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第三部 終わりの伝説
六章 千年の成果
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空に浮かぶ亡道の司。
そのまわりを埋め尽くす無数の亡道の種。
亡道のものによる先制攻撃。その数はこちらを上回っているかも知れない。しかし――。
この場にいる人間たちの誰ひとりとして逃げない、騒がない、怯えない。全員が声ひとつ発することなく、その表情に断固たる決意と確かな自信をみなぎらせ、武器を取り、その場に踏みとどまっておる。亡道のものたちを迎え撃つ、そのために。
亡道の司による先制攻撃。
『最後の』戦いに向けて全戦力を集めての集会を開く以上、その程度のことは予想しておった。予想していなくても動揺することなどなかっただろう。ここにいるのはすでに覚悟を決めたものたち。
もう二度と犠牲は出さない。
亡道の世界との戦いを終わらせる。
そう腹をくくったものたちだけなのだ。例え、予想外の強襲だったとしても足の裏にしっかりと根を生やし、その場に踏みとどまり、迎え撃ったにちがいない。
まして、予想済みの事態となれば。
亡道の種が動きはじめた。その名の通り、亡道の世界の種。意思ももたず、知性ももたず、天命のものに取り憑いては侵食し、亡道のものへとかえる存在。
二千年前、いや、千年前のわしの時代ですら、亡道の種はやっかいな存在じゃった。亡道の種に取り憑かれ、亡道のものへとかわっていく仲間たちを何度、この手で殺さなければならなかったことか。
その悲しみと恐れは天命の理となったいまも、わしのなかにはっきりと残っておる。
じゃが、この時代、わしらの残した記憶に従い、力を蓄えつづけたこの時代ならどうじゃ。
「天命の蜂《はち》を出せ!」
勇者マークスⅢが叫んだ。
その命令のもと、無数の小さな羽虫が放たれた。
どうやらこの羽虫たちもダンテ、幾つもの天命を束ねて作り出された人工生命のようじゃ。天命の蜂《はち》たちは亡道の種に取り憑き、針を突き刺す。獲物のイモムシに針を突き刺す狩人蜂のように。すると――。
――おおっ!
わしは思わず声をあげた。
天命の蜂《はち》に刺された亡道の種たちが次々と単なる土くれと化し、落ちていくではないか。
マークスⅢが勝ち誇った叫びをあげた。
「見たか! 亡道の種に対する対処法などとうに完成済みだ! この天命の蜂《はち》がいる限り、亡道の種なぞ、なんの役にも立たんぞ」
なるほど。
天命のものを侵食し、亡道のものへとええる亡道の種。その亡道の種に逆に天命をもって侵食し、天命のものへとかえてしまう技術を開発したわけじゃな。たしかに、これならば亡道の種など恐るるに足らん。
次いで、亡道の獣たちが向かってきた。
その名の通り、獣並の知性と意思をもち、天命のものを狩る亡道の世界の戦闘種族。
ざっ、と、足音がした。
ひとりの人間が前に進み出た。
空狩りの行者。そう呼ばれる『少年の姿をした』人間。
「雑魚は任せてもらおう」
そう言うとひとり、亡道の獣たちの前に進み出た。
その眉間が輝き、ポッカリと穴が空いた。穴……いや、それは空。なにもないからこそ、なにもかもを呑み込む魔性の空間。
亡道の獣たちが次々とその空に呑み込まれていく。
空狩りの行者は静かに告げた。
