おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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三二章

やったぜ、彼女ができた!

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 人数が飛躍的に増えたおかげで作業は一気に進んだ。ギリギリのところでどうにか準備は終わった。そして――。
 祭りの日はやってきた。
 ――もし、誰もこなかったらどうしよう?
 ふと抱いたそんな不安を吹き飛ばすかのように、未に来な祭は初日から大盛況だった。畔道を埋め尽くす、人、人、人。
 親子連れが水面を埋め尽くすホテイアオイの花の美しさに感嘆し、年配の夫婦が昔懐かしい味に舌鼓を打つ。若い男の姿が多かったのやはり、メイド服とスクール水着の威力だろう。
 停めてある車のナンバーを見ると県外からやってきた人もけっこういるようだ。県外にまでは宣伝しなかったのにやってくるとは、HPを見たのか、口コミで広がったのか。いずれにしてもそのためにわざわざこんな田舎までやってくるとは萌えパワー恐るべし。萌えあるかぎり、日本は無敵だ。調子に乗っている隣国など恐るるに足らず!
 屋台に立つおれ、いや、メイドさんの前には朝から長蛇の列ができていた。ジロジロ見たり、握手したがったり、明らかに料理よりもメイドさん目当てだが、まあこの際、売れてくれればなんでもいい。
 「お帰りなさいませ、ご主人さま?」
 「おまたせいたしました、ご主人さま?」
 「行ってらっしゃいませ、ご主人さま?」
 自分でもよく言えるようになったものだと感心するぐらい板に付いたメイド言語を駆使して客をさばいていく。それにしても、このメイドさんが実は男であることぐらい、タウン誌やテレビで見たりして知っているだろうに、誰も気にする素振りはない。まあ、気にするような人なら最初からこない、ということなのだろうが。金子の言った、
 『男の娘は別腹っ!』
 という宣言は全面的に正しかったわけだ。さすがにオタクはオタクのことをよく知っている。
 もちろん、オタク男ばかりではなく、一般人や親子連れ、年配の人なども並んでいた。出し物はコイの洗い、フナの唐揚げ、ドジョウ鍋。ヌマエビのかき揚げとザリガニの天ぷらはセットにして、ハスの葉に乗せて出した。とっさの思い付きだったがこれがなかなか好評だった。他にも山菜おにぎりや鶏飯、雀寿司に雀焼きなど。
 なお、雀寿司とは小魚の腹を割いてなかに飯を詰めたもの、雀焼きとはやはり小魚を串に刺してタレを付けて焼いたもので、鳥のスズメを寿司ネタにしたり、焼いたりしたものではない。念のため。
 年配の人たちはなつかしがって食べてくれたし、若い世代ははじめて食べる味に新鮮な驚きを感じたようだ。みんな、食べるごとに笑顔になってうれしそうなので作るほうも力が入る。おれは張り切って料理をつづけた。
 生きたままのコイやフナを目の前でさばいていくつかのレシピをそえて出すと、これも喜ばれてよく売れた。子供など、魚がさばかれていく様を興味深そうにじっと見つめていた。小さな女の子などは恐がってしまい、親の背に隠れてピッタリ張りついている、などということもあったけど。
 「コイは長いと八〇年以上も生きるんですよ。そのため、昔から長寿や出世にまつわる伝説によく登場します。薬としても食べられてきたんですよ」
 「ゲンゴロウブナという名前のいわれにはおもしろいお話があるんです。源五郎という名の漁師が、恋したお姫さまに恋文を仕込んだフナを献上し、恋が成就したとか。ロマンチックなお魚ですよね」
 そんなエピソードを紹介しながらさばいていく。もちろん、手渡すときにはニッコリ笑顔を忘れない。料理以外もよく売れた。ホテイアオイのドライフラワー、ハスの花の切り花、生き物セット。どれも人気だった。身近な自然にふれたい人は多いのだなあ、ということが実感できた。
 魚のつかみ捕りや田んぼバレーも盛況だった。魚のつかみ捕りは最初は子供たちだけだったが、そのうち親も黙って見ていられなくなったらしい。いつの間にか水のなかに入り、子供と一緒にはしゃぎながら魚を追いまわしている。
その様子はそれこそ『童心に帰って』という表現そのもので、本当に楽しそう。見ているうちにこっちまでうれしくなってくる。これだけでも未に来な祭を開いてよかった、と思えるような光景だった。
 もうひとつの池では田んぼバレー大会が開かれている。スクール水着姿の我が若竹学園高校女子生徒チームと、客側の即席チームでの対戦だが、何しろ、足元はぬかるんだ泥。それも、みんな慣れていない。転倒者続出で、水しぶきははねるわ、泥だらけになるわで、まわりは爆笑の渦に包まれていた。
 たっぷり泥にまみれた後にはドラム缶風呂がまっている。ドラム缶の風呂などめずらしい上に、開けた水田地帯で風呂に入るのは解放感があって気持ちいい。子供たちなどすっかご満悦な様子で笑顔でつかりっぱなし。なかなか出ようとしない。
 それ以上の騒ぎになったのが陽芽姉ちゃんたちが入った後の風呂だった。入る順番をめぐって若い男たちの間でいさかいが起き、即席の腕相撲大会と相成った。
