壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第一部 はじまりの伝説

一二章 僕が受け継ぐ!

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 そして、少年は仲間の海賊たちにすべてを語った。自分の見てきたすべてのことを。
 不思議なことに――。
 おそらくは、そう言うべきだろう。少年の言うことを疑うものはひとりもいなかった。その場にいた全員がその話を事実だと受け入れ、納得していた。
 少年がそれだけ信用されていた……というわけではまったくない。少年はしょせん、海賊たちからすれば年端もいかない見習いに過ぎない。そんな見習いの言うことなど本来ならば信じるはずがない。
 それが、誰もが信じた。
 そうさせたのはまちがいなく、天命てんめいきょくを奏でつづける天命てんめい巫女みこの存在だった。
 「チッ、そういうことかよ」
 天命てんめい巫女みこに視線を向けながら、ガレノアが吐き捨てた。
 「つまりは、この娘っ子こそが、騎士マークスが生涯を懸けて守り抜いたお宝、『壊れたオルゴール』だったってわけだ」
 「はい、その通りです」
 船長の言葉に――。
 少年はうなずいた。
 「……でっ、どうするんです、おかしら?」
 船長のこし巾着ぎんちゃく太鼓たいこち、金魚きんぎょふん……散々さんざんに言われるコックのミッキーが尋ねた。
 「……引きあげだ」
 「へっ……?」
 ガレノアの言葉に、ミッキーは間の抜けた声をあげた。
 「このまま、引き返すんですかい? なんにも手に入れちゃいないのに?」
 「当たり前だ。ここは、覚悟なきやつのいていい場所じゃねえ」
 「で、でも、『壊れたオルゴール』は……」
 未練がましくそう尋ねるミッキーに対し、ガレノアは盛大な雷を落とした。
 「どあほう!」
 あまりの大声に船体がビリビリ震え、ガレノアの肩の鸚鵡おうむが翼をばたつかせて鳴き声をあげた。
 「この娘っ子は正真正銘、人類のお宝だぞ。おれたちの船にゃあ、大きすぎらあ」
 ガレノアは、そう言うとさっさと身をひるがえした。
 「おら、行くぞ、野郎ども。グズグズすんな」
 「ちょ、ちょっと、おかしら、まってくださいよ!」
 ミッキーは手にしていた小瓶、マークスが亡道もうどう世界せかいから持ち帰った混沌こんとんの入れられた小瓶をその場に置くと、あわてて船長の後を追った。
 あとに残ったのはただひとり。
 ハープを奏でつづける天命てんめい巫女みこを見つめる少年だけ。
 『なにしてる、行くぞ』などとは海賊たちの誰ひとりとして言ったりはしなかった。見習いの小僧っ子がどこでどうしていようと海賊たちの誰も気に懸けはしない。皆、少年がその場に残っていることなど気付きもせずに、船長に従って船に帰っていった。
 人気ひとけのなくなった操舵そうだしつのなか、ひたすらにハープを奏でつづける天命てんめい巫女みこと千年前の英雄の骨、そのふたつに挟まれて少年は立ち尽くしていた。
 ――騎士マークスはこの船に魂を移し、世界を巡りつづけることを選んだ。自分の意思を継ぐものを探すために。でも、千年もの間、巡り会うことは出来なかった。そして、いま、僕はこの船にいる。僕はマークスに選ばれたってこと?
 少年はそう思った。その直後、
 「ちがう、そうじゃない!」
 全力でそう叫んだ。
 「僕は千年前の世界でなにを見たんだ。あそこで僕が見たのは『運命に選ばれた』人間なんかじゃない。自分で自分の運命を選び、自分の背負うべき責任を選んだ人たちだ! そうだ。僕がこの船にたどり着けた理由はただひとつ、僕もまた選んだ人間だったからだ。 『騎士マークスの宝を見つける』
 その運命を選んだからなんだ! だったら、僕のやることはただひとつだ」
 少年はひとつの決意と共にマークスの遺体に近づいた。浄化の炎に焼き尽くされ、真っ白な骨だけになった『はじまりの伝説』へと。
 遺体のまとっていた衣服をはぎ取った。自らの体にかぶせた。少年にはあまりにも大きな服。それでも――。
 それこそは、少年の決意の表れだった。
 「そうとも。マークスだってなにも、特別な人間じゃない。生まれついての勇者なんかじゃなかった。不安と恐怖を感じ、罪の意識にさいなまれる当たり前の人間だったんだ。その当たり前の人間が、自らの責任を選ぶことで勇者となった。だったら、僕だってなれる! たったいまから僕がマークス、マークスⅡだ! 見ていて、マークス。あなたの意思は僕が受け継ぐ。あなたたちの守ってくれたこの世界、今度は僕が守ってみせる。そして……」
 少年、いや、マークスⅡは天命てんめい巫女みこへと近づいた。
 そっ、と、その白くてなめらかな頬にふれた。
 「天命てんめい巫女みこさま。あなたは僕が人間に戻してみせる」

        第一部完
        6月5日20:00より、第三部開始
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