壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

文字の大きさ
44 / 411
第二部 絆ぐ伝説

第一話二〇章 守られていてたまるか!

しおりを挟む
 「全砲門開け! 目標、うみ雌牛めうし!」
 「船長」の指示に従い、『輝きは消えず』号は船体側面に並ぶ砲門を開いた。そのなかから黒光りする砲身がせり出してくる。
 「発射ぁっ!」
 ロウワンが叫ぶ。その叫びに応え、天命てんめいほうから一斉におびただしい光の奔流ほんりゅうが放たれた。
 天命てんめいほう
 それは、その身に込められた『破壊』という名の天命てんめいを撃ち出す兵器。『破壊という天命てんめい』を対象に植え付けることで自ら壊れるようにする。
 そういう兵器だ。いかに、伝説にうたわれる海の怪物であろうとも『ただの生物』である以上、天命てんめいほうを食らって生きていられるはずがなかった。『破壊という天命てんめい』を植え付けられ、自ら壊れ、死んでいく。そのはずだった。それなのに――。
 「効かない⁉」
 ロウワンは驚きのあまり、叫んだ。たしかに、当たった。直撃したのだ。天命てんめいほう斉射せいしゃはまちがいなくうみ雌牛めうしを包み込んだのだ。
 それなのに、うみ雌牛めうしは何事もなかったかのように突き進んできた。あり得ない。絶対にあり得ないことのはずだった。うみ雌牛めうしが生物である限りは……。
 ぶち当たった。
 うみ雌牛めうしが。
 勢いのままに。
 『輝きは消えず』号の船体にその頭を叩きつけた。あまりの衝撃にさすがの天命てんめいせんがひっくり返りそうになる。
 「うわああっ!」
 何度目だろう。ロウワンの悲鳴が響いた。その横では体の小さなビーブが激しい衝撃に翻弄され、ゴロゴロ転がっている。
 これまで、どうにかうみ雌牛めうしのぶちかましを避けてきた『輝きは消えず』号だがさすがに、攻撃を仕掛けた直後の突進まではかわせなかった。それでも、転覆てんぷくせずにすんだのはさすがに、自ら動く天命てんめいせんだった。普通の船では人の手によって姿勢を立て直さなくてはならない。それではとうてい間に合わず、いまの一撃でひっくり返っていたにちがいない。
 しかし、転覆てんぷくは避けられたとは言え、あの衝撃だ。無傷であるはずがない。おそらく、衝突された箇所には大きな穴が空いていることだろう。そこからは大量の水が流れ込んでいるにちがいない。
 天命てんめいせんは生物の天命てんめいを移植した船。その船体には生物の体と同じ自然しぜん治癒ちゆ能力のうりょくがある。入り込んだ水を排水する機能もある。しかし、それも程度の問題だ。
 人間の体は小さな傷ぐらいならすぐに治せるが、折れた骨までも自然に治せるわけではない。
 それと同じ。天命てんめいせんは小さな傷ならば治せるが、大きな損傷となればさすがに治癒ちゆ能力のうりょくが追いつかなくなる。排水も同じで、あまりに勢いよく水が流れ込んでくれば排水が間に合わなくなる。要するに、いまのぶちかましによる破損と浸水とでこのまま沈んでもおかしくないと言うことだ。
 これまで、『輝きは消えず』号は自らの判断で動き、うみ雌牛めうしのぶちかましを避けつづけてきた。船に任せておけば同じことが出来たはずだった。それなのに、ロウワンの指示によって砲撃を行ったためにぶちかましを食らうことになった。その意味で、船を窮地きゅうちに追いやった責任は『船長』たるロウワンにある。とは言え――。
 ロウワンを責めるのも酷だろう。常識で言えば天命てんめいほうで殺せない生物などいないはずなのだ。ロウワンが砲撃を命じたのはごくごく当たり前の判断だった。
 ――なのに、なんで、あいつには効かないんだ⁉
 ロウワンは心のなかで叫んだ。
 恐慌寸前だった。
 天命てんめいほうで殺せない生物はいない。しかし、うみ雌牛めうしに効かない。と言うことはつまり、うみ雌牛めうしは生物ではない?
 ――まさか、あいつも天命てんめいことわりで作られた存在なのか⁉
 ロウワンはようやく、そのことに思い当たった。もし、そうならば天命てんめいほうに対する耐性をもっていても不思議はない。しかし、だとするとうみ雌牛めうしは『人の手で作り出された存在』と言うことになる。
 ――人間がこんな怪物を生み出したって言うのか⁉ なぜ、なんのために?
 ロウワンの恐慌きょうこう寸前すんぜんの頭にその疑問が渦巻いた。しかし、そんなことを呑気のんきに考えていられる場合ではなかった。
 ぬっ、と、うみ雌牛めうしが『輝きは消えず』号にめり込んでいた頭部を引いた。天井を仰いだ。