 「みんな、頑張れよおー。優勝者には『ほっぺにチュッ?』ぐらい、してやるぞお」
 という陽芽姉ちゃんの一言に盛りあがりはいやましていく。突然、行なわれた真剣勝負。みんな夢中になっていた。見事、優勝を飾った男には約束どおり、草で作った王冠とともに陽芽姉ちゃんの祝福のキスが与えられた。男は高々と右腕を突きあげ、記念撮影までしてすっかり英雄気分。歓声と拍手がまき起こり、その場はすっかりミニ・オリンピックと化していた。
 何時間たっても人の数は一向にへらない。それどころか、ふえていくように感じられた。一息入れる余裕すらないほどのいそがしさ。
 そのなかでみんな本当によくやってくれた。完全ボランティアで小銭すらも出ないのに、愚痴ひとつ言わない。それどころか楽しそう。男たちは力仕事を一手に引き受け、魚を入れたたらいを運んだり、薪を運んでドラム缶風呂を沸かしたり、足りなくなった魚を捕りに水田に飛び込み、魚を追ったりしてくれた。
 女性陣はスクール水着姿を惜し気もなく披露して、ウエイトレスをしたり、魚のつかみ捕りの司会をしたり、田んぼバレーの相手をしたり。スクール水着というマニマックな格好なのに、こうしてみんなで明るく楽しくはしゃぎながらだとちっともいやらしく見えない。むしろ、やけにさわやかで『文化祭』という印象すらあった。おかげで心配していた『親子連れの反発』もないようだ。やはり、魚のつかみ捕りや田んぼバレーを用意して、水着姿でおかしくないイベントにしたのがよかったのだろう。
 雪森だけが例外だった。テレビに取りあげられたおかげか、SEEDシステムに興味をもち、視察したがる人たちもいたので、発案者である雪森が案内役を務めることになったのだ。視察の案内をするのにスクール水着はさすがにまずい、ということで、雪森だけは学校の制服である。
 正直、これにはホッとした。いくら人生が懸かっているとはいえ、雪森のスクール水着姿をよその男の目にさらすなんて……。
 その雪森は視察組を率いてSEED水田をめぐり、説明している。大はしゃぎの会場でそこだけが別世界。冷静で、理知的で、学術的な雰囲気が満ちている。クールミントな雪森にはこういう姿がやはりよく似合う。視察組もあるいはむずかしそうな、あるいは興味深そうな顔をして説明を聞いている。
 未に来な祭初日の昼の部は大盛況のうちに幕を閉じた。だが、気を抜いてはいられない。日が暮れてからは夜の部がまっているのだ。すぐに準備に取り掛からなければならない。会場を掃除して、食事をして、仮眠をとって、着替えて、夜の部に移行する。
 夜の部は昼とは打って変わって静かでしっとりとした雰囲気だった。ぎりぎり花が見える程度に押さえた照明のなかで、お客さまたちはお茶とハスの葉に包んだ米粉ダンゴをもって水面を埋め尽くす紫の花に見入っている。にぎやかなのもいいが、こういう静かで上品な雰囲気もいい。見ているだけでこちらまで気分が落ち着いてくるようだ。気分は茶道にいそしむ戦国武将である。
 女性陣もスクール水着から浴衣に着替え、雰囲気作りに協力している。ウエイトレスをしているのは同じだが、衣裳がかわると気分もかわるのだろう。スクール水着姿のときのアクティブで大胆な姿とはまたちがう、おしとやかな仕草になっているのがおかしい。
 おれはかわらず屋台に立っていた。ただし、夜の部にメイドさんはそぐわない、ということで男の姿である。
 屋台に立ち、お茶をいれ、ダンゴを作り、ハスの葉で巻いていく。ふと、風が動き、さわやかな石鹸の香が漂った。振り返るとそこには浴衣をまとった雪森弥生が立っていた。
 「手伝うわ」
 静かに言った。おれはただひたすら立ち尽くし、その姿に見入っていた。
 「どうかした?」
 「……いや。雪森の浴衣姿、すごいきれいで、かわいくて……見惚れてた」
 「……ばか」
 雪森は小さく呟くと赤く染まった頬を背け、おれの隣に立った。
 ――くぅ~、たまらん。
 おれは感動にうち震えた。これだよ、これ。まさにこれこそ、おれが高校に入ったときにぜがひでも体験してみたいと思っていたイベントだ。それが本当に体験できるなんて。それも、こんな美少女相手に……。
 「あ、あのさ、雪森……」
 「……弥生でいいわ」
 ドクン、と、その言葉におれの心臓が高鳴った。
 彼女……だよな? これはもう、彼女と言っていいんだよな? ついに、ついにおれにも彼女ができた。それも、こんなモデル級美少女の彼女が。これもすべてはSEED部に入ったおかげ、陽芽姉ちゃんがおれを誘ってくれたおかげだ。ありがとう、陽芽姉ちゃん! 一生、感謝する!
 そのときのおれは本当に、天使の翼を広げて空いっぱいに広がる陽芽姉ちゃんの姿を見ていたのだ。そしておれは緊張に震える声で、女の子をはじめてファースト・ネームで呼ぶという儀式を行なった。
 「や、弥生」
 「……なに?」
 「あのさ。これが終わったらまた、映画にでも行かないか?」
 「ええ」
 雪森、いや、弥生がコクンと恥ずかしそうにうなずいた。その仕草がまたたまらない。おれは喜びに叫び出したい気持ちだった。この気持ちはとても押さえきれない。おれは席を外すと人気のない場所に駆け込んで、喜びを爆発させた。
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