20 / 34
ニ〇章
鈴さま登場
しおりを挟む
『一年D組、鈴沢鈴果。
身長一四三センチ、体重三八キロ、B七四、W五一、H七三のミクロガール。
通称『鈴さま』。
得意科目は体育、音楽、英語。苦手科目は理数系。クラブは未所属。彼氏はおそらくナシ』
『何でこんなことまでわかるんだ?』的くわしさを誇る金子メモを片手におれは鈴沢のクラスに向かった。
――こんなものもってるの知られたら絶対、変態扱いされてにらまれるだろうなあ。
とは思ったものの、いまのこの格好だけで充分、変態扱いされることを思い出して却って気が楽になった。変態と思われようが、変態の二乗と思われようが同じことだ。
幸い、鈴沢はまだ教室に残っていた。席に座り、ひとりでボンヤリ窓の外を眺めている。……この光景、見覚えがあるような。
そこに向かうのはさすがに勇気が必要だったが、覚悟を決めて入っていった。雪森に言われたとおり、これから先、この格好で何百という人間の相手をしなくてはならないのだ。たったひとりにビビっていてどうする?
「鈴沢さん」
と、呼びかけたおれに、
「なに、この変態?」
容赦のなさすぎる鈴沢の声が突き刺さる。
「男のくせに、しかも、学校でメイドさん? そんな変態に知り合いはいないんだけど?」
「あ、あの、男って……」
「わかるわよ」
ピシャリと言われ、おれは落ち込んだ。実はひそかに自信あったりしたのだが……。
「たしかに見た目はまずまずだけどね。立ち居振る舞いが全然だめ。女はそんな歩き方しないわよ。肩を怒らせすぎだし、歩幅も広すぎ。なにより、そんな外股で歩いたりしないわよ。スカートが乱れてなかが見えちゃうもの」
うう~む、さすが日本有数の劇団の跡取り娘。一目見ただけでそこまでわかるものか。
しかし、それにしても――。
鈴沢はたしかにかわいかった。小さくて華奢な体つき。白い肌。大きな目。ウェーブのかかった長い茶髪はとても柔らかそうで、小さな顔をふんわりと包んでいる。その姿は一言で言って『お人形』。
金子をして『完璧なる萌え系美少女』と言わしめるのがよくわかる。そんな趣味のないおれでさえ、思わず部屋に飾っておきたくなったほどだ。まして、美少女フィギュア大好きの金子なら惚れ込んで当然だ。
――まさかあいつ、鈴沢を引き込みたくておれにメイドさん、させたんじゃないだろうな?
おれは真剣にそう疑った。
ともかく、おれは事情を説明した。それを聞いた鈴沢の第一声は、
「バッカじゃないの?」
世の中、バカにならなきゃできないこともある! ……多分、きっと。
鈴沢は両足を肩幅の広さにひろげ、腕組みした格好でおれをにらみあげていた。メチャクチャ気の強そうなその表情が暴れものの子ネコを思わせる。
「男のくせにメイドさん? しかも、あたしに演技指導しろっての? まともとは思えないわね。なに考えてんのよ?」
お人形さんみたいな外見から威勢のいい啖呵がポンポン飛び出してくるのがいっそ小気味いい。なるほど、『鈴さま』なんて呼ばれるわけだ。
「……いやまあ、そう思うのはもっともなんだけど、事情は説明したとおりだ。とにかく、このイベントを成功させなきゃいけなんいだ。それでぜひ、君の力を借りたい」
「何であたしなのよ?」
フン、と鼻を鳴らしながらソッポを向く。
――こりゃダメだな。
そう思った。どう見ても好意の欠片もない。それどころか嫌悪されている。この態度ではどう頼んでみても承知してくれるはずがない。でも、とにかく、言うだけは言ってみた。
「何とかお願いできないか? やれる範囲でかまわないから。金子が君なら適任だって言うから……」
「金子……?」
ピクリ、と鈴沢の形のいい眉が釣りあがった。
「金子って、二年の金子雄二くん?」
「そうだけど。知ってるのか?」
鈴沢はジッとおれを見上げた。
「あんた、金子くんと友だちなの?」
「自称『親友』」
この『自称』というのはおれではなく、金子の自称である。
「金子くんもそのなんとか部の部員なの?」
「SEED部だよ。入りたてだけどね」
「わかった」
「えっ?」
「入る」
「入るって……」
鈴沢はイラ立ちを隠そうともせずにおれをにらみつけた。
「わかんないやつね。あんたの演技指導、引き受けてやるって言ってんのよ」
「ほんとに⁉」
「なによ、その態度。引き受けてほしくないわけ?」
「いや、ありがたいよ。ただ……」
「なにが『ただ……』よ、男らしくないやつね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。あんた、語尾に『……』が多すぎよ」
言われてみれば。最近、そんなしゃべり方ばかりになっているような……。いかん。また『……』をつけてしまった。
「ほら、ボオッとしてないで。決まったんだからさっさと部室に案内しなさい」
鈴沢の小さい足に蹴りつけられて、おれは人形のように歩き出したのだった。
身長一四三センチ、体重三八キロ、B七四、W五一、H七三のミクロガール。
通称『鈴さま』。
得意科目は体育、音楽、英語。苦手科目は理数系。クラブは未所属。彼氏はおそらくナシ』
『何でこんなことまでわかるんだ?』的くわしさを誇る金子メモを片手におれは鈴沢のクラスに向かった。
――こんなものもってるの知られたら絶対、変態扱いされてにらまれるだろうなあ。
とは思ったものの、いまのこの格好だけで充分、変態扱いされることを思い出して却って気が楽になった。変態と思われようが、変態の二乗と思われようが同じことだ。
幸い、鈴沢はまだ教室に残っていた。席に座り、ひとりでボンヤリ窓の外を眺めている。……この光景、見覚えがあるような。
そこに向かうのはさすがに勇気が必要だったが、覚悟を決めて入っていった。雪森に言われたとおり、これから先、この格好で何百という人間の相手をしなくてはならないのだ。たったひとりにビビっていてどうする?
「鈴沢さん」
と、呼びかけたおれに、
「なに、この変態?」
容赦のなさすぎる鈴沢の声が突き刺さる。
「男のくせに、しかも、学校でメイドさん? そんな変態に知り合いはいないんだけど?」
「あ、あの、男って……」
「わかるわよ」
ピシャリと言われ、おれは落ち込んだ。実はひそかに自信あったりしたのだが……。
「たしかに見た目はまずまずだけどね。立ち居振る舞いが全然だめ。女はそんな歩き方しないわよ。肩を怒らせすぎだし、歩幅も広すぎ。なにより、そんな外股で歩いたりしないわよ。スカートが乱れてなかが見えちゃうもの」
うう~む、さすが日本有数の劇団の跡取り娘。一目見ただけでそこまでわかるものか。
しかし、それにしても――。
鈴沢はたしかにかわいかった。小さくて華奢な体つき。白い肌。大きな目。ウェーブのかかった長い茶髪はとても柔らかそうで、小さな顔をふんわりと包んでいる。その姿は一言で言って『お人形』。
金子をして『完璧なる萌え系美少女』と言わしめるのがよくわかる。そんな趣味のないおれでさえ、思わず部屋に飾っておきたくなったほどだ。まして、美少女フィギュア大好きの金子なら惚れ込んで当然だ。
――まさかあいつ、鈴沢を引き込みたくておれにメイドさん、させたんじゃないだろうな?
おれは真剣にそう疑った。
ともかく、おれは事情を説明した。それを聞いた鈴沢の第一声は、
「バッカじゃないの?」
世の中、バカにならなきゃできないこともある! ……多分、きっと。
鈴沢は両足を肩幅の広さにひろげ、腕組みした格好でおれをにらみあげていた。メチャクチャ気の強そうなその表情が暴れものの子ネコを思わせる。
「男のくせにメイドさん? しかも、あたしに演技指導しろっての? まともとは思えないわね。なに考えてんのよ?」
お人形さんみたいな外見から威勢のいい啖呵がポンポン飛び出してくるのがいっそ小気味いい。なるほど、『鈴さま』なんて呼ばれるわけだ。
「……いやまあ、そう思うのはもっともなんだけど、事情は説明したとおりだ。とにかく、このイベントを成功させなきゃいけなんいだ。それでぜひ、君の力を借りたい」
「何であたしなのよ?」
フン、と鼻を鳴らしながらソッポを向く。
――こりゃダメだな。
そう思った。どう見ても好意の欠片もない。それどころか嫌悪されている。この態度ではどう頼んでみても承知してくれるはずがない。でも、とにかく、言うだけは言ってみた。
「何とかお願いできないか? やれる範囲でかまわないから。金子が君なら適任だって言うから……」
「金子……?」
ピクリ、と鈴沢の形のいい眉が釣りあがった。
「金子って、二年の金子雄二くん?」
「そうだけど。知ってるのか?」
鈴沢はジッとおれを見上げた。
「あんた、金子くんと友だちなの?」
「自称『親友』」
この『自称』というのはおれではなく、金子の自称である。
「金子くんもそのなんとか部の部員なの?」
「SEED部だよ。入りたてだけどね」
「わかった」
「えっ?」
「入る」
「入るって……」
鈴沢はイラ立ちを隠そうともせずにおれをにらみつけた。
「わかんないやつね。あんたの演技指導、引き受けてやるって言ってんのよ」
「ほんとに⁉」
「なによ、その態度。引き受けてほしくないわけ?」
「いや、ありがたいよ。ただ……」
「なにが『ただ……』よ、男らしくないやつね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。あんた、語尾に『……』が多すぎよ」
言われてみれば。最近、そんなしゃべり方ばかりになっているような……。いかん。また『……』をつけてしまった。
「ほら、ボオッとしてないで。決まったんだからさっさと部室に案内しなさい」
鈴沢の小さい足に蹴りつけられて、おれは人形のように歩き出したのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
SING!!
雪白楽
青春
キミの音を奏でるために、私は生まれてきたんだ――
指先から零れるメロディーが、かけがえのない出会いを紡ぐ。
さあ、もう一度……音楽を、はじめよう。
第12回ドリーム小説大賞 奨励賞 受賞作品
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
アンサーノベル〜移りゆく空を君と、眺めてた〜
百度ここ愛
青春
青春小説×ボカロPカップで【命のメッセージ賞】をいただきました!ありがとうございます。
◆あらすじ◆
愛されていないと思いながらも、愛されたくて無理をする少女「ミア」
頑張りきれなくなったとき、死の直前に出会ったのは不思議な男の子「渉」だった。
「来世に期待して死ぬの」
「今世にだって愛はあるよ」
「ないから、来世は愛されたいなぁ……」
「来世なんて、存在してないよ」
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

バレンタインにやらかしてしまった僕は今、目の前が真っ白です…。
続
青春
昔から女の子が苦手な〈僕〉は、あろうことかクラスで一番圧があって目立つ女子〈須藤さん〉がバレンタインのために手作りしたクッキーを粉々にしてしまった。
謝っても許してもらえない。そう思ったのだが、須藤さんは「それなら、あんたがチョコを作り直して」と言ってきて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる