おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

文字の大きさ
上 下
27 / 34
二七章

開幕! 宣伝用ゲリライベント

しおりを挟む
 そして、おれたちの宣伝用ゲリライベントははじまった。
 鈴沢の親から運転手込みで貸してもらったバンに乗り込み、仙台駅前に乗り付け、屋台に、子供用のプールに水を張って魚を入れた魚のつかみ取り体験版、やはり子供用のプールに泥と水を入れ、田んぼを再現した田んぼバレーの体験場を用意し、ビラを配りながら声のかぎりに叫ぶ。
 「SEED部主催、さい、よろしくっ~!」
 森崎陽芽、雪森弥生、鈴沢鈴果。いずれ劣らぬ美少女三人がスクール水着姿でビラを配るのだ。目立つ、目立つ、とにかく目立つ。あっという間に黒山の人だかりだ。
 夏の日差しと屈託のない笑顔のせいか、スクール水着姿がちっともいやらしく見えない。それどころか、明るく健康的。そのせいか、若い男だけでなく、主婦層もけっこう集まっていた。子供連れもいるのが雰囲気の明るさのなによりの証拠だ。
 『未に来な祭』という名前やビラは金子が作った。さすがに小学校時代から同人活動に参加しているだけあってこの手の作業は手慣れている。ビラは素人が作ったとは思えない見事なできだった。ちなみにどんな同人誌を作っているかというと……女性陣にはとてもではないが見せられない。人格を疑われる。
 おれはといえばメイド姿で屋台に立ち、料理に精を出していた。その前にはあっという間に長蛇の列ができていた。
 「お帰りなさいませ、ご主人さま」
 「ありがとうございます、お嬢さま」
 独特のメイド言語と営業スマイルを駆使して、ザリガニ天ぷらやら、鯉濃やら、さまざまな料理を作っては出していく。その姿を携帯でパシャパシャ撮っている男も多い。……正直、まんざらでもない気分だったりするのが恐い。
 屋台には一〇〇円ショップで買ってきた水槽に、田んぼの生き物を入れた生き物セットも置いてある。宣伝用なので料理も生き物セットも無料である。そのせいか、どちらもあっという間に配り終わった。魚のつかみ取りには子供だけでなく、おとなも参加していた。田んぼバレーは女性陣が交代でひとりずつ相手をした。スクール水着の美少女相手とあって若い男たちが殺到している。
 大盛況。
 まさにそう言ってよかった。噂が噂を呼び、どんどん人が集まってくる。料理も生き物セットもとうになくなったし、陽芽姉ちゃんたちもかなり疲れていたのに、人はどんどん増えるばかり。
 「これより先は未に来な祭で! またお会いしましょ~!」
 の一言を残し、逃げ出す用にしてバンに乗り込み、その場を去った。みんな、バンのなかで眠り込んでしまうほど疲れていたが、こんなに心地いい疲れははじめてだった。
 それから何日かぶっつづけで、県内各地で宣伝用イベントを行なった。その成果をふまえ、部室で会議を行なった。
 「宣伝としては大成功と言っていいだろうな」
 と、陽芽姉ちゃん。誇らしげに胸をそらしながら言う。
 「魚のつかみ取りは子供だけでなく、おとなにも人気があったわね」
 「うむ。『子供の頃を思い出した』という声が多かったな」
 「田んぼバレーもやってみるとみんなけっこう、真剣になってたわ」
 「生き物セットの人気も高かったな。それに川魚は『自分で料理してみたい』という声もけっこうあった。本番ではレシピをそえて、さばいた魚を売ろうかと思う」
 「イベントの出し物は万事、順調。めでたし、めでたしですな」
 と、金子がメガネを光らせながら悪徳商人になりきって算盤を弾いている。
 「ところでさ」
 と、鈴沢。両腕を組んで口をはさんだ。
 「田んぼバレーの相手をあたしたち三人だけでするのはきつくない? ウエイトレス役がいなくなっちゃうし」
 「そうだな。もう少し、人手がほしいところだな」
 「けど、他に部員なんていないし……」
 おれの言葉に鈴沢がキッとにらみつけた。
 「なに言ってんの。いまいないなら、これからふやすのよ」
 「そうだな。それぞれに声をかけてみよう」
 「そうね」
 雪森もうなずいた。
 ――それは無理だろ……?
 この三人、どう見てもそれぞれの理由で友だちなどいそうにない。さすがにそれを口にするわけはいかないが。
 「後は当初の目的であるテレビ進出をなんとしても果たしたいところだが……」
 「ふっふっ、ご安心ください、お姉さま。この金子の不断の努力によってついに! 地元のケーブルテレビ局の注意を引くことに成功しました。次のイベントに同行し、その結果次第では放映するとのことです!」
 「おおっ!」
 「でかした、少年! さすがは我がSEED部のイベント担当。頼りになる」
 「なんの。お姉さまのためでしたらこれぐらい」
 気取った様子で目を閉じて顔をそらせ、『ふっふっ』などと笑ってみせる金子である。だが、この際、どんなに気取っても許すとしよう。たしかに、メディアの取材が入ればその効果ははかり知れない。
 「テレビの効果は大きいもんな。放映してもらえれば祭りにくる人たちもずっと増えるだろう」
 「ほう。テレビのインタビューを受けるというのに落ち着いたものだな、藤岡よ。鈴さまの指導よろしきをえて人前に出るのにも慣れたということか」
