壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第二話一一章 争いを止めるために

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 ロウワンとトウナは、ビーブがまっていた公園をはなれ、別の公園に移った。
 ロウワンは公園のベンチに腰掛け、買い込んだ新聞を読みはじめた。その隣にはトウナが座り、興味深そうに新聞を読み込むロウワンの横顔を見つめている。ビーブはと言うと芝生の上に寝転がり、ロウワンがお詫びとご機嫌取りを兼ねて買ってきたナッツと果物をつまんでご満悦まんえつである。
 ちなみに、なんでわざわざ公園を移ったかというと、ビーブのまっていた公園の木々が引っかき傷と噛み跡だらけで無残なことになっていたからである。なぜ、そんなことになったのかと言うと……言わぬが花、というやつだろう。
 ともかく、ロウワンは食い入るようにして新聞を読み込んだ。なにしろ、実に一年ぶりの人の世の情報である。わずかでも見落とすわけにはいかない。真剣になるのが当然だった。
 ゴンドワナ商王しょうおうこくの出身のロウワンだが、レムリア伯爵領で発行されている新聞を読むのに不自由はない。現代では、世界中で共通の言語が使われているからだ。
 一〇〇〇年以上前、未だ亡道もうどうつかさによる侵略が行われる以前の世界では幾つもの言語があり、国ごとに異なった言葉と文字が使われていたらしい。だが、亡道もうどうつかさの侵略によって人類は壊滅的な打撃を受け、その数は激減。残されたすべての力を集結して亡道もうどうつかさに対抗するため、各地に残っていた人間たちは一カ所に集められた。
 そうなると、お互いに言葉が通用しないのでは不便極まりない。そこで、共通語が開発され、集められたすべての人に教え込まれた。そのために、それまでの言語はほぼ絶滅し、共通語だけが残った。
 亡道もうどうつかさとの戦いが終わったあと、共通語を話す人々が世界中に散って復興に尽力じんりょくした。その際も各地域との協力、情報の共有は必須ひっすだったので共通語の教育はつづけられた。
 と言うわけで、『千年前から他の人間たちと関わらずに暮らしてきた』というようなよほど辺鄙へんぴな場所でない限り、言葉も文字も一応は通じる。
 ロウワンが五〇〇年前の人間であるハルキスや、離れ小島であるタラの居留きょりゅうの人たちと普通に話をすることができたのはそういう理由による。
 なかには、東方の盤古ばんこ帝国のように独自の文化と風習を復活させた国もあるが、そのような国においても共通語は第二公用語として使われているので普通に通じる。
 「それで、なにが書いてあるの?」
 トウナがそう尋ねたのは、新聞を読み進めるごとにロウワンの表情が深刻さを増していったからだ。
 「……ハルキス先生の危惧きぐしていたとおりだ。戦争が起きている」
 「戦争?」
 トウナが眉をひそめた。
 ロウワンは新聞に目を釘付けにしながらうなずいた。
 「ああ。半年ほど前、始祖国家パンゲアがいきなり、ローラシアだい公国こうこくに侵攻したらしい。当初は不意を突いたこともあり、軍事力に勝るパンゲアが怒濤どとうの進軍をつづけたそうだ。でも、そのうちにローラシアも防衛体制を整え、進軍を阻止。さらに、ゴンドワナ商王しょうおうこくがローラシアに協力したこともあって、いまでは膠着こうちゃく状態じょうたいになっているらしい」
 「……そんな状況のわりに、この町はやけに呑気のんきに見えるけど」
 トウナがいぶかしむ様子で言った。
 コーヒーハウスで見た光景や、この公園ののどかな様子を見ればトウナがそう思うのも無理はない。コーヒーハウスでは身分も、立場も気にせず賭け事や雑談に興じていたし、この公園でも恋人同士や家族連れが昼日中の散策やピクニックを楽しんでいる。
 どこからどう見ても戦争とは縁のない、平和そのものの光景だ。
 ロウワンは答えた。
 「戦闘が行われているのは北の大地であって、レムリア伯爵領からは遠い。それに……」
 ふいに、ロウワンはやけにおとなびた口惜くちおしそうな表情になった。
 「……パンゲアがローラシアやゴンドワナに攻め込むなんていまにはじまったことじゃない。みんな、もう慣れっこなんだ」
 始祖国家パンゲア。
 ローラシアやゴンドワナも含め、この世界に存在するすべての国はパンゲアがもとになっている。だからこそ、パンゲアは呼ばれるのだ。
 『始祖国家』と。
 パンゲアの源流は、かの騎士マークスが初代団長を務めた人類騎士団である。