「人の身に七曜の空あり。そのなかでも僕のいちばんのお気に入り、月曜の空だ。死と再生を司る月曜の空はあらゆる魔性を呑み込み、僕の生命の糧へとかえる。そうして僕は気の遠くなるほどの長い年月、生きつづけてきた。未熟であった頃の僕が消してしまった故郷を取り戻す、そのために。その時がくるまで……お前たちにも僕の糧となってもらうぞ」
亡道の獣たちは空狩りの行者の月曜の空にあらかた呑み込まれた。次に現れたのは……亡道の騎士。
馬の姿の黒いモヤモヤの上に乗る、騎士の姿の黒いモヤモヤ。
それを見たとき、わしは胸が締め付けられる思いをした。
それは、亡道のものとなった人間。大切なものを失った悲しみに耐えられず、亡道の司の誘惑に乗り、亡道のものへとなった人間たちのなれの果て。
――わしの時代にも、子を失った悲しみから亡道のものへと変じた多くの母親たちがいた。この時代にもまだ、迷える亡者たちはおるか。
当然じゃろう。人が人である限り、天命のものである限り、人は死ぬ。必ず、死ぬ。子が親に先立つこともある。もっと悲しいことも起こる。その悲しみに耐えきれず、失ったものを取り戻したい一心で亡道の世界にすがる。
その気持ちはわかる。
じゃが、同情はせん。
わしらはその悲しみを承知の上で、それでも、天命の世界を守るべき理由がある、そう決意した身。道を違えたものたちにかけるべき言葉はない。
向かってくるなら叩きつぶす。
ただ、それだけ。
その役割を買って出たのは夜の闇のような漆黒の長髪をたなびかせた美丈夫の青年。鬼を殺すもの。そう呼ばれる人間、いや『もと』人間じゃった。
「ここはおれがやろう。勇者どのは亡道の司を」
鬼を殺すものは亡道の騎士たちの前にひとり、進み出た。
亡道の騎士たちがたったひとりに殺到する。
ぞわ。
音を立てて鬼を殺すものの髪がうごめき、長く伸びた。たちまち、亡道の騎士たちを絡め取った。
――けけけ。
笑い声がした。
髪の毛が笑っていた。
――よく来てくれたなあ。おれたち妖怪にとっては亡道のものとてただの餌。ありがたく頂戴するぜえ。
妖怪、毛羽毛現。
それが、鬼を殺すものの黒き長髪の正体。
「遙か昔の話だ。おれは生け贄とされる幼馴染みを救うため、この身を四八の妖怪に食わせ、同化した。いまのおれの体は四八の妖怪の塊。幼馴染みは無事、自分の人生を全うした。だが……この世には犠牲を強いる災いがあふれていた。だから、おれは決めた。そんな犠牲は決して許さん。犠牲を強いるすべての災い、おれが食らい尽くす。そのために、妖怪として生きつづけると。そして――」
鬼を殺すものは腰に佩いた太刀を引き抜いた。一目見て単なる業物ではないとわかる太刀を。
「この太刀はおれそのもの。妖怪に捧げたおれの背骨から削り出して鍛えた太刀。おれの生命と引き替えにすべての敵を滅する禁断の呪具だ」
太刀が振るわれ、亡道の騎士たちを斬り裂いた。
「ふん。呪法に妖怪。そんなものだけに格好付けられては困るな」
そう言って前に進み出たのは秘密結社『もうひとつの輝き』の研究者たち。
「二千年の昔、我らが始祖は天命の理とはちがう、もうひとつの力を求めた。人類を導くもうひとつの輝き、すなわち、科学を! 二千年にわたり、研究されてきた科学の力、いまこそ見るがいい!」
『もうひとつの輝き』は巨大な音叉を引き出してきた。音叉からある種の波動が放たれる。すると――。
――おおっ!
