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ニ〇章
鈴さま登場
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『一年D組、鈴沢鈴果。
身長一四三センチ、体重三八キロ、B七四、W五一、H七三のミクロガール。
通称『鈴さま』。
得意科目は体育、音楽、英語。苦手科目は理数系。クラブは未所属。彼氏はおそらくナシ』
『何でこんなことまでわかるんだ?』的くわしさを誇る金子メモを片手におれは鈴沢のクラスに向かった。
――こんなものもってるの知られたら絶対、変態扱いされてにらまれるだろうなあ。
とは思ったものの、いまのこの格好だけで充分、変態扱いされることを思い出して却って気が楽になった。変態と思われようが、変態の二乗と思われようが同じことだ。
幸い、鈴沢はまだ教室に残っていた。席に座り、ひとりでボンヤリ窓の外を眺めている。……この光景、見覚えがあるような。
そこに向かうのはさすがに勇気が必要だったが、覚悟を決めて入っていった。雪森に言われたとおり、これから先、この格好で何百という人間の相手をしなくてはならないのだ。たったひとりにビビっていてどうする?
「鈴沢さん」
と、呼びかけたおれに、
「なに、この変態?」
容赦のなさすぎる鈴沢の声が突き刺さる。
「男のくせに、しかも、学校でメイドさん? そんな変態に知り合いはいないんだけど?」
「あ、あの、男って……」
「わかるわよ」
ピシャリと言われ、おれは落ち込んだ。実はひそかに自信あったりしたのだが……。
「たしかに見た目はまずまずだけどね。立ち居振る舞いが全然だめ。女はそんな歩き方しないわよ。肩を怒らせすぎだし、歩幅も広すぎ。なにより、そんな外股で歩いたりしないわよ。スカートが乱れてなかが見えちゃうもの」
うう~む、さすが日本有数の劇団の跡取り娘。一目見ただけでそこまでわかるものか。
しかし、それにしても――。
鈴沢はたしかにかわいかった。小さくて華奢な体つき。白い肌。大きな目。ウェーブのかかった長い茶髪はとても柔らかそうで、小さな顔をふんわりと包んでいる。その姿は一言で言って『お人形』。
金子をして『完璧なる萌え系美少女』と言わしめるのがよくわかる。そんな趣味のないおれでさえ、思わず部屋に飾っておきたくなったほどだ。まして、美少女フィギュア大好きの金子なら惚れ込んで当然だ。
――まさかあいつ、鈴沢を引き込みたくておれにメイドさん、させたんじゃないだろうな?
おれは真剣にそう疑った。
ともかく、おれは事情を説明した。それを聞いた鈴沢の第一声は、
「バッカじゃないの?」
世の中、バカにならなきゃできないこともある! ……多分、きっと。
鈴沢は両足を肩幅の広さにひろげ、腕組みした格好でおれをにらみあげていた。メチャクチャ気の強そうなその表情が暴れものの子ネコを思わせる。
「男のくせにメイドさん? しかも、あたしに演技指導しろっての? まともとは思えないわね。なに考えてんのよ?」
お人形さんみたいな外見から威勢のいい啖呵がポンポン飛び出してくるのがいっそ小気味いい。なるほど、『鈴さま』なんて呼ばれるわけだ。
「……いやまあ、そう思うのはもっともなんだけど、事情は説明したとおりだ。とにかく、このイベントを成功させなきゃいけなんいだ。それでぜひ、君の力を借りたい」
「何であたしなのよ?」
フン、と鼻を鳴らしながらソッポを向く。
――こりゃダメだな。
そう思った。どう見ても好意の欠片もない。それどころか嫌悪されている。この態度ではどう頼んでみても承知してくれるはずがない。でも、とにかく、言うだけは言ってみた。
「何とかお願いできないか? やれる範囲でかまわないから。金子が君なら適任だって言うから……」
「金子……?」
ピクリ、と鈴沢の形のいい眉が釣りあがった。
「金子って、二年の金子雄二くん?」
「そうだけど。知ってるのか?」
鈴沢はジッとおれを見上げた。
「あんた、金子くんと友だちなの?」
「自称『親友』」
この『自称』というのはおれではなく、金子の自称である。
「金子くんもそのなんとか部の部員なの?」
「SEED部だよ。入りたてだけどね」
「わかった」
「えっ?」
「入る」
「入るって……」
鈴沢はイラ立ちを隠そうともせずにおれをにらみつけた。
「わかんないやつね。あんたの演技指導、引き受けてやるって言ってんのよ」
「ほんとに⁉」
「なによ、その態度。引き受けてほしくないわけ?」
「いや、ありがたいよ。ただ……」
「なにが『ただ……』よ、男らしくないやつね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。あんた、語尾に『……』が多すぎよ」
言われてみれば。最近、そんなしゃべり方ばかりになっているような……。いかん。また『……』をつけてしまった。
「ほら、ボオッとしてないで。決まったんだからさっさと部室に案内しなさい」
鈴沢の小さい足に蹴りつけられて、おれは人形のように歩き出したのだった。
身長一四三センチ、体重三八キロ、B七四、W五一、H七三のミクロガール。
通称『鈴さま』。
得意科目は体育、音楽、英語。苦手科目は理数系。クラブは未所属。彼氏はおそらくナシ』
『何でこんなことまでわかるんだ?』的くわしさを誇る金子メモを片手におれは鈴沢のクラスに向かった。
――こんなものもってるの知られたら絶対、変態扱いされてにらまれるだろうなあ。
とは思ったものの、いまのこの格好だけで充分、変態扱いされることを思い出して却って気が楽になった。変態と思われようが、変態の二乗と思われようが同じことだ。
幸い、鈴沢はまだ教室に残っていた。席に座り、ひとりでボンヤリ窓の外を眺めている。……この光景、見覚えがあるような。
そこに向かうのはさすがに勇気が必要だったが、覚悟を決めて入っていった。雪森に言われたとおり、これから先、この格好で何百という人間の相手をしなくてはならないのだ。たったひとりにビビっていてどうする?
