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三四章
どうせ見るなら、世界一の夢を見てやるさ
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……いつの間に眠ってしまったのか、次に気がついたときにはもう翌日の夕方になっていた。丸一日近く眠っていたわけだ。起きたその場所はおれの部屋だった。おれは寝たまま移動できるほど器用ではないから、誰かが居間から運んでくれたのだろう。
おれはそっと家を出た。SEED水田を見ておきたくなったのだ。
祭りの後のSEED水田はずいぶんさびしく感じられた。ホテイアオイの数はすっかり減っているし、水中の魚影も少なくなっている。それでも、水面に残ったホテイアオイは美しい花を咲かせているし、ランナーを伸ばして小株を増やそうとしている。人間の胃袋から逃れた魚たちも元気に泳ぎまわっている。浅瀬ではザリガニがはさみを振りあげて威嚇している。
SEED水田。
みんなで作りあげた魔法のソフトウエア。
世界を救うかどうかなんてわからない。だが、おれの人生は確実に救ってくれた。
「ありがとう」
おれは目の前のすべての生き物たちにそう言った。
「やはり、ここにいたか」
陽芽姉ちゃんの声がした。
振り向いたおれの先にSEED部の仲間たちがいた。
陽芽姉ちゃん。
弥生。
鈴沢。
金子。
誰ひとりかけてもうまくいかなかったはずだ。この仲間たちがおれの未来を救ってくれた。それを思うと自然に頭をさげすにはいられなかった。
「みんなのおかげだよ。ありがとう」
おれの言葉に鈴沢と金子がたちまち猛反発した。
「なに恥ずかしい台詞、言ってんのよ⁉」
「おれはお姉さま方のために協力したのだ。断じてお前のためではなああああいっ!」
「な、なんだよ、人がせっかく礼を言ってんのに。素直に受け取れよな」
「冗談じゃないわよっ。あんたに礼を言われる筋合いなんか金輪際ないわっ!」
そんなおれたちのやりとりを見て、弥生がクスクス笑う。片手を口元にあてて笑うその仕草がたまらなくかわいい。
「まあ、とにかくだ」
陽芽姉ちゃんが声を張りあげておれと鈴沢たちの不毛な言い合いを制した。
「これでSEED水田の有効性は証明できた。我々は世界を救う第一歩を踏み出したわけだ」
「でも……」
弥生がいつものクールミントな表情に戻って言った。
「今回の件は失敗だったわ」
「失敗? なんで失敗なんだ? こんなにうまく行ったのに」
「生産する食料が魚介類だけだもの。主食である穀物と両立できる方法を考えないと。投下資本の回収がイベント頼みというのも不様すぎる。食料とエネルギーの販売だけで回収できなくちゃ。ミツバチや家畜も導入したいし、水素や石油を生み出す微生物もいる。それらの要素も組み合わせて本当のSEEDシステムを確立しなきゃ」
言いつつ、片手を口元にあてて考え込む。
まいった。さすが天才。おれなどとは目指すものがちがう。
「最初から完璧とはいかんさ。とにかく、我々は一歩を踏み出した。我らSEED部は走りながら考える。立ち止まることは決してない。というわけで諸君。夕日に向かって駆けようではないか!」
「なんで⁉」
「そこに夕日があるからだ。さあ、ゆくぞ。ついてこい!」
言うなり陽芽姉ちゃんは走り出す。つられておれたちも走り出した。
駆けた、
駆けた、
思いきり駆けた。
とんでもなく爽快な気分だった。
そうとも。ここには山がある。太陽があり、風があり、水があり、植物があり、動物がいる。生きていくための物はなんだって作れる。
『山さえあれば生きていける』
じいさんがそう言って笑っていた、まさにその通りだ。恐いものなどあるものか!
「SEEDシステムは無限に進化する。世界を覆い、世界を救う力となる。我々、若者の手で世界をかえるのだっ!」
「おおっ!」
陽芽姉ちゃんの言葉におれは片手を突き上げて応えた。陽芽姉ちゃんの誇大妄想な台詞もこのときばかりは気恥ずかしいものとは感じなかった。
そうとも。SEEDシステムはおれの人生を救ってくれた。だったら、世界中にいる、おれのように希望を失っている人たちだって救えないはずがない。やってやる、SEEDシステムを世界中に広めてこの世界を、人々を、みんなまとめて救ってやる。
どうせ見るなら世界一の夢を見てやるさ!
