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第三部 終わりの伝説
二章 叶えられた願い
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――おおっ。
わしは思わず呻いた。千年ぶりの太陽のなんとまぶしいことか。そして、心に焼きつくは、大地を埋め尽くす清新な緑。
もとより、人間をやめて天命の理となったいまのわしに人の体はない。目もなく、耳もなく、鼻もない。しかし、この世界を感じることは出来る。そよ風を受けて心を揺らし、世界と共にある喜びに震えることは出来る。
わしは人の身は捨てたが、人の心はなくしておらぬ。そのことを改めて確認できた。そのことには安心できたし、嬉しかった。
そう。わしはいまでも、れっきとした人間なのじゃ。
わしは振り返った。わしが千年の間、過ごしたその建物。人間であった頃のわしが設立した天詠みの学究院。その地下深くの一室でわしは、千年の眠りについたのじゃ。
再び、亡道の世界と戦うために。
今度こそ、その戦いを終わらせるために。そして――。
天命の巫女さまを人間に戻す。そのために。
――立派な建物になったものじゃ。
わしは目の前にそびえる建物を見て感慨深く思った。
わしがかつてこの島に天詠みの学究院を設立したとき、それはほんの小さな町の私塾のようなものじゃった。それがどうじゃ。いまでは千古の王国の宮殿のような堂々たる建物がそびえておる。
――わしの設立した学究院がこうも大きくなったというのか。
「はい、その通りです。賢者マークスⅡ」
新しいマークスが力強くわしに言った。
「あなたが学級院を設立してより千年。その間に、あなたの意思に賛同した多くの人間が集い、発展させ、増築を重ねてきたのです。いまではこの学究院は単なる教育機関などではなく、世界有数の観光地としても知られております」
――観光地か。さすがに、そんなことになるとは思わんかったな。
わしはマークスⅢの言葉に苦笑するしかなかった。
わしは周囲に意識を飛ばした。
空気は薄く、気温は低く、しかし、太陽の光は激しい。常に一方向から強い風が吹いている。
――これは……この島は空を飛んでおるな?
「はい。これも、あなたが提唱した天命理論によって実現したのです。『島』という大地に縛りつけられた存在の天命に干渉し、空に浮き、動くことを可能にしたのです。いまでは多くの島が宙に浮き、自在に行き来しております」
――そうか。人類はそれほどまでに文明を発展させたのじゃな。
「そうです。賢者マークスⅡ。まずは、ご自分が礎を築かれた文明世界、ご覧ください」
――うむ。楽しみじゃ。
マークスⅢに連れて行かれた先。そこには巨大な翼をもつ二本足の獣がいた。
――これは……もしや『ダンテ』か?
「ああ、その通りだぜ」
二本足の獣が喋りおった。
わしは驚かなかった。こやつが『ダンテ』だというなら喋るぐらいは当然のことじゃからな。
「賢者マークスⅡ。これもまたあなたの天命理論から実用化されたものです」
マークスⅢが誇らしげに語った。それは、目の前にいる『ダンテ』を誇ったものだったじゃろう。
「この世界のすべての生物と、人類の生み出したすべての兵器の天命を併せもち、さらに、深い智慧と戦う意思をもった人間が融合して生まれた存在。あなたが来たるべき亡道の世界との決戦に備えて理論を残した超生物です」
「そう言うこった」
ダンテが誇らしげに翼を大きく広げおった。
「おれはダンテ。ダンテのリョキ。亡道のものども、片っ端からおれの翼で斬り裂いてやるぜ」
「それは戦いがはじまるまでまっていて」
マークスⅢがリョキをたしなめおった。やんちゃな弟をたしなめる真面目な姉、といった感じの言い方じゃった。
「いまは賢者マークスⅡにこの世界を見せてあげて」
マークスⅢの言葉に――。
承知した。
そう言いたげにダンテのリョキは首を伸ばし、翼を広げた。
「さあ、乗るがいい! このリョキさまの力、時代遅れのじじいに見せてやる!」
「失礼よ、リョキ。でも、行きましょう。賢者マークスⅡ。あなたが礎を築いたこの世界、存分にご覧ください」
マークスⅢがリョキに飛び乗った。それにつられて、わしも自然とリョキの背中に移動する。リョキが力強く翼を広げた。羽ばたいた。たくましい足が地面を蹴り、疾走した。そして――。
巨大な翼が嵐を巻き起こし、リョキの獣の体は空へと飛び立った。
――おおっ!