なんと、驚いたことに亡道の騎士たちは見るみる人間に戻っていくではないか。
わしらの時代からは考えられなかったその技術。『もうひとつの輝き』の研究者は勝ち誇って叫びおった。
「亡道の世界の波動を研究し、正反対の波動をぶつけることで中和し、亡道の要素を消し去る! そして、もとの人間に戻す! これこそ科学の力だ!」
「そして――」
ぬっ、と、『復活の死者』の末裔が前に進み出た。
「我ら、『復活の死者』の末裔はその体力において人間を遙かに上回る。人間に戻った亡道の騎士を取り押さえるなど造作もない」
世にも醜く、おぞましい、しかし、たくましい肉体が次々と人間に戻った亡道の騎士たちを組み伏せ、取り押さえていく。
わしや騎士マークス、ゼッヴォーカーたち先行種族がなにかをする必要もない。人間たちはこの千年間で蓄えた力を使い、いともたやすく亡道のものたちを駆逐していく。その様は見ていて小気味よいほどじゃった。
――説明しよう。私はいま、きわめて感動している。
ゼッヴォーカーの導師さえ、そう言った。
――これほどの力を身につけるとは。やはり、人類とは素晴らしい種族だ。
マークスⅢが叫んだ。
「行くぞ、リョキ! 勇者の名にかけて亡道の司をしとめる!」
「おお、そうこなくっちゃな!」
勇者と、その相棒たる翼の獣が叫んだ。
マークスⅢがリョキの背中に飛び乗った。リョキは強靱な翼を羽ばたかせた。空に舞った。亡道の司目がけて。
「亡道の司! デカい面していられるのもこれまでだぜ! 今日は歴史上はじめて、きさまがおれたち天命のものに殺される日だ!」
「愚かな。亡道のものに死などあると思うか」
「あなどるな、亡道の司」と、マークスⅢ。
「人類はかわる。かわりつづける。かわることこそ人類のすごさ。人類はかわることで、かわることなきお前たちには登ることの出来ない高みに至る。そして――」
マークスⅢは鬼骨を引き抜いた。生々しい骨色の剣身がギラリと光る。
「これこそは鬼骨! 賢者マークスⅡより与えられた、きさまらを殺すための切り札! 亡道の司よ、きさまの死ぬときが来たのだ!」
「愚かな。亡道に生もなければ死もない。亡道の司たる我を殺すことなど決して出来ん」
その言葉が強がりであったはずがない。事実、いままで人類は亡道の司を殺すことなぞ出来んかった。亡道の世界に追い返すだけで精一杯だったのじゃ。じゃから――。
亡道の司はあえて鬼骨の一撃を受けた。自分の不死性を見せつけるために。じゃが――。
「なっ……⁉」
亡道の司の口から驚愕の叫びが起きた。
それは、千年前の戦いでも、さらにその前の二千年前の戦いでも聞いたことのない絶望の叫びじゃった。
「な、なんだ、これは……馬鹿な、ありえん! この亡道の司が死ぬと言うのか⁉ あり得ん、あり得ない、そんなことは! 亡道に生も死もなく、亡道の司が死ぬことなど……」
「だから、あなどるなと言った」と、マークスⅢ。
「この鬼骨は混沌の邪剣。原初の混沌の前では亡道と言えど無力」
「お、おおおおっ……!」
亡道の司のその叫びはなにを意味していたのじゃろう。恐怖、後悔、嘆き、無念……ありとあらゆる思いが混じり合い、ひとつとなった、まさに妄執の叫びじゃった。
その頃には他の亡道のものたちも一掃されておった。たったひとりの死者も出すことなく。
――驚いた。
わしは心に呟いた。
いくら、千年にわたって準備し、力を蓄えてきたと言ってもまさか、亡道の司の襲撃をこうもたやすく返り討ちにするとは。
その場には喜びの声はひとつもない。勝利を讃える声ひとつ、起きはしない。皆が知っておったからじゃ。自分たちの目的は『戦いに勝つこと』ではなく、『戦いを終わらせる』ことだと言うことを。
――すごい。これが現代の人類の力か。
騎士マークスが感慨深げに言った。
――わたしたちの時代より二千年。人類はここまでかわり、そして、強くなったのですね。
サライサ殿下も口をそろえた。
「そのとおり!」
マークスⅢがリョキの背に乗って地上へと舞い戻った。
会場の中央へと降りたった。天命の巫女さまがハープをかき鳴らしつづけるその前へと。
「天命の巫女さま。あなたは二千年の昔、自分ひとりが犠牲になればよいとの考えから誰にもなにも言わず、自らを自動人形にかえた。しかし! 我々はそんな犠牲は認めない。あなたにはなんとしても人間に戻っていただく。人類はかわる、かわりつづける。人類はもう、あなたに守ってもらわなくても大丈夫なぐらい強くなったのです」
そして、マークスⅢは叫んだ。
「島を動かせ! 亡道の島へと向かう。『最後の』戦いとするために!」
そのまわりを埋め尽くす無数の亡道の種。
亡道のものによる先制攻撃。その数はこちらを上回っているかも知れない。しかし――。
この場にいる人間たちの誰ひとりとして逃げない、騒がない、怯えない。全員が声ひとつ発することなく、その表情に断固たる決意と確かな自信をみなぎらせ、武器を取り、その場に踏みとどまっておる。亡道のものたちを迎え撃つ、そのために。
亡道の司による先制攻撃。
『最後の』戦いに向けて全戦力を集めての集会を開く以上、その程度のことは予想しておった。予想していなくても動揺することなどなかっただろう。ここにいるのはすでに覚悟を決めたものたち。
もう二度と犠牲は出さない。
亡道の世界との戦いを終わらせる。
そう腹をくくったものたちだけなのだ。例え、予想外の強襲だったとしても足の裏にしっかりと根を生やし、その場に踏みとどまり、迎え撃ったにちがいない。
まして、予想済みの事態となれば。
亡道の種が動きはじめた。その名の通り、亡道の世界の種。意思ももたず、知性ももたず、天命のものに取り憑いては侵食し、亡道のものへとかえる存在。
二千年前、いや、千年前のわしの時代ですら、亡道の種はやっかいな存在じゃった。亡道の種に取り憑かれ、亡道のものへとかわっていく仲間たちを何度、この手で殺さなければならなかったことか。
その悲しみと恐れは天命の理となったいまも、わしのなかにはっきりと残っておる。
じゃが、この時代、わしらの残した記憶に従い、力を蓄えつづけたこの時代ならどうじゃ。
「天命の蜂《はち》を出せ!」
勇者マークスⅢが叫んだ。
その命令のもと、無数の小さな羽虫が放たれた。
どうやらこの羽虫たちもダンテ、幾つもの天命を束ねて作り出された人工生命のようじゃ。天命の蜂《はち》たちは亡道の種に取り憑き、針を突き刺す。獲物のイモムシに針を突き刺す狩人蜂のように。すると――。
――おおっ!
わしは思わず声をあげた。
天命の蜂《はち》に刺された亡道の種たちが次々と単なる土くれと化し、落ちていくではないか。
マークスⅢが勝ち誇った叫びをあげた。
「見たか! 亡道の種に対する対処法などとうに完成済みだ! この天命の蜂《はち》がいる限り、亡道の種なぞ、なんの役にも立たんぞ」
なるほど。
天命のものを侵食し、亡道のものへとええる亡道の種。その亡道の種に逆に天命をもって侵食し、天命のものへとかえてしまう技術を開発したわけじゃな。たしかに、これならば亡道の種など恐るるに足らん。
次いで、亡道の獣たちが向かってきた。
その名の通り、獣並の知性と意思をもち、天命のものを狩る亡道の世界の戦闘種族。
ざっ、と、足音がした。
ひとりの人間が前に進み出た。
空狩りの行者。そう呼ばれる『少年の姿をした』人間。
「雑魚は任せてもらおう」