おれは本気だった。そのときのおれはまるで、空想と現実の区別のつかない子供のように――。
なんでもできる気になっていたのだ。
終
おれはそっと家を出た。SEED水田を見ておきたくなったのだ。
祭りの後のSEED水田はずいぶんさびしく感じられた。ホテイアオイの数はすっかり減っているし、水中の魚影も少なくなっている。それでも、水面に残ったホテイアオイは美しい花を咲かせているし、ランナーを伸ばして小株を増やそうとしている。人間の胃袋から逃れた魚たちも元気に泳ぎまわっている。浅瀬ではザリガニがはさみを振りあげて威嚇している。
SEED水田。
みんなで作りあげた魔法のソフトウエア。
世界を救うかどうかなんてわからない。だが、おれの人生は確実に救ってくれた。
「ありがとう」
おれは目の前のすべての生き物たちにそう言った。
「やはり、ここにいたか」
陽芽姉ちゃんの声がした。
振り向いたおれの先にSEED部の仲間たちがいた。
陽芽姉ちゃん。
弥生。
鈴沢。
金子。
誰ひとりかけてもうまくいかなかったはずだ。この仲間たちがおれの未来を救ってくれた。それを思うと自然に頭をさげすにはいられなかった。
「みんなのおかげだよ。ありがとう」
おれの言葉に鈴沢と金子がたちまち猛反発した。
「なに恥ずかしい台詞、言ってんのよ⁉」
「おれはお姉さま方のために協力したのだ。断じてお前のためではなああああいっ!」
「な、なんだよ、人がせっかく礼を言ってんのに。素直に受け取れよな」
「冗談じゃないわよっ。あんたに礼を言われる筋合いなんか金輪際ないわっ!」
そんなおれたちのやりとりを見て、弥生がクスクス笑う。片手を口元にあてて笑うその仕草がたまらなくかわいい。
「まあ、とにかくだ」
陽芽姉ちゃんが声を張りあげておれと鈴沢たちの不毛な言い合いを制した。
「これでSEED水田の有効性は証明できた。我々は世界を救う第一歩を踏み出したわけだ」
「でも……」
弥生がいつものクールミントな表情に戻って言った。
「今回の件は失敗だったわ」
「失敗? なんで失敗なんだ? こんなにうまく行ったのに」
「生産する食料が魚介類だけだもの。主食である穀物と両立できる方法を考えないと。投下資本の回収がイベント頼みというのも不様すぎる。食料とエネルギーの販売だけで回収できなくちゃ。ミツバチや家畜も導入したいし、水素や石油を生み出す微生物もいる。それらの要素も組み合わせて本当のSEEDシステムを確立しなきゃ」
言いつつ、片手を口元にあてて考え込む。
まいった。さすが天才。おれなどとは目指すものがちがう。
「最初から完璧とはいかんさ。とにかく、我々は一歩を踏み出した。我らSEED部は走りながら考える。立ち止まることは決してない。というわけで諸君。夕日に向かって駆けようではないか!」
「なんで⁉」
「そこに夕日があるからだ。さあ、ゆくぞ。ついてこい!」
言うなり陽芽姉ちゃんは走り出す。つられておれたちも走り出した。
駆けた、
駆けた、
思いきり駆けた。
とんでもなく爽快な気分だった。
そうとも。ここには山がある。太陽があり、風があり、水があり、植物があり、動物がいる。生きていくための物はなんだって作れる。
『山さえあれば生きていける』
じいさんがそう言って笑っていた、まさにその通りだ。恐いものなどあるものか!
「SEEDシステムは無限に進化する。世界を覆い、世界を救う力となる。我々、若者の手で世界をかえるのだっ!」
「おおっ!」
陽芽姉ちゃんの言葉におれは片手を突き上げて応えた。陽芽姉ちゃんの誇大妄想な台詞もこのときばかりは気恥ずかしいものとは感じなかった。
そうとも。SEEDシステムはおれの人生を救ってくれた。だったら、世界中にいる、おれのように希望を失っている人たちだって救えないはずがない。やってやる、SEEDシステムを世界中に広めてこの世界を、人々を、みんなまとめて救ってやる。
どうせ見るなら世界一の夢を見てやるさ!
おれは本気だった。そのときのおれはまるで、空想と現実の区別のつかない子供のように――。
なんでもできる気になっていたのだ。
終
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