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第二部 絆ぐ伝説
第一話八章 三刀流の剣士たち
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真っ先に目に飛び込んできたものはまばゆいほどに青い空。雲ひとつない青空だった。その剣士たちの青空のなかを海鳥たちが飛んでいく。
手足を大きく伸ばし、砂浜の上に仰向けになって眠っていたロウワン。そのロウワンが目を覚ましたとき、目のなかに飛び込んできたのはその無限とも思える広がりをもつ空間だった。
「……ああ。なんかすごい」
思わず感動の呟きをもらしていた。
これほどまでに雄大な目覚めはいままでに経験したことがなかった。
「今日は森の探検だな」
寝そべったまま、そう呟いてみる。
探検。
その言葉の響きにワクワクした。
不思議なぐらいの高揚感が全身に満ちている。いまならまるで空さえ飛べそうな。そう、出来ないことなんてなにもない。そんな感じだった。
「いやいや、調子に乗っちゃダメだぞ」
ロウワンは上半身を起こし、あぐらをかくと、頭を『コツン』と、音を立てて叩いた。
「『なんでもできる』なんてとんでもない。僕はまだまだなんの力もないただの子どもなんだ。そのことを忘れて調子に乗るとあのときみたいになるぞ。身の程をわきまえて慎重に行動するんだ」
ロウワンは自分にそう言い聞かせると立ちあがった。服を脱ぎ、海に入った。全身を塩水で洗い、気分をシャッキリさせた。砂浜に戻って火をおこし、朝の光と焚き火の熱とで体を乾かした。それから、ヤシの実の水とヤシガニの身とで朝食をとった。これで準備は整った。あとは森のなかに向かうだけだ。
ロウワンは自分のシャツを引き裂いて細長い布にすると、キツくねじって間に合わせのロープにした。素肌の上に直接、大きすぎる船長服を着込み、背中に〝鬼〟の大刀を背負い、シャツを引き裂いて作ったロープで固定した。
この大刀はロウワンには大きすぎるし、重すぎる。まだまだ年端もいかない少年の身では扱えるような代物ではない。
だからと言って、置いていくわけにはいかない。これは、〝鬼〟が、あの浪漫以外には縛られるものなどなにもない不羈奔放な男が、曲がりなにも自分を認めてくれた証。そして、いつか、〝鬼〟の首をとりに行くときのための武器なのだ。そのときまで大切にもっていなくてはならない。
ロウワンは森に向かって歩きだした。近づくにつれて砂に土が混じりはじめ、靴底から伝わる感触が固く、たしかなものとなっていく。
森の手前で立ちどまった。
森を見つめた。
大きく息を吐いた。
胸が高鳴っている。
ドキドキしている。
自分がひどく興奮していることがはっきりとわかった。
――そうだ。これが僕の憧れたことなんだ。
ロウワンは心に思った。
――冒険。探検。未知への挑戦。それが、僕が物語のなかで見つけ、憧れたもの。僕が憧れたのは金のために人々を襲い、殺すような連中じゃない。
僕はきっと僕自身の憧れた海賊になる。そして、世界中の海賊を束ね、人と人の争いを収める。亡道の世界との戦いを終わらせ、天命の巫女さまを人間に戻す。そのために。
ロウワンは改めてそう誓った。
もう一度、大きく息を吐くと、唇をまっすぐに引き締めて森に向かった。
森のなかは意外なほどに薄暗かった。大きな木が立ち並び、枝葉を伸ばしている。その枝が絡みあい、葉が幾重にも重なりあい、緑の天井を作っている。そのためにほとんどの日が遮られ、森全体を逢魔が時のような光と闇が微妙に混じりあい、妖しげな印象を与えるほのかな明るさと暗さに包んでいた。
それでも、かすかな葉の隙間を通して入り込んでくる木漏れ日は、キラキラと輝く光の宝石のようでなんとも言えず美しかった。
日の届かない深い森。そのなかでは日を浴びて生長する草や花はほとんど育たない。そのために、下生えの草などはほとんどない。固い地面が木々の根っ子をしっかりと押さえ込んで広がっている。おかげでとても歩きやすい。大地を飾る花々がないので華やかさには欠ける。どこまでも同じような、単調な風景がつづいている。そのかわり、と言うべきか、そこかしこからバリバリ、ボリボリ、ガサガサという虫たちがうごめき、葉を食べる音が響いてくる。その音の大きさたるや、耳を押さえて『うるさい!』と怒鳴りたくなるほどのものだった。
――森のなかがこんなにうるさいものだなんて思わなかった。
ロウワンはそう思った。町育ちの少年としては当然の感想だった。いままでに読んできた物語のなかでも『森のなかは虫たちのたてる音がうるさくしてかなわない』なんていう文章は読んだことがない。
――それだけでも発見だな。
と、ロウワンはいっぱしの探検家ぶって森のなかを進みつづける。
ときおり、虫たちのたてる音に混じって鳥たちの鳴き声や羽ばたきの音が聞こえてくる。
鳴き声は何種類かあった。けっこうな種類の海鳥たちが住み着いているのだろう。
反面、動物、いわゆる『獣』の姿は見かけなかった。トラやライオンといった大物はもちろん、ウサギやリスといった小動物の姿すら見かけない。それからするとやはりここは離れ小島なのだろう。
なにもない島に最初、自分たちの子を育てるための場所として海鳥たちがやってきた。その海鳥たちの糞に混じっていた種が芽吹いて森となった。そうすると、その森を目当てに空を飛べる虫たちが集まりはじめた。そうして、いまのこの森が出来上がった。そういうことなのだろう。
離れ小島。
その言葉に対する不安や心配はロウワンにはなかった。
――離れ小島にたったひとりで、小さなボートひとつなくて、どうやってこの島をはなれて他の陸地にたどり着けばいいんだろう?