そう言うとひとり、亡道の獣たちの前に進み出た。
その眉間が輝き、ポッカリと穴が空いた。穴……いや、それは空。なにもないからこそ、なにもかもを呑み込む魔性の空間。
亡道の獣たちが次々とその空に呑み込まれていく。
空狩りの行者は静かに告げた。
「人の身に七曜の空あり。そのなかでも僕のいちばんのお気に入り、月曜の空だ。死と再生を司る月曜の空はあらゆる魔性を呑み込み、僕の生命の糧へとかえる。そうして僕は気の遠くなるほどの長い年月、生きつづけてきた。未熟であった頃の僕が消してしまった故郷を取り戻す、そのために。その時がくるまで……お前たちにも僕の糧となってもらうぞ」
亡道の獣たちは空狩りの行者の月曜の空にあらかた呑み込まれた。次に現れたのは……亡道の騎士。
馬の姿の黒いモヤモヤの上に乗る、騎士の姿の黒いモヤモヤ。
それを見たとき、わしは胸が締め付けられる思いをした。
それは、亡道のものとなった人間。大切なものを失った悲しみに耐えられず、亡道の司の誘惑に乗り、亡道のものへとなった人間たちのなれの果て。
――わしの時代にも、子を失った悲しみから亡道のものへと変じた多くの母親たちがいた。この時代にもまだ、迷える亡者たちはおるか。
当然じゃろう。人が人である限り、天命のものである限り、人は死ぬ。必ず、死ぬ。子が親に先立つこともある。もっと悲しいことも起こる。その悲しみに耐えきれず、失ったものを取り戻したい一心で亡道の世界にすがる。
その気持ちはわかる。
じゃが、同情はせん。
わしらはその悲しみを承知の上で、それでも、天命の世界を守るべき理由がある、そう決意した身。道を違えたものたちにかけるべき言葉はない。
向かってくるなら叩きつぶす。
ただ、それだけ。
その役割を買って出たのは夜の闇のような漆黒の長髪をたなびかせた美丈夫の青年。鬼を殺すもの。そう呼ばれる人間、いや『もと』人間じゃった。
「ここはおれがやろう。勇者どのは亡道の司を」
鬼を殺すものは亡道の騎士たちの前にひとり、進み出た。
亡道の騎士たちがたったひとりに殺到する。
ぞわ。
音を立てて鬼を殺すものの髪がうごめき、長く伸びた。たちまち、亡道の騎士たちを絡め取った。
――けけけ。
笑い声がした。
髪の毛が笑っていた。
――よく来てくれたなあ。おれたち妖怪にとっては亡道のものとてただの餌。ありがたく頂戴するぜえ。
妖怪、毛羽毛現。
それが、鬼を殺すものの黒き長髪の正体。
「遙か昔の話だ。おれは生け贄とされる幼馴染みを救うため、この身を四八の妖怪に食わせ、同化した。いまのおれの体は四八の妖怪の塊。幼馴染みは無事、自分の人生を全うした。だが……この世には犠牲を強いる災いがあふれていた。だから、おれは決めた。そんな犠牲は決して許さん。犠牲を強いるすべての災い、おれが食らい尽くす。そのために、妖怪として生きつづけると。そして――」
鬼を殺すものは腰に佩いた太刀を引き抜いた。一目見て単なる業物ではないとわかる太刀を。
「この太刀はおれそのもの。妖怪に捧げたおれの背骨から削り出して鍛えた太刀。おれの生命と引き替えにすべての敵を滅する禁断の呪具だ」
太刀が振るわれ、亡道の騎士たちを斬り裂いた。
「ふん。呪法に妖怪。そんなものだけに格好付けられては困るな」
そう言って前に進み出たのは秘密結社『もうひとつの輝き』の研究者たち。
「二千年の昔、我らが始祖は天命の理とはちがう、もうひとつの力を求めた。人類を導くもうひとつの輝き、すなわち、科学を! 二千年にわたり、研究されてきた科学の力、いまこそ見るがいい!」
『もうひとつの輝き』は巨大な音叉を引き出してきた。音叉からある種の波動が放たれる。すると――。
――おおっ!