わしは心に叫んだ。
――これは、なんとも心地よい。その身ひとつで空を飛ぶとは、これほど爽快なことじゃったのか。
「当たり前だろっ! 空を飛ぶことの爽快感にかけちゃあ、このリョキさまの右に出るやつはいねえよ」
強さで、このリョキさまの上を行くやつだっていやしねえけどな!
リョキのやつ、そう言って大声で笑いおった。その様子がまるで『ガキ大将』という感じじゃった。
マークスⅢは眉をひそめた。
「リョキ。また、そういうことを。慢心はいけないとあれほど……」
「慢心なんかじゃねえ。たんなる事実だ」
「それが慢心だというのよ。この世界にはまだまだ強いものが……」
「ああ、うるせえなっ! いちいち説教すんなよ、まったくもう」
きょうだいゲンカそのままのそのやり取りに、わしはついつい微笑ましい気分になってしもうた。
リョキはマークスⅢとわしを背中に乗せたまま、空を飛ぶ。しかし、これは――。
――おお。なんと鮮やかな空の青さよ。わしの時代ではこんなにも美しい、混じりけのない青空は見れんかった。しかも、この空気のうまさ。わかる。わかるぞ。この時代の空気がいかに清浄かが。
「はい。空気だけではありません。水も、大地もすべて、この世界そのものが清浄に保たれているのです。あなたが提唱された通り、この時代のすべての工房は、水や空気を使用しては、使用前よりも浄化した状態で世界に返すのです。あなたが望んだ通り、すべての工房は清浄機としても機能しているのです」
――そうか。わしの時代のような、空気や水を使っては汚して捨てる。そんな無様な在り方からは卒業したというわけじゃな。
「はい。その通りです。それもこれも、あなたが『目指すべき未来』を残してくれたからこそです」
リョキは飛ぶ。
飛びつづける。
たくましい翼を羽ばたかせ、世界中の隅々まで飛んでいく。
その耐久力はたしかに自然の生物では決して望めないものじゃった。
わしはリョキが世界を巡る間、地上の様子をジッと観察していた。
――すごい。
わしは思わず呟いた。
――この大地のどこにも戦が起きておらぬではないか! それどころか、戦乱の跡すらない。
「はい。あなたの提唱した戦争をなくすための仕組み。娯楽産業による経済支配とネットワーク国家。そして、流動性秩序。それらが実現し、広まることによって、人類はついに戦争を克服したのです」
――飢えもない。貧困もないではないか。
「はい。貧困層を生産者へとかえる仕組み、そして、『自分より金持ち相手に売って、自分より貧しいものから買う』精神の徹底。そのふたつによって、人類は飢えと貧困を克服したのです。これもまた、あなたの提唱した仕組みそのもの」
――そうか。ついにやり遂げたのだな。
「はい。もちろん、人と人の争いや諍いが完全になくなったわけではありません。この時代にも犯罪や小競り合いは存在します。ですが、少なくとも、『相手を支配する』ことを目的として組織だった暴力を振るう、と言う意味での戦争はなくなりました。そして、わたしたちは、人と人の争いにせっかくの能力を浪費したりせず、亡道の世界との戦いに備えて文明を発展させ、研究し、技術を開発してきたのです」
そう語るマークスⅢの声には限りない誇りが満ちておった。
――そうか。わしらの時代には単なる理想として語るしかなかった戦争をなくすための仕組み。それを実現させてくれたのじゃな。
「はい。その通りです、賢者マークスⅡ。すべてはあなたのおかげです。あなたが新しい文明の礎を築いてくれたからこそ、その後の人間たちは新たな文明を築くことが出来た。それだけのことを成し遂げたあなたを心から尊敬します」
そう語るマークスⅢの声と表情。それは純粋な敬意と謝意に満ちておった。
このように尊敬され、感謝されればむろん、良い気分にもなる。じゃが――。
――それはちがうぞ、勇者マークスⅢ。わしには多くの優れた師がおり、数多くの仲間がいた。師について学び、仲間と共に研鑽した。その成果じゃ。わしひとりではなにほどのこともできんかった。そして、なによりも……この世界を実現させたのはおぬしたちじゃ。わしらはしょせん、『目指すべき未来』を提唱したに過ぎん。それを実現させるための苦労はわしらの比ではなかったはず。この世界はおぬしたちが作り、守っておるのじゃ。わしらに対する感謝なぞ不要。自分たちの成し遂げたことを存分に誇るがいい。
「ありがとうございます、賢者マークスⅡ」
リョキは飛ぶ。
飛びつづける。
世界を巡る旅を。
そのさなか、数多くの空を飛ぶ島を見た。マークスⅢの言うとおり、この時代には多くの空飛ぶ島が行き来しておった。
空の彼方に巨人の姿をした霧の塊のようなものが二体、よりそうようにして浮いておった。その霧の塊は懐かしむようにわしらを、いや、このわしを見つめておった。
――おおっ! 未だ生まれぬふたつの種族ではないか! 人類が生き延びることで生まれることが出来なくなったあのものたちも、此度の戦いに参加してくれるのじゃな?