 「そりゃこれだけやってりゃ慣れも……」
 するさ、と言おうとしておれは口を閉ざした。金子の言葉に聞き逃せないものがあったことに気がついたのだ。
 「ちょっとまて、金子。いま『テレビのインタビューを受ける』とか言ったか?」
 「言った」
 「おれが受けるのかよ⁉」
 思わず絶叫するおれの前で、金子は『当然』とばかりにうなずいた。腕を組んで、目を閉じて、ウンウンとうなずくその姿がやはり、マンガのキャラクターそのもの。やっぱり、こいつは二次元の住人だ。いや、そんなことはどうでもよくて……!
 「もちろんだ。お前がインタビューを受けるという条件でようやく動かしたのだからな」
 「ちょっとまて! なんでそうなる⁉ なんでおれだ⁉ そう言うことは部長の陽芽姉ちゃんか、設計者の雪森がやるべきことだろう!」
 思わずパニクって叫ぶおれに、鈴沢の『これぞ軽蔑』と言わんばかりの声が降り注いだ。
 「なにをオタオタしてるのよ、情けないわね。テレビのインタビューぐらいで。そうと決まったら覚悟決めなさいよ」
 「おれはお前とちがって一般人なんだよ! インタビューなんか受けたことないんだ!」
 「私もないぞ」
 「わたしもない」
 叫ぶおれに陽芽姉ちゃんと雪森が口々に言った。
 「いや、雪森たちならインタビューぐらいこなせるだろ。けど、おれは……」
 「ええい、往生際が悪いぞ、藤岡! さっさと覚悟を決めろ。この金子さまの苦労を無にする気か⁉」
 「元凶が威張るな! だいたい、なんでおれがインタビューすることが条件なんだ⁉ どう考えてもおかしいだろ!」
 「SEEDシステムなどという誰も知らない、見たこともない代物でテレビ局を動かせると思うか! 『そのケのない男がメイドさんになってまでがんばっている』。その点を強調することでようやく興味をもたせることに成功したのだ! お前がインタビューを受けなければ意味はない!」
 「なっ……!」
 おれは絶句した。とすると何か? おれがインタビューを受けなければテレビの取材はなしと言うことか? ちょっとまて、ふざけるな! いくら何でもそこまで責任もてるか!
 「ああもう、ウジウジと。情けないやつね!」
 鈴沢が『もう我慢できない!』と言わんばかりの声で叫び、おれの足を勢いよく蹴りつけた。勢いといい、鋭さといい、その小さな足からは想像もつかないような一撃だった。普通ならあまりの痛みに飛びあがっていたはずだ。しかし、そのときのおれは痛いとも思わなかった。そんなことを感じている余裕などなかったのだ。
 「け、けど……」
 「『けど』じゃない! あんたいったい、何のためにメイドさんなんかになってまでやってるのよ。成功させなきゃいけないんでしょ。ビビってる場合じゃないでしょうが!」
 「そ、そんなこと言ったって……それで失敗したら……」
 おれが下手したせいで放映されないなんてことになったら、そのせいで祭りに人がこなくて失敗なんてことになったら……なったら……。
 雪森や陽芽姉ちゃんはどうなるんだ⁉
 ふたりともこんなに真剣に取り組んでいるのに。鈴沢だって関係ないはずなのにこんなにも協力してくれているのに。……金子に関してはまあ、美少女に囲まれたくてやっているだけだから気にしなくていいとして――。
 おれのせいで台無しになったりしたら顔向けできないじゃないか!
 「や、やっぱりおれには無理だよ、そんなの……。陽芽姉ちゃんか雪森に……」
 「ああもう、グダグダうるさい!」
 鈴沢が最後の審判とばかりに叫んだ。
 「あんたみたいな素人が、失敗したときのことなんか考えてビビってんじゃないわよ! そこでフォローするためにあたしがいるんでしょ。不安に思っている暇があったらとっととインタビューの練習しなさい!」
 「そう言うことだな」
 と、陽芽姉ちゃん。ミサイルのように突き出した胸の下で両腕を組んでウンウンとうなずいている。
 「安心しろ、弟よ。何もお前ひとりに責任を押しつけるつもりはない。お前が下手をしたら私たち全員でカバーするから気楽にやれ」
 「とりあえず練習ね。どんな質問がされるかは見当がつくからそれぞれの答えを用意して……」と、雪森。
 「うむ。心配いらんぞ、弟よ。私と雪森はSEEDシステムを説明するために幾度となくシミュレーションを繰り返してきた。考え得るあらゆる質問に対する答えは用意してある。SEEDシステムの目的、理念、何のために行うのか、どうやって実現させるのか。そのすべてをみっちり叩きこんでやる。わたしたちの講義を受けた後なら、どんな意地の悪いリポーターが相手でも闘牛士よろしく華麗にかわせるようになること請け合いだ。さっそく今夜からはじめるぞ」
 ――陽芽姉ちゃんのその宣告通り。
 おれはその日から眠れない日々を過ごすことになるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

SING!!

雪白楽
青春
キミの音を奏でるために、私は生まれてきたんだ―― 指先から零れるメロディーが、かけがえのない出会いを紡ぐ。 さあ、もう一度……音楽を、はじめよう。 第12回ドリーム小説大賞 奨励賞 受賞作品

処理中です...