 亡道もうどうつかさとの戦いで壊滅的な被害を受けた人類は、残されたわずかばかりの兵力をすべてかき集めてひとつの組織としてまとめあげた。
 それが、人類騎士団。
 人類騎士団は騎士マークスの指揮のもと、すべての国の治安維持を担当した。国ごとに治安組織を所有する余裕がなかったからだ。それに、国に直接、所属していないために国に対する遠慮がなく、王侯貴族だろうと平民だろうとわけへだてなく、公平な法治が行えるという利点もあった。
 騎士マークスが指揮をっている間、その制度はまちがいなく有効に機能していたし、騎士マークスが人の世を去ってからも残された騎士たちはその姿勢を受け継ぎ、各国の治安維持に尽力じんりょくしてきた。その人類騎士団が各国をまとめあげる形でひとつの国家へと変化したのは自然な成り行きだった。
 そうして生まれたのが始祖国家パンゲア。
 もともとが騎士団だけあって規律に厳しく、信仰心にもあつい。実際に政務を取り仕切るのは騎士団長だが、それとは別に信仰の象徴としての教皇きょうこうが存在しており、名目上はこの教皇きょうこうがパンゲアの最高指導者と言うことになっている。そのため、『パンゲア教皇きょうこうこく』とも呼ばれる。
 しばらくの間はパンゲアが人類唯一の国家として存在していたわけだが、なにしろ、騎士団あがりの国家。規律に対する厳しさ、戒律に対する堅苦しさ、違反者に対する罰則の厳しさ……などは騎士ならぬ一般人にはあまりにも息苦しいものだった。それらの不満が積み重なり、ついに五〇〇年前、爆発することになる。
 まずは、騎士団らしい禁欲の精神のもと、貴族としての特権を制限されていることに不満をつのらせた貴族たちが西の地に集まり、自分たちの国を立ちあげた。これが、ローラシアだい公国こうこくである。
 次いで、戒律よりも現世利益を求める商人たちが西南のゴンドワナ亜大陸に集まり、『商人の国』を打ち建てた。これが、ゴンドワナ商王しょうおうこく
 パンゲアは激怒した。
 パンゲアから見ればこれらの行いは自分たちへの、そして、なによりも、神への反逆以外のなにものでもなかった。討伐とうばつのために軍が派遣された。しかし、ローラシアとゴンドワナは協力してこれに対抗し、戦況は膠着こうちゃく。五〇〇年にわたる戦乱の日々が幕を開けることになる。
 その戦乱のどさくさのなかでレムリア伯爵領や東方の盤古ぱんこ帝国も次々と分離独立。それが重なり、いまでは十指じっしに余る国家が存在している。
 これらの国家はときに争い、ときに停戦しながら、五〇〇年の時をとにもかくにも共存してきた。
 「ただ、パンゲアとローラシア、ゴンドワナの三国はとくに仲が悪い」
 ロウワンはそう説明した。
 「なにしろ、それぞれに望む生き方が全然ちがうからな。パンゲアから見たら他の二カ国は『神の教えにそむいて堕落だらくした、背信はいしんの民』だし、ローラシアから見たらパンゲアとゴンドワナは『身分制という伝統を破壊し、貴族をないがしろにする不埒ふらちやから』。そして、ゴンドワナにとって他の二国は『戒律や伝統を振りかざして自由を侵害し、利益追求を邪魔する過去の遺物』だ。それぞれに相手の生き方が気に入らないからしょっちゅう、いがみ合っている」
 ――なんだって、人間ってやつは『他のやつが自分とはちがう生き方をしている』なんて理由で喧嘩けんかしたりするんだよ。
 ナッツと果物を食べ尽くしたらしいビーブが口を――と言うか、手を――はさんだ。
 ――おれたちは他の生き物がどんな暮らしをしていたって気にしたりしないぞ。
 人間ってやっぱり、バカだろ。
 辛辣しんらつにそう言い切るビーブであった。
 「……目が痛い」
 と、ロウワンは答えた。
 ――たしかに、ビーブの言うとおりだ。たしかに『他人が自分とちがう生き方をしている』からって憎む理由にはならないはずだ。ところが、人間には『自分にとっての正しい生き方』を世界中に広めないと気がすまない、と言う性質があるらしい。だから、自分とちがう生き方――自分にとって『正しくない』生き方――をしている人間を憎むんだよ。
 ――やれやれ。どうして『おれはおれ、あいつはあいつ』って割り切れないのかねえ。人間はおれたちを見習って『生きる知恵』ってやつを身につけるべきだな。
 ――たしかにな。ハルキス先生も言っていたよ。
