立てているじゃない!」
その場では、トウナが叫んだとおりの光景が展開されていた。
この小さな町にこれほどの人数がいるのか。そう思うほどに多くの人が集まり、手にてに棍棒やらツルハシやらをもって、三人の男女を町の外に向かって追い立てている。なかには小石を拾っては投げ付けているものさえいた。
「なんだ、あれは⁉ なんで、あんなことをしている!」
ロウワンとトウナは異口同音に叫んだ。
追い立てられている男女はどうやら家族らしい。三〇代半ばと思われる男が同い年ぐらいの、おそらくは妻だろう女性と、まだ一〇歳ぐらいの子供を群衆からかばうようにして歩いている。
「ほんの子どもだっているじゃないか! いったい、なんでこんなことをしているんだ」
「気になるならその辺のやつに聞いてみろ。聞けばいくらでも説明はしてくれる連中だ」
野伏に言われ、ロウワンとトウナは手近にいた男を捕まえて事情を聞いた。男は誇らしげに答えた。
「無能な元首を追い出しているのさ」
「元首だって⁉」
「元首ってつまり、王さまでしょう? 王さまを追い出すっていうの?」
トウナの言葉に男はムッとした表情になった。トウナは知らないこととは言えヌーナ国民の逆鱗にふれてしまったのだ。まだ年端もいかない少年少女だから無事だったが、おとなだったらいきなり殴られるぐらいのことはされていた。それでも、男は乱暴な口調になって言った。
「失礼なことを言うな! この国に勝手に就任する王なんていない。いるのはおれたち国民が選ぶ国の代表だけだ」
「……失礼しました」
男のあまりの剣幕にロウワンはとりあえず、頭をさげた。
「でも、と言うことは、あの人はあなたたちが選んだ国の代表と言うことでしょう? どうして、自分たちで選んだ代表を追い出したりしてるんです?」
「そりゃあ、無能だったからさ」
「無能?」
「そうとも。せっかく、国の代表にしてやったって言うのになんの役にも立ちやしない。だから、追い出して新しい代表を選ぶのさ。自分たちの代表は自分たちで選ぶ。それが、おれたちヌーナ人の権利であり、誇りだからな」
男は胸を張ってそう答えた。それから、急に吐き捨てるような口調になった。
「あいつには期待してたんだがなあ。子どもの頃から頭の良いやつだったし。しかし、しょせんは国の代表たる器じゃなかったらしい。ま、単なる小利口だったってことだな。せっかく、国の代表にしてやったのに二ヶ月ももちやしなかった」
「二ヶ月だって⁉」
「それでも、前の代表よりはましだったけどな。前の代表は一月ももたなかった」
「一月⁉」
ロウワンとトウナは声を合わせて叫んだ。
「国の代表をそんな簡単にかえるのか⁉」
「一月なんて……そんなにコロコロかえていたら代表としての仕事なんて出来ないじゃない」
トウナもいまや小なりとは言え、ひとつの村の代表を務める身。代表としての仕事がそんな短期間にこなせるものでないことは思い知っている。
しかし、男は肚の底から不思議そうな表情をして見せた。
「なにを言っている。無能は追い出す。当たり前だろう。そして、新しい代表を選ぶ。人をかえていればなにかがかわる。それこそが大切なことなんだ」
ヌーナ人の男はそう言いきった。
やがて『元元首』とその家族は国民の手によって町の外に追い出された。国民たちは祝いの声をあげ、さっそく次の元首を選びはじめた。唖然としているロウワンたちに向かい、野伏が言った。
「行くぞ。この場にいてはお前たちが次の元首に選ばれかねん」
「まさか! いくらなんでもそんなことが……」
「それがあり得るのがヌーナという国だ。そもそも、連中が元首を追い出すのは建国伝説が関わっている」
「建国伝説?」
「ヌーナはもともとパンゲアに属する小さな町に過ぎなかった。時の町長の横暴に業を煮やした町民が暴動を起こし、町長一家を追い出した。そのとき『最初に訪れた旅人を町長にすべし』との神のお告げとやらがあった。
町民はそのお告げに従った。そうして、たまたま訪れた旅人が新しい町長になった。その町長はきわめて有能で町を大きく発展させ、パンゲアから独立させ、ヌーナ共和国を建国した。この国の人間たちはその伝説に影響され、元首をかえつづけていればいつか必ず、偉大な賢者が現れて魔法の杖を振るってすべての問題を解決してくれると信じている。だから、気に入らない元首はすぐにかえる」
「そんな無茶な! そんな都合のいい人間がいるはずがない」
「そうよ。大体、そんな簡単にかえられたらどんなに有能な人間だってなにもできないに決まっているじゃない」
「その通りだ。だから、この国はいつも争っている。誰を新しい元首にするかで民衆同士が常に争っているし、元首を選ぶ儀式ばかりをやっていて政策ひとつ立てられない。そのために国も発展せず、山賊にも襲われ放題。その結果がこの町のありさまと言うことだ」
「……そうか。妙にすさんだ印象なのはそのせいだったのか」
ロウワンは心にうなずいた。
――そう言えば、海賊の世界でも船長は船員の総意で選ばれる。その分、船長の座を巡っての争いや、反乱もよく起こると聞いた。自分たちの統治者を自分たちで選べるのはいいことだと思っていたけど、程度はあると言うことか。統治者が統治者としての能力を発揮できるよう、その身分を保障する仕組みも必要なのか。
人と人の争いを終わらせる。
その思いを掲げる身としては肝に銘じておくべきことだった。
「そのとおりだ」
野伏が短く言った。
「この国では元首たる身があまりにも簡単にかえられてしまう。そのために、争いが絶えない。そのせいで……」
「そのせいで?」
「いや……」
と、めずらしく野伏は言葉を濁した。
「説明はあとだ。とにかく、目的地に向かうぞ。これからまた山道を歩かなくてはならない」
『国』と言ってもパンゲアやローラシアに比べれば小さいものだ。山間の地とあってこれと言った産業もなく、農耕にも向かない。家畜を育てることでその乳と肉、それに毛皮を得て、日々の暮らしをたてている。国としての財源はわずかばかり産出される鉱石頼み。その鉱石をパンゲアに売ることで収入を得ている。パンゲアから見れば都市どころか町ひとつ分程度の規模しかない小国である。
しかし、陸の世界ではきわめてめずらしい共和制の国であり、君主をもたない。国家元首は国民の総意によって選ばれる。ヌーナ国民はそのことに非常な誇りをもっており、その誇りがヌーナを国として成り立たせている。
「帰りも馬車は必要でしょう。おれっちもここに残って皆さんの帰りをまたせてもらいますよ。なあに、お気遣いは無用ですよ。腕の良い御者と質の良いウマにはどこに行っても仕事はありますからね。適当な仕事を探しながらのんびりまたせてもらいます」
御者のトドルはロウワンたちを降ろすとニコニコと人好きのする笑顔で言った。思わずその気使いに感謝し、崇めたくなるぐらい善良そのものの表情と言葉、だが、なんのことはない。要はロウワンたちを帰り道での用心棒にしたいのだ。
ここに来るまで襲撃されるようなことは二度はなかった。しかし、大気そのものに満ちているかのような異様な緊張感はずっとつづいていた。ビーブや野伏はその気配を常に感じとっていた。特にビーブは本来、野生の獣だけあって野山に満ちる気配に敏感なのだろう。始終、緊張感に包まれ、すっかり消耗していた。自慢の毛並みを整える気力すらなく、馬車での旅の間中ずっと、トウナの膝に頭を乗せてぐったりしていた。もちろん、元気者のビーブがこんな姿をさらすことはいままでになかったことだ。ロウワンとしてはビーブの心身が心配なのはもちろん、野山に満ちる異様な気配に、脅威を感じずにはいられなかった。
しかも、その気配はヌーナに近づくほど強くなり、ロウワンにもある種の息苦しさとして感じとれるようになっていた。トウナも『息苦しい、気分が悪い』とこぼすようになっていた。
トドルにもその感覚が伝わったのだろう。『子ども同然』とまで言う四頭の愛馬たちがどうにも落ち着かず、馬車を走らせるのにいつになく苦労していた。しきりに胸元をいじったりして、まるで高山病にかかったような様子だった。
しかも、一度はたしかに襲撃され、相手の正体は不明のまま。このまま帰ればまた襲われるかも知れない。そう思えば自分たちだけで帰る気にならないのも無理はない。帰りが遅れてもロウワンたちを用心棒がわりに乗せていきたいところなのだった。もちろん、ロウワンがめったにいない金払いの良い上客であることも大きな理由であるにちがいないのだが。
ロウワンやトウナにしても、自分たちをここまで運んできたばかりに帰り道で襲撃され、死んでしまう……などということになったら目覚めが悪い。幸い、野伏が言う『やらなければならないこと』とやらは何ヶ月もかかる、と言うほどのことではないらしい。なので、帰りにまた利用させてもらうことを約束してトドルと別れた。
別れを惜しむトドルの表情がまた、そのまま別れるのが惜しくなるほど善良そのもので、チップのひとつも渡したくなったほどである。この『善人の仮面』、言ってみれば『偽善』こそがトドルの処世術なのだろうが、たとえ偽善であってもここまで演じきれれば大したものである。
ともかく、ロウワンたちはトドルといったん別れ、ヌーナ共和国に分け入った。
「この国そのものに用があるわけではない。ここは単なる通過点だ。すぐに抜けるぞ」
野伏はそう言って歩を早めた。
「ここから先の道はわかるの?」
「ああ」
野伏はトウナの問いに短く答えた。
「どこに行って、なにをするのか。それを話すのはあなたの依頼を果たしたあと?」
「そうだ」
と、野伏の答えはあくまで短い。
最初の頃こそその態度にカリカリしていたトウナだが、いつの間にか慣らされてしまった。肩をすくめただけで後につづいた。
心配なのはビーブだった。消耗振りは相変わらずで足元もおぼつかない。見かねたロウワンが自分が背負うと提案したのだが、それは『兄貴分』としての誇りが許さなかったのだろう。断固として拒否して自分の手足で歩きつづけている。すっかりやつれながらも尻尾だけはいつも通りピン! と、立てているところに種族の矜持が感じられる。
ロウワンは町中を通りながら居心地の悪さを感じていた。違和感と言ってもいいかも知れない。なにか、いままでに訪れたことのある都市や町からは感じられなかった気配があるのだ。
「……山間の貧しい小国だとは聞いていたけど。それだけじゃないな。なにか不穏な空気がある」
ロウワンが胸元をいじりながらあえぐように言った。すると、トウナも顔をしかめながらうなずいた。
「……そうね。なんだか、ひどくすさんだ感じ」
「キキキッ」
――まるで、縄張り争いの真っ最中の群れみたいにピリピリしてやがるぜ。
ビーブも手話でそう伝えた。
ビープが『争い』という表現を使ったのも無理はない。見てみればあちこちに壊された家や、焼き討ちに遭ったらしい跡が残っている。無事な建物も多かれ少なかれ壁を築いたり、これ見よがしに武器を見せつけたりして守りを固めている。まるで、敵に襲われた直後で、再度の襲来を警戒しているかのようである。
「……かわらんな。この国は」
野伏が軽蔑するように吐き捨てた。
「かわらない? どういうことだ?」
「すぐわかる。おそらくな」
野伏がそう答えたときだ。町の中央から騒ぎが聞こえてきた。
「なんだ?」
「この国がすさんでいる理由だ。興味があるなら見物していくといい」
野伏はそう言って騒ぎの方向に足を向けた。ロウワンたちも後につづいた。その場で展開されている光景を見て、ロウワンとトウナは目を見張った。
「なにあれ⁉ よってたかって人を追い立てているじゃない!」
その場では、トウナが叫んだとおりの光景が展開されていた。
この小さな町にこれほどの人数がいるのか。そう思うほどに多くの人が集まり、手にてに棍棒やらツルハシやらをもって、三人の男女を町の外に向かって追い立てている。なかには小石を拾っては投げ付けているものさえいた。
「なんだ、あれは⁉ なんで、あんなことをしている!」
ロウワンとトウナは異口同音に叫んだ。
追い立てられている男女はどうやら家族らしい。三〇代半ばと思われる男が同い年ぐらいの、おそらくは妻だろう女性と、まだ一〇歳ぐらいの子供を群衆からかばうようにして歩いている。
「ほんの子どもだっているじゃないか! いったい、なんでこんなことをしているんだ」
「気になるならその辺のやつに聞いてみろ。聞けばいくらでも説明はしてくれる連中だ」
野伏に言われ、ロウワンとトウナは手近にいた男を捕まえて事情を聞いた。男は誇らしげに答えた。
「無能な元首を追い出しているのさ」
「元首だって⁉」
「元首ってつまり、王さまでしょう? 王さまを追い出すっていうの?」
トウナの言葉に男はムッとした表情になった。トウナは知らないこととは言えヌーナ国民の逆鱗にふれてしまったのだ。まだ年端もいかない少年少女だから無事だったが、おとなだったらいきなり殴られるぐらいのことはされていた。それでも、男は乱暴な口調になって言った。