そんな心配はチラとも思い浮かばなかったのだ。自分でも不思議だが『きっと、なんとかなる』という確信めいたものがあった。単なる、探検に対する高揚感がもたらした錯覚だったかも知れないが。
ひゅん。
ふいに――。
鋭いくせに妙に軽やかな音がした。なにかが頬のすぐそばをかすめていった。
パアッ。
頬の皮膚が破れ、血が噴き出した。
――えっ?
ロウワンは反射的に緑の天井を見上げた。そこにいたものは――。
「サル⁉」
そこにいたのはたしかにサル。長い腕と相対的に短い足、長い尻尾をもったサル。そのサルたちが何十匹も、両手で木の枝に捕まり、ぶらさがっていた。驚いたことに――。
そのサルたちは剣をもっていた。カトラスと呼ばれる船乗りたちが好んで使う短くて厚みのある刃をもった剣。そのカトラスを両足と尻尾、計三本もっている。
「な、なんてサルがカトラスを……」
ロウワンは目を見張って驚いた。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。ロウワンを睨むサルたちの目にははっきりと敵意があった。野性の殺意があった。
キイイイィッ!
サルたちのボスだろうか。絹を引き裂くようなけたたましい声が響いた。それを合図に――。
剣をもつサルたちが一斉にロウワンに襲いかかった。
「うわっ!」
ロウワンは仰天した。必死に避けた。森の外に逃れようとした。
しかし、サルたちは執拗だった。両手で木の枝をつかんでヒョイヒョイと移動しつつ、両足にもったカトラスで斬りかかる。どうにかそれをかわしたとしても今度は長い尻尾にもたれたカトラスが、まるで振り子のような勢いで襲ってくる。
人間には決して出来ないその動き。四足獣と言うより五足獣、いや、四本の手足と長い尻尾すべてを『手』として使っていることを考えれば『五手獣』とでも呼ぶべきか。世界中のどんなに伝統ある武術の流派であろうとも決して経験したことのないはずの相手であり、流儀。
頭上から狙われる。
それだけでも充分に不利。その上、人類未経験の流儀で狙われる。しかも、相手は何十匹といるのだ。ロウワンがその攻撃をかわし、生きているのは奇跡と言えた。しかし――。
その奇跡を招いたものはロウワン自身の技量。身につけた技術。〝鬼〟の船で〝詩姫〟に叩き込まれた足捌き。それがロウワンの生命を救っていた。
――すごい。
サルたちの攻撃を必死にかわしながらロウワンは思った。
――足捌きをちょっと学んだだけでこんなに動けるようになるのか。
剣を振るうのはまだ早い。まずは足捌きを徹底的に鍛えなさい。
ロウワンはいまやっと、〝詩姫〟の言っていたことが正しいのだと肚の底から理解した。正直、〝詩姫〟の言うことを信じていたわけではない。強くなるには剣を振るべきだろう。そう思っていた。しかし、もし、〝詩姫〟に言われて足捌きの練習をしていなければロウワンは確実にサルたちに斬り刻まれて死んでいた。〝詩姫〟に言われて身につけた技術。それがいま、ロウワンの生命を救っているのだ。
――すごい。もし、生きてここから脱出出来たら……。
――いや、ちがう。『もし』じゃない。僕は必ず生きてここから脱出する。そうしたら、死に物狂いで足捌きを練習しよう。
ロウワンはそう誓った。
いままさに死に物狂いになってサルたちの攻撃をかわしつづけた。必死に砂浜目がけて走った。ついに森を出た。転がるようにして砂浜に飛び出した。サルたちは砂浜までは追ってこなかった。どうやら、『三刀流』のサルたちの縄張りは森のなかだけのようだ。砂浜にいる相手には手を出さない。そう決まっているのだろう。
「……ハアハアハア」
ロウワンは両手を砂浜について突っ伏しながら、荒い息を整えた。喉が渇きすぎてくっついてしまいそうだったが、どうにか呼吸を整えた。そうなると、頭が働きはじめた。
「な、なんで、剣をもったサルなんていうものがいるんだ。いや、おちつけ、おちつけおちつけ。あわてたら負けだ。パニックになったら死ぬだけだぞ。物語のなかでもいつでもそうだっただろう。生き残るのは常に冷静な人間だ。冷静さを失った人間は死ぬだけなんだ。考えろ。考えるんだ。どうして、剣をもったサルなんていうものがいる?
サルが自分から剣をもつはずがない。もし、万が一、なにかのきっかけで剣を扱うことを覚えたとしても、サルに剣を作れるはずがない。誰かがサルたちに剣を渡したんだ。
誰が?
人間だ、もちろん。人間以外にサルたちに剣をもたせ、扱い方を教えられるものなんていない。じゃあ、なんであのサルたちは僕を襲った?
人間が武器をもった誰かをまわりに置くのは身を守るためだ。だったら、あのサルたちも同じ。そうだ。あの森のなかには誰かがいる。人間がいるんだ。そして、あのサルたちはその人間を守っている。僕は武器をもって、この大きな刀を背中に担いで、しかも、黙って森に入った。誰にも断らなかった。だから、あのサルたちは僕を襲ってきたんだ。森のなかに住む人間を守るために。だったら……」
ロウワンは決意を固めた。
背中に担いだ大刀を降ろし、砂浜に突き立てた。それから、服を脱いだ。全裸になった。自分は武器をもっていない。自分に敵意はない。そう示すために。
船長服は砂浜に突き立てた大刀の柄に大切にかけて、ロウワンは再び森に向かった。森の近くで立ちどまり、声を限りに張りあげた。
「僕はロウワン! 海に落ちてこの島に漂着しました! お邪魔させてください!」
そして――。
ロウワンは再び森に入っていった。
手足を大きく伸ばし、砂浜の上に仰向けになって眠っていたロウワン。そのロウワンが目を覚ましたとき、目のなかに飛び込んできたのはその無限とも思える広がりをもつ空間だった。
「……ああ。なんかすごい」
思わず感動の呟きをもらしていた。
これほどまでに雄大な目覚めはいままでに経験したことがなかった。
「今日は森の探検だな」
寝そべったまま、そう呟いてみる。
探検。
その言葉の響きにワクワクした。
不思議なぐらいの高揚感が全身に満ちている。いまならまるで空さえ飛べそうな。そう、出来ないことなんてなにもない。そんな感じだった。
「いやいや、調子に乗っちゃダメだぞ」
ロウワンは上半身を起こし、あぐらをかくと、頭を『コツン』と、音を立てて叩いた。
「『なんでもできる』なんてとんでもない。僕はまだまだなんの力もないただの子どもなんだ。そのことを忘れて調子に乗るとあのときみたいになるぞ。身の程をわきまえて慎重に行動するんだ」
ロウワンは自分にそう言い聞かせると立ちあがった。服を脱ぎ、海に入った。全身を塩水で洗い、気分をシャッキリさせた。砂浜に戻って火をおこし、朝の光と焚き火の熱とで体を乾かした。それから、ヤシの実の水とヤシガニの身とで朝食をとった。これで準備は整った。あとは森のなかに向かうだけだ。
ロウワンは自分のシャツを引き裂いて細長い布にすると、キツくねじって間に合わせのロープにした。素肌の上に直接、大きすぎる船長服を着込み、背中に〝鬼〟の大刀を背負い、シャツを引き裂いて作ったロープで固定した。
この大刀はロウワンには大きすぎるし、重すぎる。まだまだ年端もいかない少年の身では扱えるような代物ではない。
だからと言って、置いていくわけにはいかない。これは、〝鬼〟が、あの浪漫以外には縛られるものなどなにもない不羈奔放な男が、曲がりなにも自分を認めてくれた証。そして、いつか、〝鬼〟の首をとりに行くときのための武器なのだ。そのときまで大切にもっていなくてはならない。
ロウワンは森に向かって歩きだした。近づくにつれて砂に土が混じりはじめ、靴底から伝わる感触が固く、たしかなものとなっていく。
森の手前で立ちどまった。
森を見つめた。
大きく息を吐いた。
胸が高鳴っている。
ドキドキしている。
自分がひどく興奮していることがはっきりとわかった。
――そうだ。これが僕の憧れたことなんだ。
ロウワンは心に思った。
――冒険。探検。未知への挑戦。それが、僕が物語のなかで見つけ、憧れたもの。僕が憧れたのは金のために人々を襲い、殺すような連中じゃない。
僕はきっと僕自身の憧れた海賊になる。そして、世界中の海賊を束ね、人と人の争いを収める。亡道の世界との戦いを終わらせ、天命の巫女さまを人間に戻す。そのために。
ロウワンは改めてそう誓った。
もう一度、大きく息を吐くと、唇をまっすぐに引き締めて森に向かった。
森のなかは意外なほどに薄暗かった。大きな木が立ち並び、枝葉を伸ばしている。その枝が絡みあい、葉が幾重にも重なりあい、緑の天井を作っている。そのためにほとんどの日が遮られ、森全体を逢魔が時のような光と闇が微妙に混じりあい、妖しげな印象を与えるほのかな明るさと暗さに包んでいた。
それでも、かすかな葉の隙間を通して入り込んでくる木漏れ日は、キラキラと輝く光の宝石のようでなんとも言えず美しかった。
日の届かない深い森。そのなかでは日を浴びて生長する草や花はほとんど育たない。そのために、下生えの草などはほとんどない。固い地面が木々の根っ子をしっかりと押さえ込んで広がっている。おかげでとても歩きやすい。大地を飾る花々がないので華やかさには欠ける。どこまでも同じような、単調な風景がつづいている。そのかわり、と言うべきか、そこかしこからバリバリ、ボリボリ、ガサガサという虫たちがうごめき、葉を食べる音が響いてくる。その音の大きさたるや、耳を押さえて『うるさい!』と怒鳴りたくなるほどのものだった。
――森のなかがこんなにうるさいものだなんて思わなかった。
ロウワンはそう思った。町育ちの少年としては当然の感想だった。いままでに読んできた物語のなかでも『森のなかは虫たちのたてる音がうるさくしてかなわない』なんていう文章は読んだことがない。
――それだけでも発見だな。
と、ロウワンはいっぱしの探検家ぶって森のなかを進みつづける。
ときおり、虫たちのたてる音に混じって鳥たちの鳴き声や羽ばたきの音が聞こえてくる。
鳴き声は何種類かあった。けっこうな種類の海鳥たちが住み着いているのだろう。
反面、動物、いわゆる『獣』の姿は見かけなかった。トラやライオンといった大物はもちろん、ウサギやリスといった小動物の姿すら見かけない。それからするとやはりここは離れ小島なのだろう。
なにもない島に最初、自分たちの子を育てるための場所として海鳥たちがやってきた。その海鳥たちの糞に混じっていた種が芽吹いて森となった。そうすると、その森を目当てに空を飛べる虫たちが集まりはじめた。そうして、いまのこの森が出来上がった。そういうことなのだろう。
離れ小島。
その言葉に対する不安や心配はロウワンにはなかった。
――離れ小島にたったひとりで、小さなボートひとつなくて、どうやってこの島をはなれて他の陸地にたどり着けばいいんだろう?
そんな心配はチラとも思い浮かばなかったのだ。自分でも不思議だが『きっと、なんとかなる』という確信めいたものがあった。単なる、探検に対する高揚感がもたらした錯覚だったかも知れないが。
ひゅん。
ふいに――。
鋭いくせに妙に軽やかな音がした。なにかが頬のすぐそばをかすめていった。
パアッ。
頬の皮膚が破れ、血が噴き出した。
――えっ?
ロウワンは反射的に緑の天井を見上げた。そこにいたものは――。
「サル⁉」
そこにいたのはたしかにサル。長い腕と相対的に短い足、長い尻尾をもったサル。そのサルたちが何十匹も、両手で木の枝に捕まり、ぶらさがっていた。驚いたことに――。
そのサルたちは剣をもっていた。カトラスと呼ばれる船乗りたちが好んで使う短くて厚みのある刃をもった剣。そのカトラスを両足と尻尾、計三本もっている。
「な、なんてサルがカトラスを……」
ロウワンは目を見張って驚いた。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。ロウワンを睨むサルたちの目にははっきりと敵意があった。野性の殺意があった。
キイイイィッ!
サルたちのボスだろうか。絹を引き裂くようなけたたましい声が響いた。それを合図に――。
剣をもつサルたちが一斉にロウワンに襲いかかった。
「うわっ!」
ロウワンは仰天した。必死に避けた。森の外に逃れようとした。
しかし、サルたちは執拗だった。両手で木の枝をつかんでヒョイヒョイと移動しつつ、両足にもったカトラスで斬りかかる。どうにかそれをかわしたとしても今度は長い尻尾にもたれたカトラスが、まるで振り子のような勢いで襲ってくる。
人間には決して出来ないその動き。四足獣と言うより五足獣、いや、四本の手足と長い尻尾すべてを『手』として使っていることを考えれば『五手獣』とでも呼ぶべきか。世界中のどんなに伝統ある武術の流派であろうとも決して経験したことのないはずの相手であり、流儀。
頭上から狙われる。
それだけでも充分に不利。その上、人類未経験の流儀で狙われる。しかも、相手は何十匹といるのだ。ロウワンがその攻撃をかわし、生きているのは奇跡と言えた。しかし――。
その奇跡を招いたものはロウワン自身の技量。身につけた技術。〝鬼〟の船で〝詩姫〟に叩き込まれた足捌き。それがロウワンの生命を救っていた。
――すごい。
サルたちの攻撃を必死にかわしながらロウワンは思った。
――足捌きをちょっと学んだだけでこんなに動けるようになるのか。
剣を振るうのはまだ早い。まずは足捌きを徹底的に鍛えなさい。
ロウワンはいまやっと、〝詩姫〟の言っていたことが正しいのだと肚の底から理解した。正直、〝詩姫〟の言うことを信じていたわけではない。強くなるには剣を振るべきだろう。そう思っていた。しかし、もし、〝詩姫〟に言われて足捌きの練習をしていなければロウワンは確実にサルたちに斬り刻まれて死んでいた。〝詩姫〟に言われて身につけた技術。それがいま、ロウワンの生命を救っているのだ。
――すごい。もし、生きてここから脱出出来たら……。
――いや、ちがう。『もし』じゃない。僕は必ず生きてここから脱出する。そうしたら、死に物狂いで足捌きを練習しよう。
ロウワンはそう誓った。
いままさに死に物狂いになってサルたちの攻撃をかわしつづけた。必死に砂浜目がけて走った。ついに森を出た。転がるようにして砂浜に飛び出した。サルたちは砂浜までは追ってこなかった。どうやら、『三刀流』のサルたちの縄張りは森のなかだけのようだ。砂浜にいる相手には手を出さない。そう決まっているのだろう。
「……ハアハアハア」
ロウワンは両手を砂浜について突っ伏しながら、荒い息を整えた。喉が渇きすぎてくっついてしまいそうだったが、どうにか呼吸を整えた。そうなると、頭が働きはじめた。
「な、なんで、剣をもったサルなんていうものがいるんだ。いや、おちつけ、おちつけおちつけ。あわてたら負けだ。パニックになったら死ぬだけだぞ。物語のなかでもいつでもそうだっただろう。生き残るのは常に冷静な人間だ。冷静さを失った人間は死ぬだけなんだ。考えろ。考えるんだ。どうして、剣をもったサルなんていうものがいる?
サルが自分から剣をもつはずがない。もし、万が一、なにかのきっかけで剣を扱うことを覚えたとしても、サルに剣を作れるはずがない。誰かがサルたちに剣を渡したんだ。
誰が?
人間だ、もちろん。人間以外にサルたちに剣をもたせ、扱い方を教えられるものなんていない。じゃあ、なんであのサルたちは僕を襲った?
人間が武器をもった誰かをまわりに置くのは身を守るためだ。だったら、あのサルたちも同じ。そうだ。あの森のなかには誰かがいる。人間がいるんだ。そして、あのサルたちはその人間を守っている。僕は武器をもって、この大きな刀を背中に担いで、しかも、黙って森に入った。誰にも断らなかった。だから、あのサルたちは僕を襲ってきたんだ。森のなかに住む人間を守るために。だったら……」
ロウワンは決意を固めた。
背中に担いだ大刀を降ろし、砂浜に突き立てた。それから、服を脱いだ。全裸になった。自分は武器をもっていない。自分に敵意はない。そう示すために。
船長服は砂浜に突き立てた大刀の柄に大切にかけて、ロウワンは再び森に向かった。森の近くで立ちどまり、声を限りに張りあげた。
「僕はロウワン! 海に落ちてこの島に漂着しました! お邪魔させてください!」
そして――。
ロウワンは再び森に入っていった。
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