 『人間は多様性という言葉の意味を誤解している。森の生き物を見るがいい。ある生き物は森の下層で暮らし、ある生き物は森の中層で暮らし、ある生き物は森の上層で暮らしている。朝に活動する生き物もいれば、昼に活動する生き物もいる。夜に活動する生き物だっている。葉を食べる生き物、種を食べる生き物、肉を食べる生き物……実に様々だ。そうして、お互いにちがう暮らしをしているからこそ、ひとつの森のなかに様々な生き物が生きていけるし、争わなくてすむ。
 ところが人間は、すべての生き物を集めて同じ場所で、同じ時間に、同じものを食べて生きていくようまとめあげようとする。それが多様性だと思い込んでいる。だが、そんな真似をすれば結局、一種類の生き物しか生きていけなくなってしまう。それは、多様性とは真逆の思想、徹底した均一性だ。そんな生き方をしたくない生き物は自分が滅びるか、相手を滅ぼすかしかなくなる。そうして、生き物同士の争いが起こる。
 人間のしていることはそう言うことだ。様々な人間が、争うことなく生きていける世界を望むなら、森の生き物たちに学ぶべきだ』ってな。
 ――人間ってやっぱ、バカだろ。
 ――……一言もない。
 ロウワンとビーブは手話しゅわで会話しているわけだが、トウナには理解出来ない。船旅の間、暇を見ては手話しゅわの基礎だけは学んできたが、そんなわずかな時間でこんな細かいやり取りを理解出来るようになるわけもない。そこで、ロウワンは手話しゅわでビーブと会話しながらトウナ相手に説明するという、なかなかに大変なことをしている。
 とにかく、人の世ではビーブがあきれるとおり、『あいつの生き方が気に入らない!』という理由で戦争が起きている。
 とくにパンゲアの場合、他の二カ国に対して『かつては我々の配下だったくせに生意気な!』という思いがある。『神の教えのもと、人類を再びひとつに』という大義を抱えていることもあり、『反逆者の討伐とうばつ』には執念を燃やしている。実際、この五〇〇年の間に起きた戦争のほとんどは、パンゲアがローラシアかゴンドワナに攻め込む、と言う形で起きているのだ。
 だからと言って、パンゲアを『悪の帝国』などと決めつけるわけにも行かないだろう。ローラシアにはローラシアの、ゴンドワナにはゴンドワナの問題がある。
 ローラシアは自分たちの特権を守りたい貴族たちがおこした国だけあって、他のどの国よりも身分制が厳しい。平民はける職はもちろん、普段、着る服の色すら規定されていて、自由は振る舞えない。奴隷にいたっては『人間以下の存在』と法によってはっきりと宣言されており、その身分から解放される望みはまったくない。
 一方、ゴンドワナに奴隷制は存在しない。ゴンドワナ人はそのことを自分たちの先進性の表れとして誇っている。しかし、奴隷がいないかわり、『奴隷以下』とも言える底辺労働者がいる。
 奴隷なら少なくとも借金づけにされて苦しむことはない。主人に対し、保護を求めることもできる。しかし、底辺労働者はちがう。借金づけにされて強制労働を強いられる上、誰に対しても保護を求めることなどできはしない。苦境を訴えてみたところで商人の国らしく、
 「稼ぐ能がないのが悪い。自己責任だ」
 の、一言で片付けられてしまう。
 『奴隷制とは実は、底辺労働者を守るための制度でもある』
 その皮肉な現実を、容赦ようしゃなく見せつけるのがゴンドワナという国家。
 パンゲアはローラシアのことを『人を生まれによって差別するいやしい国』と非難しているし、ゴンドワナに対しては『奴隷を解放したのではなく、奴隷主を『奴隷を保護する義務』から解放したのだ!』と糾弾きゅうだんしている。それに異を唱えることの出来る人間はいないだろう。
 もちろん、パンゲアにも奴隷もいれば、貧富の差もある。しかし、もともとが『清貧せいひん』をむねとする国家。国全体が禁欲思想で支配されている結果、上流階級と言えどもさしたる贅沢ぜいたくができるわけではなく、他の国ほど待遇に差があるわけではない。ローラシアの奴隷やゴンドワナの底辺労働者から見れば『どうせ、最底辺で生きなくてはならないならパンゲアの方がマシ』ということになる。
 事実、ローラシアの奴隷やゴンドワナの底辺労働者がパンゲアに逃げ込んで『どうか、あの国に攻め込んで我々を解放してくれ!』と頼み込むことも多いのだ。
 パンゲアがローラシアやゴンドワナに再三にわたって攻め込んでいるのには、そういう事情もあるにはあるのである。
 「……だからと言って、このままにしておけばどれだけ被害が出るかわからない」
 ロウワンは決意を込めて呟いた。
 「少しでも早く戦争をとめなきゃならない。そのために、世界に影響を与えることの出来る力が必要なんだ」
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