おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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ニ二章

そうか、これが妹萌えか(……いや、気のせいだった)

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 アパートに帰るとあれこれ理由を並べて居座っている陽芽姉ちゃんを追い出した。それから鈴沢を招き入れた。クッキー作りの材料を用意して練習をはじめた……のだが。
 鈴沢はこと料理に関しては恐ろしく不器用なやつだった。ダマを作るな、粘りを出すなと言っているのに、すぐに粉を固めてしまう。おかげで生地作りからしてうまくいかない。何度言ってもそうなのでおれもついついイラ立って声が荒くなる。
 「だから、粉はちゃんとふるえ。それをやらないからダマになるんだよ」
 「粉を混ぜるな。切るようにって言ってるだろ。そうしないと粘りが出て固くなるんだから」
 「そうじゃないって、こうだ、こう。何度やって見せれはわかるんだ。不器用なやつだな」
 ガシャン!
 六畳一間のアパートのキッチンに高い音が鳴り響いた。
 鈴沢が小麦粉の入ったボウルを叩きつけたのだ。
 「どうせあたしは不器用よ! クッキーなんて作れないのよ、悪かったわね!」
 あっ……。
 背を向けて、プルプルと震える小柄で華奢な体を見つめておれは気づいた。
 ――そうか。演技のときと反対なんだ。
 人に何かを教えるなんておれにははじめての経験だ。自分にできることが他人にできない。それがこんなにイライラさせられるものだとは知らなかった。
 鈴沢もそうだったのだろう。自分にはできる仕草がおれにはできない。自分には簡単にできるから『何でこんなことができないのか』と思ってしまう。そして、イラ立って、つい声が荒くなる……。
 いまのおれがまさにそれだった。子供の頃から料理をしてきたから、初心者にとって料理がどんなにむずかしいことかまったくわからなかったのだ。そのために……年下の女の子を傷つけてしまった。
 ――このバカ男! 相手は年下の女の子だってのに。
 このままではすませられない。何とかして自信を取り戻させてやらないと。
 そうだ!
 おれはあることを閃いた。
 「これを使え、鈴沢!」
 と、粉の入った袋を鈴沢の顔に押しつける。
 「な、なに……?」
 鈴沢は驚いて大きな目をパチクリさせた。
 「米粉だ」
 「米粉?」
 「米を作ってると普通じゃ売れない小粒もけっこうできるんだ。そんな小粒を粉にしたものだ。そのほうが高く売れるからな。小麦粉とちがって粘りのもととなるグルテンを含まないからダマにならないし、粘りも出ない。こいつを使えばかならずうまくいく」
 「でも、実習で使うのは小麦粉……」
 「そうだが、この際、とにかく、うまくいくことが先決だ。最後までキチンと作れれば楽しくなるし、そうなれば小麦粉でもうまく作れるようになるさ。さあ、はじめるぞ」
 おれは子供を励ますように用意をはじめた。そして――。
 クッキーはできあがった。目論見どおり、米粉はダマにもならず、粘りも出ず、しっとりふわふわの生地ができあがった。オーブンで焼き、こんがりキツネ色になったクッキーを口に運ぶ。
 「……おいしい!」
 鈴沢は叫んだ。
 「おお、よくできてるじゃないか」
 「うん。お店で売ってるのよりおいしい。これ、本当にあたしが作ったの?」
 「そうとも。お前が作ったんだ。これなら大威張りで渡せるじゃないか。だろ?」
 「うん」
 おれが笑って言うと、鈴沢も満面の笑みになった。やっぱり、笑うとこいつはかわいい。
 鈴沢を送っていった帰り、米粉を一袋、渡した。
 「こいつで練習しておけ。小麦粉を使う場合も基本は同じだ。必ずうまくできる。自信をもて」
 「う、うん。……あの」
 「うん?」
 「……ありがと」
 「……気にするな」
 ――妹ってこんな感じなのかなあ。
 『妹萌え』とやらがちょっとだけわかった気のした夜だった。
 そして、一週間後の休み時間。
 クラスに入ると鈴沢がかわいい顔を真っ赤にして入り込んできた。
 ――な、なんだ?
