34 / 34
三四章
どうせ見るなら、世界一の夢を見てやるさ
しおりを挟む
……いつの間に眠ってしまったのか、次に気がついたときにはもう翌日の夕方になっていた。丸一日近く眠っていたわけだ。起きたその場所はおれの部屋だった。おれは寝たまま移動できるほど器用ではないから、誰かが居間から運んでくれたのだろう。
おれはそっと家を出た。SEED水田を見ておきたくなったのだ。
祭りの後のSEED水田はずいぶんさびしく感じられた。ホテイアオイの数はすっかり減っているし、水中の魚影も少なくなっている。それでも、水面に残ったホテイアオイは美しい花を咲かせているし、ランナーを伸ばして小株を増やそうとしている。人間の胃袋から逃れた魚たちも元気に泳ぎまわっている。浅瀬ではザリガニがはさみを振りあげて威嚇している。
SEED水田。
みんなで作りあげた魔法のソフトウエア。
世界を救うかどうかなんてわからない。だが、おれの人生は確実に救ってくれた。
「ありがとう」
おれは目の前のすべての生き物たちにそう言った。
「やはり、ここにいたか」
陽芽姉ちゃんの声がした。
振り向いたおれの先にSEED部の仲間たちがいた。
陽芽姉ちゃん。
弥生。
鈴沢。
金子。
誰ひとりかけてもうまくいかなかったはずだ。この仲間たちがおれの未来を救ってくれた。それを思うと自然に頭をさげすにはいられなかった。
「みんなのおかげだよ。ありがとう」
おれの言葉に鈴沢と金子がたちまち猛反発した。
「なに恥ずかしい台詞、言ってんのよ⁉」
「おれはお姉さま方のために協力したのだ。断じてお前のためではなああああいっ!」
「な、なんだよ、人がせっかく礼を言ってんのに。素直に受け取れよな」
「冗談じゃないわよっ。あんたに礼を言われる筋合いなんか金輪際ないわっ!」
そんなおれたちのやりとりを見て、弥生がクスクス笑う。片手を口元にあてて笑うその仕草がたまらなくかわいい。
「まあ、とにかくだ」
陽芽姉ちゃんが声を張りあげておれと鈴沢たちの不毛な言い合いを制した。
「これでSEED水田の有効性は証明できた。我々は世界を救う第一歩を踏み出したわけだ」
「でも……」
弥生がいつものクールミントな表情に戻って言った。
「今回の件は失敗だったわ」
「失敗? なんで失敗なんだ? こんなにうまく行ったのに」
「生産する食料が魚介類だけだもの。主食である穀物と両立できる方法を考えないと。投下資本の回収がイベント頼みというのも不様すぎる。食料とエネルギーの販売だけで回収できなくちゃ。ミツバチや家畜も導入したいし、水素や石油を生み出す微生物もいる。それらの要素も組み合わせて本当のSEEDシステムを確立しなきゃ」
言いつつ、片手を口元にあてて考え込む。
まいった。さすが天才。おれなどとは目指すものがちがう。
「最初から完璧とはいかんさ。とにかく、我々は一歩を踏み出した。我らSEED部は走りながら考える。立ち止まることは決してない。というわけで諸君。夕日に向かって駆けようではないか!」
「なんで⁉」
「そこに夕日があるからだ。さあ、ゆくぞ。ついてこい!」
言うなり陽芽姉ちゃんは走り出す。つられておれたちも走り出した。
駆けた、
駆けた、
思いきり駆けた。
とんでもなく爽快な気分だった。
そうとも。ここには山がある。太陽があり、風があり、水があり、植物があり、動物がいる。生きていくための物はなんだって作れる。
『山さえあれば生きていける』
じいさんがそう言って笑っていた、まさにその通りだ。恐いものなどあるものか!
「SEEDシステムは無限に進化する。世界を覆い、世界を救う力となる。我々、若者の手で世界をかえるのだっ!」
「おおっ!」
陽芽姉ちゃんの言葉におれは片手を突き上げて応えた。陽芽姉ちゃんの誇大妄想な台詞もこのときばかりは気恥ずかしいものとは感じなかった。
そうとも。SEEDシステムはおれの人生を救ってくれた。だったら、世界中にいる、おれのように希望を失っている人たちだって救えないはずがない。やってやる、SEEDシステムを世界中に広めてこの世界を、人々を、みんなまとめて救ってやる。
どうせ見るなら世界一の夢を見てやるさ!