「はい、その通りです。賢者マークスⅡ。ふたつの種族もまた、この世界のために戦うと約束してくれました」
――そうか。ならば、この戦いは真に過去・現在・未来、この世界のすべての力を結集したものになるのじゃな。
「はい。まさにその通りです」
世界を巡り、そのありさまのすべてを目撃し、そして、わしは帰ってきた。わしが千年の間、眠りについていた学究院へと。
――わしは確信したぞ、勇者マークスⅢよ。わしはまちがってはおらんかった。人類は自らの未熟さを克服し、こうも素晴らしい文明を築きあげた。やはり、人類は失敗作などではなかった。素晴らしい種族だったのじゃ。
「はい。まさに、その通りです。賢者マークスⅡ」
――わしは改めて決意したぞ。この素晴らしい種族を、そして、その種族が作りあげたこの世界を、滅ぼさせはせん。なんとしても亡道の世界との戦いに勝利し、滅びの定めを覆す!
「はい!」
――じゃが……。
わしは重く、厳しい声を出した。
――この戦いの主役となるのは過去の亡霊でもなければ、未来の胎児でもない。この時代の人間。わしらはあくまでも助力。そうでなければならん。そして、現代人のなかの中心となるのが勇者たるおぬしじゃ、マークスⅢ。おぬしこそが此度の戦いの中心とならなければならん。
「わかっております、マークスⅡ。わたしはすでにその運命を選び取っています」
――そうであったな。ならば、おぬしには渡さねばならん。わしの生涯で得た亡道殺しの最大の力、鬼骨をな。じゃが、わかっておろう。鬼骨を得るためには試練をくぐり抜けなくてはならん。試練に屈すれば……死ぬことになる。それでも、おぬしは鬼骨を求めるか、勇者マークスⅢよ。
「何度も言わせないでください。わたしはすでに自らの運命を選んでいるのです。だからこそ、マークスⅢを名乗っているのです」
――そうであったな。ならば、なにも言うまい。さあ、そなたに試練を授けよう。わしの眠っていた部屋に戻るのじゃ。
わしは思わず呻いた。千年ぶりの太陽のなんとまぶしいことか。そして、心に焼きつくは、大地を埋め尽くす清新な緑。
もとより、人間をやめて天命の理となったいまのわしに人の体はない。目もなく、耳もなく、鼻もない。しかし、この世界を感じることは出来る。そよ風を受けて心を揺らし、世界と共にある喜びに震えることは出来る。
わしは人の身は捨てたが、人の心はなくしておらぬ。そのことを改めて確認できた。そのことには安心できたし、嬉しかった。
そう。わしはいまでも、れっきとした人間なのじゃ。
わしは振り返った。わしが千年の間、過ごしたその建物。人間であった頃のわしが設立した天詠みの学究院。その地下深くの一室でわしは、千年の眠りについたのじゃ。
再び、亡道の世界と戦うために。
今度こそ、その戦いを終わらせるために。そして――。
天命の巫女さまを人間に戻す。そのために。
――立派な建物になったものじゃ。
わしは目の前にそびえる建物を見て感慨深く思った。
わしがかつてこの島に天詠みの学究院を設立したとき、それはほんの小さな町の私塾のようなものじゃった。それがどうじゃ。いまでは千古の王国の宮殿のような堂々たる建物がそびえておる。
――わしの設立した学究院がこうも大きくなったというのか。
「はい、その通りです。賢者マークスⅡ」
新しいマークスが力強くわしに言った。
「あなたが学級院を設立してより千年。その間に、あなたの意思に賛同した多くの人間が集い、発展させ、増築を重ねてきたのです。いまではこの学究院は単なる教育機関などではなく、世界有数の観光地としても知られております」
――観光地か。さすがに、そんなことになるとは思わんかったな。
わしはマークスⅢの言葉に苦笑するしかなかった。
わしは周囲に意識を飛ばした。
空気は薄く、気温は低く、しかし、太陽の光は激しい。常に一方向から強い風が吹いている。
――これは……この島は空を飛んでおるな?