 その迫力におれは思わず引いてしまった。クラスのみんなも感じ取ったのだろう。無言で道を空ける。鈴沢の前に無人の道ができる。その様はまるでモーゼの奇跡のよう。こんな小柄な、それも年下の女の子にビビるなんて情けないと思うなかれ、だ。鈴沢にはそれだけの迫力があるのだ。
 鈴沢はまっすくにおれの前にきた。両手でガツシリとおれの腕をつかんだ。真っ赤に染めた顔をうつむき加減にして、身体全体でグイグイ引っぱる。
 「な、なんだよ……?」
 おれは尋ねたが、鈴沢は答えない。唇を噛みしめた表情で引っぱりつづける。
 もちろん、抵抗しようと思えばできた。鈴沢がいくら迫力があると言ってもしょせん、身長一四三センチのミクロガール。力でおれに勝てるはずがない。
 でも、あまりにも必死な様子なのでおれはそのまま引きずられていった。教室を出た。人目につかない片隅に連れていかれた。鈴沢はプルプルと震える手でかわいいリボンのついた袋を差し出した。なかには何枚かのクッキー……。
 「……食べて」
 「えっ?」
 「これ……今日の実習で作ったやつ」
 「けど、これって金子に渡すやつだろ? おれが食っていいのか?」
 「あんたバカ? 『味見して』って言ってんじゃない」
 「ああ、そうか。それじゃ……」
 おれは袋のなかに指を伸ばした。一枚、つまみあげた。口に運んだ。噛み砕き、ゆっくりと咀嚼する。
 「ど、どう……?」
 鈴沢が不安そうな上目使いに尋ねる。
 おれは右手親指を突きあげた。
 「合格だ。これなら大威張りで渡せるよ」
 「本当⁉」
 鈴沢がうれしそうに破顔する。
 「ああ、うまいよ、これ。よくがんばったな。これなら必ずうまく行くさ」
 「あ、ありがと。それで、金子くんは?」
 「ええと……」
 おれはクラスに戻って金子を捜した。姿がない。クラスメートに尋ねると、含み笑いをしながらの答えが返ってきた。
 「一年の女子に誘われて出てったよ。校舎裏のサクラの下だってさ」
 おれと鈴沢は顔を見合わせた。
 校舎裏のサクラ。
 我が校伝統の告白スポット。
 そろってたしかめに行ったおれと鈴沢の前で、金子は女の子からクッキーの袋を渡されてニヤけていた。その様子はどう見ても『告白』などというレベルではない。完全に彼氏と彼女だ。しかし、まさかあの金子に彼女がいたとは……。
 「知ってる相手か?」
 おれは鈴沢に尋ねた。鈴沢はうなずいた。
 「同じクラスの子。安藤南」
 安藤南の名前ならおれも知っている。一年女子ナンバー1のオタク女として有名だ。典型的なオタク男の金子にまさか彼女なんているはずないと思っていたが……そうか。この手があったか。オタク男とオタク女なら理想のカップリング。その点に気づかなかったおれがうかつだった。
 タラリ、とおれのこめかみを脂汗が一筋、流れ落ちる。
 鈴沢を見た。鈴沢は顔をうつむけ、クッキーの入った袋を両手でギュッと握りしめている。その手がプルプルと震えている。なかのクッキーはすでに粉々に砕けているにちがいない。
 「あ、あのさ、鈴沢……」
 鈴沢は無言できびすを返した。さっさと歩き去る。
 「お、おい、鈴沢……」
 「……バカみたい」
 「えっ?」
 「『彼女がいるかも』なんてまるで思わずにひとりで盛りあがって。ほんと、バカだわ」
 「鈴沢……」
 おれたちはしばらく、無言で歩いていた。おれは鈴沢に言った。
 「……ごめん」
 「なんであんたが謝るのよ?」
 「いや……。友だちなのに彼女がいるって気づきもしなくて」
 フン、と鈴沢は鼻を鳴らした。
 「あ、で、でも、まだあきらめることないだろ? あのふたりだってどの程度の関係かなんてわからないわけだし、まだチャンスは……」
 「あんた、あたしに日陰の女になれって言うの?」
 「あ、いや……」
 おれは気まずい思いで押し黙った。
 ――おれも芸がないな。女の子ひとり、まともに慰めることもできないなんて。
 鈴沢が立ちどまった。ジッとクッキーの入った袋を見た。おれに押しつけてきた。
 「……あげる」
 「えっ?」
 「もうクッキーなんて食べ飽きたもの。あんたにあげるわ」
 「あ、ありがとう……」
 「悪かったって……」
 「えっ?」
 「椅子を振りまわして襲いかかったりして悪かったって、ずっと思ってたわよ!」
 叫びながら鈴沢は走り出した。途中で立ちどまり、振り返る。
 「あんた、クッキー作りの練習中ずいぶん言ってくれたわね。その分、ビシッ! ビシッ! しごいてやるわ。覚悟しときなさい!」
 その叫びを残し、鈴沢は走り去っていく。あっけに取られたおれはクッキー(元クッキー)の入った袋を手に立ち尽くしていた。
 それから数日後。校庭を歩いているといきなり腕をつかまれ、物陰へと引きずり込まれた。この強引さには覚えがある。下の方を見るとやっぱりだ。鈴沢鈴果が顔を真っ赤にしておれを見上げている。しかし、この表情は……。
 「……今度はなんだ?」
 尋ねるおれに鈴沢は直接には答えず、プルプルと震える指先で校庭の一角を指差した。
その先にいたのは……いかにも陰気そうで年よりくさい三年生男子。
 「あの人……知ってる?」
 「たしか……三年の菊地和夫さん」
 女子生徒による『男子ランキング』のワースト部門に必ず上位ランクされる人だ……って、おい、ちょっとまて。まさか……。
 「紹介してっ!」
 やっぱりか!
 こいつ、実は相当惚れっぽいのか? しかも……本当に趣味が悪い!
 「まてっ⁉ 何でおれが……」
 「協力するって言ったでしょ⁉」
 「それは金子のことで……第一、おれだって紹介できるほど親しくないぞ?」
 「なら、紹介してくれる相手を探しなさい! あんたはあたしの弟子なんだからね。師匠の命令に背いたらただじゃすまさないわよっ!」
 何とかしてくれえっ!
 おれは心のなかで絶叫した。
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