「鈴沢さん」
と、呼びかけたおれに、
「なに、この変態?」
容赦のなさすぎる鈴沢の声が突き刺さる。
「男のくせに、しかも、学校でメイドさん? そんな変態に知り合いはいないんだけど?」
「あ、あの、男って……」
「わかるわよ」
ピシャリと言われ、おれは落ち込んだ。実はひそかに自信あったりしたのだが……。
「たしかに見た目はまずまずだけどね。立ち居振る舞いが全然だめ。女はそんな歩き方しないわよ。肩を怒らせすぎだし、歩幅も広すぎ。なにより、そんな外股で歩いたりしないわよ。スカートが乱れてなかが見えちゃうもの」
うう~む、さすが日本有数の劇団の跡取り娘。一目見ただけでそこまでわかるものか。
しかし、それにしても――。
鈴沢はたしかにかわいかった。小さくて華奢な体つき。白い肌。大きな目。ウェーブのかかった長い茶髪はとても柔らかそうで、小さな顔をふんわりと包んでいる。その姿は一言で言って『お人形』。
金子をして『完璧なる萌え系美少女』と言わしめるのがよくわかる。そんな趣味のないおれでさえ、思わず部屋に飾っておきたくなったほどだ。まして、美少女フィギュア大好きの金子なら惚れ込んで当然だ。
――まさかあいつ、鈴沢を引き込みたくておれにメイドさん、させたんじゃないだろうな?
おれは真剣にそう疑った。
ともかく、おれは事情を説明した。それを聞いた鈴沢の第一声は、
「バッカじゃないの?」
世の中、バカにならなきゃできないこともある! ……多分、きっと。
鈴沢は両足を肩幅の広さにひろげ、腕組みした格好でおれをにらみあげていた。メチャクチャ気の強そうなその表情が暴れものの子ネコを思わせる。
「男のくせにメイドさん? しかも、あたしに演技指導しろっての? まともとは思えないわね。なに考えてんのよ?」
お人形さんみたいな外見から威勢のいい啖呵がポンポン飛び出してくるのがいっそ小気味いい。なるほど、『鈴さま』なんて呼ばれるわけだ。
「……いやまあ、そう思うのはもっともなんだけど、事情は説明したとおりだ。とにかく、このイベントを成功させなきゃいけなんいだ。それでぜひ、君の力を借りたい」
「何であたしなのよ?」
フン、と鼻を鳴らしながらソッポを向く。
――こりゃダメだな。
そう思った。どう見ても好意の欠片もない。それどころか嫌悪されている。この態度ではどう頼んでみても承知してくれるはずがない。でも、とにかく、言うだけは言ってみた。
「何とかお願いできないか? やれる範囲でかまわないから。金子が君なら適任だって言うから……」
「金子……?」
ピクリ、と鈴沢の形のいい眉が釣りあがった。
「金子って、二年の金子雄二くん?」
「そうだけど。知ってるのか?」
鈴沢はジッとおれを見上げた。
「あんた、金子くんと友だちなの?」
「自称『親友』」
この『自称』というのはおれではなく、金子の自称である。
「金子くんもそのなんとか部の部員なの?」
「SEED部だよ。入りたてだけどね」
「わかった」
「えっ?」
「入る」
「入るって……」
鈴沢はイラ立ちを隠そうともせずにおれをにらみつけた。
「わかんないやつね。あんたの演技指導、引き受けてやるって言ってんのよ」
「ほんとに⁉」
「なによ、その態度。引き受けてほしくないわけ?」
「いや、ありがたいよ。ただ……」
「なにが『ただ……』よ、男らしくないやつね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。あんた、語尾に『……』が多すぎよ」
言われてみれば。最近、そんなしゃべり方ばかりになっているような……。いかん。また『……』をつけてしまった。
「ほら、ボオッとしてないで。決まったんだからさっさと部室に案内しなさい」
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