「はい。これも、あなたが提唱した天命理論によって実現したのです。『島』という大地に縛りつけられた存在の天命に干渉し、空に浮き、動くことを可能にしたのです。いまでは多くの島が宙に浮き、自在に行き来しております」
――そうか。人類はそれほどまでに文明を発展させたのじゃな。
「そうです。賢者マークスⅡ。まずは、ご自分が礎を築かれた文明世界、ご覧ください」
――うむ。楽しみじゃ。
マークスⅢに連れて行かれた先。そこには巨大な翼をもつ二本足の獣がいた。
――これは……もしや『ダンテ』か?
「ああ、その通りだぜ」
二本足の獣が喋りおった。
わしは驚かなかった。こやつが『ダンテ』だというなら喋るぐらいは当然のことじゃからな。
「賢者マークスⅡ。これもまたあなたの天命理論から実用化されたものです」
マークスⅢが誇らしげに語った。それは、目の前にいる『ダンテ』を誇ったものだったじゃろう。
「この世界のすべての生物と、人類の生み出したすべての兵器の天命を併せもち、さらに、深い智慧と戦う意思をもった人間が融合して生まれた存在。あなたが来たるべき亡道の世界との決戦に備えて理論を残した超生物です」
「そう言うこった」
ダンテが誇らしげに翼を大きく広げおった。
「おれはダンテ。ダンテのリョキ。亡道のものども、片っ端からおれの翼で斬り裂いてやるぜ」
「それは戦いがはじまるまでまっていて」
マークスⅢがリョキをたしなめおった。やんちゃな弟をたしなめる真面目な姉、といった感じの言い方じゃった。
「いまは賢者マークスⅡにこの世界を見せてあげて」
マークスⅢの言葉に――。
承知した。
そう言いたげにダンテのリョキは首を伸ばし、翼を広げた。
「さあ、乗るがいい! このリョキさまの力、時代遅れのじじいに見せてやる!」
「失礼よ、リョキ。でも、行きましょう。賢者マークスⅡ。あなたが礎を築いたこの世界、存分にご覧ください」
マークスⅢがリョキに飛び乗った。それにつられて、わしも自然とリョキの背中に移動する。リョキが力強く翼を広げた。羽ばたいた。たくましい足が地面を蹴り、疾走した。そして――。
巨大な翼が嵐を巻き起こし、リョキの獣の体は空へと飛び立った。
――おおっ!
わしは心に叫んだ。
――これは、なんとも心地よい。その身ひとつで空を飛ぶとは、これほど爽快なことじゃったのか。
「当たり前だろっ! 空を飛ぶことの爽快感にかけちゃあ、このリョキさまの右に出るやつはいねえよ」
強さで、このリョキさまの上を行くやつだっていやしねえけどな!
リョキのやつ、そう言って大声で笑いおった。その様子がまるで『ガキ大将』という感じじゃった。
マークスⅢは眉をひそめた。
「リョキ。また、そういうことを。慢心はいけないとあれほど……」
「慢心なんかじゃねえ。たんなる事実だ」
「それが慢心だというのよ。この世界にはまだまだ強いものが……」
「ああ、うるせえなっ! いちいち説教すんなよ、まったくもう」
きょうだいゲンカそのままのそのやり取りに、わしはついつい微笑ましい気分になってしもうた。
リョキはマークスⅢとわしを背中に乗せたまま、空を飛ぶ。しかし、これは――。
――おお。なんと鮮やかな空の青さよ。わしの時代ではこんなにも美しい、混じりけのない青空は見れんかった。しかも、この空気のうまさ。わかる。わかるぞ。この時代の空気がいかに清浄かが。
「はい。空気だけではありません。水も、大地もすべて、この世界そのものが清浄に保たれているのです。あなたが提唱された通り、この時代のすべての工房は、水や空気を使用しては、使用前よりも浄化した状態で世界に返すのです。あなたが望んだ通り、すべての工房は清浄機としても機能しているのです」
――そうか。わしの時代のような、空気や水を使っては汚して捨てる。そんな無様な在り方からは卒業したというわけじゃな。
「はい。その通りです。それもこれも、あなたが『目指すべき未来』を残してくれたからこそです」
リョキは飛ぶ。
飛びつづける。
たくましい翼を羽ばたかせ、世界中の隅々まで飛んでいく。
その耐久力はたしかに自然の生物では決して望めないものじゃった。
わしはリョキが世界を巡る間、地上の様子をジッと観察していた。
――すごい。
わしは思わず呟いた。
――この大地のどこにも戦が起きておらぬではないか! それどころか、戦乱の跡すらない。
「はい。あなたの提唱した戦争をなくすための仕組み。娯楽産業による経済支配とネットワーク国家。そして、流動性秩序。それらが実現し、広まることによって、人類はついに戦争を克服したのです」
――飢えもない。貧困もないではないか。