 ウロオォォォォォッ!

 咆哮ほうこうが響いた。うみ雌牛めうしの全身にこれまでにない力が溜められていくのがわかった。
 渾身こんしんのぶちかましがくる!
 ロウワンはそう察した。察したくなどないが、察しないわけにはいかない。目の前の事態から目をそらしていれば為す術なくぶちかまされ、海のモクズとされることになる。
 「避けろ!」
 力の限り、叫んだ。指示と言うより、むしろ悲鳴だった。
 『輝きは消えず』号はその声に忠実だった。と言うより、自分自身の防衛本能に従ったのだろう。力を振り絞り、できうる限りの速度で『泳いだ』。前方に向けて突き進んだ。
 間一髪だった。うみ雌牛めうしは暴走する巨大な塊と化して、『輝きは消えず』号が泳いで去ったあとに渾身こんしんのぶちかましを叩き込んだ。
 もし、一瞬でも遅れていれば。
 『輝きは消えず』号の泳ぐ速度が少しでも遅かったら。
 まちがいなくぶちかましを食らい、今度こそ沈められているところだった。
 ――くそっ!
 ロウワンは心に叫んだ。
 ――船におんぶに抱っこか。僕はなにもできない。また、助けられているだけなのか⁉
 自分を助けるために死んでいったハルキス。その姿が頭に浮かぶ。
 ――僕がもっと強ければ、うみ雌牛めうしの子どもを殺せるぐらいに強ければ、ハルキス先生は死なずにすんだ。それなのに……そして、いまも、ハルキス先生の残してくれた天命てんめいせんによって守られている。助けられている。
 「昔話のお姫さまか⁉」
 ロウワンはそう言う表現で自分自身のふがいなさをののしった。なんとかしなければ。役に立たなければ。他者の犠牲で生き残るなんてまっぴらだ。自分の力でうみ雌牛めうしを倒せないならせめて、『輝きは消えず』号が倒せるよう的確な指示を出さなくては。でも、どうすればいい?
 ――天命てんめいほうで天井を撃って、崩落させ、生き埋めにする?
 論外だった。
 船体側面に配置された砲だ。天井を撃てるほど急角度にすることはできない。仮にできたところで、うみ雌牛めうしを生き埋めにするほどの崩落が起きれば、先にこっちが沈む。
 ――じゃあ、どうすればいい、どうすれば
 ロウワンが迷っていると、
 「キキィ、キィ、キィ!」
 怒りに満ちた叫びが響いた。
 ビーブだった。若き三刀流のサルの剣士が四本の手足ではね飛びながら叫んでいた。甲板の上をゴロゴロ転がされたのがよほど屈辱だったのだろう。顔面を赤ん坊の尻のように真っ赤にし、尻尾に握ったカトラスをいまにもすっぽ抜けそうなほどの勢いでブンブン振りまわしている。
 ――お前の背負っている大刀たいとうをおれに貸せ! やつに飛び乗って叩きつけてやる!
 ビーブは跳びはねながら両手でそう語った。
 ――無理だよ、ビーブ。君の体格じゃこの大刀たいとうは扱えない。
 ――じゃあ、どうすんだよ⁉
 内心の苛立ちが目に見えるような荒々しい手の動きだった。
 どうすんだよ⁉
 その叫びはロウワンこそがあげたいものだった。しかし――。
 ビーブがあまりに激しい怒りをぶつけてきたものだから逆に冷静になれたらしい。頭の芯がすうっと冷たく、落ち着いていくのが感じられた。