「失礼なことを言うな! この国に勝手に就任する王なんていない。いるのはおれたち国民が選ぶ国の代表だけだ」
「……失礼しました」
男のあまりの剣幕にロウワンはとりあえず、頭をさげた。
「でも、と言うことは、あの人はあなたたちが選んだ国の代表と言うことでしょう? どうして、自分たちで選んだ代表を追い出したりしてるんです?」
「そりゃあ、無能だったからさ」
「無能?」
「そうとも。せっかく、国の代表にしてやったって言うのになんの役にも立ちやしない。だから、追い出して新しい代表を選ぶのさ。自分たちの代表は自分たちで選ぶ。それが、おれたちヌーナ人の権利であり、誇りだからな」
男は胸を張ってそう答えた。それから、急に吐き捨てるような口調になった。
「あいつには期待してたんだがなあ。子どもの頃から頭の良いやつだったし。しかし、しょせんは国の代表たる器じゃなかったらしい。ま、単なる小利口だったってことだな。せっかく、国の代表にしてやったのに二ヶ月ももちやしなかった」
「二ヶ月だって⁉」
「それでも、前の代表よりはましだったけどな。前の代表は一月ももたなかった」
「一月⁉」
ロウワンとトウナは声を合わせて叫んだ。
「国の代表をそんな簡単にかえるのか⁉」
「一月なんて……そんなにコロコロかえていたら代表としての仕事なんて出来ないじゃない」
トウナもいまや小なりとは言え、ひとつの村の代表を務める身。代表としての仕事がそんな短期間にこなせるものでないことは思い知っている。
しかし、男は肚の底から不思議そうな表情をして見せた。
「なにを言っている。無能は追い出す。当たり前だろう。そして、新しい代表を選ぶ。人をかえていればなにかがかわる。それこそが大切なことなんだ」
ヌーナ人の男はそう言いきった。
やがて『元元首』とその家族は国民の手によって町の外に追い出された。国民たちは祝いの声をあげ、さっそく次の元首を選びはじめた。唖然としているロウワンたちに向かい、野伏が言った。
「行くぞ。この場にいてはお前たちが次の元首に選ばれかねん」
「まさか! いくらなんでもそんなことが……」
「それがあり得るのがヌーナという国だ。そもそも、連中が元首を追い出すのは建国伝説が関わっている」
「建国伝説?」
「ヌーナはもともとパンゲアに属する小さな町に過ぎなかった。時の町長の横暴に業を煮やした町民が暴動を起こし、町長一家を追い出した。そのとき『最初に訪れた旅人を町長にすべし』との神のお告げとやらがあった。
町民はそのお告げに従った。そうして、たまたま訪れた旅人が新しい町長になった。その町長はきわめて有能で町を大きく発展させ、パンゲアから独立させ、ヌーナ共和国を建国した。この国の人間たちはその伝説に影響され、元首をかえつづけていればいつか必ず、偉大な賢者が現れて魔法の杖を振るってすべての問題を解決してくれると信じている。だから、気に入らない元首はすぐにかえる」
「そんな無茶な! そんな都合のいい人間がいるはずがない」
「そうよ。大体、そんな簡単にかえられたらどんなに有能な人間だってなにもできないに決まっているじゃない」
「その通りだ。だから、この国はいつも争っている。誰を新しい元首にするかで民衆同士が常に争っているし、元首を選ぶ儀式ばかりをやっていて政策ひとつ立てられない。そのために国も発展せず、山賊にも襲われ放題。その結果がこの町のありさまと言うことだ」
「……そうか。妙にすさんだ印象なのはそのせいだったのか」
ロウワンは心にうなずいた。
――そう言えば、海賊の世界でも船長は船員の総意で選ばれる。その分、船長の座を巡っての争いや、反乱もよく起こると聞いた。自分たちの統治者を自分たちで選べるのはいいことだと思っていたけど、程度はあると言うことか。統治者が統治者としての能力を発揮できるよう、その身分を保障する仕組みも必要なのか。
人と人の争いを終わらせる。
その思いを掲げる身としては肝に銘じておくべきことだった。
「そのとおりだ」
野伏が短く言った。
「この国では元首たる身があまりにも簡単にかえられてしまう。そのために、争いが絶えない。そのせいで……」
「そのせいで?」
「いや……」
と、めずらしく野伏は言葉を濁した。
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