「はい。貧困層を生産者へとかえる仕組み、そして、『自分より金持ち相手に売って、自分より貧しいものから買う』精神の徹底。そのふたつによって、人類は飢えと貧困を克服したのです。これもまた、あなたの提唱した仕組みそのもの」
――そうか。ついにやり遂げたのだな。
「はい。もちろん、人と人の争いや諍いが完全になくなったわけではありません。この時代にも犯罪や小競り合いは存在します。ですが、少なくとも、『相手を支配する』ことを目的として組織だった暴力を振るう、と言う意味での戦争はなくなりました。そして、わたしたちは、人と人の争いにせっかくの能力を浪費したりせず、亡道の世界との戦いに備えて文明を発展させ、研究し、技術を開発してきたのです」
そう語るマークスⅢの声には限りない誇りが満ちておった。
――そうか。わしらの時代には単なる理想として語るしかなかった戦争をなくすための仕組み。それを実現させてくれたのじゃな。
「はい。その通りです、賢者マークスⅡ。すべてはあなたのおかげです。あなたが新しい文明の礎を築いてくれたからこそ、その後の人間たちは新たな文明を築くことが出来た。それだけのことを成し遂げたあなたを心から尊敬します」
そう語るマークスⅢの声と表情。それは純粋な敬意と謝意に満ちておった。
このように尊敬され、感謝されればむろん、良い気分にもなる。じゃが――。
――それはちがうぞ、勇者マークスⅢ。わしには多くの優れた師がおり、数多くの仲間がいた。師について学び、仲間と共に研鑽した。その成果じゃ。わしひとりではなにほどのこともできんかった。そして、なによりも……この世界を実現させたのはおぬしたちじゃ。わしらはしょせん、『目指すべき未来』を提唱したに過ぎん。それを実現させるための苦労はわしらの比ではなかったはず。この世界はおぬしたちが作り、守っておるのじゃ。わしらに対する感謝なぞ不要。自分たちの成し遂げたことを存分に誇るがいい。
「ありがとうございます、賢者マークスⅡ」
リョキは飛ぶ。
飛びつづける。
世界を巡る旅を。
そのさなか、数多くの空を飛ぶ島を見た。マークスⅢの言うとおり、この時代には多くの空飛ぶ島が行き来しておった。
空の彼方に巨人の姿をした霧の塊のようなものが二体、よりそうようにして浮いておった。その霧の塊は懐かしむようにわしらを、いや、このわしを見つめておった。
――おおっ! 未だ生まれぬふたつの種族ではないか! 人類が生き延びることで生まれることが出来なくなったあのものたちも、此度の戦いに参加してくれるのじゃな?
「はい、その通りです。賢者マークスⅡ。ふたつの種族もまた、この世界のために戦うと約束してくれました」
――そうか。ならば、この戦いは真に過去・現在・未来、この世界のすべての力を結集したものになるのじゃな。
「はい。まさにその通りです」
世界を巡り、そのありさまのすべてを目撃し、そして、わしは帰ってきた。わしが千年の間、眠りについていた学究院へと。
――わしは確信したぞ、勇者マークスⅢよ。わしはまちがってはおらんかった。人類は自らの未熟さを克服し、こうも素晴らしい文明を築きあげた。やはり、人類は失敗作などではなかった。素晴らしい種族だったのじゃ。
「はい。まさに、その通りです。賢者マークスⅡ」
――わしは改めて決意したぞ。この素晴らしい種族を、そして、その種族が作りあげたこの世界を、滅ぼさせはせん。なんとしても亡道の世界との戦いに勝利し、滅びの定めを覆す!
「はい!」
――じゃが……。
わしは重く、厳しい声を出した。
――この戦いの主役となるのは過去の亡霊でもなければ、未来の胎児でもない。この時代の人間。わしらはあくまでも助力。そうでなければならん。そして、現代人のなかの中心となるのが勇者たるおぬしじゃ、マークスⅢ。おぬしこそが此度の戦いの中心とならなければならん。
「わかっております、マークスⅡ。わたしはすでにその運命を選び取っています」
――そうであったな。ならば、おぬしには渡さねばならん。わしの生涯で得た亡道殺しの最大の力、鬼骨をな。じゃが、わかっておろう。鬼骨を得るためには試練をくぐり抜けなくてはならん。試練に屈すれば……死ぬことになる。それでも、おぬしは鬼骨を求めるか、勇者マークスⅢよ。
「何度も言わせないでください。わたしはすでに自らの運命を選んでいるのです。だからこそ、マークスⅢを名乗っているのです」
――そうであったな。ならば、なにも言うまい。さあ、そなたに試練を授けよう。わしの眠っていた部屋に戻るのじゃ。
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