おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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三〇章

やっぱ、かなわないな、親父には

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 次の日から祭りの準備は一気に加速した。もうそれぞれの家に帰ってなどいられない。全員、おれの実家に泊まり込んで朝から晩まで働き通しだ。
 小さな水槽の底に砂利を敷き詰め、田んぼの水を入れ、小ブナやザリガニ、ヌマエビ、貝、水草など、田んぼの生き物を入れ、水面にハスを浮かべて生き物セットを作る。
 ホテイアオイは、もし捨てられたらその一株が猛烈に繁殖してはびこりかねないので入れないことにした。そのホテイアオイの花は美しいのだが、一日花で次の日には水に沈んでしまう。そのままでは商品にならないのでせっせと切り取ってドライフラワーにした。
 大変なのは料理用の魚介類の確保だった。いちいち田んぼに入って捕ってくるわけにはいかないので、すぐに捕れる場所に確保しておかなくてはならない。水槽では小さくて追い付かないのでたらいに水を張り、そのなかに泳がせておくことにした。その分をとるのも大変だった。網をもって追い掛けたり、罠をかけたりしてなんとか確保した。
 しかし、本当に大変なのはその後だ。たらいの水は毎日、かえなくてはならない。田んぼの魚はどうしても泥くさいので、泥を吐かせるためにきれいな水のなかに何日か置いておく必要があるのだ。そのために予備のたらいに水を張り、魚を傷つけないようそっと移し替え、それから水を捨てにいって……その繰り返し。当然、こういう力仕事は男組、つまり、おれと金子の仕事となる。
 しかし、おれはともかく完全インドア・オタク人間の金子はこんな肉体労働にはまったく向かない。足元はフラフラするわ、手元はおぼつかないわで、最初から悲鳴をあげていた。
 「重いっ! 手が痛いっ! 頭がクラクラするっ!」
 「いちいちわめくなっての、ちょっとは男らしいとこ、見せてみろ」
 「おれはお前とちがって頭脳労働者なんだ。こんな仕事に向くかっ!」
 「何が頭脳労働者だ。二次創作しかできないオタク野郎が」
 「あっ、同人業界をなめてるな。あの世界でやっていくのは地獄の苦しみなのだぞ。同人誌を見るファンの目はそれはそれはシビアなもので……」
 「わかった、わかった。ほら、陽芽姉ちゃんが見てるぞ。男らしいとこ見せてやれ」
 「おおっ、お姉さま! 男・金子雄二、がんばっておりますぞっ」
 「手なんか振るな。落ちるだろうがっ!」
 料理の下拵えもしておかなくてはならない。ザリガニを熱湯に放り込み、殻と背ワタを取って、冷凍しておく。魚も腹をさいて腸を取り、やはり、冷凍していく。料理ができるのはおれと雪森だけなのでこれはおれたちの仕事だ。とってはさばき、とってはさばき、どんどん冷凍していく。
 祭りの準備に追われているうちに毎日がどんどん過ぎていく。そのうちにテレビの放映日がやってきた。実家のテレビの前にみんなで座り、そろって見た。
 メイド姿でインタビューを受けている自分の映像を見るというのはやはり相当に気恥ずかしい。とくに、エキサイトしてしまったシーンというのは――。
 ――おれはこんな態度でこんなことを言っていたのか⁉
 その態度。その口調。その内容。どれをとっても現実離れしたぐらい恥ずかしいものでおれは大げさではなくテレビの前で七転八倒した。こんなもの、とてもではないが見ていられない。逃げ出そうとするおれをみんなでよってたかって押さえ付け、見せようとする。その態度がまたやけに楽しそうなのだ。おれは悲鳴をあげて逃げつづけた。
 そして、その夜。
 おれは親父に呼ばれた。親父は部屋の真ん中にあぐらをかいて座っていた。おれもその前に座る。
 ――うっ。ついにきたか。
 親父の表情を見ておれはそう思った。いままで親父にはメイドのコスプレをしていることは黙っていた。それがいきなり、テレビを見て知ったわけだ。衝撃はいかばかりか。いや、それはもちろん、おれだってこんな不意打ちを食らわせるのは本意ではなかったのだが……父親に向かって『あんたの息子はメイドになってる』なんて言えるか!
 そして、実の息子がこんな真似をしていることを怒らない父親などいるはずがない。事実を知ってついにそのときがきたというわけだ。
 ――お、落ち着け。勘当されるのを覚悟ではじめたことだろう。いまさらビビってどうする!
 「いや、あの、親父、これは……」
 あわてて言おうとするおれの機先を制し、親父の言った言葉は、
 「でかした」
 一瞬、おれは親父の言葉の意味がわからずにキョトンとしてしまった。
 「えっ、なに? 親父、なんだって?」
 「でかしたと言った」
 「でかしたって……」
 「男子たるもの、生涯を懸けた仕事のためなら恥も外聞もかなぐり捨て、必死の努力をすべし。こんな恥ずかしい格好をしてまでやり遂げようとするとはさすがおれの息子だ。見なおしたぞ」
 「見なおしたって……いいのかよ、親父? 自分の息子がメイドコスプレなんかしてるんだぞ?」
 「それがどうした。おれだって出稼ぎに出たときには、新宿でオカマ・バーに勤めたこともある」
 げっ。
 マジかよ?
 若い頃から農業一筋で、ごつくて、いかめしいこの親父が、女装して接客してたってのか? 信じられない、信じたくない。おれとちがって絶対、似合ったはずがない。化けもん系とかいうやつか? それにしたって……。
 「わっはっはっ。おれがどうやってお前を養ってきたか知って感動したか。感謝のあまり、畳に額をすりつけてくれてもかまわんのだぞ」
 と、豪快に笑い飛ばす。
 ――やれやれ、かなわねえな、この親父には。
 親子二代にわたって代々伝えられた田んぼを守るべく、女装して、体を張って、挑んできたわけだ。それがなんだかやけにおかしかった。親父がそうしてくれたからいまのおれがある。ならば今度はおれの番だ。この家と土地は必ず守ってみせる。
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