なんと、驚いたことに亡道の騎士たちは見るみる人間に戻っていくではないか。
わしらの時代からは考えられなかったその技術。『もうひとつの輝き』の研究者は勝ち誇って叫びおった。
「亡道の世界の波動を研究し、正反対の波動をぶつけることで中和し、亡道の要素を消し去る! そして、もとの人間に戻す! これこそ科学の力だ!」
「そして――」
ぬっ、と、『復活の死者』の末裔が前に進み出た。
「我ら、『復活の死者』の末裔はその体力において人間を遙かに上回る。人間に戻った亡道の騎士を取り押さえるなど造作もない」
世にも醜く、おぞましい、しかし、たくましい肉体が次々と人間に戻った亡道の騎士たちを組み伏せ、取り押さえていく。
わしや騎士マークス、ゼッヴォーカーたち先行種族がなにかをする必要もない。人間たちはこの千年間で蓄えた力を使い、いともたやすく亡道のものたちを駆逐していく。その様は見ていて小気味よいほどじゃった。
――説明しよう。私はいま、きわめて感動している。
ゼッヴォーカーの導師さえ、そう言った。
――これほどの力を身につけるとは。やはり、人類とは素晴らしい種族だ。
マークスⅢが叫んだ。
「行くぞ、リョキ! 勇者の名にかけて亡道の司をしとめる!」
「おお、そうこなくっちゃな!」
勇者と、その相棒たる翼の獣が叫んだ。
マークスⅢがリョキの背中に飛び乗った。リョキは強靱な翼を羽ばたかせた。空に舞った。亡道の司目がけて。
「亡道の司! デカい面していられるのもこれまでだぜ! 今日は歴史上はじめて、きさまがおれたち天命のものに殺される日だ!」
「愚かな。亡道のものに死などあると思うか」
「あなどるな、亡道の司」と、マークスⅢ。
「人類はかわる。かわりつづける。かわることこそ人類のすごさ。人類はかわることで、かわることなきお前たちには登ることの出来ない高みに至る。そして――」
マークスⅢは鬼骨を引き抜いた。生々しい骨色の剣身がギラリと光る。
「これこそは鬼骨! 賢者マークスⅡより与えられた、きさまらを殺すための切り札! 亡道の司よ、きさまの死ぬときが来たのだ!」
「愚かな。亡道に生もなければ死もない。亡道の司たる我を殺すことなど決して出来ん」
その言葉が強がりであったはずがない。事実、いままで人類は亡道の司を殺すことなぞ出来んかった。亡道の世界に追い返すだけで精一杯だったのじゃ。じゃから――。
亡道の司はあえて鬼骨の一撃を受けた。自分の不死性を見せつけるために。じゃが――。
「なっ……⁉」
亡道の司の口から驚愕の叫びが起きた。
それは、千年前の戦いでも、さらにその前の二千年前の戦いでも聞いたことのない絶望の叫びじゃった。
「な、なんだ、これは……馬鹿な、ありえん! この亡道の司が死ぬと言うのか⁉ あり得ん、あり得ない、そんなことは! 亡道に生も死もなく、亡道の司が死ぬことなど……」
「だから、あなどるなと言った」と、マークスⅢ。
「この鬼骨は混沌の邪剣。原初の混沌の前では亡道と言えど無力」
「お、おおおおっ……!」
亡道の司のその叫びはなにを意味していたのじゃろう。恐怖、後悔、嘆き、無念……ありとあらゆる思いが混じり合い、ひとつとなった、まさに妄執の叫びじゃった。
その頃には他の亡道のものたちも一掃されておった。たったひとりの死者も出すことなく。
――驚いた。
わしは心に呟いた。
いくら、千年にわたって準備し、力を蓄えてきたと言ってもまさか、亡道の司の襲撃をこうもたやすく返り討ちにするとは。
その場には喜びの声はひとつもない。勝利を讃える声ひとつ、起きはしない。皆が知っておったからじゃ。自分たちの目的は『戦いに勝つこと』ではなく、『戦いを終わらせる』ことだと言うことを。
――すごい。これが現代の人類の力か。
騎士マークスが感慨深げに言った。
――わたしたちの時代より二千年。人類はここまでかわり、そして、強くなったのですね。
サライサ殿下も口をそろえた。
「そのとおり!」
マークスⅢがリョキの背に乗って地上へと舞い戻った。
会場の中央へと降りたった。天命の巫女さまがハープをかき鳴らしつづけるその前へと。
「天命の巫女さま。あなたは二千年の昔、自分ひとりが犠牲になればよいとの考えから誰にもなにも言わず、自らを自動人形にかえた。しかし! 我々はそんな犠牲は認めない。あなたにはなんとしても人間に戻っていただく。人類はかわる、かわりつづける。人類はもう、あなたに守ってもらわなくても大丈夫なぐらい強くなったのです」
そして、マークスⅢは叫んだ。
「島を動かせ! 亡道の島へと向かう。『最後の』戦いとするために!」
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