 ――そうだ。考えろ、考えるんだ。ハルキス先生が言っていたじゃないか。『いま、為すべきことを考えろ』って。僕がいまするべきことはなんだ? うみ雌牛めうしと戦うことか? 殺すことなのか?
 否。
 断じて否。
 そんなことがいまの自分のやるべきことであるはずがなかった。
 ――そうだ。僕の目的はあくまでもこの島を出て、人の世に戻ること。うみ雌牛めうしと戦うことじゃない。だったら、この島から出ることさえ出来ればいいんだ。うみ雌牛めうしを倒す必要なんてない。
 ――そうだ。このまま水路を伝って海に出ることさえ出来ればいい。追いかけてきたとしても、そのまま振り切ってしまえばいいんだ。
 ロウワンはようやくそのことに思い至った。
 しかし、うみ雌牛めうしを避けて海に出ようにも位置取りが悪かった。『輝きは消えず』号は湖の奥側に追い込まれており、水路に向かう先にはうみ雌牛めうしが陣取っている。水路に向かうにはうみ雌牛めうしに向かっていかなければならない。
 それは、あまりにも無謀だった。そもそも、執拗しつように繰り返されるうみ雌牛めうしのぶちかましを避けて水路に向かうなど不可能だろう。避ける以外のことに気を使っていればまちがいなく微塵みじんにされる。
 ――だったら、うみ雌牛めうしの気をそらせばいい。その間に、『輝きは消えず』号を海に出してしまえばいいんだ。
 「ビーブ!」
 ロウワンは叫んだ。兄貴分をもって任じるビーブにして、思わずびっくりするぐらいの大声だった。
 「ビーブ、よく見て……」
 ロウワンは手を動かし、自分の考えを相棒に伝えた。
 「キキィッ⁉」
 ビーブは叫んだ。『とんでもない!』とばかりに跳びはねた。
 「これしかないんだ! この島を出るためには、ハルキス先生の死を無駄にしないためには。あとは頼むよ、ビーブ」
 「キ……」
 ハルキスの名を出されてはビーブとしても反対は出来ない。ハルキスに対する思いはビーブも同じなのだ。いや、生まれた頃からずっと一緒にいた分、ロウワンよりも強いかも知れない。
 「『輝きは消えず』号!」
 ロウワンは船の名を叫んだ。
 「一度でいい! やつのすぐそばにうまいことつけてくれ。僕がやつに飛びつけるように!」
 ――船使いが荒い!
 『輝きは消えず』号が言葉を話すことが出来れば、そう返すにちがいない要求だった。しかし、ハルキスによって生み出された天命てんめいせんは船長の指示にはあくまでも忠実だった。芸術的とも言える泳ぎを見せ、うみ雌牛めうしの側面にぴったりと寄り添った。
 「よし!」
 ロウワンは叫んだ。背中に担いだ〝鬼〟の大刀たいとうを抜き放った。
 「いやああああっ!」
 叫びとともに跳んだ。うみ雌牛めうしの背中に飛び乗った。思いきり、両手にもった大刀たいとうを突き立てた。
 うみ雌牛めうしの巨体に比べればあまりにも小さな武器。しかし、〝鬼〟の大刀たいとう。そのさきはたしかにうみ雌牛めうしの体表を貫き、痛みを与えた。もしかしたら、人間が腕についた蚊を叩くようなものだったかも知れない。
 ブルッ、と、うみ雌牛めうしが身を震わせた。
 その一震いで――。
 ロウワンは湖に放り出されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

処理中です...