おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

文字の大きさ
上 下
21 / 34
ニ一章

何故か、おれの生命が狙われる

しおりを挟む
 その日からさっそく、鈴沢の指導がはじまった……のだが、
 「歩幅が大きい!」
 「肩を怒らせない!」
 「指先はもっとしとやかに!」
 鈴沢の指導ぶりはきびしいというより、粗暴なものにしか思えなかった。
 「ああ、もう、そうじゃないったら!」
 「何度言ったらわかるのよ、鈍いやつね」
 「何度もなんども同じ失敗して。やる気あるの、あんた?」
 その暴言の数々におれはさすがに腹を立てた。鈴沢の劇団ではそんな指導が当たり前なのかも知れない。しかし、そこでは指導を受ける側もプロだ。少なくともプロになろうとしている人間だ。おれはちがう。我慢にも限度がある。
 「あのな、鈴沢……」
 「それが女の子のしゃべり方? 練習がまるで身についてないじゃない」
 その言葉におれは噴火寸前になった。年下の女の子相手ということでかろうじて押さえる。
 「こっちから頼んでおいてなんだが、おれは一応、年上なんだぞ。少しは口の聞き方というものを……」
 おれの良識論に対し、鈴沢は鼻を鳴らしただけだった。
 「なに言ってるのよ。あたしは師匠。あんたは弟子。歳の差なんて関係ないでしょ」
 たしかに正論ではある。それを言われると何も言えない。しかし、だからと言ってだな……。
 「まあまあ、鈴さま。はじめからそうはうまくいかないというものですよ」
 「そ、そそそそ、そうだけど……」
 金子が鈴沢をなだめに入った。たちまち鈴沢の白い頬が赤く染まる。全身がカチンコチンにこわばり、まさしく人形のようになる。
 ――こいつ、やっぱり……。
 どんな男にでもアタックできるミクロ美少女が、よりによって太めでメガネて汗っかきのオタク男に惚れるとは。鈴沢の趣味の悪さにおれは驚いた。
 「ここはひとつ、辛抱強くいくとしましょう。なに。どんなに物覚えの悪いイヌでも愛情を込めて根気よく仕込めばいつかは通じるというもの。そう信じるとしましょう」
 「わ、わわわわ、わかった……」
 もう少し練習していく、ということでおれと鈴沢だけが残り、陽芽姉ちゃんたちは先に帰した。金子がいなくなったことで鈴沢はようやく緊張から解放されたらしい。胸に手をつき、大きく息をつく。そんな鈴沢におれは言った。
 「なあ、鈴沢。お前、金子のこと……」
 ギン!
 おれの一言にすさまじい殺気を込めた鈴沢の視線が向けられた。その迫力、その威圧感におれは思わず尻餅をついた。
 ――何でだ⁉ 何で、こんなかわいらしい、お人形みたいな女の子がこんな恐ろしい目をできるんだ⁉
 だが、実はそんなことを気にしている場合ではなかったのである。鈴沢の全身がプルプルと震え、腕が伸び、両手で椅子の脚をつかみ、もちあげたのだ。
 「お、おい、ちょってまて……」
 不吉な予感がおれの全身を貫く。右手を前に差し出し、後ずさりながら立ちあがる。
 「そ、その椅子は何のつもりだ? まずは落ち着け、なっ? とにかく、椅子は置いて……」
 「なんで……」
 椅子を両手でかまえ、うつむき加減の姿勢で鈴沢は口を開いた。
 「えっ?」
 「なんであんたにそれがわかるのよっ⁉」
 「わかるだろ、あれは!」
 突然に。
 お人形のようなミクロ美少女は椅子を振りまわして襲いかかってきた。
 「わあっ!」
 おれは悲鳴をあげた。その後をブンッ、ブンッと音を立てて椅子が振りまわされる。
 「よけるな、当たれえぇぇぇっ!」
 「無茶言うな! 何のつもりだっ⁉」
 「知られたからには生かしておけない! この場で殺してやるうぅぅぅっ!」
 「何でそうなるんだよ⁉」
 顔を真っ赤にして椅子を振りまわすミクロ美少女と必死で逃げるメイド姿の男。はたから見ればさぞ珍妙な光景だったろう。もちろん、おれは必死である。そして多分、鈴沢も。
 一〇分ほども生命を懸けた追い駆けっこがつづいただろうか。鈴沢はさすがに疲れたらしい。椅子の脚をもったまま背もたれを床につけ、肩で激しく息をしている。
 おれも似たりよったりの様子だ。ビッショリとかいた汗でカツラの毛を顔中に張りつかせ、壁に背をつけて息を切らしている。我ながら珍妙な格好だろうとは思ったけど、そんなことを気にしている余裕はない。
 「お、落ち着け、なっ? 鈴沢? 何でおれを殺さなきゃならないんだ? 訳を言ってみろ、訳を」
 「うっ……」
 おれを見上げた鈴沢の目には大粒の涙がたまっているように見えた。
 「どうせ……どうせ、あたしのことバカにしてるんでしょ。趣味悪いとかなんとか……」
 ……うっ。
 それはたしかに思った。
 「そんでもって、みんなに話すんでしょ。『鈴さまなんて呼ばれて威張ってるくせに趣味悪いんでやんの』なんて。でもって、学校中の笑いものに……」
 やけにリアルな予測に、おれはふと胸をつかれた。ひょっとしてこいつ、中学時代にでもそんな目にあったことがあるのか?
 「だから、あんたを殺して口封じするのよおぉぉぉっ!」
 「まてぇぇぇいっ!」
 振りあげ、振りおろされた椅子の背もたれを両手で受けて、おれは叫んだ。
 「まて、鈴沢! それはお前の恥ではない。人の恋路を笑いものにすることこそ恥だ」
 「えっ……?」
 涙をいっぱいにためた鈴沢の大きな目がパチクリした。
 「それに……それに、そうだ。お前は絶対、金子の趣味だ!」
 鈴沢はソロソロと椅子をおろした。
 「ほ、本当に……?」
 そう尋ねる表情が照れくさそうなものにかわっていた。
 「まちがいない! 自称『親友』として断言する。お前ほどの萌え系美少女を金子が好きにならないわけがない。第一、おれにメイドさんをさせたのもお前をSEED部に引き込むためだったんだ!」
 「そ、そうなの……?」
 「そうとも!」
 本当かどうかは知らないけど、おれは胸を張って断言した。とにかく必死だったのだ。金子の内心など考えている余裕はない。それにまったくの嘘というわけでもない。フィギュア大好き人間の金子がこんな、等身大ドールみたいな萌え系美少女に心動かさないはずがない。そのことは断言できる。首を賭けてもいい。
 「だからだな、鈴沢。堂々と告白すればいいんだ。絶対、うまく行く。おれが保証する。笑うようなやつは無視していればいい。そんなことをするのは自分で自分を『ろくでなし』と言ってるのと同じだ。気にするだけ自分の品位をさげるぞ」
 「そ、そうかな……」
 「そうとも。絶対、そうだ。だから、堂々とアタックしろ。なっ?」
 「でも……いきなり告白なんてできない」
 鈴沢は頬を赤くした。やけに気弱そうな声になっていた。ひょっとしてこいつ、恋には臆病なタイプか? それにしても、こんな美少女が金子みたいなパッとしない男に告白する勇気をもてないなんて妙な感じだが。
 ……いかん。こんなことを考えているのが知られたら、また襲われる。とにかく、何とかしないと。
 「そうだ! 調理実習でクッキーとかケーキとか作ること、あるだろ?」
 「来週……。クッキー作る」
 「よし、それだ。そのクッキーを渡せばいいんだ」
 「いきなりそんなことして迷惑がられない? だいじょうぶ?」
 「大丈夫! 絶対だ。女子に手作りクッキーをもらって喜ばない男はいない。まして、金子は根っからのイベント好きだ。その手のイベントには目がないやつだ。うまいクッキーを作って、こっそり校舎の裏にでも呼び出して渡せばそれで一発だ。晴れてカップルになれるぞ。保証する」
 「でも……クッキーなんて作ったことない」
 「おれが教えてやる」
 「あんたが?」
 「任せろ。これでも料理から菓子まで一通り作れる。なんたってメイドさんだからな」
 「ほんとに? 協力してくれるの?」
 「ああ、もちろん。お前は演技の師匠だからな。それぐらい、協力するぞ」
 とにかく、こいつと金子をまとめてしまわないことにはおれの生命が危ない。こっちも必死である。
 鈴沢はしばらく顔をうつむけていた。静かな声がした。
 「……そうよね」
 「えっ?」
 その声におれは恐ろしく不吉な予感がした。
 鈴沢は顔をあげた。怒った様子も、半べそ状態になっていた様子も消えて、その顔には満面の笑みが浮いていた。『女王さま』そのままの笑みが。
 ひええ。かなり恐い……。
 「あんたはあたしの弟子だもんね。それぐらいしても当然よね。とことん協力してもらおうじゃない」
 ああ、もう、何とでも思ってくれ。生命を狙わずにいてくれればそれでいい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

SING!!

雪白楽
青春
キミの音を奏でるために、私は生まれてきたんだ―― 指先から零れるメロディーが、かけがえのない出会いを紡ぐ。 さあ、もう一度……音楽を、はじめよう。 第12回ドリーム小説大賞 奨励賞 受賞作品

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

アンサーノベル〜移りゆく空を君と、眺めてた〜

百度ここ愛
青春
青春小説×ボカロPカップで【命のメッセージ賞】をいただきました!ありがとうございます。 ◆あらすじ◆ 愛されていないと思いながらも、愛されたくて無理をする少女「ミア」 頑張りきれなくなったとき、死の直前に出会ったのは不思議な男の子「渉」だった。 「来世に期待して死ぬの」 「今世にだって愛はあるよ」 「ないから、来世は愛されたいなぁ……」 「来世なんて、存在してないよ」

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

バレンタインにやらかしてしまった僕は今、目の前が真っ白です…。

青春
昔から女の子が苦手な〈僕〉は、あろうことかクラスで一番圧があって目立つ女子〈須藤さん〉がバレンタインのために手作りしたクッキーを粉々にしてしまった。 謝っても許してもらえない。そう思ったのだが、須藤さんは「それなら、あんたがチョコを作り直して」と言ってきて……。

処理中です...