おれは本気だった。そのときのおれはまるで、空想と現実の区別のつかない子供のように――。
なんでもできる気になっていたのだ。
終
おれはそっと家を出た。SEED水田を見ておきたくなったのだ。
祭りの後のSEED水田はずいぶんさびしく感じられた。ホテイアオイの数はすっかり減っているし、水中の魚影も少なくなっている。それでも、水面に残ったホテイアオイは美しい花を咲かせているし、ランナーを伸ばして小株を増やそうとしている。人間の胃袋から逃れた魚たちも元気に泳ぎまわっている。浅瀬ではザリガニがはさみを振りあげて威嚇している。
SEED水田。
みんなで作りあげた魔法のソフトウエア。
世界を救うかどうかなんてわからない。だが、おれの人生は確実に救ってくれた。
「ありがとう」
おれは目の前のすべての生き物たちにそう言った。
「やはり、ここにいたか」
陽芽姉ちゃんの声がした。
振り向いたおれの先にSEED部の仲間たちがいた。
陽芽姉ちゃん。
弥生。
鈴沢。
金子。
誰ひとりかけてもうまくいかなかったはずだ。この仲間たちがおれの未来を救ってくれた。それを思うと自然に頭をさげすにはいられなかった。
「みんなのおかげだよ。ありがとう」
おれの言葉に鈴沢と金子がたちまち猛反発した。
「なに恥ずかしい台詞、言ってんのよ⁉」
「おれはお姉さま方のために協力したのだ。断じてお前のためではなああああいっ!」
「な、なんだよ、人がせっかく礼を言ってんのに。素直に受け取れよな」
「冗談じゃないわよっ。あんたに礼を言われる筋合いなんか金輪際ないわっ!」
そんなおれたちのやりとりを見て、弥生がクスクス笑う。片手を口元にあてて笑うその仕草がたまらなくかわいい。
「まあ、とにかくだ」
陽芽姉ちゃんが声を張りあげておれと鈴沢たちの不毛な言い合いを制した。
「これでSEED水田の有効性は証明できた。我々は世界を救う第一歩を踏み出したわけだ」
「でも……」
弥生がいつものクールミントな表情に戻って言った。
「今回の件は失敗だったわ」
「失敗? なんで失敗なんだ? こんなにうまく行ったのに」
「生産する食料が魚介類だけだもの。主食である穀物と両立できる方法を考えないと。投下資本の回収がイベント頼みというのも不様すぎる。食料とエネルギーの販売だけで回収できなくちゃ。ミツバチや家畜も導入したいし、水素や石油を生み出す微生物もいる。それらの要素も組み合わせて本当のSEEDシステムを確立しなきゃ」
言いつつ、片手を口元にあてて考え込む。
まいった。さすが天才。おれなどとは目指すものがちがう。
「最初から完璧とはいかんさ。とにかく、我々は一歩を踏み出した。我らSEED部は走りながら考える。立ち止まることは決してない。というわけで諸君。夕日に向かって駆けようではないか!」
「なんで⁉」
「そこに夕日があるからだ。さあ、ゆくぞ。ついてこい!」
言うなり陽芽姉ちゃんは走り出す。つられておれたちも走り出した。
駆けた、
駆けた、
思いきり駆けた。
とんでもなく爽快な気分だった。
そうとも。ここには山がある。太陽があり、風があり、水があり、植物があり、動物がいる。生きていくための物はなんだって作れる。
『山さえあれば生きていける』
じいさんがそう言って笑っていた、まさにその通りだ。恐いものなどあるものか!
「SEEDシステムは無限に進化する。世界を覆い、世界を救う力となる。我々、若者の手で世界をかえるのだっ!」
「おおっ!」
陽芽姉ちゃんの言葉におれは片手を突き上げて応えた。陽芽姉ちゃんの誇大妄想な台詞もこのときばかりは気恥ずかしいものとは感じなかった。
そうとも。SEEDシステムはおれの人生を救ってくれた。だったら、世界中にいる、おれのように希望を失っている人たちだって救えないはずがない。やってやる、SEEDシステムを世界中に広めてこの世界を、人々を、みんなまとめて救ってやる。
どうせ見るなら世界一の夢を見てやるさ!
おれは本気だった。そのときのおれはまるで、空想と現実の区別のつかない子供のように――。
なんでもできる気になっていたのだ。
終
0
お気に入りに追加
14
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】その夏は、愛しくて残酷で
Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
青春
ーーわがままでごめんね。貴方の心の片隅に住まわせて欲しいの。
一章 告知
二章 思い出作り
三章 束の間
四章 大好き
最後に、柊真視点が入ります。
_________________
ファンタジーしか書いて来なかったので、このジャンルは中々書くのが難しかったですが、なんとか頑張って書いてみました!
※完結まで執筆済み(予約投稿)
※10万文字以上を長編と思っているので、この作品は短編扱いにしています。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。


好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる